教育現場云々

 

高等学校に非常勤講師として勤務し始めて五ヶ月が経過した。

教職員、生徒、そしていわゆる高等学校という組織の現状をこの目にしてきて、いろいろと感じることもあったように思う。

右も左もわからず、非常勤という形態で垣間見る教育現場は、私が理想としていたものとは必ずしも合致せず、

理想が高かった分、逆にそのギャップに苦しめられることも多々あるのであるが、

しかし、現実を知るという意味では、大きな収穫であったと前向きに捉えることにしている。

その中で、私が衝撃を受けたいくつかの体験談を披露してみたいと思う。

 

 

第一の体験

私は授業外の時間であったので、いつもの如くホームページの更新作業を片付けるためカタカタとキイ・ボオドを叩いていた。

その横で郵便物の整理をしていた教員が私に対し、何かを手渡そうとした。ふと顔を上げて見ると、それは教員採用試験用の予備校のパンフレットである。

「いや、これは、ちょっと失礼だったかな。」とにやにやしながら、悪びれることもなくデスクに置いた。これには流石の私も平静ではいられなかった。

予備校のパンフレットを置いていくのは大いに結構である。しかしその一言がいただけない。

何も言わずに渡してくれれば、ああやはりこんな短い期間とはいえ、同じ教育に携わっていこうと頑張っている私を応援してくれているのだ、

やはり教師っていいものだ、と感激すらしたかもしれないものを、そのわけのわからない一言ですべては台無しである。

そもそも何が失礼なのか。今もって私にはその発言の真意は掴めない。冗談にしては少し度が過ぎているのではないのか。

私はそれに一瞥くれただけで、パソコンのモニタ越しに、「はぁ、では遠慮なく」と半ば、不貞腐れ気味に返答をした。

その横で「まぁ、最近の教員採用試験は、やはり、専門の力量が問われますからねぇ、は、は、は」という、人を食ったような発言すら見受けられた。

一体何が言いたいのであろうか。私の専門教科に対する力量が劣っているとでも言いたいのか。そうか、さてはこの人たちが、私の昨夏の採用試験の採点を行ったに違いない。

だからそうやって、私に発破をかけてくれているのだ。…などということは、まず考えられない。

実際、採用試験にもろくに合格できない私は、教育現場の第一線で活躍している人たちから見ればただの体たらくなのかもしれないが、いかにせよ、これは、ちょっとひどい。

しかしその日は、それだけでは終わらない。勤務時間中であるのにもかかわらずマクドナルドへ食料を調達しに行った教員がいた。

その行為ですら万死に値するものを、そのあとに私に向けた一言がまたいただけない。「マクドナルドでアルバイトの募集してましたよ、どうですか」。

…どうですかもくそもない。教師になりたいと必死で願いくらいついている人間に対してする発言とは思えない。ふざけている。あまりの無神経さに、私はただ力なく、自嘲気味に笑うしかなかった。

その笑いをどう受け取ったのか、その教員は約15センチ四方のアルバイト募集の紙をまた人のデスクへと造作もなく置いていった。

口頭による情報だけではなく、ちゃんと紙まで持ってくる用意周到さに、善意とも悪意とも読み取れる何とも言えない不快なものを感じた。

よっぽど、目の前でその紙を丸めて、その毛髪の生え際の後退しつつある額に投げつけてやろうかと思ったが、私も子供ではないので、それは、やめた。

 

第二の体験

私の唯一の楽しみは、授業で生徒と直接触れ合うことにある。週に数コマ、授業を担当しているが、いくら私がパソコンにある程度精通しているからといって、

下準備なしに完全に生徒の対応をこなせるわけではない。しかし担当教員の段取りの悪さから、たいてい私のもとへ使用教材が届くのが

授業開始直前の休み時間であるため、その対応のまずさに、いささか私も閉口気味であった。

そんなときに限って実習例題を私自身が回答し、プロジェクタで生徒に開示して説明を施す役回りが回ってくるのである。

制限時間内にエクセルを使用して、関数から計算式、体裁まで整えてシートを完成させるわけだが、あるシート作成課題で「もし数値が100以上であるならば○を表示する」とあったのを、

うっかり「100以下で○を表示する」と入力してしまい、気づくことなくプロジェクタを通してしまった。

担当教員は目ざとくそれを見つけ、生徒の前でその間違いを指摘した。どこをどう見ても、「○」の表示位置が、おかしい。模範解答とはまるで逆なのだ。

私は教室の窓から飛び降りたくなる程に狼狽した。明らかに手違いなのだ。実に単純な失敗である。

こんな、悪い駄洒落ともふざけとも捉えられないこの奇怪な関数は、私を辱めるに十分な効果があった。

普段は余裕たっぷりで、生徒に意気揚々と説明し、後ろ手に組んでさもえらそうに教室内をうろうろしている私であるが、これでは面目丸つぶれである。

あまりの単純なミスのため言い訳もできず、ただ阿呆みたいに口をまごまごさせながら、私は今更ながら、自身の回答の奇怪さに呆れて顔をそむけた。

授業でのミスはいただけない上に、大問題である。単純な失敗とはいえ、そのことを思い出すたびに、情けなさのあまり私は顔を覆って身悶えするばかりである。

 

 

教育現場の裏事情は、やはりそこへ入って初めてわかるものばかりである。教員の質も、生徒の質も、千差万別で一概にこれだと断定することはできないであろう。

だからこそ、おもしろいのである。

 

 

→BACK