僕のポジションは…
今日(3月18日)をもって、一応任期終了になりました。半年契約でしたが、ローテーションの関係ですかね、意外と短いな、って感じましたね。
終わってからの感想?そうですね、やっと…と言ったらいいのか、それとも、もう、と言ったらいいのか、微妙なところではありますけど。
微妙というか、「やっと」と「もう」じゃ、だいぶ違うんですけどね(笑)。そのニュアンスの違いはね、本来は「意外と短い」って感じていたわけだから
「もう」というのが正しいんでしょうけど、実際「やっと」と感じてしまうような、僕の中でね、何か引っかかるというか…まぁ、一種の「いづらさ」みたいのがあって、
それがたぶんに影響してるんじゃないのかなって。最初のうちはね、見るもの聞くもの、それこそホント何でも新しい、というか新鮮に感じて、
いろんな意味で希望を感じていたりはしていたんですよ。試験も落ちて、私学関係からも芳しいオファーもなくて、ちょうど行き詰ったときですよね。
そんなときだからこそ、よし、これが俺のこれからの第一歩だぞ、って。柄にもなく張り切っちゃったりして(笑)。
で、10月1日付で行くことになったんですけどね、やっぱり最初は結構緊張しましたよ。僕自身、そんなにすぐ人と打ち解けられるほどではないから、
はじめ1ヶ月くらいはそれなりに気を遣ったりして。でもそれって残り5ヶ月間、仕事をやりやすくしていく上での、社会人として欠かすことのできない
最低限のコミュニケイションっていうか…、言ってみれば登竜門みたいな…って、ちょっと違うかな?まぁ社会で生きるものとして当然のことなんですけどね。
だから正直全然そういうのも苦にならなかったですね。確かに教職員の多数はあまり好意的、というか積極的にコミュニケイションをとろうという
感じではありませんでしたが、多少浮かれていたんでしょうかね、その当時はそんなに気にはならなかったですよ。
まぁそれは各学校によりけりだから全部に当てはめて「こうだ」とは言い切れないんですが…。
そんな具合で各学校3回とか4回くらい通ってみると、ある程度いろいろなことが見えてきますよね。
そうすると、自分が「行きたい」と思う学校、逆に「あぁ行きたくないなぁ」と感じる学校、出てくるようになるんですよ。
当然、授業を受け持たせてくれたり、いろいろな仕事をくれるところなんかはいいですよね。
逆にね、特に依頼することもなく、担当教員がちょっと困った顔しているところなんか、あぁちょっといづらいなぁって感じますよね。
おいおい、俺の存在意義って何だよー、ってね(笑)。そういった意味で、本当に僕自身を必要としてくれる学校、別にいてもいなくても変わらないや、って思う学校、
来てもらったところでやってもらうこともないし、厄介なことになったな〜、って思う学校、それぞれにおいて僕の立場って相当に変化していたと思いますよ、実際。
僕自身はね、当然、やるからにはみんなの役に立ちたいし、僕がいて助かったよ、って思われたいし、それに加えて時給1,500円っていうね、
べらぼうな給料もらってるわけですからね、馬鹿ヅラしてボーっとしているってわけにもいかないんですよ。
それに、ここでの働きぶりが評価されて、もしかして…なんてパターンだってないとも言い切れないし、ちょっとしたコネクションだってできるかもしれない。
こっちもそれなりに計算してるし、必死に糸口を見つけようとしているわけです。だからといってでしゃばろうにも、正規の教員じゃないっていうのがね、
僕だけじゃなく、双方にそういう気持ちがあるからなかなか思い切ったこともできないし、させてもらえないんですよ。別に機密事項以外のことなら
いいんじゃないかって僕は思うんですけどね、そうもいかないようです。だから、ちょっと言い訳っぽいですけど、ある程度の指示がないとこちらとしては
動きようがないというのが現状でした。僕なんかは民間の出ですから、自己啓発とか、自発的とか、自分で仕事を探して率先してやることが身に染み付いてるんで、
そういう受身的な仕事のやり方ってやっぱ違和感感じましたし、こんなんでいいのかなぁって、本気でそう思いましたね。
その中でね、やっぱり僕としてはちゃんと一人の職員としてみてくれる学校に対しての居心地のよさを本当にひしひしと感じましたね。
やたらといろいろなこと依頼してきたり、べらぼうな質問してきたり、とても時間内で終わりそうもない量の仕事をくれたり…
でも、そういうことをしてくる学校のみんなは、ちゃんと僕自身を信頼してくれてるし、最後に、本当に助かった、ありがとうって言ってくれたし、
仕事以外でのちょっとした付き合いもできましたしね、仕事を押し付けられながらも内心はうれしかったですね、変な話ですが…。どんどん仕事くれよ!ってね(笑)
授業で生徒に「先生わからないから教えてー」って頼りにしてくれば、ホント嬉しかったですし。
そうしたことのない学校では、終始お客さんのような対応で、結局何をしたわけでもない、っていっても、本当に何もしてないわけじゃないですよ、
まぁそれに近いような学校なんかは、本当につらかったですね。なんとなく気まずいというか、自分で言うのもなんですが、こういう状況で居場所がないというのは、
本当にいたたまれないものなんです。このときばかりは、さすがに登校拒否児童、生徒の気持ちがわかりましたね。 まぁ本当に誰からも必要とされない人間なんて
ほとんどいないとは思うんですけど、ただ、こういう自分の生活サイクルの中心を形成している組織でそれを感じると、やっぱり参りますよね。たとえそれが気のせいであっても。
ちょっと思い出したんですけど、ちょうど一年前ね、仕事辞めてしばらく、何がっていう理由もわからず、不安になっていた時期ってあったんですよ。人とあまり会わないせいなのかな、とか、
将来に対する不安なのかな、とか、いろいろ考えたんだけど、結局何かよくわからず仕舞いで。なんとなくですけど、これかなって今ふと思ったんですけど、どうでしょうかね?
よくよく考えると、仕事においてちゃんと自分自身のポジションは、どんな地位であれ、存在したし、つまらないルーティンワークだったけど僕しかできなかったわけだし。
自分のしたいこととは違ったとはいえ、そういう環境にいれるということはある意味幸せなのかもしれないですよね。だって、それがいわゆる「社会人」ってやつですから。
これは極端な言い方ですけど、社会から必要とされない「社会人」って、ちょっとおかしいもん。代わりはいくらでもいるかもしれない、でも、そのときはその人しかできないことだから、
僕はこれからちょっと考え方を変えてみようかなと思う。社会は、数えられないくらいの人が、それぞれが仕事に従事して成り立っていること、そんな当たり前のことに今まで気づかなかったのは、
正直ちょっと恥ずかしいことですけど…。職業に貴賎なしって、このことなんですかね?僕にはまだまだわからないですけど。
最後にね、なんかうまいことまとめちゃう感じになっちゃうんですけど、やっぱりこういう経験をして、また自分自身がひとつ成長したかなって感じます。
これはなかなかできない経験ですから。これから僕もね、どんな進路になるかはわからないですけど、何をするにせよ、
自分のやっている仕事に少しでも誇りを感じながらやっていければいいかなと、そう思いましたね。俺はこんなことしてるんだ、文句あるかコノヤロー、ってね(笑)