No.1 [2000.05.03]
● 女性の就職・労働問題について
このところよく就職難の問題を耳にする。
特に、女性の就職は厳しいようだ。
企業側の姿勢としては、やはり「女性は採用したくない」と言うのが本音のようだが
政府は、男女雇用機会均等法をたてに、指導を徹底していく姿勢の様子。
結構、女性にとっても企業にとっても、なんかしっくり来ない問題になってるみたい。
今のところ採用する企業のほうが立場が強くて、女性は泣き寝入りって感じなのかな?
う〜ん、しかしこのままでは、いつまでたっても今の状態を抜けきれない気がする・・・。
これを読んでる皆さんは、どう思ってるのでしょうか?
(といってもどの位の人が読んでくれてるか(笑))
私の考えとしては、女性はもっと重要な立場で仕事ができるようになるべきだと思うし、
女性の力と言うのは、企業にとっても絶対に必要だと考えている。
男性、女性、もっと落すと個人としての能力・考え方と言うのは、企業にとってプラスとなる
べきであって、幅広い層をもってる企業こそ、今の不景気にも立ち向かっていけると言うもの
ではないだろうか?
しかし男性として、一会社員としてかれこれ丸6年、会社に勤めてきた私の感想としては、
企業の今の姿勢と言うのも随分わかる気がする。
それはなぜかと言うと、仕事に対する女性社員のスタンスに問題があると思う。
全ての女性がそうであるとは言わないけど、多くの女性社員は、結婚で仕事をやめたり、
責任のある仕事を嫌がったり、なんていうか女性であることに甘えている節がある。
それは、すべて女性のせいばかりでもないのだけれども、変えて行かなければという意気
込みや行動は、一部の女性からしか感じないのも事実で、あえて今の状態に甘んじてる女性も
多いのではないだろうか?
これでは、いくら一部の女性が一生懸命訴えたところで報われない・・・。
たしかに今の日本企業は、超男性社会で、なかなか女性が男性と対等に働く為には、背負わ
なくてもよい苦労も多くある。(まぁ、逆も然りだが・・・)
しかし企業にしても、どう対応してよいかわからないのも事実では無いだろうか?
お互い、歩み寄りがあり本気で考えて模索していかなければ、女性の社会の中の立場と言う
のは築いていけないはず。
だから、企業も女性雇用に関してもっと考えて体制を整えていかなければならないし、
女性としても、男性と同等の責任を持った社員だと言う自覚をもって働かなければならない。
そして、なにより、その企業にとって最良の方法を、経営者・労働者の話し合いの中で、
試行錯誤していく必要があるのではないだろうか。
2001.05.03 ASH
No.2 [2000.05.15]
● 日本の教育の危機
すっかり第2回目ながらにしてご無沙汰になってしまった。
仕事が忙しいとはいえ、自分の怠慢振りには恐れ入る・・・(笑)
今回は、日本の教育について考えを述べさせて頂きたい。
私は以前、大学生のころから「日本の教育は良くない!!」と友人に言いつづけてきた。
そのころの日本の教育は、学級崩壊について取りざたされ始めていたころだった。
その当時の小学生は既に高校生ぐらいになっている
最近多い少年犯罪の多くは、その当時の学級崩壊が始まった世代の子供ではないだろうか?
子供を叱れない教師
大人の言うことを全く聞かない子供
どちらが悪いのだろうか?
当然前者である。子供に罪はない。
しかしその責任は教師にばかりあるわけではなく、親にも問題があると思う。
少子化・共働きにより、子供に目を向けず、わがままを言う子供に対して当り障りなく
するために甘やかし、子供のさみしさ、甘えたい欲求を過剰摂取させる。
当然、親は後ろめたさがあるわけだから、子供をきつく叱れない。
そのうち親も、甘やかして、物や金で言うことを聞かせる。
これでは、子供が親を、大人をなめてかかっても仕方がない。
また、そうやって育てられた子供の忍耐力は著しく低下しているだろう。
私は、これが学級崩壊を生むメカニズムだと考える。
つまり、家庭環境が良くないのだ。
かといって、全く教師や学校に問題がないわけではないだろう。
まず第一に、学校はPTAや教育委員会に頭が低すぎる。
自分たちの教育に自信がないのだろうか?
また、そもそも問題のある家庭を作り出してる大人が、PTAを構成してるわけで、
それにへつらう学校がだんだんおかしくなるのは当然ではないだろうか?
とんだ茶番である。
第二に、教師の質の低下が上げられると思う。
・正門で女生徒を圧迫しさせた教師、
・猥褻行為で逮捕させる教師、
・万引きでつかまる教師、etc・・・
表ざたになっている問題教師だけでも切りがなく、ましてや表ざたにならない
学校内の問題教師は、更に多いはずだ。
例えば、無断欠勤をする教師。
面倒なので、子供を注意しない教師。
よく関係者から耳にする話である。
これでは、問題のある子供を更に問題のある子供にしてしまうのは、誰の目から見ても
明白である。
教員採用・教職員を育てる方法など、国政レベルで見直さなければ、今後ますます
悪化の一途を辿る筈である。
問題のある教師のやりすぎが原因で今では、子供に対して体罰の一つも与えられない。
本当に子供には体罰は不要なのだろうか?
学校とは社会的適応力を養う為の教育機関でもあるはずである。
社会とは当然「悪いこと」をすればそれなりの「罰」がある。
これをわかっていない子供が、大人の注意に対して殺人まで起こしてしまうような暴力を
働くのではないだろうか?
それを教える為には時には体罰も必要な場合があるのではないだろうか?
私の小学校時代には竹刀をもった先生はざらにいたものであるが・・・。
子供の理解力で100%理性でのみ、社会の仕組みをわからせるのは、不可能に近いと
思うのである。
このあたりは、意見の分かれるところであろうが、私はあえてある程度の体罰については、
致し方ないと考えている。
最近の少年犯罪を見ていると、我々若い世代の男であっても複数の高校生に対して注意を
するのに、身の危険を感じてしまう。
先日の東京での事件は、いたたまれないものを感じる。
殺された会社員の方には、尊敬の念を感じると共に、ご冥福をお祈りしたい。
いずれにせよ、問題のある子供はやがて大きくなり社会の一員として我々のすぐ隣りに
現れるのである。
ぐずぐずしてる暇はない。身の危険が伴おうが地域の子供を地域が育てなくてどうする?
私も、こころして大人として子供に向き合っていく覚悟が必要なのだと考える。
もはや、家の子に限ってということは言ってられない時代なのだ。
今の子供の殆どが、このような問題にさらされてるのである。
みなさんも、そろそろ真剣に考えてみてはいかがだろうか?
2001.05.15 ASH