9月26日。
実は、やまねの27回目の誕生日だったのだ。
やまねは誕生日に特別な人にちゃんと祝ってもらったことがない。
誕生日に特別な人がいなかったり、その人が気がきかない人だったり、理由は色々だけど、まったくお気の毒な話しである。
だから27回目の誕生日には自分に何かお祝いをあげることにした。
そしてやまねは自分に「空」をプレゼントすることにしたのだ。
その日は風が無く、空は曇っていた。
もっと澄み渡った空を期待していた分、少しがっかりしてしまった。だけど、インストラクターの方がいうにはこういう曇りの日の方がパラグライダー日和なのだそうだ。
風も穏やかで、今日は初心者には絶好に日だという。
そんなものかな・・・なーんて思っていると車はどんどん山の上に向かっていく。
そういえばやまねは高所恐怖症だった。
山の上からさらに1000メートルくらいあがる人もいるという話しを聞いて「うへぇ」と思っていると、初心者にはそんな無茶はさせませんと言われ、「そりゃそうだよな」と思うことしばし。
パラグライダースクールの本部(?)に到着。お金を払い、道具を借りていざ出陣だ。
体験スクールというコトで難しい手間は一気に省略された。
いきなり機材を広げて簡単な説明を受けた後「じゃあ、機材をつけて走ってみようか」と言われた。
実際に走って風を作りキャノピーと呼ばれるパラシュート状のところに風を入れて広げてみようと言うのだ。
とにかく思い切って走ってくれとのことなので、体力にはちょっと自信のある(運動神経はないのだけど)やまねは「ただ走れってことなら任してください!」とばかりにドタバタとダッシュしてみた。
初めの数歩はとにかく重い。がに股になり、顎を突き出してとにかく頑張る。
「ふんっぬ」とばかりに数歩行くと急に抵抗は軽くなり体が前に進むようになるのだ。
ここでさらにドタバタ頑張る。インストラクターの人も応援してくれる。
キャノピーと体を繋げている紐が引っ張られる。
「バンザイして!紐を離して!」インストラクターさんの指示が飛ぶ。
いわれるままに手を離す。(この間もダッシュは続いている)
すると!ダッシュしていた足のドタバタ感がだんだんと薄れてくるのだ!
「ひ、引っ張られるぅ!」だけどもうここまで来たら引き下がれない。走っちゃえ走っちゃえ!
勝手に盛り上がっていたら「はいブレーキ!」と声がかかった。
思わず素直にブレーキの紐を引っ張ると「ふしー」といった感じに空気に抵抗感が増え、私の浮遊感は無くなった。
「今日は天気もいいし、いい感じだから早速飛んでみようか」
え?!飛ぶってどういうことですか??
ここに走りに来たわけではなかったと言うことをすっかり忘れ、でっかいかまぼこ状になるキャノピーをつけて走るという作業だけで充分に楽しんでしまっている私に驚きの声がかかった。
「いや、なんてコト無いよ。あそこの斜面を今やった要領で駆け下りるだけだから」
なーんだそんなことですか。やってみましょう!
インストラクターさんの協力を得てえっちらおっちら斜面を登る。
登り切って下を見ると・・・うーん、結構急な斜面なのだね。
転んだらちょっと痛そうだ。
「高さ的にはどのくらいあるんですか?」
「そうだね、ビルでいう5階から6階位の高さかな?」
「・・・(汗)」
そういえば私は高所恐怖症だった。
高いなー高いなーと、そればっかりが頭を廻っている私に「一気に駆け抜けてね」「止まっちゃダメだよ」との声だけが耳に残る。
緊張し、半ば固まっていると「はい、オッケーです。走ってー」との合図。
怖いけど、やるって決めたらやるもんね!
歯を食いしばって一気に駆け下りる!
足が、地面を離れた。
自分の足よりも下に人がいるのを見た。
その人は笑っていた。
景色が斜めに流れていった。
「うわーーぁ」と叫んでいたのは自分だったと後で気がついた。
ほんの一瞬だったけど、私は地面と縁を切った。
「どざざざざー」とお尻から着地。
インストラクターさんの指示のおかげで、それでも少しも痛くはなかった。
怖くはなかった。自分で着地しなくちゃいけないとわかっていたから、怖いよりも「次の指示に従えるようにしなくては」との思いが先だったから。
その日は午前中だけで、その体験を3度もさせてもらった。
昼食の時間、スクールに来ていた人たちでお弁当やお菓子を持ち寄りお昼休みをした。
空を見ると、まだ気持ちよさそうに飛んでいる人たちがいる。
雲に吸い込まれていく人たちを見て、あんなに高く飛んでるんですね、と驚くと「雲は人を吸い上げてくれるからね」と言われてまた驚いた。
そういえば中学生の頃、理科の時間に「低気圧、高気圧」と言うのを習ったっけ。
天気がいいのは高気圧。天気が悪いときは低気圧。
低気圧というのは空気が空に上がっていっているから(だから水蒸気も一緒に上がり、雲が出来る。)気圧が下がり、高気圧は空から空気が降りてきているから気圧が上がるって。そうやって、空気は対流しているんだって。
やまねはその時「天気がいい日が気持ちがいいのは空から降りてきた空気を吸うからなんだな」なーんて思ったりしたんだったっけ。
そしてその日、雲が人を吸い上げて行くのを見た。
やまねたちは空気という質量のそこに沈む魚のようなものなのかもしれないという気がした。
日が沈むまでさらに5回もその浮遊感を楽しませてもらった。
体験コースの終了の証明書をいただき、やまねの27回目の誕生日の日はおしまいを迎えた。
一生忘れない、最高の誕生日になった。