やまねは昔、何かの本で「医者と探偵と占い師は似たような商売だ」と書いてあったのを読んだ。
「何を無茶言うんだ、この作者は」なんてな事を思いながら読み進めていくと、これら3つの商売は「可能性を消していくことで真実にたどり着く方法を採った商売」と言う共通点があるのだと書いてあった(と思う)。作者名も本のタイトルも、本の内容すら覚えていないけど、この部分だけは「なるほどねー」と感心したから忘れなかった。
患者が「胃が痛いんです」と訴える。医者は血液検査したり、レントゲンを撮ったり、「何を食べましたか?」「吐いたりはしましたか?」なんて聞いてきたり、はたまた胃カメラなんて飲ませたり、いろんな手段をとって、消去法的に患者の病気は何かを探っていくのだそうだ。
探偵はどうだろう?実際の探偵はどうなのかは知らないけれど、私の良く読む推理小説の主人公なんて見ていくとこれもどうやら一部を除き消去法的に犯人に近づいていく場合が多い。
では、問題の占い師だ。
やまねは未来の予知なんて出来ないと思っている。
その人の過去に起こったことも、簡単にわかってしまうものでもないと思っている。
占い師は人の反応を見て消去法的にその人の人となりを探ることの上手い人が出来る商売なのではないかとやまねは考えている。
そして占いの効力とはその未来を予知してもらうことではなく、第三者に気持ちを話し、そのことで自分自身がどうしたいのかを探る(あるいは本人に探らせるように仕向ける)ところにあるのではないかと考えている。
「あなたの家から西南の方向にお寺か神社があるはずです。そこでお香をたいてください。きっと素直な気持ちになれて、幸せになれるでしょう」そんなアドバイスを受けた友人がいた。
彼女は「私のうちの西南の方向に神社があるなんて私でも知らなかったのにってびっくりしちゃってね、だからそこでお香をたいて、彼に謝ったら仲直りできたの」と喜んでいた。
日本に住んでいれば地図を開いて線を引けば海にでも出てしまわない限りはどっかの寺か神社にぶつかる確率は高いだろうと思う。
そして喧嘩した自分の彼女が素直に謝ってきて許さないような彼なら別れた方が幸せになれる。仲直りできたならそれもまた当然幸せ。
彼女の胸の支えやわだかまりを取って、行動させたのが占いの効力。
やまねはそんな風に思っている。
さて、なぜ占い師の話かというと・・・その「良く当たる占い師」のところに占ってもらいに行く羽目になってしまったのだ。
「彼はホントにすごいのよ?足音を聞くだけでその人の人生がわかっちゃうんだから。」
「占いって言うのの効力は信じるけど、足音聞いただけで人生がわかるって言うのははったりじゃないかなぁ?」
「そんなこと言うんなら、実際に行って確かめてきなさい!」
と言う訳なのだ。
彼女曰く、やまねはまったくついていない人間なので、占ってもらった方がいいというのだ。
まったく、大きなお世話である。
なんてな事を思いながらも、面白そうなので行ってみることにした。
そのレポートはまた後日・・・・