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もうすぐクリスマス商戦始まるぞ |
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私は2回生まれている。一回目は、母の胎内から出てきたとき。2回目は、中国留学から帰ってきたとき。 2回目は、生まれたというか、生まれ変わったのだ。生まれ変わったというのは、別に美人になったり、成績がよくなったり、そういうことではない。私は、まったく新しい価値観を持って、日本へ帰ってきた。異文化の中で暮らした経験は、日本の文化を相対的に見ることができる私を作り出し、それは新しい価値観を私の中で作り出し、私を変えた。 私はまた、生まれ変わろうとしているのだと思う。新しい価値観を持って、自分の人生を生き始めようとしている。そんなときなのだろうと思う。 昨日と今日、仕事を再開した。私はSくんのお許しをいただき、働くことができるようになった。 昨日と今日、私はいろんなことを感じた。 昨日は、Tくんに「自分から見ても、なぜSくんがあなたを許したのか、それ以前に話し合いをすることを承諾したかわからない」といわれた。私だって、わからなかった。 Tくんは経営者として私を首にしたかったのに、会社にどうしても必要なSくんが私のことを「必要だから、いてくれ」といわれたので、Tくんも私がいるのを許したのだ。 すべて、Sくんが私を許したことから始まっている。 どうして許したのか、答えは簡単だった。受付をやってくれる人間が欲しかったからだ。 Sくんは受付が嫌いなのだろう。自分が仕事のことを考えているときに、お客さんが来て考えを寸断されるのが嫌なのだ。 そんなときに、私がいた。私を許したら、私は無料で受付を、それも喜んでするだろう。 私も、フロアに戻るきっかけが欲しかった。 両者の利害が一致した。 そして、私は受付に戻った。 あまりにも簡単で、単純なことだ。簡単すぎてわからなかった。 彼は話し合いのとき、執拗に私を責めて、私の欠点を言い、私のやったことがどんなにひどいことだったのか言い募った。 私は「ここは私は悪いと思っているが、ここは思っていない」と言った。(多分、その私は正しかったとそのとき思っていたことは、全部間違っていると今は思っている) そうして彼が私を責めたあと、「どうしたいのか?」と聞いた。私は「病気がよくなるまで、何も考えられない」といった。それは正直な気持ちで、鬱病患者のセオリーとも言うべきものだ。 鬱病で入院したあと、上司に呼び出されて、「これからどうするつもりだ」といわれたら、「病気がよくなるまでわかりません」と言うだろう。多分、医者はそう答えるように患者に指導する。それが本当のことだからだ。 私がそう答えると、彼は急に「あなたの仕事は給料以上のことをしていた」といった。私は聞き間違いだと思い、「給料以下のことをしていた?」と言ったら、「そうじゃない」といわれた。 そして、ボランティアと言う形でここにいたら?といってくれた。私はとてもうれしかった。 最後に彼は、「今までのようにここに頼らず、ここの先のことを考えてください」といった。びくっとした。私がここというか、TくんとSくんとこの場所に頼って、ここに依存して生きてきたことを彼はなんとなくかもしれないが、わかっていたのだ。 参った。完全降伏だ。 私は彼の言うとおりに、TくんとSくんと職場に依存しない生き方を探そうと思う。それは、私がなんとなく思っていたことを彼が言葉にしたことで、私の中でとても腑に落ちたのだ。彼が言ったからそうするのではなく、彼に私が隠していた秘密を「秘密のつもりだろうが、ばれている」といわれてしまったのだから、今更それを秘密にするより、その問題を直視したほうがずっと良いという結論に達した。 TくんとSくんが大好きで、今私は幸福だといい続けていたけれど、それは繰り返せば本物になると思って事実から目をそらしていたのだ。 3月から、あの場所にいて、私はとても幸せだった。 今まで私は私のことをとても価値の低い人間だと思っていた。ところが、今の場所に来たら、一番最初Sくんは「こんなところにあなたはもったいない。中国語力を生かした仕事を探すとか、いろいろ技術を使った仕事ができるのに」といってもらった。 最初「あなたはこの職場にもったいない」の意味がわからず、「むいてないから、辞めてくれ」という意味なのかと思っていたら、本当にそう思ったらしかった。私の能力の価値がとてもあると言ってくれたのだ。とてもうれしかった。今までの人生で誰もそんなことを言ってくれた人はいなかったから。 そして今回、私はまたしてもSくんから言って欲しいことを、言ってもらった。 「自分に必要だから、居て欲しい」 多分、ずっと私のしたことに対して文句を並べていたから、私という性格は嫌いなのか、うんざりなのか、性格を外へ出さないで欲しいのか、いずれかなのだろうと思う。でも、私という存在は必要なのだ。ようするに、無料で受付をしてくれる人間が。 私は、私という人格と受付をするという能力と、両方認めて欲しい。でも、彼は能力を認めてくれた。2つ欲しいもののうち、1つをくれた。それは奇跡に近いことだ。他人から欲しいと思ったものをもらえるなんて。 だから、働き続けようと思う。 そして、私は二人の居る場所に依存せず、一人で生きていく方策を考えなくてはいけない。 商売をしたいのか、あるいは従業員でいたいのか。 今私は、5年後か10年後には、働きながら研究をしている自分が見える気がする。私は研究を他人から褒めて欲しいから、続けていた。でも、私は研究から離れても私を褒めて、必要としてくれる人を見つけた。探せばもっと何人も見つかるだろう。 研究を褒めてもらうことが、私という人間を褒めてもらうということだと思っていた。それは違うのだ。 私と研究は一体ではなく、別個のものなのだ。研究が悪くても、私自身を必要としたり、「良い」といってくれる人や場所を探しておいて、研究を続ける間も確保し続ければいいのだ。 とにかく、今回のことはとてもよかったと思う。 私はあの場所で働きたいわけではないのだ。あの場所で必要とされる喜びと、朝起きて夜寝るという習慣と、鬱病を少しでもよくするか、あるいは治すかすることを期待している。Sくんは私がSくんが嫌いな雑用をやってくれることを期待している。利害が一致し、話し合いが済んだ。 私はあの場所でもう一度生まれ変わるための繭を作っているのだ。生まれ変わるためには、死ぬほどの苦しみと、今までの価値観の否定と、自己否定と、その中からしか新しい自分は生まれない。私はあそこで繭を作って、死ぬほど苦しんで、新しく生まれ変わるような気がする。 多分、そのために2年間があるのだ。(私の店の賃貸借期限は2年間)そうして、私は無意識にその新しく生まれ変われる場所を探し、D介のそばにはなく、子ども相手の仕事にもなく、韓国の孤児院のボランティアにもなく、やっとやっとあの場所にたどり着いたのだ。 中国の古代に「不老不死の妙薬を探せ」といわれて、日本に来たといわれている人が居るけど、(名前を忘れちゃった)その人と一緒だ。日本に来て、不老不死の妙薬といわれるものを手に入れたとき、彼はうれしかったろう。私もあの場所を見つけ出して、本当にうれしい。 後はあそこに居る時間に、死ぬほど苦しんで生まれ変わるだけ。場所は見つけた。後は私の覚悟と、言いたくはないが努力だけなのだ。 3回生まれ変わったら、私はどんな人間になっているのだろうか。 |
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2002年11月11日03時33分10秒
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Oさんと電話した。すごい長電話になってしまった。 で、中でOさんに言われたことは、「あんたは病気に甘えている」ということ。 子ども相手の仕事をしていたときには鬱病の話は前面に出てこなかったのに、今はなぜ鬱病なのばかりが話に出てくるのか、といわれた。確かにその通りだと思う。 そして、Sくんとの衝突のことも、「よくわからない」といわれた。説明していくと、私の中で「私は鬱病の症状を出すことで、自己主張をしていたのでは?」と思い出した。 私は、病気になることで、「私を見て!私の主張を聞いて!」という自己主張の仕方を今までもしてきたことがある。それは、障害のある母と暮らしていく中で、母から学んだ自己主張の仕方なんだけど、それを母からされるたび、「あー、また。うんざり」と思っていたのに、どうして同じことを自分もしてしまうんだろう。母が私たち家族に甘えていたように、私もTくんとSくんに甘えて、自己主張していたのかもしれないと思った。 「あなたがそこにいるといいことがあるのか?」と聞かれたので、「それはあると思う。フロア全体にも、お客さんにも」といった。「では、フロア全体は、あるといいことがあるの?」と聞かれて、言葉に詰まってしまった。確かに、Tくんのやりたい起業支援は私のやりたいことではない。彼は社会に有意義な会社を作っていく(会社組織でなくても団体として)ことに意義を見出している。でも、私は社会構造全体に問題があると思うので、社会を一部変革しても意味がないと思っている。これは、Tくんからも「考え方が違うから、辞めてください」という発言があった。ちなみにSくんからはないけど。 うーん・・・Sくんに一度「何であなたはここにいるの?」と聞いたことがある。たまたま、Sくんがビデオの編集をしていたところで、「下請けにならずに、自分の好きにこういうのが作れることかな・・」と言われた。それは、何か納得できた。他にもいろいろ理由はあるだろうけど、たまたまちょうどその仕事中だったので、話が出たのだと思う。彼にはお金を十分もらえなくても、居る理由がある。 私には、あるのだろうか? Tくんのことも、Sくんのことも大好きだ。でも、ただそれだけ?たったそれだけかもしれない。そして、Tくんも、Sくんも、多分私が考えている通りの人だったら、私が仕事を辞めても一人の人間として付き合ってくれると思う。「辞める、辞めない」の話でもめたときに、「辞めても、また遊びに来てくださいね」といわれているし。そのときも今も、Tくんがトラブルを大きくしたくなくて、私との人間関係を止め様としているのではなく、彼の本心だったと思っている。だから、辞めても今までどおりの付き合いは続けていける。 じゃあ、私がそこに居る意味って何なんだろう? まあ、今更「社会変革を目指そう」とか思わないし、現実問題として食べていかなくてはいけない。資本主義社会で生きていくには、生活の糧をどこからかもらわなくてはいけない。 では、それは現実にはどうなんだろう?今度から、Tくんの会社は、無給になる。要するにボランティアだ。私個人としては、それは嫌だな、と思っている。お金をもらわないと「ただで働いてやっているのに、なんだ」「ボランティアの癖になんだ」と言うことになって、トラブルの元になると思う。ただ、それはSくんが、Sくんと私との対立を上手く解決するために考え出した案なのだろうと思うから、私は否定しないし、もちろんSくんは5.000円ケチっているわけでもないだろう。経営者じゃないんだから、ケチってもしょうがないし。 私の中では、「しばらくの間は無給で、仕事を認めてもらったら、交渉しよう」と思っていた。 それも、結構トラブルの元かもしれない。 今回の問題を自分の中できちんと解決していかないと、また同じことを繰り返してしまうと思う。 それは絶対したくない。かなり、辛かった。 ただ、「前の彼氏と同じことの繰り返しだな」と思った。前の彼氏とも、同じようなトラブルがあった。鬱病を中心にして。 彼は「鬱病は甘えだから、治せ」といった。私はどうしてもそう思えなくて、また「甘えだ」と思うことがかえって病気を重くした。とても辛いトラブルだった。でも、今回と違うのは私がその現場から離れなかったことだ。 彼に執着するばかりに、彼と連絡を取りたがった。今回は、仕事を辞めるという選択をした。 その違いは大きくて、多分「仕事を辞めさせないでくれ」といって、二人に懇願したら、かえって事態を大きくしてしまったと思う。 問題から、一度離れるということができた私は、上出来ではないかな?と思っていた。 でも、どうなんだろう?本当にそう? 私がここに居る意義って何なんだろう?たとえば、子ども相手の仕事をしていたときに感じたように、私が居ることでほっとする子どもが居る。働くお母さんをバックアップできるということ。 では、今居るところでは?TくんとSくんが助かる?でも、彼らは子どもじゃないよ。手助けのいる子どもじゃない。大人だ。 じゃあ、私にとって何なのだろう?いる意味って。 |
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2002年11月08日23時02分10秒
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入院していたとき、私は4人部屋にいた。大体が、4人か6人部屋で、個室もある。座敷牢みたいなのも一つある。 個々の病室は満員のときが多く、ほとんどの部屋は躁病の人が仕切っているみたいだった。男性はまた別で、アルコール中毒の人や重症の人が多いみたいな感じがした。 私は4人部屋だったのだが、長く入院していた人がいた。25歳の時に発病して、今50代前半といっていたから、四半世紀病気と闘っていたんだ。すごいね。 そういう人は、結局出たり、入ったりの繰り返しになってしまうから、生活基盤がない。仕事もない、家族もないに等しい。 私としては、もう一人の若い女性と変わらずに接していたつもりだったが、その長く入院していた人は私のことを「人がいい」と思ったみたいだった。 まず、私の食べていたお菓子。それから飲みかけのジュースをくれと言い出した。私は日記を見ていると判ると思うのだけれど、至ってアバウトなほうで(Sくんのコーヒー豆代、Tくんのお茶代も私が出しているし、それと変わらない感覚だった)、「どうぞ、どうぞ」とあげていた。 退院の前日、まだ退院が決まっていないとき「ねえ、コーラおごって」といわれた。私は「1本全部、おごれってこと?私から言い出していないのに?たかりみたいだなぁとは思ったけど、コーラをおごった。 よくよく彼女を見てみると、彼女は¥100ももったいながって使わない人だった。 同室の女性が毎日使用代¥100のシャワーを使っているのを「もったいない」といったり、若い女性がお菓子を買う(¥300だった)のを「おお、すごく遣ったね」といったりしていた。 要するに、彼女は生活の糧がないため、お小遣いにも不自由しているのだ。病院にいれば、3食食べられるけど、それ以外のものはない。病院食は、当たり前だがあんまりおいしくない。 そうすると、十分にお小遣いを持っている短期の入院患者にたかる(言葉は悪いけど)しかなくなるのだと思う。 私は彼女によくしてもらったから、何かをお礼にあげるのはかまわない。退院の日は、お菓子を多めに買って彼女に上げた。そんなことは全然かまわないんだけど、彼女から「あれを買って」といわれることに、戸惑いを感じた。 TくんやSくんに、お茶を出すのは私にはお礼の気持ちだから、私に何かを返してくれと思っていない。すでに、返ってきているのだから。 もちろん、彼らも「あれをただでください」とは言わない。私が欲しいかな?と思うものを察して勝手にやっている。 それは、普通の人間関係だと思う。 彼女は、病気とともに仕事や夢を無くしてしまった。本当にそれは哀しいことだと思う。得たのは、コーラ1本分をもらう知恵。 精神病の怖さは、症状の苛烈さより、本当はこういうところにあるのではないだろうか?と思った。 |
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2002年11月08日20時31分10秒
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一昨日、退院しました。 病院もいいけど、シャバもいいね。閉鎖病棟だと自由に動けないのが嫌だった。いろいろ感じた3週間弱でした。 さて、働かないと、食べていけないぞ。 |
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2002年11月08日20時13分10秒
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Sくんとの話し合いのときも、以前Tくんと話したときも思ったのだけれど、彼らは私に「社会復帰」していただきたいらしい。まあ、なーーんて親切。でも、何で? 私は社会からはみ出ていますか? 「人は生まれながらに社会の子」などと、マルクス主義者っぽくなることもないけど、私は社会からはみ出している、あるいははみ出さされているという意識がまったくない。 そういうことを言う人の中には、「まっとうな人間が作る社会」と「それには入れないかわいそうな人々」の二つがあるのかな? Sくんが「でも、毎日働く人の中に入りたいでしょ」というから、「いや、金をくれるんだったら、働かないでいるよ」といいたかったけど、まあ現実的にはお金がないので働かないといけない。 でも、私が徐々に体力をつけて、週休2日、残業多少ありの経理の仕事でも見つけて、転職したら二人はうれしいのかな?私はぜんぜんそんなのうれしくないけど。二人の喜んだ顔を見て、韓国へボランティアの旅に出てやるわ! 私が二人と一緒に働いているのは、病気を治すためでもない、体力をつけるためでもありません。 私の中で、今一番それがしたいことだから。それ以外になんの働く動機があるの。 ぷんぷん。 |
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2002年11月04日0時09分10秒
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ということで、私の入院でお流れになっていたSくんとの話し合いも、2回目の仮退院のときにした。 その前の日に、いつも話をするOさんに電話をした。「どうしてこうなっちゃったのか、私にもよくわからなくて・・・」というと、まあ私の鬱がわからないんだろうということもあるだろうけど、Sくんは「男の意地じゃない?」といっていた。「何ですか?それ」って言ったら、「俺に話を通さなかった、俺の顔をつぶした、俺をたてなかったって、あれよーー」というので、「はぁー」と言ったら、「まあ、悪いと思ったことは謝ったほうがいいわよ」という。私が鬱の時の態度はよくなかったと反省していたので、それはきちんと言おうと思った。 翌日の夜、二人で話し合いをした。 Sくんは話をするといい人なんだけど、相手を緊張させるタイプなんだ。Sくん本人は気がついてないみたいだけど。で、緊張しまくりで話をした。 まず、演劇のときに私の態度が悪かったこと。ものすごく怒っていた。私も悪いと思ったので、謝った。 待遇のこと。試用社員にしてくれといったり、辞めたいと言ったり、わがままだということ。それは、私は社員になりたかったけど、私の体力では無理で、あきらめたのだということを説明した。私は6年間病気で寝たり起きたりで、1日起きていることがほとんどなかったし、そのために努力して働いていたけれど、体の弱い部分にすごく負担がかかって、ひどい腹痛にもなったし、鬱のために休まざるを得ないときもあった。それを「早退が多い」と一くくりにされるのは、辛いと思った。それも、「それはあなたの仕事の限界ですね」といわれたので、「はい」といった。 それから、私に仕事の連絡がなかったこと。「あんた何様のつもりだよ。何の仕事しているの?」といわれたので、「カフェの受付です。でも他の仕事も全部聞かれるのは私なのに、何で私だけカヤの外だったの?」といった。それは「自分の仕事ではないから、Sくんへ聞いてください」と言えというので、そうしたと言った。それはそのままで終わっちゃったけど、ここが重要ポイントだと思うんだけどな。 大きなイベント(そりゃ、広告代理店がするようなイベントとは規模がぜんぜん違うだろうけど)のときに、たとえば仕切りのSくん一人に情報を集めるより、共有したほうが何かあったときに迅速に動けるのに。 インターネットの始まりってそう。米・ソ対立で、一つところに情報を集めておくと、ソ連が攻めてきた時危ないというので、情報をあちこち行きかわせるようにした。どこかが攻撃されても、他の場所では情報が動いていることができるように。そういうことって重要だと思うのだけど。 でも、ここで喧嘩しても不毛なプライドをかけた意味ない争いになりそうで、怖かったので黙った。 ここは、鬱病の人の状況を察して何とかできるようなリハビリ施設じゃない。といわれたので、それはそうだなぁと思って、「うん」といった。 そのあと「あなたが鬱の時に出す、マイナスのオーラってすごい」とSくんが言った。私はそれは始めて言われたので、すごくショックで泣き出してしまった。(本当に根性なくてすみません) するとこのあたりが記憶があいまいなんだけど、「じゃあ、無給のボランティアで鬱になったら帰ることにして、元の仕事に戻ったら」といわれ、「へ?」と思ったのだけど、もちろんそれは私の希望するところなので、OKした。 と、言うことで復帰することになりました。って、何で?何でSくんは許してくれたの? D介に国際電話をかけたら、「それはあなたの重要性を認知したんでしょう。あなたのいない間に」という。うーん・・・確かに受付の仕事って、煩雑な割には達成感が少ない。接客が嫌いだと、きついかも。特にSくんには向いてなさそう。彼は、技術系の人だから。 まあ、それでもいいかー。また、二人と一緒に働けるんだし。月給5.000円分無くなったのは、Sくんのコーヒー豆を安いのにして埋め合わせようっと。 闘病生活もあと数日で終わりそうです。 |
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2002年11月03日23時55分10秒
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最初の2週間は、不満がなかった。ただ、長くいて、多分私が元気を取り戻しているせいだと思うけど、最近は不満が出てきた。 私がいるところは閉鎖病棟なので、出歩く時間帯が決まっていて、看護婦さんの許可がいること。同室の人がどうも躁病らしく、眠るかしゃべるかしている。本当に勘弁してほしい。他の3人は鬱なのに、何で一人しゃべっているのよ。ホントにーーー! 生活の不満は、それほどないけど、(同室のおばさんは本当にいや。「いつウンコしているの?」といわれて、わが耳を疑った。普通いうか?そんなこと)2回ほど仮退院をしてきた。 知的障害があって病院へ入っている人もいる。65歳だそうだけど、みんなに「Kちゃん」って呼ばれて、本人も自分のことをそう呼んでいる。 彼女が「どうして話をしてくれるの?」というので、「Kちゃんは感じがいいから」と言ったら、Kちゃんは「Kちゃんがかわいいから?ちっちゃいから?」というので、「うん」と言ったら、とても喜んでいた。知的障害だけでなく、お母さんが亡くなったときのショックもあるらしいということだった。 とてもいい人だったけど、退院してしまった。帰る日は「ここに居たいよー」と泣いて大変だった。病院で、みんなとわいわいしていたほうがいいんだろうな。彼女にとっては。 それでも「また来てね」って言った看護士さんを叱り付けていた。やっぱり日本のおばあちゃんだった。 |
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2002年11月03日19時21分10秒
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本当は、こんな田舎で入院したなんて書いちゃいけないんだろうなぁ。親もばれるのをすごく心配しているし。 ま、でもとりあえず入院しました。 19日の土曜日朝、Tくんから私に正式に「事務室立ち入り禁止」というメールが来た。それは当たり前なんだけど、私にはショックだった。 おまけにボランティアのおばさんに「Sくんと話し合おうと思っているんです」と言ったら、「いまさら、何を話すの?」といわれ、それはそうだよなぁーと思っていたら、急激に鬱が悪化してしまった。 家に帰って、普通の3倍くらいの薬を飲んで、眠ろうとしたんだけど、眠れない。すぐに病院へ電話して相談したら、「担当医はいないけど、すぐ来てください」ということだった。タクシーでかけ付けて、自殺してしまいそうなことを訴えると、すぐに入院になった。 ただ、入院に関して不安なことがあった。今までいろいろな噂などで聞いていたこと。たとえば、 病院へ行くと薬漬けになって、本当の自分を取り戻せなくなる。(現実に悪質な病院では、いまだにあるらしいということを聞いている。ホントウ?) 看護士さんが患者を呼び捨てにする。(朝日新聞の投書欄にあった。でも、今から20年も前だし、長期の閉鎖病棟のことらしかった。) 一回入ったら、出てこれない。(私は、「入りたい」といった任意入院なので、そんなことはない) 看護士さんが暴力的で、管理が厳しい。(この辺は、刑務所か軍隊と混同しているのだと思う) さて、入るとなって、どうしようと思ったけれど、自宅で一人戦っているより、入院したほうがいいだろうと思って、恐る恐る、それでもえいっと入院した。 入ってみたら、清潔なベットと親切な看護士さん、看護婦さんがいて、とてもうれしかった。精神科の病棟は、なぜか男の看護士さんしかいないと思い込んでいたから、看護婦さんがいてうれしかった。 ただ、最初に薬を多く飲ませるのは本当みたい。その方が病状を抑えやすいとものの本に書いてあった。私も足腰が立たなくなってしまって、弱い薬に変えてもらった。 最初は、ずーっと寝てばかりで、食事をしなかったので、看護婦さんに栄養剤のような缶ジュースを飲ませてもらった。そのとき看護婦さんに、「かわいそうに、大変だったね」といわれたのが印象的だった。 確かにここの看護婦さんて、威圧的な人はいない。病人に寄り添うように看護してくれる。本当に、白衣の天使に見えた。 |
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2002年11月03日19時20分10秒
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今日はとても疲れた。 一体、私はどうしたらいいのかわからない。 私とTくんは仲良くしていると思う。少なくとも、表面上は。私はTくんのことが人間としてとても好きだ。 今日、うちでたまたま詩吟の教室が開かれていた。詩吟のときは音楽をとめるように生徒さんたちから言われていたので、「Sさん、詩吟なので音楽を止めます」といって、事務室に入り音楽を止めた。 しばらくして、Sくんが事務室に入っていって、音楽をかけた。詩吟と音楽が一緒に流れている状況だった。しばらくして、Sくんは「関係者以外立ち入り禁止」という紙を事務室のドアに貼った。 Sくんは私がまだ事務室に入り込むのが気に入らなかったのだと思う。だから、そういう貼り紙をしたんだろう。 確かにTくんからは、「事務室への立ち入りはあまりしないほうがいい」と言われていた。ただ、私は単純な好意でプリンタの紙がなくなりそうなお客さんに紙を取ってきたり(そのお客さんは常連なので、「私首になったんで事務室は入れないんです」と言えなかった)、事務室にLANカードを取りに行ったり、コーヒーをいれるために冷蔵庫に入っている豆を取りに行ったりした。意味なく入り込んだことはないつもりだけど、彼には我慢できないことだったのだろう。 要するに首になったのだから、分を知れということだ。 一緒に仕事がしたくないのはわかった。だけどまるで嫌がらせみたい。 一体、彼は何が気に入らないのか。私が鬱病で休んだこと?受付の人にきつい言い方をしたこと?演劇をけなしたこと?営業妨害だといったこと?一言挨拶があれば、これほどもめなかったと言ったこと? 申し訳ないけど、受付の人にきつい言い方をした以外は、悪いことをしたとは思っていない。 結局、私が言い出して、今度二人で話し合うことにした。 だけど、私はいくら話し合っても理解できない人間同士がいることを知っている。 Sくんの態度は子どもっぽいと一見うつるかもしれないけど、私はかえって潔いと思う。紙を貼るより、一言口で言ったほうがいいと思うけど。 このフロアにはおばちゃんがいっぱいいるが、陰ですごい悪口を言っているのに、表面上は仲良くしている。ニコニコ笑いながら、その人が帰ると悪口を言う。私は鈍感だから、そうやって帰ってから悪口を言われていたりするのにずっと気づかないんだよね。 ここへ来てから、そういう不気味な人間関係をたくさん見てきたので、彼が「嫌だ」という感情を表に出すのは、別に悪いことじゃないと思う。だけど、態度が潔いのと自分がされるのとはまた別だ。 多分、彼は私の日記を読んだのだろう。わざとらしく、コーヒーを残してあった。電話の内容を伝言しても無視された。それを見て、「ああ、怒っているんだ」と思った。 あの演劇の日から、彼は私に口をきいていない。聞いたのは、Tくんに「あの女とは一緒に仕事をしない」と言ったということだけだ。「一緒に仕事をしない」ということは、彼にとって「人間関係すべてを止めたい」という意味だったのだろうか。Tくんは一緒に働いていなくても、態度はそのままなので、「仕事をしないというのと、人間関係を切りたいというのは別だよな」と勝手に解釈していた。Sくんにとっては、「仕事をしたくない」というのは「人間関係すべてを断ち切りたい」という意味だったんだろうか。 本当に嫌いで、顔も見たくないなら、はっきり本人に言ってほしい。それでも好かれようなんて努力はしないから。私も潔くあきらめるから。 どんなに努力しても好きになれない人間はいる。仲良くしたいと思っても、できない人間がいる。 次回のイベントは、お店を移動したり閉めたりしないでやるという。主催のMくんは「ご協力お願いします」とチラシを持ってショップのみんなのところを回っている。 少なくともTくんとMくんは私の言った「一言挨拶したら上手くいくのに」ということと、「営業は止めないほうがいい」というのは納得しているのだと思う。別に私が勝ったとかそんな風に思わないし、「これで無用なトラブルが減る」と思う。 正論を吐くということが、いかに危険なことか今回判った気がする。正論を吐きたかったら、言い方を考えて、作戦を練ってから言うべきなんだ。私のように感情のままに言うのはよくない。 あとは鬱病がどんなに恐ろしい病気かということ。今回、私は自殺していても別におかしくなかった。止めたのはTくんの私に対する真摯な態度だ。今死んだら、彼の明るい一生に薄汚い汚点を残しそうで嫌だった。彼の人生は明るくあってほしい。あんなに毎日苦労しているんだから。 |
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2002年10月18日23時37分10秒
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今日も昼からの重役出勤だった。 コーヒーをいれようかなとSくんのコップを見たら、きれいだった。Tくんのところへ行って、「あれ?誰か洗ったの?」と言ったら、「ああー、自分で洗っていたよ」という。 ふーん、今までそんなことしたことなかったのに。「へー」といって、戻ろうとしたら、Tくんが自分のコップを取って当然のように「はい」と私に渡す。 むむむむ?私は会社を首になったはずでは?何で当然のように、お茶のコップを渡されるの?事務員でなくなったのでは??? でも、私は知らん振りしてコップを受け取って、洗ってお茶を入れた。 T君の中では、私を首にしたって意識がないのかなぁー。まあ、「このくそ女!首にしてやったぜ!」と思っていないのは確かなんだろう。 普通にしゃべるし、普通に接してくれる。「お前は他人なんだから、以前とは待遇が違うんだぞ」という態度を絶対見せない。えらいなー。 私だったら、あれほど騒ぎを起こしたら、(日記を読んで最近は反省の日々)「お前なんか、知るか。ふん」という態度をしちゃうけど。 Sくんも、この2日はコーヒーに手をつけるまでに時間がかかったけど、今日はすぐに飲んでくれた。 実はよく行くマッサージの先生(うちのビルのB館2階)に愚痴ったら、「謝っちゃいなさい」という。「えーなんて謝るの?私の言っていること、間違っていますか?あ、言い方が悪かったっていえばいいのか。鬱病で休んでごめんなさいは言いたくないです」と言ったら、「悪いと思うから謝るんじゃなくて、歩み寄るために謝るってこともあるのよ」という。さすが67歳、言うことが深い。 それで「今日こそ謝るぞ!」と思っていったのに、彼はジョイフル本田に行ったまま帰ってこなかった。待っていようかと思ったけど、やっぱり疲れているみたいで7時前に帰ってきてしまった。 明日こそ、ちゃんと謝るんだ。でも、「病気で迷惑かけてごめんなさい」は絶対言わない。だって病気は病気で、人に謝ることじゃないもの。「言い方が悪くてごめんなさい」ってちゃんと言おう。タロットカードには、時間がたてばコミュニケーションがとれるって出ているらしいし。私が臆病になっちゃいけないらしいし。 明日、疲れないで待っていられるかなぁ。さすがに就業中にそんな話できないものなー。 |
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2002年10月17日20時57分10秒
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うちのフロアのタロット占いは当たると評判だ。Mくんがやってもらって、その評判を聞いてSくんがやった。昨日、私もやってもらった。 「仕事は、この職場は縁があるというか、働いていてよかったと思う職場だって出ているけど、あれ?上司が神経質になっているカードが出ている」 思わず無言になってしまった。会社を首になっても、私はショップで入っているから、上司といえばSくんは上司。 「これからの対策を考えてくれる?」と言ったら、「コミュニケーションをとる様に努力したほうがいいって。今、すごく怖がっているから、それを忘れて、いろいろコミュニケーションをとる努力をしたほうがいいですよ」といわれた。 早速、いろいろ考えて、Sくんにコーヒーを入れた。演劇の日から口をつけてくれなかった、私のいれたコーヒーだ。お客さんが来ていたので、その人に入れる振りをして、一緒にいれた。 なかなか口をつけてくれずに、うろうろ彼の周りを回ったけど、2時間後くらいにやっと飲んでくれた。嬉しかった。 今日は、お客さんもいなかったけど、彼にだけいれた。またなかなか飲んでくれなくて、うろうろしたけど、やっと口をつけてくれた。 挨拶をしてもまだ返ってこないけど、ちょっとずつ仲良くなればいいよね。 |
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2002年10月16日22時38分10秒
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若いということは、未熟ということだ。私自身も痛感しているのに、同じことを繰り返してしまうのは、私がまだまだ未熟だということだろう。 いつになったら大人になるのか、何が大人なのか、聞かれると困るけど。 今日、Sくんがタロット占いのところへ入っていった。「ふーん、新規出店の人のところへ様子を聞きにいったんだ」と思っていたら、しばらくしたら占い師さんと座る位置が変わっていた。 どうも、自分の相談にいったらしい。 その背中を見ていたら、「彼って、若者なんだよな・・・」と思った。 初めて自分が仕切ったイベントを私に「若者のオナニー」といわれ、「仕切りが悪い」というようなことを言われ、挙句に同じところのおばちゃんたちにも言われる。 私だったら、どんな気がするだろう?と思った。 「若者のオナニー」って、私よく使うんだよね。うちの担当教授の口癖が移ったらしい。先生は「それは学者のマスターベーションだ」とよく言う。「マスターベーション」というのは私の世代の言葉ではないので、どうも世代が変わって「オナニー」になったらしい。 日記によく出てくる後輩のD介は「あんたのオナニー論文」とか「オナニーレジュメ」とか言われて、切れていたっけ。そうねー。日常的に使わない言葉なのね、これって。 占いをするってことは、彼もいろいろあるんだと思う。私とのトラブルで、2千円も出して占いするとも思えないし、個人的なこと、将来のこと、自分の友人のこと、家族のこと、いろいろあるんだろう。 占いをしている彼の背中は、本当に若者のものだ。 若いことがいいことなんて、思わない。年をとるとわかることがいっぱいある。TくんもSくんも、そして私も未熟だったってことなんだろう。 明日、たぶん無視されるだろうけど、Sくんに挨拶してみようと思う。 ごめんね。 |
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2002年10月14日21時23分10秒
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首になってから、1日目だ。夜早く寝てしまったので、朝、早めに目が覚めた。布団を干して、部屋掃除して、家を出た。 すると、目の前に見覚えのあるかばんを下げた男が・・・Sくんだったので、ビルの周りをぐるっと一周してそれから出勤した。あんなのと同じエレベーターなんて、嫌だから。 朝出勤して、ビーズを作っていたら、気持ちが悪くなってきてしまった。結構細かい仕事なので、吐き気がしてきたりすることがある。疲れているのかもしれない。 あとは、本を読んだり、ボーっとしたりしてすごした。 うちでビーズを売っていることを聞いて、お客さんが口コミでやってきてくれた。それで2つ買ってくれて、うれしかった。今月、結構きついんだよね。思っていたほど、外部の展示会が売れていない、というか交通費を考えると赤字かも。 その人は、「ビーズがとても好きで、好きで、たまらないのよ」といって、いろいろみて買っていってくれた。 商売をしていて思うのは、思い入れのある商品って、結構売れないものだということ。私は、ビーズにはそれほど興味がない。作ると面白いし、「へー、こんな作り方もあるんだ」とか、いろいろ思うけど、「これで一生食べていくわ!」という気持ちはない。 かえって、そっちのほうが売れる。冷静に売れ筋を考えられるし、販売方針を立てたりもできるから。 というのも、コリアングッズが売れないのよねー。私はとっても好きで、青磁の小物入れとか、いくら見ていても飽きないのに。 でも、ぽつぽつ売れるようになってきたから、ちょっとづつ頑張るしかない。 今日、一番感じたのは、私って結構いい店員だったかもってことだ。Sくんて、私にも返事をしないけど、お客さんにも返事をしないのね。お客さんに呼ばれて返事をしない店員て何なんだろう?それは、他の人たち全員にもいえることなんだけど。 「はい、今行きます」の一言くらいいえよと思う。そこまで言わなくても、「はい」だけとか。 まあ、他人の商売に口を出してもいけないか。 そのフロアの占い師で年配の人のほうが、とても当たると評判だ。今日、来たら見てもらおうかなと思っていたけど、今日はお休みだった。 彼女によると、私は商売に向いているらしい。そうねー。接客業って面白い。たくさんの人と会って、それでいて人と濃密な関係を築かなくてすむから、楽。だって、お客さんとして来ている時間は大切にして、それ以外のときは私は私の時間が過ごせるから。 これがたくさんの人と働くのだと大変だけど。 うちのフロアにお弁当屋さんが入っていて、給湯室とそこの休憩室が隣同士だからよく話が聞こえてくる。みんな集まって、よく人の悪口を言っている。誰のことかわからないけど、すごく怖い。勢いがある。 ああいうのは、いやだなー。同じフロアで働くおばさんが、昔そういうおばさんたちのパートに混ざって働いていたんだって。すごく苛められたっていわれていた。確かにちょっとぬけた人ではあるんだけど、それがご愛嬌。でも、そういうのが嫌いな人にはむかつくかもね。私は同じ店で働いているわけではないから、彼女がぬけていても関係ないし。 まあ、今の仕事も結構面白いと思う。 それにしても、Tくん。私はくびになったはずなのに、事務室のごみ掃除とか、買い物とかやらされた。スタッフのときと同じ扱いじゃん。荷物運びの手伝いもさせられたし。 掃除をしていたら、演劇の主催者の人が来て、「演劇のお礼に事務室の掃除をしようとみんなで言っていたんですよ」という。ふーん、それは殊勝な心がけ。じゃあ、どうしてそのとき目の前で掃除をしている私とTくんの手伝いをしないの。 そう思ったんだったら、口に出す前に手を出しなさい。そして、手を出しながらいいなよ。 ほんっとに、口だけね。 私もTくんに「口動かす前に、手を動かせ」とか言われたけど、それはおしゃべりが多いってことでしょう。「今働こうと思っていたんですよ」って言いながら、何もしないことはないと思う。だって、失礼でしょ。おまけに私たち、スタッフじゃなくて、他人よ。 それに、Sくん。Tくんがアレルギーもちなのを特別扱いなさらないらしい。ご立派だわ。でも、彼がごみに触ったら、どれだけ皮膚が痒くなるかそれくらいの想像はつかないの?彼がごみを触っていたら、代わりにやってあげるのが普通の感覚だと思うけど。それも「特別扱いしない」ってこと?で、Tくんは夜、痒みをこらえるわけだ。自分は触ったって、痒くならないくせに。本当にご立派な心がけよね。 私も若い頃、おんなじこと言われたなー、Oさんに。そのときは、「うるさいばばあだ」と思ったけど、それって人と人が一緒のところにいる場合は、当たり前の気遣いなのよね。 ま、Sくんのお作りになりたいコミュニティは返事もない、能力主義で働けない人間は追い出されてしまうものらしいから、まあ、Tくんも頑張って働いて。 でも、今日一日見ていて、私の接客能力はSくんよりもあると思った。常連の顔くらい覚えておけ。 |
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2002年10月13日23時15分10秒
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