最近、話題が錯綜しております。
初めての方は、一番下から読んでくださると、うれしいです。
ちゃんと整理する予定ですので、それまでよろしく。

母からお金を借りることになった
 結局、いくら計算してもお金が足りなくて、母から借金することになった。

 情けなくて、今日は悪い夢を見そうです。
2001年10月18日 01時42分48秒

お金のこととか、いろんなこと
 お金がない。

 パソコンの入力の仕事が、上手くいっていないのだ。先行投資でパソコンと業務用プリンタとソフトを買ってしまった。それはみんな、冬のボーナス払いなんだよね。
 お金がないということが、こんなにストレスになるとはおもっていなかった。

 親は、「あんたは子供相手の仕事のほうが向いてるんじゃないの?」というけれど、月に4万円じゃあ、これから先の人生不安だしね。
 今は病気だし、両親が生きているから、まあ、食費は入れているけど、住むのにお金は要らない。

 このインターネットもケーブルテレビに接続しているんだけど、親はケーブルテレビ料金を銀行引き落としにしているから、まだ気がついてないみたい。
 気がつくまで、ばっくれちゃおっと。
 とほほ、両親にお小遣いをあげてる友達だっているっていうのに、情けない。
 でも、病気だし、大学院生だし、あきらめてもらおう。
 だって、就職したくったって、就職できないんだもの。できないものは、しょうがないよ。

 うつ病には、甘えも必要なんだな。(一人で納得)

 お父さん、お母さん、私がパソコンの仕事で大金持ちになったら、とりあえず、家の窓ガラスをアルミサッシにしましょう。あと、食器洗い機も。

 ああー、とりあえず食べていけるだけのお金がほしい。
2001年10月17日 19時40分06秒

薬が増えた
 今日の午前中、青木先生のところへ行ってきた。調子が悪いという話をしたら、抗ウツ剤が一種類増えてしまった。
 嫌だなー。
 薬を飲むってことに、やっぱりまだ抵抗がある。
 「胃腸が具合悪かったのは、整体で治りました」っていったら、青木先生は、「すごい先生だね。食欲を出させるなんて」っていってた。さすがに「レイキ・ヒーリングです」とはいえなかったよ。

 でも、今日もらった薬を飲むかどうしようか、考えてる。
 「せき元気堂」ですごく調子がよくなったから、そっちをメインにしても良いかと思っている。

 昨日ヒーリングしてもらったら、すごく頭がすっきりしているんだよねぇ。いや!でも、「やってもらったから、調子よくなっているはず」っていう、プラシーボ効果かも。信じないぞ、私は。ヒーリングなんて。
 じゃあ、行くなって。

 今日は休日だけど、朝起きられたし。起きて、これを書いていたら、仕事が舞い込んで、ふむふむ調子良いぞ、って感じ。
 ちょっとは抜け出られたのかもしれない。

 もう少し、前の薬のままで、やっていこうかな。それで、どうしてもだめだったら、飲む。っていうふうに、保険みたいな形で持っていても良いかも。
 あっ、でも、抗ウツ剤って、飲み始めてから、効き始めるまで、10日くらいかかるんだっけ。

 青木先生は、昔かかっていた先生と違って、ちゃんと薬を減らすことも考えてくれる先生だし、薬を飲んだほうがいいのかなぁ。

 とりあえず、仕事をする気になっただけでも、「せき元気堂」に感謝。
 ちょっと眠って、仕事しようっと。
2001年10月17日 13時49分42秒

謎の「せき元気堂」
 胃の調子がひどく、ほとんど食事ができなかったので、整体に行こうと思った。以前、整体に通って胃の調子がすごくよくなったので、「私の体には整体があっているのだな」と思っている。ちなみに鍼はまったく合わない。

 インターネットの掲示板で見つけた、「せき元気堂」というところへ行ってみた。
 ここは太田山のほうにあるところなんだけど、できたての所。若い男性の先生が見てくれた。
 整体の腕はすごくよかった。で、「うちはレイキ・ヒーリングっていうのをやっているんです」っていう。レイキとは、霊気のことらしい。私はそういう科学で説明できないものが大嫌いなのだけど、流れ的に断れずに、やってもらった。

 これがまた!きくんだよ!なんで!
 先生が胃を触ると、(服の上からです。念のため)「ぐーぐー」って動くんだよ。全然食欲がなくて、動かなかった胃が!
 つい、はまってしまって、2.3日おきに通っています。食事もできるようになって、今日も夕食をお茶碗2杯半も食べてしまった。
 今日は、意を決して、自分が鬱なのを先生に話をした。こんな田舎でうつ病なのを言うのは勇気がいるし、信用できる人にしかしゃべれないと思っていたから、東京でかかっていた以前の整体の先生にも話していない。
 なんで、しゃべっちゃったんだろ?なんか、この人は偏見もなく、言いふらしたりもしない人だ、と思ったのだと思う。事実、「守秘義務があるから、大丈夫」って言っていたし。
 医者でそういう人はいるが、整体師でそういうことをいう人は少ない。

 それにしても、レイキ・ヒーリングって?
 ほんとに調子よくなるんだけど、なんで?
 信用できないけど、この体の具合がよくなったっていう事実は、何?
 でも、本当に胃の調子がよくなってよかった。まだ、本調子ではないけれど、食事もちゃんとできるようになったし。

 もうはまりそう。だって、体の調子がよくなるのが一番だものね! 
2001年10月16日 20時44分38秒

新学期、大学で
 新学期(うちの大学は9月半ば)、私と後輩は大学院の授業が終わって、駅への道を歩いていた。
 うちの大学は、いまどきの大学にありがちな郊外型なので、山の上から駅までうちの大学の学生しか歩いていない。
 ぞろぞろとたくさんの学生に混じって歩いてくると、途中の道の車止めに女の子が座っている。
 おしゃれな女の子だったが、顔を腕にうずめているので顔は見えない。
 ん?と思ってみると、彼女の左腕には、明らかにリストカットのあとがあった。
 よっぽど、「具合悪いの?」と声をかけようと思ったが、後輩はどんどん歩いていく。
 彼はその日バイトだったのだ。
 私は、「ねぇ、今の子、パニック障害かしら?」と言ったが、そのまま駅まで歩いてきてしまった。

 声をかければよかったな。
 私はいつも、抗不安剤のセルシン5mgを持ち歩いているから、あげることもできたのに。

 具合が悪いけど、新学期だから無理して学校に来たんだろう。うちの大学は、これもありがちなマスプロ教育のところで、最初と最後の授業だけでれば、単位が取れるんだ。
 いまだに気になる風景だ。
2001年10月16日 14時47分41秒

ストレス度が高いらしい
 昨日、「自分でできるストレス度チェック」とかいうのを、HPで見つけて、やってみた。
 私は、めちゃめちゃストレス度が高いらしい。
 自分で自覚がないのが、情けない。だから無理して、病気をひどくさせちゃうんだな。

 でも、ストレス源というのが見つからない。

 考え付くのを列挙してみると、

 お金がない。
 →欝で体の調子が悪いんだから当然。それに、子供相手の仕事と一緒にパソコンの仕事もしている。収入は出来高制だから、月に8万から20万くらいの間を上下。大学院生なら、これで十分。

 友人がいない。
 →毎日のように話す大学院の後輩がいる。他の女友達は、今子育て中。なかなか、連絡が取れないのは当然。

 研究が進んでいない。
 →今は研究を一休みして、40過ぎて、病気が治ったら再開しようと思っているから、かまわない。

 子供相手の仕事先の人間関係が上手くいっていない。
 →私とA先生はとても仲がいい。何でも相談にのってくれる。子供のおやつにカップラーメンを出すようなB先生と無理して仲良くする必要はない。

 思いつく限りだしてみたけど、ストレス源てないじゃん。2月末までうつ病でほとんど寝たきりだった。それから、まだ、半年ちょっと。
 ストレス源がなくなっても、この病気は簡単には治らないのだろう。
 ゆっくり時間をかけなくてはいけないのだろう。あせるのが一番よくないのだろう。
 ゆっくり、ゆっくり。人生は長い。そしていろんなことがある。明日のことを考えて、生きていこう。
2001年10月15日 22時42分53秒

鬱がひどい
 青木先生のところへ行って、体の調子も、精神状態もだいぶよくなってきた。だけど、やっぱり、鬱だ。
 今まで、気がつかなかった自分も変なんだけど、体が動くのがうれしくて、ハイテンションだったんだな。

 最近、というか、7月半ばから体の調子が悪い。食事がまったく取れない。いつも胃痛がする。
 結局、それでも無理して働いていたら、8月末に過労で入院しちゃったんだけど。

 私の今の状態としては、
 ・焦燥感、自殺願望などはなく、精神的に落ち着いている。
 ・つねに胃痛がし、食欲がない。
 ・寝つきが悪く、朝起きられない。
 ・つねに奥歯を噛みしめている。
 ・いつもなら楽しいことでも、楽しめない。
 ・休みの日は何もする気が起こらず、ずっと寝ている。
 などなど。

 これを友人に言われたら、「あなた、うつ病が体の状態としてでいてるのよ。ちゃんと治療しなきゃ」というと思う。
 要するに、私はまだ、鬱真っ只中というわけだ。
 もちろん、以前よりはずっとよくなったけどね。

 昨日も母親とけんかしてしまった。私が夜中にパソコンをやっていたのが原因だった。
 「そんなことするなら、精神病院へ入院しろ」っていわれちゃった。
 仕方なく、母の部屋へ行って「私は今具合が悪いから、夜眠れないし、昼間寝てしまう。具合が悪いときに、余計具合が悪くなるようなことを言わないで」といった。
 すると母は、「自律神経失調症が直る本」とかいう本を出してきて、「この本にはこう書いてある」とかいって、本を読み上げようとする。私は、「お母さん、私は自律神経失調症じゃなくて、うつ病とパニック障害だよ」というと、母は不服そうに「そう」といった。
 今日もバイトから帰ってきたら、機嫌が悪い。
 生活費が稼げるなら、この家をでてくけど、そこまでバイトできないから、家から出られない。
 母としては、成績優秀で留学までさせた娘が、うつ病なんておどろおどろしい名前の病気になったのが、嫌なんだろう。でも、現実を見てほしいよ。

 「あなたの娘はうつ病なんです」

 私も、自分自身が直ったなんていうのは、誤解だった。まだ直りきっていない。きちんと治療しなくては。
2001年10月15日 20時20分10秒

心療内科と精神科
 心療内科が流行らしい。これって、どんな科なの?

 以前「心療内科医 冴子」だったっけ?室井滋が主演したドラマがあったよね。ちなみに私は、室井滋・小林聡美・もたいまさこのファンだ。(年齢、ばれました?)
 あれで気になったのは、まあ、拒食症とか、水をやたら飲む患者とかが出てくるんだけど、患者が全部女性なの。どうして?
 女のほうがそういうわかりずらい病気になりやすい、って思い込みがあるんじゃないの?

 それに、心療内科が「精神科だと恥ずかしいけど、心療内科のほうなら行きやすい」っていう患者の逃げ道になっている気がしてならない。

 うつ病はうつ病。パニック障害はパニック障害。必ず治る病気です。

 精神科、いいじゃない?行ってるって、公言したいよ。

 でもできないんだ。
 私が働いている教育関係の仕事も、本当はここではっきり仕事名を言いたい。
 でもね。特に小さい子供相手の仕事だから、「精神病の先生なんて」って保護者から言われたら、って思うと怖いの。この仕事は絶対にやめたくない。私の天職だと思っているから。

 精神科と聞くと、びびる人の気持ちもわかる。変な犯罪が起こると「精神科へ通院歴あり」って、いうでしょう?

 それに、正直言って、身体障害者だって、不気味な感じがすると思うよ。うちの母がそうなんだけど。ただ、今までの教育と障害者の活動の成果で、そう思うことはよくないことだと教えられているだけだと思う。精神障害者だったら、もっとでしょう。

 「根性がないからだよ」「おかしいんだよ」って、私も今まで、たくさんの偏見にさらされてきた。
 今、思い出してもむかつくよ。正直言って、「あいつら、不幸になれ」って思っているよ。そう思う私を、ひどい人間だと思うと思うけど、ものすごく傷ついたんだ。

 「精神科へいってます。うつ病から、今はパニック障害なんです」って言いたい。言えたらなーって思う。

 そういえる日まで、精神病者が努力しないといけないのだと思う。
2001年10月14日 20時09分34秒

「いのちの電話」はなぜ通じない
 今は調子がいいので、(先のことはわかんないけど)必要もないし、親の目もあるから電話もかけられないのだけれど、「いのちの電話」はなぜあんなに通じないのだ。
 自殺したくなったり、つらくなったりした人のためにあるんじゃないの?

 と思っていたら、行革のためにそういうサービスが低下していると、新聞に載っていた。
 でも、必要なものはとっといてほしいよ。
 「痛みをともなう構造改革」で、切り捨てられるのは結局社会的弱者なんだな。でも、死にたくなるのも、うつ病になるのも、誰でもなる可能性のあるもの。
 若者だって、お年寄りだって、中高年層だって、男だって、女だって、なるんだぞ。誰でもなる可能性があるんだぞ。

 それから、「いのちの電話」のプロ(笑)としては、電話に出る人の質のいい人と、悪い人がいるのが気になる。元彼氏とのことで悩んでいたら、いかにも好奇心からって感じで「肉体関係はあるの?」って聞いてきた親父がいた。即切りしました。
 でも、話をちゃんと聞いてくれた人も(男、女問わず)いた。
 でも、「いのちの電話」は混んでいると思うから、電話に出てくれる人も、ちょっと急いでいる感じだし、私のほうも「次の人が待っているかも。。」って思っちゃう。思っても、長電話しちゃうんだけどね。(笑)
 同じことを自分に言い聞かせて何度も繰り返していると、明らかに面倒くさそうにしていた女の人もいたっけ。
 具合悪いんだからさぁ。ちょっとやさしくしてよね。って思っちゃったよ。

 学生で、納税していないのにごめんなさい。でも、ちゃんと消費税は払っています。国民年金も。
 本当は、苦しいときに話を聞いてくれる友人がいればいいんだけど、うつ病のときは、そういう人がいないものなんだよね。
 嫌な人間だから、友達がいないっていうんじゃなく、やっぱり、うつ病っていろいろ相手に気を使っちゃう病気なんだと思う。本当は、頼れたかもしれない友人にも、遠慮しちゃう。

 常に通じる「いのちの電話」があれば良いなぁーと思う。
 電話だから話ができることもあるし、対面だから話ができることもある。だけど、うつ病がひどいときは昼夜逆転になっているし、人と合うエネルギーがないから、電話がいいよね。
 サンタさん、作ってください。(早い?)
2001年10月13日 23時35分58秒

何度も発作が起こった
 パニック障害が出はじめると、何度も発作が起こった。大学院が遠いので、通学途中でおきると本当に嫌だった。ただ、救いは、前兆があることと、夕方になるので、授業にはあまり支障がないことだった。

 そして、今考えるとわかるけど、こどもたち相手に仕事をしているときになったことはない。
 寝ているときか、大学院へいってるときだけだなぁー。
 やっぱり、大学院てストレスたまっているのかしら?

 夏休みに過労で入院していたのだが、あまりの疲れに薬を飲むのを忘れて爆睡していたら、3日目くらいに発作が起きた。

 青木先生に「パニック障害の患者の会、ありませんか?」というと、「木更津病院にはないから、この辺だと帝京大学病院にあるんだよ。そっちに行った方がいいかもしれないね」といわれた。
 でも、なんとなく、そこの医者と合わなかったらどうしようという気持ちが強くて、「私、青木先生の顔を見ると発作が治まるので、ここに通いたいんですけど」といったら、「パニック障害は、漫然と薬を飲んで直るものではない。それ用の訓練なんかをしたほうがいい」といわれた。

 帝京大学病院かー。でも、このまま薬を飲む続けるより、いいのかも。でも時間がないけど。。時間は作るもの、ともいうしねーー。

 と、ここで、帝京大学病院の通院日記になるべきなのですが、まだ行っていないのです。でも、ちゃんと直さないとね。

 薬を飲んでいると直っちゃうから、面倒くさくなっちゃうんだよね。
 でもよくない。ちゃんと病気と闘わなきゃ。 
2001年10月13日 14時04分39秒

そして、パニック障害発症
 ある日、私は疲れて寝ていた。こども相手の仕事は結構体が疲れるし、気も使うので(子供ってとんでもなく危ないことを平気でするから)休みの日に、朝から、昼ぐらいまで寝ていた。

 昼過ぎに起きてきたとき、ふっとめまいがした気がした。頭がくらくらした。「あちゃー。眠りすぎだ」と思ったが、そのまま放っておいた。
 夕方になるにつれ、めまい感はどんどんひどくなり、心臓がばくばくいいはじめた。
 息ができない。すごく苦しい。
 「心臓発作?」真っ先に思いついたのは、それだった。「とにかく、病院だ。救急車を呼ぼう」と、夜10時過ぎるころに119番に電話して、救急車に来てもらった。

 救急隊員の人に、「うつ病で木更津病院へ行っています」というと、「とりあえず、木更津病院へ行って、それで、そこで対応できなかったら、別の病院ということで」といわれ、木更津病院へ向かった。
 病院へ入ると、若い女医さんと、力の強そうな看護士さんが見てくれた。朦朧とした意識の中で、「ふーん、やっぱり、こういうときは男の人が来るんだ。暴れる人がいるせいなんだろうな」と思った。
 そこで、セルシンの注射を受けると、心臓の苦しさも、息苦しさもどんどんなくなっていった。それで、そのまま帰ってこれた。

 後で青木先生のところへ行くと、「パニック障害だね」といわれた。「うつ病が治ってくると、足元がすくわれるように、そうなるときがある。とにかく、パニック障害では死なないということを肝に銘じておきなさい」といわれた。
 パニック障害というと、「人ごみで気分が悪くなったから、それから人ごみに行くとパニックになる」とか、何か事件をきっかけに発病するものと思っていたので、私はびっくりした。
 とりあえず、抗不安剤であるセルシンを飲んで、様子を見ることとなった。
 それから、たびたびこの発作が私を苦しめた。
2001年10月11日 22時52分50秒

アルバイトが始まった
 子供たちを世話するアルバイトが始まった。二人先輩の先生がいて、B先生は「こんなところ、子供の一時預かり所でいいのよ」という人、A先生は、「子供の成長を見て、ちゃんと教育をしましょう」という人。私は、たまたまスケジュールの関係で、A先生と組むことになった。
 A先生は、とても熱心で、私の相談にすごくよくのってくれた。(こどもに対する対応とか)ここまで世話してくれる人は少ないだろうというくらいだった。

 こどもってすごく面白い!そういえば、子供のときってこういうことを考えていたなぁーとか、こういうことよくしていたなぁーと、すごく思う。
 でも、問題もあって、男の子たちがすごく荒れていた。何でも、そこは時給も安いし、社会保障もないので、先生の定着率が悪く、先生も「一時預かり所で良い」くらいの感覚で働いていたので、子供からの不信感が募っていたらしい。

 とにかく、毎日が大変だった。
 一年生も、学校生活に合わない子がいて、とても心配だった。

 そのたびにOさんに、電話して相談にのってもらった。
 Oさんには、よく「あんたは、どうして正義の戦いをしたがるの?!」といわれた。私はどうも、「正しいか、正しくないか」「筋が通っているか、いないか」に以上にこだわるところがあるらしい。(自覚はない)

 こういうところも、うつ病になった原因かもしれないな。
2001年10月10日 21時37分31秒

で、友人に電話をかけた。
 なんだか、話が前後しちゃってわかりずらいですね。もう少しHPつくりが上手くなったら、ちゃんと整理しますので。
 で、私はその留学中の友人(Oさん)に勇気を出して電話をしました。10年ぶりくらいでした。
 「あの、留学していたときに仲良くしていただいた、○○(私の本名)ですが・・・」と名乗ると、「あーーあんたーーー。まだ苗字変わらないの?」と、昔と変わらない元気な声。「Oさんだって、変わんないじゃん」のやり取りで、そのまま昔に帰れました。
 いささか強引に、彼女の家へ泊まりにいく約束をしました。彼女は学校の先生だったので、たまたま春休みで時間が合ったのです。

 家へ行って、自分の現状を話しました。彼女は、「少し研究から離れてみたら?」と助言してくれました。そして、ある教育関係の職業を言いました。「こういう仕事もあるよ」と。
 私は、専門が教育関係なので、「ふーん、そんな仕事があるんだぁ」と、そのときは思っただけでした。

 しばらくして、日曜日にふと「房総ファミリア」をみていると、ちょうどその求人が出ていたのでした。
 「とにかく、働いてみよう」と、青木先生のおかげで少し元気になっていた私は、思いました。
 面接の日、とにかく私はここで働きたいのだ、ということを必死でアピールしました。結果は合格。本当にうれしかったです。

 ここでもまた、良い先生に会うことができたのです。
2001年10月09日 23時42分15秒

青木先生のこと
 木更津病院の院長、青木先生は渋いおじさんだ。
 古いタイプの先生かもしれない。診察中にタバコを無意識につけちゃって、あわてて消したことが一回あった。(ちゃんとチェックしてますよ)

 ただ、以前、心理学の先生が「良い医者は3分間患者を見ただけで、患者がわかる」といっていたが、青木先生はそのタイプかもしれない。
 都会風の「話をたくさん聞いてくれる先生」を期待するとだめかもしれない。

 でも、医者はカウンセラーとは違うと私は思う。話を聞くのはカウンセラーの仕事、患者の様子を見て薬を調合するとか、入院を決定するとか、するのが医者の仕事なのでは?と私は思っている。
 とにかく、私は、私に合った薬を調合してくれる先生を探していた。青木先生はそういう先生なのだ。

 薬を10分の1に減らしてくれて、私を日常生活に返してくれて、働けるようにしてくれて、本当に私の恩人だと思っている。
2001年10月08日 20時26分46秒

で、木更津に帰ってきた
 今から考えると、かなり無謀なのだが去年外国へ留学することを決めた。そのため、アパートを引き払って、木更津へ戻ってきた。
 短期留学から戻ってきて、私は実家で暮らし始めたのだが、両親は私の様子を見てびっくりしたらしい。

 夕方まで寝ていて、夜中に起きてきて、コンビニに買い物に行く。食べ物はほとんどとらない。とにかく1日15時間くらい眠り続ける。

 両親は驚愕し、私を木更津病院へ連れて行った。たまたま、その日は院長先生である、青木先生の診察日だった。

 先生は私の様子を見て、東京の病院で出ている薬が多すぎることを指摘した。そして、抗ウツ剤を10分の1に減らした。

 私はその量を聞いて、ものすごく不安だったが、仕方なく飲み始めた。すると、朝きちんと起きられるようになった。食事も少しずつだが、食べられるようになった。

 体調が少しずつよくなっていくと、私は自分の人生を考え直したいと思い始めてきた。私はそれまで、いい論文を書いて、講師→助教授→教授と出世していくことしか、興味がなかった。

 研究を始めた当初の、研究対象に対する純粋な興味が、全く無くなっていた。

 何とかしなければ。私から研究を取ったら、何も残らないではないか。そう、私はあせった。どうしたらいいのか?そうだ、誰かに相談しよう。
 とにかく、私に苦言を呈してくれる人を求めていた。
 思い出したのは、昔留学していたときに知り合った日本語の先生だ。きつい事も平気でいう人だった。そのときは嫌だったけど、今になると彼女の言ったことが正しかったことがよくわかる。彼女に話をしてみよう。とにかくそう思った。
 私は、古い荷物をあさって、昔の手帳を探しまくって、電話番号を見つけた。
2001年10月08日 02時55分14秒

ウツがひどかったとき、何度も死のうと思った
 ウツが一番ひどかったとき、朝起きるともう泣いていた。何も手につかなかった。もちろん勉強も、掃除も。
 死のうと思ったが、どうしたらいいのかもわからなかった。それまで、何度も睡眠薬をアルコールで飲んで自殺未遂をしていたが、苦しんだだけで、死ねなかった。
 人生にあれだけつらかったときはないと思う。
 それが、2年くらい続いた。

 あるとき、同じうつ病の友人ができた。新入生が、うつ病だったのだ。
 彼と話をして、気持ちがずいぶん軽くなった。

 それまでは、パソコン通信のニフティで「精神保健フォーラム(FMH)」という会議室があって、ずいぶんお世話になった。でも、所詮は文字のやり取りなのだし、相手とリアルタイムに話ができない。それがとてもつらかった。

 一番つらかったのは、「いのちの電話」がつながらなかったことだ。夜はほとんど通じない。リダイヤルで何度かけても、だめだった。本当につらかった。
 「いのちの電話」にすがるようにかけて、まったく通じない時の絶望感は、その体験者じゃないとわからないと思う。
 とにかく、苦しいという言葉しか出なかった。
2001年10月08日 01時56分47秒

一番最初は
 ゆっくり考えていくと、ウツの一番最初は「不眠」という形で現れた。まったく眠れない。朝4時、5時になっても眠れなくて、授業に出られなくなった。
 思い余った私は、大学にある「学生相談室」のカウンセラーさんに相談した。その人が、病院へ行くように言ってくれた。
 そして、大学で紹介してくれた病院へ通いながら、カウンセリングを受け始めた。

 そのころ、私は研究者志望で、勉強に対して異常に神経質になっていたし、担当教授のことも大好きだったので、(今でも好きだが)がんばろうと思っていた。今思うと、それが空回りしていたんだな。

 人生は30年くらいしかないと思っていた。それまでに、進路を決めなきゃ、とか。でも、今は、それが間違いだったとわかる。私のうちは女が長生きだから、90年は生きるぞ。45歳で、中間点だ。

 そうこうするうちに、元彼氏と付き合い始めた。カウンセラーさんは付き合いに大反対だった。それは、後で聞いたところカウンセラーとしては、やってはいけないことなのだそうだ。
 カウンセリングを受けている人の希望に沿って(この場合は、私が彼と付き合いたいという思いに沿って)カウンセリングをするのが、基本なんだそうだ。
 そういえば、その人は盛んに「姉みたいな存在として、言うけど」っていってた。でも、私は心の中で、「姉をつくりにここに来ているんじゃない、カウンセリングを受けに来ているんだ」って思っていた。
 今思えば、そうきちんと言えばよかったんだけど、その時は言えなかったんだよね。

 で、カウンセリングを受けなくなって、病院を家の近所に変えた。この選択が、一番の失敗だった。
 そのころ私は東京に住んでいて、東京でよくテレビに出る有名な病院へ通っていた。ただ、近いから、という理由だけだった。
 調子が悪かったせいもあるが、そこの薬を飲むと一日中眠っていて、夕方やっと起きる感じで、頭もぼうっとしていた。

 あとで、木更津の病院の先生に聞くと、ものすごく強い薬を処方されていたのだそうだ。
 保険の点数のためか?何のため?それとも医者がやぶだったから?
 いまだに、承服できない。
2001年10月07日 19時07分05秒

どうしてウツになったのでしょうねぇ
私に対して、「どうしてウツになったの?」って仲のいい友人がよく言う。本当にそのとおり。「ウツにかかりやすい人」の条件に私はまったく当てはまらない。私は几帳面でも、生真面目でもない。
勉強に対して、多少生真面目だったかな?今では違うけど。
やっぱり、元彼氏とうまくいかなかったのが一番の原因だと思う。元彼氏ともめていたときは、ちょうど大学院の受験も重なって、本当に精神状態も体調もひどかった。
そのときの元彼氏が、「病院に行くやつなんて、くずだ」とかいう人だったので、私も病院へだんだん行かなくなっていった。
カウンセリングも休みがちになっていった。後で、このカウンセラーさんとも、トラブルんだけど。
そこで学んだのは、「早くいい病院を見つけること」「合わないカウンセラーさんとは、さっさと別れること」だけど、病気のときって、その分別がつかないことが多いんだよね。
2001年10月07日 18時04分39秒

ホームページ作ったよ
 ホームページをはじめて作りました。すごくうれしい。
 たくさんお客さんが来てくれるといいな。
 ホームページなら、病気を隠さずに話ができるよね。木更津は偏見の多いところ。それでも、少しずつ変わっていくといいね。
2001年10月07日 11時38分10秒

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