木更津は海辺なので、風が湿っていて独特
ふるさとの風です

Sくんのこと

 私と絶対仕事をしたくないといったらしい。へー。

 彼は以前、他の人も鬱病なので、「Tくんはその子が鬱病ということで、気を遣っているけど、自分はしない」とちょっと自慢げにいっていたことがあった。私はそれを聞いて、「間違った認識じゃないかな?」と思った。
 うちの母は障害者で、少し歩くと苦しくなる。そういう人に他の人と同じだけ仕事をしろというのは間違いだと思う。
 「障害を意識せずに、同じに扱う」すごく耳に入って来易い言葉だけど、それは違うと思う。「障害は障害として認めて、尊重しあって生きていく」のが本当だろうと私は思う。
 障害はとても辛い。普通の人の何倍も生きていくことが辛い。
 「朝起きて、3食のご飯を食べて、夜少し連続ドラマを見て、本を読んで寝る」それが私の6年間ずっとあった、ささやかな夢だ。私はこういう生活をずっとしたいと思っていた。でも病気でできなかった。
 本当に、本当に心からそういう生活をしたいと思っていた。
 熱い恋がしたいわけじゃない、世界を股に駆けるキャリアウーマンになりたいわけでもない、ただそれだけが夢だった。

 それすらも、多くの病気を抱えている人にはできない。
 すでに出発点からハンディを背負っているのに、「同じ扱い」をするのはハンディをもっと重くすることでしかないと思う。

 Sくんは自分が若くて体力があるし、他人とコミュニケーションをとらないし、人が苦しいことなどわからないだろう。
 彼が作りたいコミュニティとは、若くて元気があって、夢のある健康な人の集まる共同体なのだと思う。だったら木更津には居ないほうがいい。木更津は病人も老人も障害者もたくさん居る。
 同じ考えを持った人全員でどこかの離れ小島で暮らしたほうがいい。
だって、病人も老人も障害者も居ない地域なんてないんだから。
2002年10月12日21時28分10秒

演劇のこと

 「辞めました」という話を仲のいいおばさんにした。「どうして?」といわれて、「演劇のことでもめて、私も鬱病がひどくなってしまって・・・」といったら、「実は私たちも演劇のことにはちょっと文句がある」という。
 演劇の準備の段階で、フロアでダンボールを広げて大人数で作業をしていた。それをお店の人たちは「何しているの?」と遠巻きに見ていただけだった。
 そのとき、誰でもいいから(普通こういうときは、主体になっているSくんか主催者だろうけど)「今度演劇やるので準備しているんです。よろしく」といってくれれば「あっそうなのー」ですむのに、みんな無言で作業をしているのをお店の人は遠巻きに見て「何?」と思っているという状況が数日続いたのは、何か変な感じがしたという。
 おまけに店を休業するというのを知ったのは演劇の3.4日前で、「ここ、休みになるらしいよ」と話が出て、誰かが代表で事務室に話を聞きに行って知ったのだという。

 私は、まあいつ連絡したかというのも重要だけど、言い方ってあると思う。
 私自身は結構前に「演劇をやります。片付けはこちらでやります」というメールを受け取っていた。私としては、「何だこれ?」という文章だった。ちなみに暗くすることは書いていなかったと思う。
 起業したい人と、いろんなことに挑戦したい若者が一緒の場所にいるなら、それなりの礼儀はあるべきだと思う。
 普通なら「今度演劇をやります。営業を停止して、ご迷惑をおかけしますが、演劇をするのは木更津の若い人たちですし、木更津の活性化のためにとても重要なことだと思っているのでぜひご協力ください」といえば、「頑張ってねー」ですむことだと思う。それを、「上意下達」みたいな文章で通達されて、私はその文章を見て研究者のときの政府文書を思い出した。そういう文章だった。
 でも、それでは人は動かないよ。政府みたいにお金と権力を持っていれば別だけどね。

 今、フロアにいる人で変なことを言い出す人はいない。昔はちょっと変わった人が多かったらしいけど。だから、ちょっとみんなが集まっているときに話をすればいいだけなのに、何でそれさえも嫌がるんだろう?
 何で、そんなこともできない人が「地域活性化」って言うんだろう?

 ちょっとの一言がコミュニケーションを生み、人間関係を生み、コミュニティを生んでいくのだと私は思っていたのだけれど、Sくんがしたいのは権力者が上から命令して、秩序だった(だってもいなかったけど)地域活性化なのだろうか。

 おばさんに「受付の人に『ここはお店だから、何か聞かれたら言ってください』といったのも、言い方がきついといわれたんですけど、確かに言い方は悪かったです。でも、このフロアが普段お店なのか、演劇をやっている場所なのか、倉庫なのか(暗くて物がたくさんおいてあったので、倉庫みたいだった)わからないで受付をやらされる人が一番迷惑だと思いました。Sくんがきちんと説明していないのが悪いと思いました」と言ったら、そのおばさんは演劇当日、お店に出勤して商品を散々かき回して、風呂敷に入れてたくさん持って帰ったらしい。
「それを受付の子達はボーっと見ているだけだった。もし、それで私が泥棒だったら(デパートなどはどこでもそうだけど、万引き・盗難が多い)、どうするつもりだったのか。この子達、何のための受付なの?って思ったわよ」という。
私は、「それは受付の子は、多分ここが何の場所なのか知らされないで受付だけ頼まれて来ていたのだから、彼女たちは責められないと思う。説明しなかったSくんの問題だと思います」と答えた。
 そういうことが初日にあったので、2日目には私が受付まで行って、「ここはいつもはお店なので、何か聞いてくる人がいたら私を呼んでくださいね。居ますから」と伝えた。いつもそういう「気を遣う」仕事はTくんか私がやっていたから、Sくんは気がまわらなかったんだろうけど、私はSくんに「そういう仕事の大切さをわかっている?いつもは誰がやってくれている?Tくんなんだよ?」といいたい。

 まあ、「ちゃんと仕切れないんだったら、止めちまえよ」といいたいところだけど、彼はまだ25歳くらい。若いんだから、しょうがないでしょ。

 それから、演劇の主催者も「お店の方にご迷惑をおかけして、おかげさまで成功いたしました」の一言もない。最近の若い子って、周りに迷惑をかけても平気、周りがよくしてくれるのが当たり前の乞食みたいな子が多いよね。
2002年10月12日21時09分10秒

Tくんのこと

 二人で話し合った。結論から言うと、私が仕事を辞めることになった。
 やっぱり、重要なのは私の鬱病だって。ぎりぎりの人数で働いているから、シフトに入れてしまうと急病のときに困る。今まで忙しいときにばかり、鬱がひどいと早退していた。それは困る。ということだった。
 確かにそうだったのかもしれない。二人が忙しいと、二人がいつもはしていた仕事も私に回ってきて、私が疲れて、鬱になるということがあったのかもしれない。私は意識していなかったけど。
 「差別しているといわれてしまえば仕方がないけど、確かに差別なのかもしれない・・・」と言われた。でも、私としても事情はわかるし、それはしょうがないと思う。
 たとえば、「鬱病で気持ちが悪いから、辞めてください」というのは差別だと思うけど、「忙しいときに休まれると困るから」という理由で解雇されるのは仕方がないかもしれないと思った。

 私が一番具合が悪いとき、彼に「話がしたい」と言ったら、彼が「今忙しいからあとにして」といった。私は「でも、明日私は生きていないかも」と言ったら、彼は冗談だと思ったらしくて私の顔を見たら、私が真剣な顔をしていてそれがとても衝撃的だったって。夢にまで出てくるくらいだって。
 申し訳なかったと素直に思った。
 そのとき、私は本当に具合が悪くて、それは私の本心だった。そして、彼にとってはとても衝撃的なことだった。しょうがないよね。

 「じゃあ、シフトに入らずに4月、5月みたいにフロアに一人にならず、手伝いのように働けないの?」と言おうとしたけど、私はそうやって「お客様」で働くのは本意ではない。
 おまけに技術のSくんが「あの女とは一緒に仕事したくない」って言っているんだって。
 (私が食事に行っているときにうちにお客様が来て、「彼女どこへ行ったの?」と他のお店の人が言ったら、「知りません」と答えたらしい。私は食事に行くってちゃんと言っていたのに。その人は他の買い物のフロアを走り回って私を探したらしい。やること、本当に陰湿よね)

 まだ鬱でほとんど寝たきりだったのが今年の2月。あの頃は本当にひどかった。
 それから、今のところで働き出して、週休1日、9時50分から8時半まで、仕事中も走り回っていることが多い仕事は、確かに周りの人には恵まれていたけど、6年間寝たり起きたりの生活をしていた私にはきつかったと思う。何しろ、1日中おきているというのは、6年ぶりだったのだから。
 子ども相手の仕事は半日だったので、午前中はほとんど寝ていて、12時くらいに起きていた。
 「がんばらなくちゃ」という気持ちで、無理しすぎたと思う。

 私はTくんが私によくしてくれた気持ちはわかったし、感情的に話し合うのでなく、私のことも考えてくれるのもわかったし、了解した。
 ちょっとしばらくは、ゆっくり自分のペースで働こうと思う。自営業だから、それができるし。
 ビーズという副業をやっていて、よかったんじゃないかな。
2002年10月12日20時41分10秒

仕事を辞めたら

 仕事を辞めたら何をしよう?
 まず、図書館へ行ってたくさん本を借りてきて、読む。
 ビーズの展示会を25日くらいから開くように手続きをする。
 富津の展示会場で、「3人展」をする話があるから、その作品作りをする。
 ビーズ作りをもっと上手くなって、講習会を開けるようにする。
 たまっている顧客名簿のお客様に手紙を書く。
 11月にうちのフロア全体でするイベントの準備をする。
 昼まで寝る。

 やっと鬱から脱出できたみたい。日記を見ていても、昨日あたりから結構強気になっているよね、私。おかげさまで、Sくんに見つめられることもなく、今日1日を過ごしました。

 一応、インターネットカフェのお客さんの情報はメールで送ったんだけど、まだ全部じゃない。顧客ノートみたいなのをつけておけばいいんだろうけど、結局お客様の好みとか、情報はそのとき顔を見て思い出さないと意味がないから、ノートも意味がないんだよね。
 私のビーズショップも、顧客名簿を一応作ってある。でも、中に数人顔を思い出せない人がいる。これは意味がないって私は思う。名前を見て、顔と作品の好みを思い出せなければ、顧客名簿じゃなくて単なる住所録。電話帳と一緒。
 最初はそれがわからなかった。これは私自身の反省点。

 さて、明日から、とりあえず何をしようか。まずゆっくり眠ろうか。
 午前中に社長のTくんとの話し合いがある。そのとき私がどうなるか、決まる。
 でも、Sくんが私を完全無視しているところを見ると、私はくびでしょう。Sくんは技術者として必要な人だけど、私は単なる受付と電話番だし。Tくんに「誰にだってできる」って言われたし。「あなたのいましている仕事は、Sくんと僕とMくんで、手分けすればできる」という。私の仕事って、要するにその程度と思われていたんだよね。

 ビーズ販売頑張ろう。製作のほうも面白くなってきたから、いろいろやってみたい。

 でも、もう「鬱病なのを理解してくれるんだ」とか「鬱病でも、一生懸命働けば、発作が起こったときに手助けしてくれる」とか夢を描くのはやめよう。所詮、精神病は精神病。世の中なんて、そんなものだよ。

 とりあえず、毎日のご飯が食べられるように努力しないとね。
2002年10月12日01時30分10秒

またイベント

 11月にまた、フロアの営業を停止してイベントがあるらしい。
 今日、主体になってやっているMくんが「雑用を手伝ってほしい」といってきたので、手伝いながら話をしていたら、「今度も営業停止だ」ということになった。
 すると、あるお店の人が「また営業停止!また営業できないの!」といったので、私とボランティアのおばさんが二人で、「そうしたら、イベントのときフロア全体のチラシを作って、配ったら?人が来るんだから宣伝になるわよ」とか、一生懸命とりなした。
 そのお店の人は占い師さんで、常連がついていて出勤すると必ずお客さんが来ている。おまけにそれで生計を立てているから、1日営業停止になるのは痛いだろう。

 でも、「イベントでこのフロアに人が来てくれるのだから、それを宣伝に使いましょう」と話をしたら、納得してくれた。
 あとでMくんが「ちょっと、怖かったですー」といっていた。だって、生活かかっているんだから、当たり前。説得する方法をまず考えないと。
 演劇のイベントだって、こうやってお店の人も巻き込んで、いろんなアイディアを出し合ってしたら、もっと協力も得られただろうにね。
 演劇の当日、チラシはMくんのともう一人のお店の人の、あとは演劇の主催者のバイト先のチラシがおいてあるだけだった。
 いい度胸している。全然関係ないお店のチラシだよ。

 今度のイベントには、お店全体で1枚のチラシを作って置いて、宣伝しようねという話にまとまった。
 少しずつ、お店の人間も「イベントだから、営業停止」ではなく、「イベントだから、協力し合いましょう」に変えられたらいいね。
 まあ、私はそれまでいさせてもらえるかわからないけど。
2002年10月10日23時13分10秒

職場での「無視」

 仕事場で、Sくんに無視されている。
 仕事の話をしても、無視。彼が出かけるときも、どこへ行くか、いつごろ戻ってくるかも知らされない。
 最初は、「仕事ができない」とすごく困った。

 今日は何だか、私の顔をやたら見た。どうも、本人としては私の仕事の仕方が気に入らなくて、睨んでいるつもりらしい。知るか。
 あんまりにも私の顔を見るので、「今日、私美人ですか?」といってやろうかと思ったが、話をしてもめるのも嫌なので、こちらも無視した。

 「気に入らないから無視」って、高校生のクラスみたい。私は仕事にいっているつもりだから、最初は、「なに?どうして?仕事ができない」って思ったけど、今日あたりになってくると、「はい、はい、私の顔には何にも書いてませんよー」とおばちゃんみたいに流してしまう。面倒くさいんだもの。
 一応、仕事場なんだから。

 こういうのって、「職場のいじめ」ってことになるのかも知れないけど、「いじめ」は強者が弱者にしたり、集団でしたりするから効果があるんで、私にしても効果はないよ。効果をあげようとしたら、職場全体でやらなきゃ。私、弱者でもないし。

 今日も何も告げずにどこかへいっていたので、その間に電話がかかってきたら、「どこへ行ったかわかりません。いつ帰るかもわかりません。申し訳ありません」というしかないよね。

 仕事と高校生のクラスメートと混同しないでほしい。「無視」なら、高校へ戻ってやって。
2002年10月10日22時58分10秒

嫌われているということ

 今日は休みだった。ビーズの展示会へ行って来た。
 帰る電車の中、ずっと考えていた。
 今までTくんに言われたこと。私とは気があわないとずっと考えていたこと。問題を起こして、厄介だと思っていたこと。
 気が合わないって上手くオブラートに包んであるけど、「嫌い」ってことなんじゃないかな。

 私はいつもそこで間違える。
 「気が合わない」といわれて、「ふーん、長い目で見れば私のいいところがわかってもらえるよ」なんて思っていると、余計事態が悪化する。
 「気が合わない」は「嫌い」「一緒に働きたくないくらい、嫌だ」という意味だったりする。というか、今までは全部そういう意味だった。

 私は今までTくんに対して、「気が合わない」といわれても、「一時の感情で、お互い不愉快な気分になっているんじゃないか」位にしか思っていなかった。
 でも、じっくり考えてみるべきなのかもしれない。彼にとっては、「顔も見たくない」という意味なのかもしれない。

 昨日、Tくんにメールを出した。ビーズのお店もしばらくやめて、撤退という形にしようと思っている。ビーズ教室は開くつもりだし、以前から言っていたインターネット入門教室はカフェのパソコンを使ってぜひやりましょう、と。
 返事はまだない。「話し合いは土曜日でいいですか?」というメールにも返事はない。

 Tくんが今何を考えているか私にはわからないけど、「気が合わない」といわれた言葉の重みは考えたほうがいいのだと思う。
 「嫌いで、顔も見たくない」という意味なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。人の気持ちなんて、わからないよね。

 とりあえず、今はカフェの受付の仕事はできない。木曜日と金曜日はシフトを出してしまったから出勤するけど、他の人のシフトも知らされず、外出も教えてもらえず、何時に帰るのかも教えてもらえないのでは、仕事はできない。もっと重要なことは、私が何をしても疲れてしまうことだ。
 朝起きても疲れる。寝ていても疲れる。ビーズを数えていても、疲れる。
 しばらく休めということなんだろう。
2002年10月09日18時43分10秒

仕事を辞めたほうがいいんだろうか

 眠れない。思考がぐるぐる回ってしまう。
 良くないことだと知りつつも、パソコンをやってしまう。本当は、鬱の人間は、夜中のパソコンとか神経を興奮させるのはやってはいけないんだよね。眠りずらくなるから。

 私の処遇はどうなるんだろう。
 でも、あれだけ「辞めてもらいたい」っていっていたのだから、辞めさせられることになるんだろう。
 「私と性格が合わない気がずっとしていた」「この職場にあわない」って、何度もいわれた。私は仕事をちゃんとしてきたつもりだし、仕事にベストを尽くしてきたつもりだけど、「性格が合わない」っていわれたら、どうしようもない。
 「辞めたらどうしますか?展示会を中心にしたほうがいいですね。辞めてもたまに遊びに来てください。2.3ヶ月に1回はここでも展示会をしてください」って言われた。
 私があのフロアで展示会をしているのは、広告を出して、フロアに人を呼んで、私が売っているビーズだけでなく、他の商品も見てもらいたいからだ。このフロアも販売を頑張っているということを、少しでも多くの人に見てもらいたいからだ。
 それに、同じフロアで展示会をすれば、電話番も受付も一緒にできるからだ。
 そうでなければ、1階でやったほうがずっと人が来る。広告しなくても人が来る。

 どうしてそんなことをいったんだろう。私がビーズで一生食べていくつもりでもないことを、よく知っているのに。
 辞めさせる立場からの温情?
 スケジュールも送られず、外出先も知らされず、仕事をできなくして辞めさせられるのに?

 あーだめだ、だめだ。考えが悪いほう、悪いほうにいっている。
 でも、もし辞めさせられるにしても、Sくんには正式に謝罪してもらいたい。私が鬱で苦しんで、休んだことを「仕事に勝手に穴を開けた」といったこと。鬱をまるで怠け病のようにいったこと。私にだけでなく、全世界の鬱病患者に対するつもりで、謝って貰いたい。
 でも、こういうことをするとTくんから「性格が合わないから、辞めてください」ということになってしまうんだろうなぁ。
 もう、「鬱病を正しく認識してください」とか「障害者支援をしてください」とか言わないで、下を向いて、鬱病なのを隠して、生きていくしかないんだろう。
 掲示板に「次の仕事は病気を隠しますか?」という質問があったけど、多分隠して、「鬱病患者」としてひっそりと生きていくしかないと思う。
 鬱病なのを最初から説明して働きだした会社で、こんなことがあったのだから、怖い。「鬱病は怠け病」みたいにずっと思われていたのかと思うと、怖くて誰にもいえないし、もう一生隠していくしかないと思う。
 仕方ないけど、これが病気の現実だと思う。
2002年10月09日02時01分10秒

今の仕事

 今の仕事は、フロア全体の受付と電話番とカフェの受付だ。私はこの仕事がとても好きだ。
 人から見たら、たいした仕事ではないのだと思う。
 たとえば、パソコンを使っていろんなことができる人のほうが、価値があると思うと思う。誰にでもできる仕事だと思われていると思う。
 でも、私は今の仕事に誇りを持っている。大切にしている。

 私がフロア全体の受付をすることで、たまたま店員がいない店でも商品が売れること。フロアの人がどこかへ旅行したら、お土産を持ってきてくれて、それを私が分けて回ること。Tくんには言えない苦情を、私には言ってくること。
 外部からのお客様の顔を覚えていて、きちんと挨拶をして、用件がわかること。暑いときには冷たいお茶を、寒いときには熱いお茶を入れられること。
 私が電話番をすることで、私はTくんの携帯メールアドレスを教えてもらっているから、急ぎの用事が入ったら、迅速に対応できること。一人が情報をまとめることで、情報の混乱がないこと。
 カフェの受付で、お客様の顔を覚えて、おしゃべりをしたり、いろんな話をするような関係になること。私の顔を見に、毎週来てくれる兄弟もいる。この人は、マックがいいか、WINがいいかすぐに思い出せること。何番のパソコンがお気に入りで、そこではないと嫌がる人かということをすぐに思い出せること。

 確かにたいしたことじゃない。何百万、何千万円と稼ぐ仕事をする人から見たら、微々たることだ。確かに誰が取って代わっても、実害の出る仕事じゃない。
 でも、私は私の仕事を愛している。フロアの、そして会社のために働いて、それも自分の好きなことをしていられて、本当にうれしいと思っている。
 たくさんアルバイトをしてきたけれど、「愛する仕事」に出会うのは、本当に難しい。今はそれができて、幸せだと思っていた。

 もしかしたら、その仕事も今週限りかもしれない。一生懸命するしかないと思う。
2002年10月08日21時14分10秒

早朝覚醒しちゃった

 6時くらいにおきてしまって、眠れない。いろんなことが渦巻いている。
 昨日、仕事に行っていて、とても辛かった。
 毎週日曜日か月曜日には全員のスケジュールがメールで送られてくるんだけど、送られてこなかった。途中でSくんが会社を出たんだけど、そのときも何も言われない。(私はてっきり家に帰ったのかと思ったら、就業時間内に帰ってきた)
 この状態では、電話番も受付もできない。普通、外部の人は、目的の人が不在だったら、「何時に帰ってくるか」「いつになったら時間が空くのか」聞かれるけど、私にはその情報がないから、答えられない。外出して、そのまま帰宅なのか、会社に戻るのかもわからない。
 私は、嫌われているということより、仕事をさせてもらえないのが辛い。私は受付と電話番、たいした仕事ではないけれど、きちんとやることにプライドを持っていた。お客さんの顔を覚えて、2回目からは「この前はどうも」「いつもお世話になっております」といえるように努力してきた。
 それはインターネットカフェの受付の仕事も同じだ。ただ、時間と席の番号を書くだけでなく、お客さんの顔を覚えて、気に入っているパソコンの場所を言われなくても案内できるように努力していた。

 ちゃんと仕事がしたい。私のことが嫌いでもいい、憎んでいてもいい、会社にいる間は仕事をきちんとしたい。
 好き嫌いと仕事は別と思う私は、わがままなんだろうか。今まで私がしてきたことが、そうやってしっぺ返しされているのだろうか。
2002年10月08日07時14分10秒

早とちりしちゃいけない

 まだ、早とちりしちゃいけない。まだ、辞めさせられると決まったわけではない。
 鬱になると当たり前だけど、悪いほう悪いほうに考えてしまう。だけど、Tくんは私にまだ「辞めてくれ」といったわけではない。

 私にはこの会社で夢があった。過去形なのが悲しいけど。
 パソコンのコースを自分で作って、講師になること。子どもパソコン教室の宣伝をして、生徒を増やすこと。二区画借りて、ビーズ教室を開いたり、韓国・朝鮮関係の仕事をすること。フロアで月1回展示会をすること。
 なんだか、いっぱいあったなぁー。今月はよそで展示会をしていて、それが完全委託で私は暇になるから、今月は会社の仕事をいっぱいしようって思っていたんだっけ。

 私は今でも、その仕事をしたい。
 Sくんはともかくとして、Tくんに対してはとても反省がある。私が大学院の後輩に接するように、接してしまったのではないかということ。
 年齢は同じ位でも、後輩と会社の社長だ。もちろんそれで偉ぶるような人ではないけど、背負っている責任が違う。それに対する尊敬を心ではしていたけど、態度では示さなかったのではないだろうか。
 私が後輩に偉そうにしても、後輩は文句は言えない。知識も論文の数も私のほうが上なんだから。
 でも、彼とは論文の数で勝負するような関係ではないのだから。

 でも、今はいろいろ考えすぎないようにしよう。頭がパニックになるだけだから。今週末にTくんの決めたことを受けて、考えるしかない。
 もし、続けて勤務ということになったら、鬱病がどんなものか、今まで恥と思っていわなかったことも、きちんと伝えないといけない。どんなに辛くて、自殺にまで駆り立てるようなひどい焦燥や苦しみを伴うことであることを。
 待つしかないよね。いつもどおりの仕事をして。
 いま、Tくんから私のした仕事の連絡が入った。彼はいつも私のしたどんな小さな事務連絡にも、きちんとお礼の言葉と対応を書いて送ってくれる。

 今の会社で働きたい。
2002年10月07日22時58分10秒

やめろって事なんだろうな

 今日はとても疲れた。カフェの受付、電話番、たったそれだけの仕事だけど、疲れきってしまった。
 昼ごろ、我慢できなくて部屋にこもって少し泣いた。それでも、気が晴れることはない。
 この日記は書かないほうがいいのだと思う。

 私が入れたコーヒーは決して口をつけられることはなかった。
 辞めてくれということなんだろう。
2002年10月07日19時56分10秒

疲れている

 体がとても疲れている。何かちょっとしたことをしても、すごく疲れる。
 私の心の中の葛藤がすごくて、それにエネルギーを費やしているせいだと思う。
 それでも今日は、そんなに自殺祈念がひどくなかった。少しずつよくなっているのだと思う。

 もうすでにSくんとは挨拶も交わさなくなってしまった。私が鬱で休んだことを「勝手に仕事に穴を開けておいて」といわれたのが、悲しかった。鬱病は怠け病じゃない。その休んでいる間、私がどれほど苦しかったか、それを「怠け病」のようにいわれて、本当に辛かった。
 「障害者支援」を言いながら、障害(私のは本当の精神病の人に比べたら、たいしたことない苦しみだと思うけど)のある人がそばにいたら、「迷惑」よがしのことを言われちゃうんだ。
 健常者しか働けないんだったら、最初から期待させないでくれればよかった。「鬱病を受け止めてくれる」と思わせなければよかった。

 でも、人を責めても仕方がないことだ。世の中なんて、きっとこんなものだと思う。それでも悲しい。

 Tくんが「明日出勤する?」というので、「するよ」と私が言ったら、「じゃあ、これ渡しといて」と書類を手渡された。ありがとう。私に仕事をくれて。
 明日もちゃんと出勤します。
2002年10月07日01時33分10秒

病気を理解するということ

 今度のことが起きて、痛切に感じたのは「病気を理解してもらっていない」ということだ。TくんもSくんも「鬱病でもいいから働きに来てください」という感じで働きはじめたので、鬱病でもいいんだと思っていた。
 おまけに私は働き始めて鬱病がよくなってきたから、私も「二人のおかげでよくなりました。ありがとう」としかいっていなかった。

 でも、たまに襲ってくる鬱病の発作は、普通の人が想像するよりずっとずっとひどいものだ。
 でも、二人は病気のことはわかっていないのだから、私が「まずい、鬱になる」と思って休ませてくれと言っても、「迷惑だ」といわれてしまう。

 それで鬱になったら、ずっと何日も寝込むし、自殺してしまうかもしれない。今日も一日自殺祈念とずっと戦っていた。
 そういう事実を私は彼らに説明していなかったんじゃないか。恥ずかしいからいいたくないと思っていたんじゃないか。
 私がわかってもらう努力をしなければ、彼らにわかってもらえるはずがない。

 鬱病で一番辛いのは、私にとっては食欲がないことや、眠れないことより、自殺祈念と戦うことだ。そして、鬱の発作は「やばい、そろそろ・・・」とわかるようになって来た。でも、そのときにいうと「仕事に穴を開けている」といわれてしまうんだろう。
 私のわかってもらう努力が足りなかったと思う。

 「3ヶ月ごとくらいに騒動を起こすから、困る」とTくんに言われた。そうだね。でも、多分3ヶ月前の騒動も鬱病がきっかけだった。
 「鬱病を理由に解雇しない。あなたの性格がここと合わないんじゃないかと思う」といわれた。6年以上も鬱病にかかっていて、私にだって「鬱病の性格」と「自分の性格」がわからなくなっている。Tくんはどうやって区別するんだろう。
 すべて、私の鬱病が原因なんだと思う。今回、忙しいときに休んだことで、これだけ騒動が大きくなってしまった。忙しいときに休んだのは、好きで休んだのではなく、鬱病の発作が起きそうだったからだ。
 鬱病を理由に解雇されるのは、仕方がないことかもしれないけど、本当に辛い。
2002年10月06日19時34分10秒

きっと・・・

 朝起きた。調子が悪い。1時半に寝て、今起きるということは明らかな早朝覚醒だ。具合が悪い証拠だ。
 それでも、今日も出勤しよう。
 Sくんに言われたこと、Tくんに言われたこと、いろんなことが渦巻いている。パニックになりそうだ。
 Sくんに「仕事に穴を開けておいて、その態度は何だ」といわれたこと。鬱病で休むのは、「仕事に穴を開けた」ことなのか。病気で休むのは、いけないんだろうか。それとも、いつ自殺するかわからない状態でも、受付をしていたほうがよかったのだろうか。
 でも、鬱病が周りの人から「怠け病」に写る事はわかっている。それは仕方がないことなんだろう。

 今日、一日生きていけるだろうか。発作的に何かしてしまわないだろうか。
 TくんもSくんも私が「ご迷惑をおかけしました。辞めます。これからもここへ遊びにきますね」と円満退社してくれれば、一番いいんだろう。
 私には、そうやって仕事を辞めて、そのあと生きていく自信がない。多分、すごい喪失感が襲ってきて、自分が何をするかわからない。
 それとも、この鬱病のやまが越えたら、大丈夫になるのだろうか。鬱の真っ只中の私には、それは想像つかない。
 多分、鬱の山を越えたら、新しい展開ができるのかもしれない。
 それでも今の私には想像がつかない。

 また今日も一日自殺祈念との戦いが始まる。
 死にたくない。でも、死にたい。このままいなくなってしまえば、すべてなくなってしまうから。
 早く鬱の谷間が通り過ぎますように。早くここから出られますように。
2002年10月06日06時39分10秒

眠るのが怖い

 眠るのが怖い。今、私は本当にひどい鬱だ。
 特に朝がひどくて、今は身体症状より自殺祈念のほうが強い。何かきっかけがあれば、何をしでかしてしまうかわからない。
 今朝もそうだった。本当にひどかった。この辛さは体験してみないとわからないと思う。「死にたい」と「死んではいけない」の間で死ぬほどの苦しみを感じる。はさみ等の刃物を見ると、ふっと気が遠くなるような感じがある。

 それでも、今日は何とか持ちこたえられた。
 話を聞いてくれたTくんのおかげもあると思う。そのあとも世間話をしてくれた。こういうときにどうでもいい世間話は一番ありがたくて、落ち着く。

 でも、眠ってしまったら、また朝だ。鬱が一番ひどい朝が来る。また、自殺祈念との戦いが始まる。
 明日は少し楽になっているだろうか。

 たまに、体の病気だったらなと思うときがある。そうしたら、病状の辛さが他の人から見られるし、心配してもくれる。でも、「私、今自殺祈念がひどくて・・・」といって、他の人が理解してくれるとは到底思えない。それはしょうがないことなのだけど。
 とりあえず眠ろう。明日の朝、症状がひどくても、夕方になれば少しはよくなるのだから。じっと我慢して、夕方を待てばいいのだから。
2002年10月06日0時55分10秒

文句ばっかり言っていた

 今、日記を読み返して思う。私って二人に文句ばっかり言っているよね。
 「あれをしてやった、これをしてやった」「こんな月給で働いてやった」
 でも、私はSくんに対してしたことをことさら「感謝しろ」といったことはない。なぜなら、私がその仕事をすることで、とても満足していたから。本人に言ったこともない。
 月給にも不満はないということを二人には伝えてあった。以前はもっと高かったんだけど、会社が大変なのを見て、「この給料にしてくれ」と言い出したのは私自身だ。だから、もっとたくさんお給料を要求すれば、二人はくれると思う。でも、そうしなかったのは私自身だ。
 そして、もらったお給料の一部は自分の意思で返したのだから、「給料が安い」というのもお門違いだ。たくさんもらったって、返しちゃうんだから、同じだよね。

 私ってだめだなぁ。いつも理屈・理屈で推し進めてしまう。
 Tくんが私のことをどう思っていようと、私はTくんのやっていることはとても尊敬しているし、それなりの成果は出てきていて、今が肝心なときだと思う。だからこそ、彼は私に無理してでも働いてくれ、という態度になってしまうのだろうけど。

 私は、二人にたくさんのものをもらった。病気も軽くしてもらったし、知的障害者の男の子との出会いも会ったし、何より働く喜びをもらった。
 それが、「私に連絡がなかった」とか「気が合わない気がする」ということで、帳消しになるようなそんな小さな喜びではなかった。

 今週中にTくんは私をどうするか考えるという。私は1週間、いつもと同じように出勤して、いつもと同じように退勤する。最後かもしれないけど、それが私にとって一番の喜びであったから、最後までそうしたいと思う。
2002年10月05日23時45分10秒

演劇のこと

 今日、演劇があった。前にも書いたけど、私は演劇には批判的だった。それは、演劇それ自体ではなく、店舗を移動することも店舗を持っている私には一切の連絡がなし、電気を消すのも受付業務をしている私に一切の連絡がなし。でも、周りの人は私にいろいろその日にどうなるか聞いてくる。
 「私にはわかりません」「聞いていません」というのが、受付とショップとの連絡(決まってはいないけど、ショップとの連絡は大体私がしていた)をしている私にとって、どれほどプライドを傷つけられ、「仕事を取り上げられている」と思うことなのか、わかっているのだろうか。
 私にだけ情報が回ってこない。私だけ何も知らないというのは、受付をしている人間にとって、これほどひどいことはないと思う。
 少なくとも私はその時点まではスタッフの一員だと思っていたし、チラシ配りもしたし、手伝いはしていたつもりだ。だったら、なぜそんな「情報遮断」のようなことをしたんだろう。

 今日のトラブルもそうだと思う。お店のことを聞いてきた人がいて、受付の人がすごく困っていたので、助け舟を出した。するとその言い方が悪いという。確かにきつい言い方をしたかもしれない。
 でもそれ以前に、受付の人に「ここはお店も入っているので、そのことを聞かれたらスタッフを呼ぶか、近くの人に聞いてください」と一言あるべきではないだろうか。
 そうでもなかったら、受付の人だってわけ判らないことを言われて、困るだろうし、お店だって「なくなったのか」とか言われて、迷惑する。
 私には仕事の仕方なんてわからないけど、アルバイト先ではちゃんとそういう伝達事項があった。

 演劇それ自体は私は見ていないからわからない。けれど、私がこだわっていたことが、Sくんの仕事の態度であって、彼らに対してではないことがわかってきたので、演劇が終わったらジュースと軽食を出した。
 それは、彼らにはいらない物かもしれないけど、「大変でしたね」という気持ちだった。物でつろうとか、そういうのじゃないし。(大体、ジュース一本でつれないでしょ。いまどき)
 必要なくても、私の気持ちが伝わればいいと思った。
 私は嫌いな人たちに、たとえSくんに怒鳴られようと無理していい顔をするタイプではない。だから、「大変でしたね」の気持ちは本心だ。緊張したし、疲れたと思う。
 でも、こうやってSくんの仕事に文句を言うことは、SくんにとってもTくんにとっても耐え難いことで、辞めさせたいという気持ちが沸いてくるんだろうね。

 それで、「あなたのためです、辞めてください」になってしまうんだ。
2002年10月05日21時36分10秒

帰ってきて

 帰ってきたら、Tくんからメールが来ていた。私がすごくTくんを追い詰めてしまったことがわかった。
 私は、私の中の自殺祈念がすごくて、それを振り払うのに必死だった。でも、Tくんから見たら、私がTくんを鬱病ということで脅しているように見えたかも。でも、私は私の中の黒い感情を振り払うのに精一杯だった。人のことまで考えていられなかった。
 やっぱり考えてしまうのは、昨日私とTくんが話し合いをしたときに、Tくんに「ここの職場はあっていない」「考え方が違うからいつかは後悔する」と盛んに言われたこと。私にはやめさせたがっているように見えた。彼が辞めさせたいと思っているのに、私が居座るのはおかしい。
 もちろん、労働者の権利としてそれなりのことはするつもりだけど、そんなことをしてもTくんが「私を辞めさせたい」と思っていることは変わりがない。それがとても悲しい。

 もちろん働いてきて、「むいてないから辞めてくれ」といわれたこともある。それは、本当にむいていないと自分でも思っていたので、承諾した。

 しかし今は、別にこの仕事が向いていないと思っていない。
 Tくんは私のように権利意識が強くて、自己主張の強い人間は使いづらいと思っているのかもしれない。そんなこと言われても、労働者として権利意識を持つのは当たり前だし、自己主張しなければ、何のために私が私の人生を生きているのかわからない。それなら、他の人が私の人生をしたっていいじゃないか。

 どうして体調が悪くて2日間休んだことが(うちには有給などはない)、こんな大問題になってしまったのか。私としては、「あなたは重要な仕事をしているんだから、今までと違うんだから、自覚を持ってください」といわれて、私は「Sくんのやっていることが私に対して与えている職務と、仕事の実態とが違っていたので不愉快でした。ちゃんと仕事をしてください」といって終わりだと思っていた。
 要するに、休んだことをきっかけに辞めさせたいって事なんだろうな。今までの話を総合すると。

 あー、だめだ鬱に入る。
2002年10月05日21時19分10秒

自殺祈念がひどい

 朝起きたら、自殺祈念がひどい。こんなにひどいのは久しぶりだ。
 具合が悪いけど、とにかく今日出勤しないといけないと思って準備をしていたら、母がどうでもいいことをぐずぐず言いだしたので、母を殴ってしまった。多分、生まれて初めてだと思う。
 とにかく、出勤した。

 でも、やっぱり具合が悪かったのだと思う。
 Tくんを捕まえて、いろいろ言ってしまった。
 Tくんは、私の性格とあわない気がして、やっていく自信がないんだって。私と一緒に働いている間、ずっと思っていたんだって。

 私、そんなことも知らなくて、TくんとSくんが私によくしてくれているってずっと思い込んでた。Tくんと気があうってずっと思い込んでた。私は、TくんとSくんの両方とものことが大好きだけど、特にTくんの頑張っている姿を応援したいと思っていた。連絡も、何かあったら密にするようにしていた。でも、彼は私の性格と会わないってずっと思っていたって。
 もう、大人なんだからTくんが雇用主として人を上手く働かせるために気があう振りをしたいたことくらい、気がつくべきだったのかもしれない。そういう人をすぐに信用してしまうのが、私の悪いところだ。

 昨日の話し合いで、「ここの職場はあなたに合わない」って何度も言われた。これは暗に辞めてくれって、言っているのと同じと思うのは、私が神経過敏だからだろうか。多分、誰が聞いても、暗に退職を勧めているように思うと思う。
 そのことを聞いてみたら、「そんな風に感じるなら、辞めてもらうしかない」って。

 「裏切られた」とかは思わない。でも、生きていく気力がなくなってしまった。
 朝起きたら、Sくんにコーヒーを入れよう、Sくんは深煎りコーヒーが好きだからそろそろインターネットで取り寄せよう、あんなに働いていてスーパーのコーヒーではかわいそうだからって思ったり、Tくんは商店街との折衝で大変だろうから、連絡は携帯メールにしないとと思って、1日のスケジュールを見たり、そんな風に私なりに仕事の工夫をしていて、でもTくんには「この人と合わない」ってずっと思われていたんだ。
 私が「もし、Sくんが辞めてもTくんの仕事の手伝いはずっとしていくからね。もちろんSくんが辞めるのには反対だし、二人で引き止めたいよね」って言っていたのも、Tくんには迷惑だったんだ。お前とは上手くいかないかも、辞めてもらうかもって思っていたんだ。

 最後にSくんとちょっとしたトラブルがあった。演劇の受付の人がお客さんに聞かれて、彼女はお店のことを知らなかったので、私がお店の説明をした。
 そのとき受付の人に私が注意した言い方がきつかったって。それ以前に、フロアの説明をしないで、受付を頼むのは受付の人にとっても分けわかんないことだと思うけど。
 「仕事を勝手にあけといて、その態度は何だ」といわれた。だから、私は「私が休んだのは、Sくんが朝起きられなくて、私の電話で起きて出勤するのと同じです」と言ったら、「違う」という。
 私は同じだと思う。
 Sくんはパソコン講習が10時から入っていても、その時間まで寝ていることがたまにある。10時のつもりで生徒さんは来ているから、10時過ぎても出勤してこない場合は、私がSくんの携帯に電話して、起こして出勤してもらう。その出勤までの10分間くらいは、私が生徒さんにお茶を出したり、話し相手をしたり(天気の話くらいしかできないけど)一生懸命サポートをしていたつもりだった。
 Sくんは遅刻して出勤してきても、私に「お茶を出してくれてありがとう」とも「遅刻してごめん」とも言ったことはない。
 それでも、Sくんは口には出さなくても遅刻したのは悪いと思っているだろうし、朝起きれないほど大変な仕事をしているのだろうし、私がお茶を出していることなんかには気がつかないかもしれないけど、私がいることで朝起こす人がいて、それなりに感謝してくれていると思っていた。
 私が携帯に電話しないと12時過ぎまで寝ていることもある。でも、講習が入っていないときは「疲れているんだから、休ませてやろうよ。午後になったら連絡しよう」といって、連絡しないときもある。午後になっても連絡が来なかったら、一人暮らしだから病気で倒れているかもしれないし、そのときは連絡しないといけないから。
 そうやって助け合うのが職場の人間同士だと思っていた。
 具合が悪かったり、朝眠かったり(それは普通の職場では朝眠いからといって、お客さんとの約束を破るのは論外だろうけど、それほど大変な仕事をしているんだから、私ができることならサポートしようと思っていた)したら、サポートしあうのが職場なのではないかと思っていた。

 今まで、私はそうしてきて、私は少しでもTくんとSくんの役に立っているのではないかと思ってきた。
 でも、そうではなかったんだね。気があわないってずっと思ってきたんだね。

 とにかく、薬をいつもの3倍飲んで、何とか神経を保っている。
 自殺してしまってもいいし、それは私の決めること。それでも、今日、これから出勤しようと思っている。私は死ぬ日まで、TくんとSくんの部下です。たとえ、迷惑であろうとも。
2002年10月05日13時54分10秒

話し合いをした

 今日、Tくんと話をした。私自身、自殺祈念がひどくて、本当ならもっと時間をおいた方がいいんだろうけど、話をしたほうがいいとおもって彼に電話をして呼び出した。
 私がこだわっていたこと。演劇それ自体より、私がスタッフなのに私はまったくカヤの外で、情報は他の人から聞くだけだったということ。それは、受付業務をしている私には「仕事に必要な情報をなぜくれないのか・・・」という気持ちになってしまった。他の人は、私が一番話しかけやすいし、一番店にいる時間が長いので、私に聞いてくる。それに「わかりません」「そうなんですか?担当のものから聞いていません」と答えることは、本当にみじめな事だった。だって、仕事の情報を教えないなんて、会社での「いじめ」みたいじゃない。多分、Sくんは忙しかったから忘れちゃっただけなのと、受付業務の重要性をわかっていなかったことが原因だと思う。

でも、Tくんに「会社としてあなたをこのまま雇い続けるかどうか、来週中に結論を出します」といわれた。
 首になるかもしれないってことだ。

 日記に書くことだって、本当はいけないことだし、普通の会社だったら許されなくて、これだけでも首になるよね。それを許してくれるのは、ありがたいと思う。ここでぶつけなかったら、私はパニックになってしまうと思うから。

 私が定期的に具合が悪くなることは、本当に会社にとって困ることだと思う。「障害者支援」とかきれい事言って、会社では鬱病の発作が起こると迷惑だからって首を切るのかっていう理屈もあると思う。
 私もそれを言いたいけど、それを言うには私はTくんに頼っている。「頼られたら困る」という理由で首を切られるのは、私の甘えだから仕方ないと思う。
 来週中に私の処遇は決まるらしい。あー、何かストレス。
2002年10月04日19時21分10秒

人を見る目

 私には、人を見る目がない。これって、自他共に認めるところだ。論文の良し悪しを判断する目を養うのは散々訓練されたからあるんだけど、「人を見る」というのは、とにかく人と会う経験が少ないのだから、多少はしょうがない。この年で、しょうがないって言っている場合じゃないんだけど。

 だから、Sくんに私が幻滅しても、それはまた「人を見る目がなかった」ということを再確認することで、Sくんが初めてではない。

 以前、同じお店の仲間の人に「ここは、若い男の子たちとおばさんが全然別になってしまっていて、必要なときは手伝ってって言われるけど、肝心なときは、おばさんはあっち行っていろって態度されるのよ」といわれたことがある。
 ただ、私はそれまでそんな体験がなかったから、「ふーん、あっそう」と思っただけで、忘れていた。今回のことで、そのおばさんの言っていることを思い出した。
 今回の演劇のことって、まさにそのおばさんの言う通り。
 男の子たちが勝手に決めて、おまけに営業妨害までされて、その説明はまったくなし。普通だったら、説明会とか開いて、理解をえるところだとおもうんだけど、「ショップのおばちゃんなんか、自分とは関係ない」と思っているんだろう。
 普通、お店の営業を妨害するなら、それなりの挨拶があるべきだと思う私はおかしいのかな?
 何の説明もなく、営業妨害されるお店の人の立場になったことがあるのかな?それで生計を立てている人もいるのに。

 私はSくんのことも、Tくんのことも、とてもいい人だと思っていた。それが、私の見当違いだったとしても、それは、「またしてしまったこと」で、しょうがないんだけどね。
 でも、何度繰り返しても、がっくりするものは、がっくりするんだ。
2002年10月03日23時45分10秒

どうしてこんなに落ち込んでいるのか

 どうしてこんなに落ち込んでいるのか。ゆっくりと考えた。
 まず、第一に「具合が悪い」と訴えたのに、会社から返してもらえなかったこと。それでも、強引に帰ってきて、2時間くらい眠って、会社に電話して「戻ったほうがいい?」と聞いたら、「戻ってきてくれ」といわれ、会社へもう一回行った。
 Tくんは怒っていて、ろくに口も利かずに、私に説教をした。
 Tくんが仕事が大変だったのはわかる。
 それでも、私は自分がものすごく疲れていたこと、それがきっかけで鬱になること、その日もすでに3日くらいお風呂に入っていなくて、かなり危険な精神状態だったこと、などを考えて、強引に帰ってきて家で休んでいた。
 私は、ちょっと具合が悪いくらいで、早退していない。どうしても具合が悪くて、我慢ができないときだけ、訴えているつもりだ。
 鬱になって一番つらいのは自分自身なんだから、Tくんに迷惑をかけるとか、そういうことより病気を悪化させないほうが重要だ。

 Sくんが主体となって演劇をすること。私は詳しく知らなかったのだけど、演劇の2日間はお店の営業はできない。なぜそんなことをするのか。
 以前、同じようにお店の営業を止めてファッションショーをやったことがある。それはみんなが協力した。その主体はお店の1軒で、それをやることでお店の知名度が上がるし、本人たちもとてもやる気になっていたし、それで彼女たちの労働意欲が一気に高まっていったのがよくわかったから、みんな快く協力した。

 でも、今度は全然関係ない外部の人間だ。何で、そんな人が演劇をすることになったのか私は知らないけど、そのためにお店を開かせないなんて、おかしい。
 うちのフロアは起業支援ということで、税金の補助をもらっているのだから、その仕事を忠実にするべきだ。

 少なくとも、集客の目玉になるわけでもなく、お店の1軒がやるのでもなく外部の人間で、それも人が集まらない演劇をなぜ、そんなに協力しなくてはいけないのか、私にはわからない。
 「演劇はみんな手弁当でお金がかかっていない」と反論があるかもしれなけど、チラシを相当刷っていたし、私もチケットを刷るように言われた。あのお金はどこから出ているんだろう?税金?
 うちのフロアの運営には税金が使われていて、それを使用するという事は、すなわち税金を使用するということだ。チラシを刷るお金もそこから出ているのだろう。
 場所を貸すだけなら別にいい。場所代をもらって、やらせればいいじゃない。もちろんお店は営業して。

 一番重要なのはお店を休ませる2日間で売り上げがあるはずだったものがなくなることだ。
 お店というのは毎日あけているから価値があるのであって、その日に来てこれから常連さんになる可能性のある人を逃してしまうかもしれない。
 そして、そのことに関するきちんとした説明があれば、納得するかもしれないけど、まったくない。
 うがった見方をすれば、新規入居のお店が多い今の時期を狙ったともいえるのだ。新しく入ってきたばかりの人は、大家である会社の言うことを聞きやすいだろうから。

 私は今週の日曜日、他の市でやっている展示会へ行くつもりだった。だけど、「演劇の手伝いをしてくれ」といわれた。
 とても不愉快だった。
 私にも私の都合があって、私の地位が一番下だから命令すれば聞くと思っているのだろうけど、わけのわからない命令を聞くわけにはいかない。

 「起業支援」ということで、市の税金を使っているところが、起業をしたい人の営業を妨害する。なぜこんなことが行われるのだろう?

 きっと、いつもの相談相手のOさんだったら、「また、あんたは正義の戦いをしたがる」というのだろうなぁ。
 こんなこと、気にしなければいいのか。
 でも、おかしなことをやっているところなら、なぜ私がいなくてはいけないのか。それなら、普通の会社のほうがいいじゃないか。同じおかしなことをやっているなら、別に今の会社にこだわることはないはずだ。

 私は一つのことにこだわる性格があって、今までそれで失敗してきた。特に仕事はそうだ。
 以前のパソコンを販売する仕事は、絶対どう考えても私にあっていなかったのに、「こんなに条件のいいバイトは他にないから」といって、無理して勤めて、体調を悪化させてしまった。
 それ以来、「これがだめでも、別の仕事があるさ」という方針でいっている。体調が一番重要だ。

 TくんのこともSくんのことも、別に嫌いではない。だからといって、彼らに執着することはない。きっと、次の仕事場でも一生懸命頑張っている人間には会えると思うから。
 多分、今の会社は辞めたほうがいいだろう。しょうがないよね。
 月曜日、フロムエー買ってこよう。
2002年10月03日22時32分10秒

今週末に演劇をするんだって

 今週末にうちのフロアを使って、演劇をするそうだ。
 見た人によると、要するに「自己表現」と言う名の「若者のオナニー」らしい。大学の演劇部やサークルにありましたよね。1つくらい。
 そのために、うちのフロアは2日間営業停止をされる。その分の損失補てんはない。家賃を払っているのに。
 インターネットカフェには週末必ず来てくれる小学6年生と1年生の兄弟がいて、その子達も今週は来ても入れない。
 要するに、空き店舗分の家賃を大家であるうちの会社が払っているから、文句を言うなということなんだろう。でも、空き店舗が多いのはショップの人間のせいじゃない。

 「起業しろ」といわれて、それはまったく生活のためだ。その起業のために入っている場所で、若者の暇つぶしのために営業を妨害される。いったい何なんだろう。

 演劇はチケットがぜんぜん売れていないらしい。私だって、内容をきいたら、買わない。アートだかなんだか知らないけど、素人と若者のオナニーだ。
 昨日はなしていたら、中心になって働いているSくんは「ここはおばちゃんばっかりだから、売れない」といっていた。だって、おばちゃんは目が肥えているもの。
 日記によく出てくるOさんは元演劇をしていた人なんだけど、誘っても、無料でも来ないでしょう。
 人は本当に見たいものなら、東京まで行っても見る。木更津はそれができる距離だから。
 そして、私たちにはわからなくても、そうやって見たい演劇を見に行く人たちは、木更津にたくさんいるだろう。そういう人は、見に来ない。
 一体、誰がターゲットで何のために人の営業まで妨害してやっているんだ。
2002年10月03日14時32分10秒

鬱に入った

 やっぱりだめだった。鬱に入ってしまった。今日はもう、調子が激悪だ。
 一回忘れ物を取りに出勤したけど、フロアに足を踏み入れた瞬間、気分が悪くなった。エレベーターが開いた瞬間、「いやだなー」と思った。

 きっかけは、具合が悪いのに早退させてもらえなかったこと。それでも、無理して少し休んで家から出勤したら、ずっと説教をされたこと。過労から鬱になることはわかっていてくれていると思ったのだけど。
 それから、今の職場が片岡先生という人とその学生の私物なんだなと感じたこと。
 Sくんが私の質問を無視するとか、そういうことは瑣末なことだ。調子がいいときには気にならない。あー、いや、結構気になるかも。だって、普通の人なら話しかけられたら、返事するでしょ。それも、必要なことなんだよ。一人で働いているつもりなら、電話番とか全部やって。

 仕事をして感謝されないなら、何のために働いているのかわからない。
 「甘えるな」といわれそうだけど、私の月給は5.000円だ。時給換算すると13円だ。それで、帰ってから疲れて本も読めないくらい働いている。労働基準法違反なのは知っているけど、払えないというものは仕方がない。そう思ってきた。

 それでも、病気に理解があること、TくんとSくんが私によくしてくれること、働いていることで病気が治ってきたことなどの理由で、私は月給に不満はないと思っていた。
 でも、病気が悪化するなら、最低賃金はほしい。だって、それなら他の場所で働くのと同じだから。いや、お金は別にほしくない。本当は病気に対する理解がほしい。

 でも、彼らに本当に必要なのは、片岡先生というあのスペースを作っている人に共感して集まってくる学生たちなんだろう。だったら、私は共感していないんだから、いらない。本当は、片岡先生の学生さんを呼べばいいんだけど、遠くから呼ぶと家賃などの負担が増えるから、という説明を以前されたことがある。私は、安価で使いやすい労働力なわけだ。

 話をしていると、本当にあのスペースは片岡先生とその学生の私物なんだなと思う。私は他に職を探すか、大学院に戻るか、考えたほうがいいんだろうと思う。
2002年10月03日14時19分10秒

調子が悪い

 調子が悪い。疲れているせいもあるだろうけど、鬱々とした気分になる。
 昨日、Tくんの悪口を書いてしまったのも、そのせいかも。
 Tくんの発言が先か、鬱が先か、わからないけど。

 休めないのも辛い。最近は、私もばっちりシフトに入れられてしまって、休めない。休んだら、他の人にしわ寄せが行く。
 「私がいないとき、どうしていたの?」と言ったら、Tくんに「Sくんも僕も、休みなんかなかった」って言われてしまった。私が入ることで、二人に休みが取れるなら、がんばらないとと思うと、余計辛い。
 「好きでしている仕事なんだから、休みなしでもやりなよ」と思うけど、私はタイプとして「お母さん」してしまうほうなので、「私が休んだら、二人に休みがなくなる」とか「Sくんのコーヒーは誰が入れるの」とか、考えてしまって無理してでも出てしまう。
 そして、結局は私が体調を壊してしまって、一番迷惑をかけてしまうんだろう。現在、その危険、大。

 いろんなことに神経が触る。
 Tくんが機嫌が悪いとき、私にあたること。調子のいいときは「私にあたって気が済むなら、そうしなよ。他の人に当たるより、害がないんだから」とか言っていられるけど、今はあたられると、本当に神経に障る。
 Sくんが返事をしないこと。Sくんはもともと無愛想で、話しかけられても返事をしないことが多い。調子がいいときは「返事くらいしろー」と思っても、「返事するのも面倒くさいんだろう」と放っておくけど、今は本当に落ち込む。「無理して働いて、挙句になんで無視されるのー?」と思う。

 なぜだかわからないけど、私はきっと鬱の谷間に入りそうな時期なんだと思う。
 前回の7月末は、「あー鬱になる」と思いながら、忙しくしていて、悪化させてしまった。
 今回は休みたい。でも、シフトに入ってしまっているから、休めない。どうしたらいい?

 韓国のD介のところへ遊びにいきたいな。気晴らしに。D介も大使館勤務で、北朝鮮関係のことがあって、すごく忙しいらしいけど。
 しばらくゆっくり休みたい。
2002年10月03日05時26分10秒

セクハラ

 うちの会社は若い男の子が二人だ。ただ、私は大学院でいつもそれくらいの年齢の男の子と一緒に研究をしていたので、「私はおばさん・・・」と感じることって、あんまりない。あっちはあるのだろうけど。

 私にとって、すごく我慢できないことがある。Tくんが私に「結婚したら。子供生んだら」みたいなことを言うことだ。本人は冗談のつもりなんだろうけど。
 うんざりする。
 いまどきおじさんだって言わないよ。若いから許されると思っているんだろうけど。

 なんか、「若いから」「男の子だから」で許されると思っているらしいことが多くて、うんざりなんだよね。

 技術のSくんは声高かに言わないけど、男女同権論者だ。態度でわかる。私に重いものを持たせる仕事も平気で任せるし、「女性ですから」といって、私を甘やかしたりしない。「病弱だから」くらいの気は遣っているんだろうけど。
 ただ、彼は「私は女だって平等に扱う」と決して口には出さないので、他の人は気づいていないんじゃないかな?ここのおばちゃんたちは、私が肉体労働を(といったって、たいした力仕事じゃないけど)させられているのを見て、「そんなの男の仕事なんだから、Sくんにさせなさい」っていう。私は、そういうおばちゃんにだけはなりたくないな。「力がないから、持てない」ということは言うけど、「女だから、力仕事はさせないで」とは、口が裂けても言いたくない。

 こういう時って、年齢と関係ないことだけど、人としての質が問われる気がする。Tくんは普通の男の子で、そういうこと何にも考えないで生きてきた人なんだろうなぁ。Tくんは「本を読まない」「知識を詰め込んだってしょうがない」というけど、こういう小さいこと(私には小さくないけど)で、「ちゃんと考えているか」「知識があるか」ということが問われてしまって、彼は知識がないために質の低い人間になってしまうんだろうなぁ。
 「社長の心得」とか読んでる場合じゃなく、「人間の心得」を読んでほしいよ。

 でも、私の生きてきた人生の中で、私の知り合いの男の子はちゃんとした人が多かったんだなって再認識。私をきちんと一人の人間として扱ってくれていたんだな。本当に質の悪い足の引っ張り方をされてこなかったのは、私の人生にとってラッキーだったんだなぁー。一番仲のいいD介も、Sくんもそうだけど、私をきちんと一人の人間として見てくれていたんだなぁ。
2002年10月02日10時14分10秒

松茸

 サーバー室に、2,3日から生徒さんにもらった松茸があった。私は、気が気ではなくて、「香りが無くなっちゃうから、早く食べよー」というメールをみんなに出した。
 すると、まずSくんから、そしてTくんから「どうぞ、食べてください」というメールが来た。私は喜び勇んで家に帰り、「松茸だよー。もらってきたよー」といった。家族もすでに寝ていたが、とても喜んでいた。

 翌日、私が残業をしているとSくんが「ところで、あの松茸食べましたか?」という。「今日食べるよ。ありがとう、家中大喜びだよ」というと、「いやー、あれ本物じゃないんです。ティッシュで作った松茸をもらったんですよ」っていう。
 えええーーー。

 大急ぎで家に帰り、事情を聞くと「包丁でも切れないので、手でちぎって、炊飯器に松茸ご飯の用意をしていたら、弟が通りかかって『それ、ティッシュじゃない?』といったので、事なきを得た」ということだった。
 もうーーー。もう少しで、ティッシュの混ぜご飯を食べさせられるところだったじゃない。

 Sくんいわく、「なおなおさんなら、焼いたりしかねないと思って」だって。私のことよっぽど抜けているって思っているのね。確かに、引っかかっちゃったけどさー。

 今日出勤して、「包丁でも切れないし、手でちぎって炊飯器に入れるまでしていたらしいよ」といったら、「気がつかないんだー」と大うけだった。どーせ、うちは一家そろって抜けてますよ。

 それ以来、テレビで松茸が出てくると無言でチャンネルを変える我が家なのである。
2002年09月28日23時14分10秒

狼狽してしまった

 今日、店番をしていたら若い女性がビーズリングを二つ買ってくれた。
 そのとき、その女性に「あのー、日記の方ですよね。私、愛読者なんです」といわれてしまった。
 なぜだか私は激しく狼狽してしまい、「す・・・すみません!」といってしまった。何謝ってんだ?

 今日、リングを買ってくださった女性の方、ありがとうございます。生活の糧となります。
 でも、面と向かって言われるとすごくはずかしかったよーーー。
2002年09月14日02時44分10秒

本当に感謝するということ

 うちの会社は経営が苦しい。それは、仕事が少ないわけではなく、起業支援ということで、空き店舗の家賃も払っているからだ。会社単体では黒字だそうだ。
 だから、社員へのお給料も少ない。

 私は自宅で親と一緒だから、月に4万円もあれば、この異常なまでの読書欲と昼食代はまかなうことはできる。昔のように専門書を買うわけではないので、本代は一気に減った。
 だけれど、うちの社長と技術の人のお給料はとても少ない。私はスタッフだけれど、副業もしていて、私だけがお給料が潤沢に(といっても4万円だけど)あるのが申し訳ない気がしていた。
 結局夏休みも終わりということで、私なりに考えた。今までもらったお給料を全額返そうと思った。
 私はお金にうるさい守銭奴だけど、貧乏だからこそわかる貧乏の辛さってあると思う。若い人が買いたいものも買えずに、夜中まで働くのはとても辛いとおもう。

 そして何より、私は彼らに鬱病をよくしてもらった。
 もちろん完全に直ったわけではないし、波もあるけど、私のようなわがままな人間と一緒に働いてくれることにとても感謝している。私の仕事が気に入らなければ、私が鬱病であることで特別扱いせず、がんがん怒ってくれることにも感謝している。辛いときもあるけど。
 私には今いるところがとても輝いて見える。一生懸命さを持ち寄って、貧乏でもがんばっている姿がとても輝いていると思う。

 技術のSくんはここにいるかどうか悩んでいるらしい。私は彼にとてもいてほしい。もちろん、社長のTくんにだっていてほしいけど、社長なんだからいるでしょう。
 ずっと、今のままが続けばいいと思っている。

 昨日、お給料の全額は返せなかったけど、一部を返してきた。彼らのお小遣いに使ってほしいと思ったのだけれど、彼らは自分たちの名義で起業支援のところへ寄付をするという。それも彼らの決めたことだから、いいと思う。

 私は人付き合いができなくて、一生これで辛い思いをするだろうと覚悟していた。でも、私が愛情をもって接すれば、あっちも応えてくれることがわかってきた。昔は愛情を持って、「がんばっているね」「とっても偉いと思うよ」というのが恥ずかしかったけど、今ではとても素直に言える。それは、お世辞ではなくて、思ったことを率直に口に出すという技術(?)を身につけられたせいだと思う。

 とにもかくにも、私にできることは何でもしたいと思っている。なぜなら、それ以上のものを彼らにもらっているから。私がした恩返しは、彼らが私にくれたたくさんの愛情の100分の1にも満たない。
 これからもがんばって働いていこうと思っている。
 今、とても幸せです。
2002年09月06日01時46分10秒

激鬱だった

 7月末から8月頭にかけて、激しい鬱が襲った。それでも、昔よりはずっといいけど、どうにもこうにもお風呂に入るのさえおっくう。1日、2日はまあ私的に許容範囲内で、夜中のコンビにはOKと決めているのだが、3日過ぎると日本の常識から考えて、外出は控えるべきでしょう。
 多分、この日記を読んでいるウツじゃない人は、「げっ」って思うかもしれないけど、本当ひどいときはお風呂にも入れないんだよ。
 別に特に私がいつも不潔だったりするわけじゃない。病気のせい。お風呂に入れないし、何にもやる気がおきない。
 今回は、「やばいな。ウツになりそう」って思ったんだけど、忙しかったのか、私の心がけが悪かったのか、なすすべがなかった。

 そのすぐあとに「ビーズ展示会」があって働きづめ。結局、展示会の最後の2日間は、家で寝込んでいてできなかった。
 それから、ずっと眠っていて、やっと復活。元気になった。疲れがたまっていたんだろうなぁ。
 それでも、以前はお風呂どころか食事もテレビも見れなかったのを考えると、本当に復活するのが早くなった。

 今度はまたまた、新しい仕事の話が来て、「房総の芸術家たち」という展示会に出品してくれという。やばー、ビーズを売っているけど、私はまったく作れないんだよ。
 それで、お店の定休日にキットを買ってビーズ作品を作っていたら、はまってしまった。ちょー、面白い。いろいろなものを使ってできるし、安い。やり直しがきく。(洋裁なんかは、一度縫ってしまうとやり直しが大変)楽しい。
 Tくんに「なおなおさんも、チクチクしてないで、働いてよ」って言われたくらい、一日ビーズをしていた。(お盆はすごくお客さんが多いのにー)ちなみに、ビーズショップの店長がビーズを作っていても、みんな「趣味」「暇つぶし」と思わずに仕事と思ってくれるのだ。たのしー。
2002年08月16日23時46分10秒

仕事(続き)

 今週頭から胃腸の調子がすごく悪くて、今日せき元気堂へ行ってきた。それで、だいぶおさまった。
 関先生は、生徒さんと一緒に2号店を作るらしい。すごいなー。

 私は今、快適な仕事をさせてもらっている。ミスもあって怒られたりもするけど、前ほどひどく怒られることもなくなった。体調が悪いときは、すぐに言って、急ぎの仕事とか他の人に回してもらうし。
 今日は、6時半に出張のパソコン講習があるというので、Sくんが「では、行って来ます」といってお店を出て行った。そのとき、私は彼に「いってらっしゃい、気をつけてね」と声をかけた。なんだかそれがとてもうれしかった。
 私が出かけるとき、母がよくそうやって言っていた。その言葉を聞くと、「子どもじゃないんだから、気をつけるに決まっているじゃん」と思ったけど、言いたくなるんだな。
 「いってらっしゃい。気をつけてね」と心から言える相手がいるって、本当に幸せなことなんだなって思った。これはたまたま、今日はSくんだったけど、Tくんにだって言える。今、私はなんて幸せな仕事をさせてもらっているのだろうと思った。

 現在、朝鮮総連に話を持っていって、「コリアンフェスタ」をする計画もある。これは、民族学校の子達に来てもらって、踊りを踊ってもらうというもの。
 でも、私はそれで終わらせたくない。私は本当は、うちにお店として入ってもらって、通りがかりの人に「あら、ここのコチュジャンおいしそう。買ってみようかな」とか、「へー韓国って(あるいは、朝鮮って)こういうのがあるんだ」と思ってもらえるところ、もっと欲を言えば、座ってビデオとか見ながら韓国のお茶の飲めるところが作れたらいいと思う。
 結局、お祭りって1日で終わりで、続いていかないから。
 そうやって考えていくと、今の会社に居続けるのはどうかと思う。私はいろんことがやりたい。韓国・朝鮮のこと、ビーズ装飾品、子どものこと。でも、Tくんの会社に正式採用されたら、パソコンのことしかできなくなってしまう。少なくとも、採算が取れない事業には手を出すなといわれるだろう。私は、お金よりやりたいことを優先させたい。自腹を切ってでも、やりたいことはやりたい。
 いったい、どうしたらいいんだろう。
2002年07月26日22時00分10秒

仕事

 私が集団で働くということは、とても珍しい。一人で資料を調べたり、在宅入力する仕事は結構したけど、他の人と一緒に仕事をするのは、あまり続かない。疲れてしまうから。
 だから、今度の仕事は私にとってとても珍しい。

 だけれど、ここで働くというのが続くのかな?とも思う。
 この前、技術者のS君と話をした。IT講習の講師を二人でやっているので、電車でよく話をする。会社に対する不満を言っていた。私はこの会社で働き始めたら、たぶん不満を言うようになるだろう。私はどこにでも不満を言う人だし。
 でも、S君が不満を言うのは「良くしたい」という思いなんだろうなと思った。私も大学院のとき、嫌いな子のゼミ発表は文句を言わず、黙殺していたし、「良くしたい」と思わなければ、不満も言わないだろう。自分のやりたいことだけやって、あとは知らん振りしていると思う。

 彼の話を聞いて、「私はここには向いていないかもしれないな」と思った。
 私は彼らが「社会改良主義者」に見える。「町を良くしたい」といって、起業を勧めたり、商店街の空き店舗にメンバーを入れて起業をさせたりする。
 「町が悪くなった」本質的な原因を、彼らはわかっているのだろうか?それがわからなければ、本質的な原因を取り除くのは無理だと思うのだけれど。理論がなく、体だけ動かしているから、そういうことになるんだろうけど。

 彼らと話していて、沢木耕太郎の「テロルの決算」を思い出した。あれで一番心に残っているのは、浅沼社会党党首の生き方だ。
 あれは、浅沼が殺されたのは、「中国へ行って『日本は申し訳ないことをした』といったからだ」という理由付けをしている。なぜ、彼はそういうことを言ったのか。
 彼は戦争中に麻生久と一緒に農村改良運動をしていた。もともと社会主義的傾向がある人だったが、戦争中働き盛りを軍隊に取られて荒廃していた農村に入り、女性を家から出して集団化させたり、農村の教育を受けられなかった人たちに教育を施したり、彼らは「社会を良くする運動」をした。でも客観的に見れば、彼らのしたことは戦争中の日本政府をバックアップすることになってしまった。そのことに対する反省が、「日本は中国で申し訳ないことをした」という発言につながったと解釈していた。
 同じ過ちを市川房江もしていた。

 うちの会社の二人はこの町を良くしたいのかもしれない。でも、「悪く」なってしまった本質的な原因は何なのか。それを説明してくれない限り私は協力できない。いや、現在の町が「悪い」のかどうかもわからない。というか、興味がない。「町を良く」した結果、どんな社会が待っているのか、どんな社会を作りたいのかそれを説明してくれなければ、私は働けないだろう。
 今はとても居心地がいい。それは二人がとてもいい人だからだ。でも、仕事は内容で決めるものだとも思う。先のことはわからない。
2002年07月24日23時47分10秒

うちの会社のこと

 うちの会社は、3名だ。社長のTくん(22)と技術者のSくん(25)、試用社員の私(3?)。社長のTくんが一番年下なのだ。
 多分、やりずらい時もあるだろうなと思う。
 特に私は威張っているから、彼的には扱いにくい人だろう。おまけにすぐ怒ったり、泣いたりするから。
 それでも、なんとかまあやってきた。
 8月末で試用期間が終わると、ビーズ販売などの副業ができなくなるかもしれない。それって、私には死活問題なんだよね。
 だって、笑っちゃう月給なんだもの。

 正直に言って、私は商売が結構好き。自分の仕入れたものをお客さんが喜んで買っていく姿を見るのが好き。展示会で、わさわさと人が来て、活気あふれるのも好き。いつもアジアの市場を見ていたから。
 別にいい暮らしをしたいとか、ブランド物をほしいとかは思わない。(でも、買いたい本を買うお金はほしいな。月のお小遣いが4万円くらいあればいい)
 でも、食えなかったら、話にならないものね。

 あー、なんか、愚痴になっちゃった。
 でも、とてもいい会社。私の病気をここまで良くしてくれたんだもの。お金がないくらい、我慢しないとね。でも、病気が全復したとき、私はどうするんだろう。
 正直な話、私は会社のTくんも、Sくんのことも大好きだ。だから、3人でうまくやっていけばいいなと思う。きっと、一生は無理だし、いつかは状況が変わるときが来るんだろうけど。
 今はとても楽しい。
2002年07月18日21時57分10秒

「たったこれだけ?」

 今月、ビーズ作品展示会を開いた。
 房総ファミリアに広告を載せたりしたので、結構お客さんが来て大変だった。
 私はへばってしまい、ビルの定休日には一日眠っていた。

 今日、出勤してビーズ作品の整理をし、どれがいくつ売れたのかビーズリングを作っている先生に送った。(ちなみに、リングとネックレスは別の先生に頼んでいる)
 すると、返事が送られてきた。「たったこれだけしか売れなかったのですか。大成功と聞いていたのだけれど。」という内容だった。
 悲しかった。
 私が展示会をしている間、私が普段している電話受付などの仕事を変わってしてくれたり、接客をしてくれた仕事仲間に申し訳がなかった。
 この先生を断ってしまおうかと思った。

 Tくんに相談すると、「先生は売り上げをいくらくらいと予想されていたんですか?」って、聞いてみれば?10万とかいわれたら不可能なんだから、断るしかないし、どうせ「3万」とかその程度の数字を言ってくるよ。とのことだった。それもそうだと思って、そういう内容のメールを書いた。
 まだ返事はない。

 展示会用の作品がぜんぜん売れなかったのが不服だったらしかったので、「失礼ですが、金のチェーンのネックレスは1本しか売れませんでした。表と裏が色が違う、チェーンにスワロフスキービーズをちりばめたのは、高かったんですけど、飛ぶように売れました。(これは他の人の作品。暗に下手だって言いたかったんだけど、伝わらないかもね)」と書いた。だって、その先生のネックレス、あまりに下手で出せなかったんだもの。
 「ネックレス、他にないの?」といわれたときだけ、出していたけど、お客さんはチラッと見て、「そういうのはいらない」ってみんな断るんだもの。私だって、それだけ見ていればいいけど、他のと比べるとちょっと・・・と思った。だから出さなかった。

 その人はまだいいんだよ。売れてるだけ。一組の先生は、まったく1個も売れなかったんだから。
 もう、この人たちの委託は断るしかない。それも気詰まり。
 8月にもやる予定なんだけど、またこんなこと言われるのかな。うんざり。
2002年07月18日01時30分10秒

「いつもいてくれて、ありがとう」

 インターネットカフェのお客さんには、いろんな人がいる。失礼な人もいれば、私のことを「お姉さん」といって慕ってくれる人もいるし、この前は2時間も恋愛相談をされてしまった。(疲れたけど、自分の恋愛していたときを思い出して、ほほえましかった)
 その中に、いつも来るたぶん知的障害のある青年がいる。ほとんど毎日来て、インターネットをしていく。「ウルトラマン」かなにかのアニメが好きなようだ。
 最初は大声で騒いだりするので、とても嫌だった。だけど、注意すれば「はい」といって話を聞くので、わけわからないわがままを言うオヤジなんかより、ずっときちんとしている。
 彼はとても礼儀正しく、料金が不足するとその日のうちに持ってくる。バスで来ないといけない距離なのに。

 最近は彼との関係も良くなってきて、「家はどこ?」とか話をするようになった。世間話はできず、私の一方的な質問に彼が答えるだけなんだけど。
 昨日、何気なく料金の請求をするのに計算していたら、彼が私に「いつもいてくれて、ありがとう」といった。私はすごくうれしかった。
 彼から私に初めて会話らしいものを言ってきたことと、私の仕事を評価してくれたのが本当に、本当にうれしかった。
 こういうとき、接客業っていいなと思う。嫌なお客さんもいるけど、いいお客さんもいて、素敵な出会いもある。本当にうれしかった。
2002年07月06日09時47分10秒

体調が悪い

 体調がすごく悪い。元は生理痛から始まった。痛くて、夜良く眠れなかった。「体調悪いから、仕事いけない」って言ったんだけど、Tくんに「行ってもらわないと困るから」といわれ、千葉市までIT講習の講師の仕事に行った。4時間たちっぱなし。仕事自体は楽しいんだけど、体が辛かった。それから、どうも具合が悪く、9時に寝て、8時におきるという生活を続けたのだけれど、どんどん悪くなるばかり。
 昨日は早退して、寝ていた。

 今日はやっと元気になった。疲れがたまっていたんだろうと思う。

 お昼、ちょっと抜けて(うちは昼休みなんかない)本屋へ行った。「仕事は楽しいかね?」という本を探した。木更津の本屋って、ろくなのがないんだけれど、ビジネス書は結構あるんだよね。
 この本は、ビジネス書としても面白いし、私が読んでも面白い。
 「試してみることに失敗はない」という言葉が一番好きだ。私も今の仕事につくまでに、いろんなことをした。秋葉原でパソコンの販売も、銀座でホステスも。
 今になってみると、そこで学んだことがすごくためになっている。

 実は体調を壊したのは、他にも原因があって、Tくんと喧嘩というかトラブルがあった。
 原因は、私の接客態度。
 私は常連さんを大事にする方針だけど、彼は来たお客さんにエネルギー全部を注ぐらしい。私は、頻繁に来てくれて、「インターネットカフェはパソコンを貸してくれるところ」という認識がきちんとある人(ない人もいる)を大切にしたい。
 中には、私たちスタッフをつかまえてパソコンソフトのやり方、レイアウトまで相談してくる人がいる。私は、それはルールを守らないお客さんとして、切っていく。Tくんは、そうしたくないらしい。
 でも、それって、銀座に来てホステスさんのスカートに手を入れるくらい失礼なことだと思うんだけど。そんなことしたいなら、キャバクラか風俗へ行くべき。クラブには来るべきでない。
 職種によって、いろんなルールがあるのは当たり前だと思うのだけど。

 でも、まあ、何とか復活。Tくんが出張中、Sくんと二人でお店を守っていかなくてはいけない。がんばります。
2002年07月03日21時58分10秒