

○特に先行きの事を考慮せずこんなページまで作ってしまった。しかも、「自己分析」なんてそれ自体が特定のカラーに染まっているわけだから、恐らく理解価値としてはほとんど意味を持たないものであろう。しかし、自己認識という面においては評価すべき点がこのページのどこかにあるかもしれない。それは、いつになったら分かるのかなんて自分自身すらわかっていないのが現状ではあるが、とりあえず前進してみよう・・・
さて、本題に入っていくわけだが、まず念頭に置いておかなくてはならないのは、「自分がなぜその行動をとったか」ということである。スペース上の関係からダラダラと書くわけにはいかないので、要旨中心で以後まとめていきたいと思う。
こういった話は具体レベルに下ろした方が明確である。自分は、日常生活において色々頭の中で考え事をしている。電車の中、TVを見ている時、友達と話をしている時など腐るほど考える時間というのは多い。その中で有効的な案が閃いたりすることは残念ながらあまり見当たらない。無意識のうちに「考える」という事自体に意義を見出しているのかもしれない。だとしたら、あまり物的な脳の生産活動とは言いにくい。
性格から言うと、恐らくそれが好きなんだろうな。自分の脳の中で一定の「理想」を想像して、そこから更に勝手なイマジネーションを拡大させる。ただ、そういった中でも共通している点というのは、あまりにも日常から離れることはないということだろう。少なからず、可能性がありそうな事を想像しているはずだ。それが何を意味するかは過去も今も全く見当もつかないが。
ちょっと話題が脱線気味なので変えよう。自分は小学生の頃から「お役人」や「軍人」という存在に関心があった。なぜか。正直な話、自分は昔から受験競争社会において常に底辺に属していたと思う。幼い頃からその事を認識していた。能力に恵まれた人間に対するコンプレックスという大きな壁が自分のどこかにあったからではなかろうか。しかし、関心があった職業というのは、基本的に「能力社会」ではない。「努力社会」である。そこに惹かれて今に至るわけだが、これまた正直な話、「努力」は好きではない。この論理矛盾は後者の妥協によって解消させる事が出来る。そして何より、権力者、権力執行権者という良い一面と悪い一面の二面性がたまらなかったのである。これが、公務員を目指す最初の原点だったのかもしれない。
いずれにせよ、捻くれた少年時代だったことには変わりなさそうである。そして、中学、高校と進学していくことになる・・・

○というわけで(どんなわけだ!!)、大学に入学したわけだが正直言うと、3年までは有意義とは言い難い。とはいえ、1年の初期から付き合っていた彼女との生活というのは自分にとってはこの上ない至上の幸福であって、人生の宝であるに違いない。ただ、ここではほとんどノロけになってしまいそうなので、とりあえず除外しよう(笑)
初めて入学して知り合ったのが、地方から出てきた人たちだったわけだが、どうも価値観の相違というのは心の中で意識していた気がする。自分にとっては、何気ない日常生活の一環の出来事であってもそういった知人たちはどうも大げさにしすぎているような気がしてならなかった。彼らとのこの価値観の相違がその後において重要な意味を持ってくる。
図々しくも、大学の授業も刺激のないもので高等教育というのはこんなもんなのか、と不思議に思ったり、そういった社会問題について自分の見地拡大のためや意見交換のために幅広い議論をしたくて、そういった話題を知人に切り出してもすぐに中途半端に終わってしまう。このままでよいものか、と悩んだ末「200万近くいる大学生もこういった生活をしてるんだろうか。となると、それ以上を要求する自分は特殊なのか、刺激のない平凡な一学生として妥協するほかないのかもしれない」と考えた。もちろん、そういった彼らからも色々なことを教わって勉強させてもらったわけだが、十分に満足するには至らなかった。2年生以降からは、無意識のうちに、やがては意識的に彼らと距離を置くようになっていった。失礼ではあるが、もしかしたら彼らに対する些細な抵抗だったのかもしれない。
で3年になって、「ゼミ」という一定の関心に基づいた集団に入ってからは、「学生らしい」討議や議論その他について様々な手段を駆使して効用を満たしていくことになった。そこで、ゼミ長というリーダー職に就くわけだが、組織管理というかゼミとしての共通価値観を見出すのに苦労したのを記憶している(今もだけど)。最初は、一方的な視点からゼミを動かして支えていたが、様々な問題に衝突して、相対的な視点を意識するように努めた。これも実社会に出てからは十分に生かすことが出来る貴重な経験である。自分の中にある価値相対主義から「討論と妥協」これがキーポイントといったところだろう。その上で他のゼミの執行部員(幹部職)に色々と意見したりしていくわけだが、1・2年の反動から常に何かをしていたいという気持ちが先行していた事実は否めないが、やはり規則的で停滞状況にあっては、好条件にあるにも関わらず効率性も学生ならではの意義も経験など、何も残す事は出来ない可能性が高いと考えている。そこで認識しているのは、やはり「相手」と「自分」の差である。立場、環境、性格それぞれ多種多様な能力を持った人間がいるわけだから、十分に考慮する余地があるってことを常に確認している。
んで、こういうことに起因して「自己分析」なんてしようと思ったわけで・・・。はぁ〜、あまり自分を知りすぎるってのもツマラナイのかも!?ってことで、今回はここでお・わ・り。

○このテーマを見て、大凡の見当がついた方も少なくないと思います。
ここでは、建前は排除しているので本心しか書かない事から、色々と思われることはあるかもしれませんが、ご了承下さい。
自分は本を読む事が好きである。専門書、概論書、社会批評書、話題の新書等々の様々な本を読む。家には約150冊以上のそういった本がある(学校の教科書除く)。高校時代には考えられない膨大な量になっている。これでも、かなり古本屋に行って換金したのだが、物としてはまだまだ邪魔な存在である。にしても、これだけ読破すると、自分の中で根拠無き自信が付いてしまう。読破数と知識は相関関係にはないのに自信が付く。これは、ある意味でプラスに作用するが、逆にマイナスにも作用する。ここでは、マイナス作用にだけ触れる事にしよう。
自分はあまり知識を持っていない。それを埋めるための理論的武装というか、弱点を隠すための読書である。ただ、それだけなら、特に問題もない。しかし、その知識を使って何かをしようとすると、そんな悠長な事は言ってられない。
1つの問題に対して、必要な知識があったとする。解決法は必要な知識を、必要なだけ的確に取り出して問題に当てはめて解決することだが、自分はこの簡単な式が出来ていないようだ。
弱点補強のために知識を身に付けようと努力すると、それが逆に正しく選択できずに、持っている関連する知識の全てを出そうとする力が働いてしまう。これを「知識の垂れ流し」と自分では位置付けた。周囲も理解に苦しむし、何より自分が佳境に立ってしまう。この状態は、知識を獲得したとはとても言えない。ただ、それは自分だけの現象とは思えない。決して自己の正当化ではないが、学者や評論家というか社会全体までもそういった消化不良に陥っている気がしてならないが、どうだろうか。
この問題については、正解にたどり着く事はない。たどり着いたと認識した時点でエゴが発生するからだ。
だからこそ、色々な意味で自分は読書する事を断念する事はないと思う。これが自分の現状である。

○っというわけで、自分はまぁ考え深い人間なのだが、その弊害ということになるのだろう「陶酔」現象が発生してしまう。例えば、以前に公務員二次面接試験においても本音では「こいつらは一体何を考えてどんなことを言うのだろう?」って思ってはいるが、表面的には「この俺がこいつらに負けてたまるか!」って考えたりもした。勿論、大卒や社会人も多い受験者層で根拠としては薄い。でも、やっぱりチョー数学キライなのに「曹学・補士」の双方が合格した事による安直な自信?なのかなぁ。因みに「補士」の方が大学生の割合が多い。
なんでも、よく見せようって意思が内在的に影響しているのだろう。これは、状況によってはプラス作用だが、やっぱり全体的に、かつ個人的な存在としてはマイナス作用の方が大きいように思える。
それがアイデンティティーの一部を形成しているかもしれないが、それを認識できたのは大きな前進だろう。
大学生活面について話をすると、所謂「ゼミ長」という職にある。合理化された軍事組織で言えば、20名を指揮する小隊長級であり、中大民間企業で例えると係長級と言った具合だろう。組織管理では、トップは万事に一定の理解をして、各分野に対し適切な命令をする。それを受けて、熟練職員が係員に具体的に指示を与える。この関係に立脚して、自分を当てはめてみるとトップがゼミ長ということで落ち着く。ただ職にあるから「偉い」というということにはならないが、率先垂範して他のゼミ学生よりも苦労をして冷静でいなければならない。「陶酔」という部屋だから率直に言うが、それだけの苦労はしてきていると思う。だからこそ、自分の中での「傲慢」な部分が見え隠れするのかもしれない。
全体を見渡す職に学生のうちに就けたことは学生生活において貴重な経験だろう。しかし、逆にいえばひとつの専門技術的な分野に特定するとそこが優先的に判断しまいがちになり、「長」としての技能を果たさなくなる恐れが少なからずある。そういった点に留意していくことの大切さを実感している。

○この題目を見て、「はァ!?」と思った人は多いだろう。しかし、冷静に振り返ってもらいたい。人間というのは、一度悲劇に見舞われたりすると精神状態が不安定となり、意外な発想が生まれるものである。ここでは一般論は避け、自分の体験を書くことにする。
あれは5年くらい前の高校三年の頃だったかな・・・彼女と電話にて別れた時に思いがけない発想が脳裏を過ぎった。それは、「悲劇のヒーローになれる」。
夜中にこっそり家を飛び出して、ウォークマン片手に一人で公園へ走りに行ったのだ。もちろんウォークマンの選曲は悲しいカンジにしていた。
夜中に「失恋」直後、悲しいカンジの聴きながら走っていると、否応にも自分の置かれている環境が「悲劇のヒーロー」と重なってくるのだ。
ここで泣いたらもっとかっこよくなる??とも思い込んで、涙を流してみた。人間の涙というのは悲しいから泣くこともあるが、泣いたから悲しいという現象も生まれるんだと実感した。
それ以後、悲劇的なことが発生すると、自らそういった環境に置くようになっていた。ただ、理性は正常に機能し、こういった一種の「演技」で精神的に病むことのないよう意識は常にしていた。「そう、これは演技でしかない」と。
大学に入ってからも、そういった精神構造は変化せずに「悲劇のヒーロー」を自ら積極的に演じているようにさえ思えてくる。
こういった精神現象が悪いっと言っているのではなく、そういうことによって快楽、換言すればストレス発散の手段でしかない。それ以上でも以下でもない。
そこは肝に銘じておかなければならない。
ただ、こういった感情というのは人間が普遍的に含有しているものらしい。

○現在、国内には中等・高等教育機関が数多く存在する。その卒業生のほとんどは一般社会に出て活躍することになる。その選択肢の1つとして自衛隊が出てくる生徒や学生は不景気とはいえまだまだ全体からみたら少ないだろう。
男の子は誰でも幼少の頃に戦闘機や戦車や制服などに興味関心を抱いた経験があるだろう。しかし、それを実現する人は一握りしかいない。自衛隊と聞いても、新聞やニュースで間接的に触れる程度であって、そこを就職の場とすることは考えにくいと思う。自分はただそれを実践してみたかっただけなのかもしれない。
中学3年のときに初めて「防衛白書」を購入した。内容などわかるはずもなく、写真をみてはドキドキしていた。毎年購入するようになり年齢も高くなるにつれて、文章にも目がいってその重要性を認識していくことになる。それよりも以前、確か小学校6年のころに湾岸戦争が勃発した。そこで、ゲーム感覚の戦争映像がリアルタイムに流され最新兵器がお茶の間を沸かせた。
ここで小学生なりに気になっていたのが、戦争中であるにも関わらず、「なぜ日本は平和なのか」ってことだった。日本だけが「平和」と言っても、相手国が戦争を仕掛ければ戦争は勃発してしまうのに…。そして、ついにPKO法が成立。海上自衛隊掃海隊がペルシャ湾に派遣されるわけだが、そこでの掃海技術は極めて高い評価を得た。
こういった事実の積み重ねることによって、自衛隊の意義を自分なりに研究したくなっていた。、自衛隊の意味は、平和を提供する「究極のサービス業」という側面も備えていて、誰にもマネできないという大きな魅力があったのだ。
それに、絶対規律階級社会も刺激的ではなかろうか。全てが実力社会である。ただし、階級が下だからといって能力と比例は決してしない。例えば、曹や士というクラスがある。彼らには専門的スキルが要求される。そこに本人が遣り甲斐を実感すれば、能力はあっても階級は大きな問題ではなくなる。それに、幹部よりも曹・士のほうが恵まれている点も非常に多い。そういったことを認識して各々は自分に見合った階級章を付けるのだ。
そういったことを考えると自分にあった職場というのは極めて狭まってくる。
ただ、戦闘能力をもつ権力執行機関である以上、一般職公務員よりも高い倫理性や人間性が求められる。人間として、個人としての「自己実現」の場である。