2002年4月30日(火)
主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、 主のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。 詩編19編7節
最近、「私の本当の気持ち」って何なのかを思わされています。 「私の本当の気持ち」を神様の前に差し出すことの大切さをね。 そういうなかで、神様と本音の本音で語り合う時、 更に、神様との関係が深まって、色々な私の必要な事もしっていくんだなと。 神様と向かい合う時、私は更に「私」を知るんだなって。 そして、それは、神様を知るって事があって初めてもっともっと自分を知ることが 出来るんじゃないかと・・・ 私って、お月さんみたいだなって思ったのね。 神様の光を浴びて輝くんだけど、時にはまん丸かと思ったら、時には三日月で、 この世(地球)の陰が振り切れない。 早くお星さんになりたいな〜〜。
2001年8月28日(火)
天の下では、何事にも定まった時期があり、 全ての営みには時がある 伝道者の書3章1節
色々な事をしていると色々な人に出会うんです。 でね、よく思うんですよ。私は本当の意味で「出会う」事を決められないって。 出会って、それからどうするのか、どういう関係を築いていくのかという事には なんらかの作用をする事ができるし、ある意味私が決めることが出来る範疇が あるんですけどね。「出会う」ということはコントロール出来ない。「出会おう」 として「出会う」ときももちろんあるんですよ。でも何故「出会おう」「出会いたい」 と思ったのか?どうしてその人の存在を知ったのか?なぜその人がそのときそこにいたのか? で、結果的に「出会おう」としてどんなに努力しても「出会えない」事もある訳で・・・ そんな事を思うとき、「時」ってあるんだなって思うんです。 摂理があるんだって。 そこには、「定める」ひとがいないと「定まらない」じゃないかと。 神様の「時」はいつもとっても不思議で目をみはることばかりです。 粋だな〜〜って感動する。
ホーム  コメント