ここは私の思い出話の部屋です。
どんな思い出話が出てくるかはお楽しみ・・・

外でご飯
この季節になると、外でコーヒーを飲みたいなとか 外でご飯を食べたいなとか思うんですよ。 私が住んでいたヘリフォードにはステキなベジタリアンカフェが 何件もあって、必ず外にテーブルと椅子があったんです。 で、のんびりご飯を食べたりお茶したり 良くしたなぁ・・・。 スペインやフランスなんかじゃ当然のことだったしね。 カフェに事足りず、ニックと住んでいた家には 近所と共同のパティオがあって、 仕事から帰ってきたらまずは外でお茶をして、 毎週ケーキを焼いて、それをみんなで食べながら まったりと時間を過ごすのが常でした。 朝ご飯も外で食べたくらいにして。 外でご飯、好きなんだぁ。 アスラおばちゃんの広い庭でのランチも楽しかったなぁ。 今でもしてますよ、外ご飯。 家の前にディレクターチェアー出して。

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夏の思い出
物作りをしていたら、変な事を思い出しちゃった。 昔、ヘリフォードのバロールストリートで 3人の共同生活をしていた頃のある日、 私は夜な夜な2階の自分の部屋でグラスペイントをしていたのね。 丁度、仕事も乗ってきたころ、 窓の下から、私の名前を呼ぶ声が・・・ 「こんな夜中になんやねん!」 と下を見ると、 家主謙同居人のニックの姿が・・・ "Whaaaaat??" という私の超不機嫌な返事に彼は 「鍵を忘れちゃったんだ・・・ドア開けて・・・」 と、情けなく答えたのでした。 (ドアは鍵がないと閉まったっきり開かない) ちょっと、ほろ酔い気分の様子だったのと、 何度か「鍵無い事件」がつづいていたのと、 仕事を邪魔されたので、 ちょっとうんざり気味立った私は、 「開けてほしけりゃ、スペイン人みたいに歌でも一曲歌って、み〜や! 私の心を動かす歌なら開けたる。」 と、おもしろ半分に言ったところ、彼はしぶしぶ 歌って見せたのでした。 しか〜〜し、私たちの家は町中で、ご近所様も多いところで、 その上、彼は見事なオンチで・・・ その度胸に心動かされたので、爆笑しながらドアを開けたのでした。 いや〜〜〜、楽しかった! 次の日、ご近所では、すっかり笑い話になっていました。 こんなことなら、歌って踊ってもらえばよかったねって。

この季節
この季節はまだまだクリスマスシーズンですよ。 ヨーロッパは1月5日くらいまではクリスマスですからね。 とにかくのんびりと過ごすんです。 家族と過ごす事がとにかくメインで、それが終わると親しい友人と やっぱりのんびりと過ごすんです。 ミンスパイやクリスマスケーキ、ターキーを真剣に1年分食べるんです。 Herefordでは私たちのtraditionがあって、それは クリスマスイブにSalomon innというパブに夜9時位から集まるの。 約束しているわけじゃないんだけど教会の友人はみんな集まる。 それで、一緒に夜中までおしゃべりをして、 一緒に夜中の礼拝に行くの。 だから毎年親しい友人に真っ先にMerry Christmasを言うってわけ。 とってもステキだと思わない? それから25日の朝、礼拝をしてそれからは家族と一日過ごすの。 それから年内一杯、友達の家になんやかんやと集まっては ゲームをしたり、とにかくのんびりします。 そして、31日はとにかく誰かがパーティを開いて、 それに集まって、みんなでカウントダウンをするの。 で、みんな今年最初のKissをするの。 スペインではカウントダウンのとき、その鐘の音に合わせて 12個のぶどうを食べます。 食べきったら、その年が良い年になるんだって。 それからシャンペンで乾杯して、朝までダンスをするの。 フランスでは12時めがけてなが〜い食事をして カウントダウンしてシャンペンで乾杯しました。 いろんな年越しがありますね。 私は帰国してから結構毎年のように31日には熱がでて 寝込む事が多かったんですが、 去年は道庁前で友人達とカウントダウンして楽しかったな〜。 今年はどんな風に過ごすことになるんでしょうね。

トラウマっていうか・・・
こんな話をするのもなんなんだけど、私が最初にイギリスで見た ショッキングな映像ってロンドンでのテロ事件だったんだよね。 それから毎日のようにニュースで爆弾事件が報道されていてね。 それからの7年間はそれが当たり前の毎日だった。 自分自身が避難した事だってあったし・・・ 何より、湾岸戦争が始まりそうな時、 私はカレッジで勉強している真っ最中で、 学校での異常な緊迫感、 今でも異様に残っています。 いつ、誰が呼びも出されるか、 それは冗談でもなく、現実の会話として毎日話された事でした。 実際1人の友人がこのために国に帰ったとき、 学校には異常な緊迫感が走りました。 ヨーロッパは兵役がある国がほとんど。 兵役中にあほなことをして謹慎とか刑務所に入ったなんて話は それまでは冗談として話されていたわけですが、 そういう人はまず非常事態になって戦地に送られたら 確実にフロントラインに送られるだろと 今度は真剣に話されたのです。 兵役がいやで、いろいろな理由をつけていた人は いつ、呼び戻されて訓練を受けなくてはいけないか・・・ その頃、戦地を描いた絵を見る度、友人の顔が写っているように 見えたこと、忘れられません。 実際に戦地に行った友達も何人もいました。 誰かを危険にさらす場所へ送り出す事、 本当に苦しくて、いてもたってもいられない気持ちです。 話を聞く度身震いしました。 アイルランドの国境に友達が派遣された時も 仕事で極秘任務で各国に友達が行ったときも、 「これが最後かもしれない」 あの気持ち・・・ 明日、自分が爆弾が破裂するその瞬間のその場所にいる事が 大きなあり得る可能性だった毎日。 そして、湾岸戦争の直中、いつ何が起こってもおかしくないという あの気持ち。 又、そんな気持ちになってしまいます。 でも、もう、友達を危険に向かって送り出すのは勘弁してほしい。

9月になると・・・

9月といえば、私のイギリスでの5年間いや、7年間は新学期がはじまるドキドキする月に突入でした。心地よい風と真っ青な空が私に新学期のにおいを運んでくる気がします。

Hastingsで過ごした学生の時は、それは湿った潮風でした。だんだん海岸でひっくり返ってぼんやりするのにも長袖の洋服が必要な気持ちで、浜辺の読書もそろそろ終わるのかなと思いつつ、すごしたものです。

Herefordで教師の頃も、やっぱり風でした。丁度今頃の札幌にふく風のようでした。空は青く高いのに風が冷たくて、でもそれも心地よくて よくそとでお茶をしたものです。だんだん 新学期に向けて授業の準備に忙しくなり、時間と時間の間に立っているような不思議な気持ちになったものです。

この頃になると、さて、クリスマスプレゼントはどうしょうかななんて考え出すんです。