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アメリカ旅行記
いろんな所に行きたーい。



アメリカ国内旅行記リスト


1998年−2001年旅行

アリゾナ Phoenix, Scottsdale, Sedona, Grand Canyon
カリフォルニア Los Angeles, Santa Monica, Hollywood
コロラド Colorado Springs
フロリダ Orlando, Key Largo, Miami, Ocala, Tampa
ジョージア Savannah
ルイジアナ New Orleans
メイン Portland, Bar Harbor
マサチューセッツ Boston
ミシガン Detroit
ミネソタ Minneapolis
ネブラスカ Omaha
ネバタ Las Vegas
ニューヨーク New York City
サウス キャロライナ Charleston
サウス ダコタ Madison
テネシー Chattanooga, Great Smoky Mountains
ユタ Park City, Salt Lake City
ワシントン DC Washington
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ニューヨーク 2001年12月31日−2002年1月1日

2001年12月31日−
2002年1月1日

一生に一度は、新年をタイムズ スクウェアーでの迎えたいと思っていた。 昨年の9月11日のテロリストアタック以来、旅行者は減っているので、今回が絶好の機会になった。大晦日の5日前でも、タイムズ スクウェアー周辺のホテルが予約できた。しかも格安のプライスで。大晦日の朝にニューヨークに発った。お昼にはタクシーでホテルに到着。前もってホテルから、2時には前のストリートが止められると連絡があったので。ホテルにチェックインする際に、大きなキングスイートの部屋にアップグレードしてくれた。通常なら1日$600はするのに。ランチのためブロードウェイ ストリートのレストランに入る。今後の予定について話し合っているうちに、ブロードウェイを見に行こうということになった。いろいろな公演時間を見ていると、1時間以内にフル モンティーが始まるということで、急ぎ足でシアターに向かった。

映画のフルモンティーは見ていなかったが、内容は大体分かっていた。リストラされた人たちが(みんな男)お金を稼ぐために、ストリップをすると。ティムに大体の内容を説明すると、なんで男のストリップを見なきゃ行けないんだと文句を言ってる。劇場には女のお客の方が多かった。男同士のお客を見るともしかしてゲイ?と失礼なことを考えてしまった。開演直後にいきなりティーバックまでのストリップがあり、盛り上がった。私もティムの横でフィゥーフィゥーと歓声を上げた。あとで悪かったかなと思ったけど。過ぎたことを後悔してもしょうがない。最後は、全部ストリップして、あっと驚いた瞬間に幕が閉められた。なかなか面白かった。あえて言えば、もっと前の席に座っていたかった。。。。

ショウが終わってホテルに戻り、タイムズ スクウェアーに向かう準備にかかる。たくさん着込んで、ホカロンを持つ。かばんを持っていてはいけないとのことで、お菓子やお酒、何でもコートのポケットに詰めた。6時半にはタイムズ スクウェアーの前に場所を取る。その際にセキュリティーチェックで私だけ、お酒を取り上げられる。。。6杯分のヴォッカのショット。なんで私だけ^_^; 1時間ごとにあと新年まで何時間と放送される。5回はその放送を聞いた。とりあえず、寒い。そして、ずーと立ちっぱなし。一度、その場所を離れると、戻ってこれないので、トイレにも行けない。10時半になると音楽がかかり踊って楽になった。ポンポンやインスタントカメラ、風船、アメリカ国旗がただで配られ、新年のお祝いが盛り上がった。

新年のカウントダウンはあっという間に終わってしまった。カウントダウンのスクリーンに注目していて、私はメインのリンゴが落ちて来るをなんと見逃してしまった。。。悲しすぎる。キラキラと花吹雪がビルから落ちてきた。カウントダウンが終わると、皆すぐに去りはじめた。私も早くホテルに戻りたかった。大理石でできた大きなお風呂に入って暖まった。朝ホテルからブロードウェイ ストリートを見ると、ごみとかなくきれいになってた。朝の6時まで、清掃にかかったらしい。お掃除した人たち、ご苦労様です。

2002年元旦。グラウンド ゼロに向かう。ワールド トレード センターの跡が見渡せるデックに入るまで2時間ぐらいかかった。ほんとにビルはなくなっていた。大きなオープン スペースがそこにはあった。被害に遭った消防士の写真、友達を捜す張り紙、消防士、警察官にあてられた感謝の手紙も含め、言葉には表せない光景があった。9月11日のテロリストアッタク一生忘れられない。 アメリカはもう同じではない。

God Bless America!

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クリスタル リバー 2002年2月1日−2月3日

2002年2月1日−
2002年2月3日

まずベンジャミンを、家の近くのホテルにあずける。別れるときはいつも寂しい。そして、いざ、フロリダへと向かう。雨がひどく降って、天候が心配になる。でも、フロリダに入る頃には、雨は止み、日が照ってきた。2月とは思えな程のいい天気。半袖短パンでOKな感じでした。

海に来たからには、おいしいシー フードを食べると、決めたものの、いったいどこに行ったらいいのか分からず、ダイブショップの人に尋ねる。ホテルの近くのレストランを薦められ、張り切って行く。レストランに入った瞬間に、お客さんの年齢層が高いことに気付かずにはいられなかった。皆40歳以上とても言うべきでしょうか。平均はおそらく60歳??? フロリダでは退職した年輩の人たちが多い。かなり、浮いてしまっている私たち。でも、そのレストランで食事を取ることにした。メニューを見ると、バーガーか揚げ物のみ。こんなのを50、60歳になって私は食べれるのかと不安になる。とりあえず、他のお客さんは、お酒を飲み、人生を楽しんでいるって感じでした。私たちが食べたものの説明は止めておきます^_^; がっかりしてその日はホテルに向かいました。

今回のたびの目的はマニティーと泳ぐこと。詳しい様子は、チャレンジのページで見れます。

ジョージアではなくて残念な事というと、ハッピー アワー。 4時から7時まではお酒が安くなったり、アピタイザーが安くなったりする、私たちにとってはとても嬉しい事。フロリダ州はハッピー アワーがOK。 でも、ジョージア州では違法。何でなんだろう。

フロリダといえば、オレンジ。そんな訳で、ファーマーズ マーケットに立ち寄る。セールスのおばさんが、やってきていろんなオレンジを試食させてくれた。2つか3種類ぐらい買うつもりだったが、5袋買うと6袋目はただというキャッチにもちろんティムはのせられる。結局、6袋分(ちなみに袋は5パウンド用)のオレンジを購入。小さい種類のオレンジだと、1袋に40ー50個入ってる。一体こんなにオレンジ買い込んででどうするんだと思いつつ、車にオレンジを運ぶ。当然のことながら、近所や、職場にで配りました。

スノーケルのツアーでなんと日本人に会いました。ジュンコさんと言い、スキューバーの雑誌のフリー ライターをしているそうで、とてもいいカメラを持っていてマナティーの写真を撮っていました。日本語で喋っていると、あんまり日本語うまくないとのコメントをもらいました。分かっていても、言われるとやっぱり、悲しい。オレンジをたくさん買った事を話していて、どうも伝えたい事が、なかなか伝えられない。さらにブルーになりました。

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メイン州 ポートランド 2002年3月1日−3月3日

2002年3月1日−
2002年3月3日

ソルトレーク シティーにスキーに行きたかったものの、飛行機のスケジュールのため(都合のいい日に行けるけど帰って来れない)その計画は中止となり、どこかスキーに行ける所を地図で探した。メイン州のポートランドの周りにはたくさんスキー場があり、飛行機の予定をチェックすると私たちのスケジュールと合う。ポートランドに行くことになった。そして、私達ははポートランドから60マイル離れたサンデイ リバーというスキー場に行くことにした。

金曜日の昼にアトランタを発ち、2時間でポートランドに着いた。ポートランドに来るのは二度目。国際空港のわりにはとても小さい空港だった。レンタカーを借りて、ホテルに向かう。ポートランドに来たからには、シーフードを食べなくては決め、ダウンタウンのレストランに向かう。ロブスター、カキ、エビ、ホタテ、貝類、魚類を食べまくる。ポートランドはヨーロッパの影響か、パブが多い。そんな訳で、ピールの質が高い。バドワイザー、ミラーなんて飲んでいる人はいません。ヨーロッパからの輸入ビールに加えて地ビールも豊富。シーフードとビール。幸せ。おまけに、アトランタと違って、シーフードの値段がとてもリーゾナブル。

2日目。スキー場に向かう。ポートランドから1時間半程でサンデイ リバースキー場に到着。5つの山の頂点があり、思ったよりも大きかった。頂点自体はそんなに高くないけど、リフトが11個あり、120近くのコースがあった。新しいスキーセットを買ったので、張り切っていたものの、スキーを始めると、どうもブーツがきつい。慣れるまでに少し時間がかかった。そして、今度はどうもターンがうまくできないと思っていると、スキーを逆に履いていたことを判明。いざ、スキーを変えてチャレンジ。なかなかいい感じ。それも、お昼の2時を過ぎると終わってしまった。どうも、左のターンがうまく行かない。足が疲れて、動かないので、何度も転倒。いつものことながら、もうスキーをしたくないと思うと、いつも山の頂点に近いところにいる。いやでも、スキーで山を滑っていかなければならなかった。それも、今回はモーグルのコース。左のターンができず何度転倒したことか。。。 何とかホテルに戻る。まだ5時前だったので、何かすることを探す。アウトレットがいくつか周りにあるけど、これと言って興味のある物は何も見つからなかった。ダウンタウンのパブリック マーケットはシアトルのマーケットを真似て作られたということで、行って見た。期待は外れた。夕食はもちろん、シーフードにビール。

3日目。朝の7時の飛行機で、アトランタに向かう予定だったが、飛行機が混んでいるので、2時の飛行機に変えた。お昼まで時間があるといったものの、観光する場所がない。とりあえず、何度も行ったダウンタウンにまた向かった。ポートランドが見渡せるという、昔の灯台に行ったものの、冬の間は営業しないとのこと。他の灯台の博物館に行くことにした。着いてみると、前に来たことがあると判明。そして、冬の間はこれまた閉まってる。それでも、雨が降り、風が強い名か、近くまで行った。海は荒れている。その中で、救命の訓練をしている人たちを発見。かわいそうにと思いました。

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カリフォルニア州 パームデール 2002年5月3日−5月5日

2002年5月3日−
2002年5月5日

1日お休みをとってロスアンジェルスに行くことになりました。ティムがスバルからラリーに招待されたとかで、興味がなかった私も連れて行かれました。運良くファーストクラスの席をゲットし、アトランタからロス行きの飛行機に乗ると、なんとベビーフェイスがいた。とても体ががっちりとしていて、とてもハンサム。人柄もよさそうで、うっとりしてしまいました。飛行場へ向かう途中のラジオで、TLCのリサ ロペズのお葬式にジャネット ジャクソン、 ウィットニー ヒューストン、 ベビーフェイスらが参加したと聞いていたので、アトランタに来ていたのに納得。他にも、なんだか音楽関係社らしい人が結構いて、私は目を光らせていたんだけど、私は前のファーストクラスに座っていたので、後ろのファーストクラスには目が届かなかった。ロスに着くと、黒人の女の子が叫んでるのが聞こえた。アッシャーがいると。後ろを見るとアッシャーが歩いてる。愛想がよく、驚いてしまった。目の前で見ると、彼は思っていたよりも小柄で、私のほうが背が高いと思う。これだけでも、来たかいがあったと思った。

お昼過ぎということで、チャイナタウンでランチをすることにした。どうもチャイナタウンでは私たちは観光客に見られ、いつも損をする。 レストランではそんなこともなく、中華丼と、北京ダックと、北京ポークを食べた。そして、少し時間があったので、怪しげなお土産屋へ向かった。ニコニコしたおばさんがレジにいて、支払い終わった後にティムがポツリと多くお金払ってたよって。またぼったくられる。。。

お昼後、レースが行われるパームデールへと向かう。ジープの4WDを借りていたので、ティムは高速で行ったほうが早いのに、張り切って山道へと向かう。2時間ほどで、目的地に到着。ホテルにチェックインして、スバルのテントへと向かった。車おたくがいっぱい。どうも私にはなじめない。皆車の写真をとったり、サインをもらったりとしていました。砂埃でコンタクトはずれるはで私はそんなことどころではなかった。昼のレースは見逃したので、夜のレースを見に行くことにしました。

夜のレースは8時から始まり、一台ごとにスタート。はじめにスタートするほど、成績がいい。もちろん私たちは、テレビカメラの隣の道がカーブするいいところに陣取り、長い間レースが始まるのを待っていた。暗くなって、レースが始まると、車がものすごい勢いで、やってきた。自分のほうにやってくると思って焦っていると、ブレーキをかけ、方向転進。引かれるかと思ったよ。順番が上がってくるたびに、遅くなってきて退屈し始めた。50台ぐらいいたのかな。明日もあるとのことで、途中で帰りました。

2日目。アトランタで会っていて、ティムの応援していたスバルの車は見事にぼろぼろになっていた。この日のメインはティムが本物のラリーの助手席に乗るというわけで、私は砂埃の中カメラマンとなり、シャッターを切る。お昼からレースがあるということだったけど、昨日見たからと、私の行きたいところに行くことになった。サンタモニカに行こうと思ってたけど、何でだか、ロングビーチに行った。短いクルーズに参加し、あたりの様子をうかがう。そして、大きな船(クイーン メリー)と、ロシアの潜水艦を発見。 早速行ってみた。潜水艦は本物で、とても興味深かった。動いているのに1度乗ってみたいと思った。クイーン メリーはタイタニックよりも大きく、本当に航海に使われていた。でも、飛行機のスピードには勝てず、今では観光地、ホテル、レストランとして使われていた。夕方になると、かなり疲れてきた。時差は4時間あり、今アトランタだと、もう寝る時間だと思いつつも、せっかく来たからと厳しいスケジュールに泣く。そして、ようやく夜11時50分の飛行機で、アトランタへと向かう。運良く今回もファーストクラス。乗るや否や、深い眠りにつく。目覚た時には朝食を取り終わっていた。翌日の9時にアトランタに到着。疲れたー。

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ルイジアナ州 ニューオーリンズ 2002年7月26日−7月27日

2002年7月26日−
2002年7月27日

学生は夏休みの真っ最中。ティムも私も働き続きで疲れている中、気晴らしにどこかに行こうということになった。ビーチに行きたいと思っていたものの、この暑い中砂浜に寝そべれるのは長くて2時間。フロリダには何回も行ったことがあるし、ハワイは遠すぎる。結局ニューオーリンズに、飲みにそしておいしいものを食べに行こうということになった。ニューオーリンズには1度行ったことがあり、お気に入りの場所。予定は、金曜日半日お休みを取って、ニューオーリンズに発つ。おいしいディナーを取って、バーを転々とする。翌日観光をして、アトランタに戻ると。しかし、いつも予定どうりにはいかないもの。。。

4時の飛行機に乗る予定だったが、まず、4時の飛行機がいっぱいで、キャンセル待ちの私たちには乗れなさそうということ。6時の飛行機に乗ることにした。ベンジャミンを友達の家に預けようと、友達の家に向かうが、渋滞で1時間以上もかかった。家に着いて庭にベンジャミンを置いていこうとすると、庭の柵をくぐって、追いかけてこようとする。庭につなげて、去ろうとすると、今度は泣き始めた。そして隠れていると、泣きつづけた。近所の迷惑になるのを恐れ、その友達の家には置いていけないということになった。6時の飛行機に間に合わなくなりそうで、パニックになる。近くにペットホテルを探そうということになったが、その近所のことは何も知らない。ダラダラとホテルを探していては、飛行機に乗り遅れてしまう。。。  知っているホテルは、そこから30分は離れていて、もう閉まっている可能性もある。結局、6時の飛行機はあきらめ、うちの近所の友達にベンジャミンを預けることになった。その人がいなかったら、おそらくこの旅行は中止になっていたでしょう。友達は6時の飛行機で1人でニューオーリンズに向かった。ティムと私は8時半の飛行機(遅れて9時半になったけど)、やっとニューオーリンズに着く。レンタカーを借りて、ホテルには夜の11時近くに到着。それから、張りきって、バーボン ストリートへ向かった。

バーボン ストリートにはレストラン、クラブ、バーが並んでいる。お酒を片手に、歩いていても何も言われない唯一のストリートとても言えるかも。とりあえず、急ぎ足でラストオーダーの前にレストランに入る。生ガキにビール。牡蠣はなんと12個で、8ドルぐらい。アトランタでは考えられない。ここではザリガニを食べるんですね。最初は抵抗があったけど、今ではモリモリと殻のまま来なければ食べれる。殻を崩して食べるのはまだ挑戦したことがなかったので(ザリガニが殻のまま出てきて、それを壊して食べる)、試してみる予定だったけど、どうも今回は機会がなかった。ディナーの後、カクテルを買い飲みながら、ストリートを探索。オッバイを見せている若い女の子とか、お尻ろだしている野郎を横目に、ジャズバー、ロック カフェ、ディスコが立て並ぶストリートを進む。。飲み物を持っていると中には入れないので、急いでカクテルを飲み干す。友達が選んだのは、ヒップホップ系のクラブ。付き合いではいる。私としては、ロック カフェやジャズ バーを選ぶところだけど。まあ、飲んでいたので、楽しく時は過ぎた。ピアノマンを聞きつけ、ピアノ バーへと入る。あっという間に時は過ぎ、2時過ぎにはホテルに帰った。歳のせいかさすがに5時までは遊んでいられない。。。。

翌日、フレンチマーケットへと向かう。小さなお店が建ち並んでいる。買い物でブラブラするのは楽しい。有名なカフェ デ モンドにて朝食を取る。そして、ジャクソン アヴェニューに向かう。歩いているとジャズが聞こえる。これがニューオーリンズ。すでに一度来ていたので、行ったことがなかったサンフランシスコ プランテイションを訪れる。家の中がとても豪華でした。ダウンタウンへと戻る。ティムがカジノに行きたいとのことで、カジノへ向かう。スロットマシーンをはじめたものの、お金はなくなっていくばかり。ティムは2倍以上稼いでた。最後に、またおいしいものを食べていこうというなった。食べ続きだけど、こんな機会はめったにないので、また食べそして飲む。そして、長居してしまったことに気づく。6時の飛行機で帰る野に、すでに5時過ぎ。急いで、レンタカーを返し、空港へと向かう。こんなときに限っていつも、空港のチェックポイントで引っかかってしまう私。かばんの中身、ボディーチェック、靴の検査、足の裏まで調べられる。先にカウンターに行ったティムが戻ってきた。悪い予感。6時の飛行機はキャンセルされ、8時半の飛行機で帰ることとなった。2時間半も空港であり余って、またバーへと向かう。

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次のディスティネーション

ハワイ オアフ、カウアイ
カリフォルニア サンフランシスコ
ニュー メキシコ サンタ フェ
テキサス サンアントニオ
フロリダ キー ウェスト
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