故郷に帰る霊

            はじめに


 私の家は終戦前夜、空襲に遭い焼かれてしまい、私は家族から放れ母の田舎に預けられ祖母
としばらく暮らしました。しかし私の記憶には特別淋しい思いをしたという想い出はありませ
んでした。裏山から湧き出る泉がせせらぎとなりそこに棲む蟹を捜していた記憶があります。
 その後、小学生の頃時々どうして勉強したり仕事したりして人は生きているのだろうか、自
分はどうして敗戦国の日本人として生まれたのだろうか、この時代に固有の人として居るのか
不思議でなりませんでした。
一方、私の次女はどのような思いをもって幼い時を過ごし青春を迎え自分の存在を考えていた
ただろうかと自分と娘を対比して一年前の出来事を想い巡る心境です。

一般に生まれたばかりの動物は始めて触れた対象を生涯の親と認識するそうです。
狼に育てられた少女のように。
通常の人の場合両親ですが心や魂についてはどうなのでしょうか。哲学者であり科学者である
パスカルは人の心は神でしか埋めることの出来ない空洞があると言ってます。
多分、この空洞を満たすため哲学や宗教が生まれたと思います。
 次女は私と違って勉学に励みました。その背景には生まれた時からアレルギーを患い充分に
哺乳と睡眠が取れず体が小さかったことのハンディを勉学に自分の存在を求めたようです。
掲出歌の次ぎの一首

 「勉学の志その一つにて敗れし娘の慰め知らず」 はその思いを現わしていると思います。

私は父親であるにも拘わらず慰めることも出来ない自分の無力を感じました。動物の子は親に
触れて安息してる。
しかし我が子は独り悲しみ悩み苦しんだ。
娘の鬱積した悲しみ、嘆き、叫びは徐々に病へと進んだ。少しづつ変わる娘の様子に恐れを感
じた。
娘はそのような挫折や絶望の中にあって失ったものの代償として他の生き方に心を向けた。
 「人の心はその人の霊の他だれも知らない」と聖書は語る。ですから人の死について他人が
語ること出来ないと思います。
しかし、同じ境遇にある方に少しでも私たちが経験したこと分ち合えればと思いこの歌集を紹
介します。
短歌は限られた言葉の表現ですから詠う対象のある側面、即ち観察した心や事物の断面を断定
的に表現することがあります。つまり、娘の死に対する私の受け取り方に矛盾を感ずるかも知
れません。それは世俗の人であり且つ永遠の世界を信じる思いが同居しているからです。

 聖書は「悲しむ者と共に悲しみ喜ぶ者と共に喜びなさい。」と語る。悲しみは半減し喜びは
倍加するからです。
事実、娘は多くの方に悲しみや苦しみを訴えていました。その方々の親切な対応が慰めをもた
らしました。
一般に人は絶望の中から神や仏を求めるが彼女の場合神様に呪われていると悩まされていた。
それは私が教会から放れあることで戦っていた影響か、病い(幻覚)か、両者か分からない。
娘は生きようとする思いと苦しみから解放されて永遠に眠りたい誘惑の狭間で闘っていました。
自殺未遂で入院しその孤独を癒して下さったのは目にみえる人々の祈られているという安心感
でした。そして入院中に神様の手に触れられたと感激して母に電話して来ました。

  「永遠の命ありその一つにて癒されし娘の慰めを知る」

 娘の失った日々の空洞、親が埋められなかった心はいかばかりだろうか。そのような経過を
経てクリスマスの前に退院しました。しかし、二月に再び自殺を計り入院することになりまし
た。一人の人格の中に生と死が綱引きしてました。
まさに死の霊が挑戦しているようでした。そして入院先でも自殺を計り一時、監禁生活を強い
られかなりダメージを受けました。
 娘は入院中の患者と面会に来られた姉妹方や池田兄弟(おじさん)に親しみを覚え少しづつ
元気になりました。
私は連休の初日に退院させようと思っていた小春日和の日、遂に死の誘惑が勝り病院で命が尽
きた。
死の支配者は私の家族の一番弱い娘を奪い私たちを襲ったと思ってます。私は希望を持ち始め
た娘を奪った者が憎い。
多くの場合家族を自殺に至らせた原因を禁句とする。しかし保護者として無視出来ない。更に
原因よりも死の意味を心に留めたいと思っている。

 死は悪の誘惑によって入って来た人類最大の災いです。たとえその態様が自然死でも残され
た者には最大の悲しみです。
ところで人の意志による死は罪になります。しかし法は自殺者を裁けない。
 ですから娘は神が自殺しなければならなかった人を本当に裁くのかと絶えず質問し相手を悩
ませていた。
その背景には罪の意識があったからです。人は死に直面して恐怖を抱く。全ての権利を失うか
らです。心情的に死に対する本能的な拒絶及び意識下の死後の不安です。
彼女の場合苦しみから逃れたいという願望が死の恐怖をなくしていたと思われるが意識的に死
後の不安を覚えていた。

 再度の入院は希望のない病者の溜まり場のようでした。精神医療は甚だ脆弱です。
医療的に言えば二度目の病院選びを間違え転院を躊躇した。この件に関し娘は私の心を気遣
っていた。
娘はいつも週末の外泊で家に帰れることを楽しみにしていた。だからこのような病院に戻るこ
とのない永遠の住まいを求め帰って行ったと思える。やっと苦しみから解放されたのではない
かと思います。
しかし、娘が脱ぎ捨てた悲しみは残された者の新たな悲しみです。

 当初、私は娘の悩みは外に問題があると思っていた。
一方あることで闘っていた問題の一つに私を理解すべき人が加害者を支持していることを責め
不正に対抗するよう訴えていました。
ところが娘の悩みや願いは私が加害者を支持している人に期待していたように彼女は私に期待
していたのでした。
孤独な私の戦いは中断ざるを得なかった。今思えば私よりも苦難に遭った被害者がいたことが
慰めでした。彼らは集団で行政や司法に訴えていたが拉致や毒ガス事件が起きるまで聞き入れ
られなかった。それ程に信教の自由で放任され悪が容認されているのです。
 この世は悪と善が同居してます。そしてしばしば悪が勝ります。その悪事が出過ぎた頃、警
察がドラマのように出遅れてやってくる。娘の死に至る経緯も同じように思える。
しかし、彼女は生きる目的が勉学でなく自分の霊を生んだ神様を見出したということでしょう。
その過程は苦しみが伴った。そして遂に生と死が同じ直線上にある命であることを悟ったと思
う。

 悪の霊は娘が神を見出す前に死なせることだったと思う。彼は娘の体に手を掛けたが神様は
直前に娘の霊を引き上げたと確信する。

死ぬためにこの世に来られた方がいました。彼の人生は悲しみと苦しみでした。その死によ
って古の聖徒らは死の恐怖から解放され福音に生涯を捧げました。
現在心傷ついて悩んでいる方、苦しんでいる方、悲しんでいる方、命を与えた神様の許しがあ
るまで自分の意志で死を選ばないで下さい。彼の死によってすべての人に解決があるからです。

  「悲しむ人は幸いです。その人は慰められるからです。」 聖書

                      1996年4月24日   父親
                                

          産棟に出ずる霊
         
   我が内の途切れ途切れに道端の石蹴る君の行方見るかな

   言葉尽き思い巡りぬ哀しみに俄に泣きぬ君が愛し

   新宿の歌声喫茶に落ち逢うてゴスペル唄いて妻と帰らん

   父となる夫は眠りて母となる妻は身を裂く夜中の二時半

   三角の頭をなして足首に母の名ありて長女は生まる

   哺乳瓶くわえたままに静かなり温き涙の長女の寝顔

   月満たず時早くして二女生まる麻酔の母その声を見ず

   ありたけの声と涙と鼻汁と顔に溢れて母呼ぶ二女は

   夫の愛知らぬ乳首は小さくて抱かるる娘は難儀しており

   天空の満ちたる月に胎動し八月十日満喜子は生まる

   それぞれの産棟に出ず娘らの個という霊の生ぜし不思議


           潰されし正方形

   絹越しの湯豆腐の如やわらかき湯浴の丸き生命を抱く

   剥出しの湯たんぽの如幼子の体は激しく発熱する夜半

   義母と妻伏して幼子看る人を求めし街に子連れの独り

   浅利鳴く声に脅えし新妻の実母去りし時声もたてずに

   昼間から花火花火と騒がれて妻よ今宵は皆火を放て

   人編を纒めて書きつ犬書きぬ娘は伏して漢字を綴る

   御飯です。下りていらっしゃい御飯です。宿題入試娘に遠き声

   行列に並んだ子らを数学の教師は何処か見落としている

   教育は初めのボタンの掛け違い教える側と襲わるる側

   難しき入試を課され潰されし正方形は菱がれ候

   口当たりいいもの呑んで数学はいつ食べるのか試験の前夜

   体罰と校則義務を言うなれば登校拒否の小さな権利

           
        孤独は街に               

   飼い猫のようにしばしば出入りして我を観察していた娘

   長茄子を我に捩りて戯れし娘よこの頃を何故疎んじる

   歩行者と運転者との擦れ違い暗き夜道を父娘は会わず

   金盥欲しいと妻の言う空を物干し越しに眺めては見る

   溜息を漏らしつ君は傍らで幼き娘らのアルバムを見る

   健やかな時にも増して病める時我を求めぬ君が愛し

   世の中と如何に自分を合わせるか、そうして生きた兄との対話

   『i』というル−トの中に潜んでる虚という奴の家族の異物

   山になく孤独は街にあるという故郷離れその街に住む

   他所者が団地の中を突き抜けるエゴと言われた住民運動

   窓越しの投石入りぬ電話あり揺れる心に妻と祈りぬ


        勉学の志
         
   読み書きて娶り労して死に逝けば幼き心に人何故生くる

   勉学の志その一つにて敗れし娘の慰め知らず

   いじめらる友を庇いていじめらる娘が独り今、病んでいる

   嘆く娘は我に代わりて妻を責む我に代わりて妻傷を受く

   報われぬ日々の怒りに母を打つ刃物を持ちて我に向かいぬ

   悔しがる娘の嘆き内にあり外に向かいて我憤る

   我が体を出でし命と宿したる命それぞれ哀しかりけり

     夜泣きする幼子の如おんおんと失われし日を娘は嘆く

   命絶つその人の罪ありなしや問わるる牧師、難儀しており

   かの群を追われ寂しき父ありて娘は病みて神に呪わる

   遠吠えは呻く娘の声に似て壁を貫き胃を切り刻む


        形状記憶

   悲しみの慰め知らず命絶つ悲しむ人の術知らざれば

   昼となく夜となく尚泣き叫ぶ我が子の如く神求めしか

     閉ざされし部屋に忍びの者ありて病める娘の夜を悩ます

     白白らと明け来る頃に疲れたる妻が娘に放たれて眠る

     闇の地に呑まるる君の脅えとは病みたる傷の深さなるかも

   滝壺に潜みし君の志、死という滝を俄に上る

   思いやる親の心を重荷とし『死ね』と娘に囁くサタン

   永遠に眠りて楽になれと言う、幻聴という死の霊が呼ぶ

   死ぬべきか生くるべきかと身を裂く娘神とサタンの綱引きなりき

   希死という心に潜む病にて罠に掛けらる形状記憶


        相州の野の囚人

   大いなる男の前に晒されぬ怒りを持ちて我立ちて来し

     寒風に脅えて群れる雛のごと人の心は群れて安ろう

     我独り群れたる人の外にありその寂しさの友を抱きつ

     争いに我向かう日の悲しけり病める娘の心知らずば

     憤り外に向かいて争えばその長き日の妻子の悩み

   母と娘の束の間会いぬ傍らでカチャカチャ鍵を鳴らす看護婦

   保護室という独房に残し来ぬ死に囚われし娘よ哀れ

     流されぬ汚物と共にありし日の保護室という方丈哀れ

     相州の野の囚人となりし娘の離れ離れの呻く悲しさ

     災いの来たる恐れに大いなる牧師の憎き呪いの言葉

     『π』という心を巡り果てしなく思い煩う心配のあり


        吉祥という幸いの街

     ゴムマリの弾んでロビ−へ下りてゆく娘は訪ねし人に出会いて

     君がもう死にたくないと祈る日の母娘ら我の大いなる安堵

     死にたいと思う気持のなくなりて電話している娘の弾む声

   武蔵野の吉祥寺なる集会に人の群たるイエス依存症

     吉祥という幸いの街に来て黒蟻達が足を休める

     永遠の命ありその一つにて癒されし娘の慰めを知る

   我がままであって欲しかった幼子の芽を摘まれたる心の歪み

     優しさは汚れを知らず和らかきゴム風船の命の如し


        悲しみの夜半
  
     大いなる轟をもて彼方より母呼ぶ君の命絶つ時

     山椒の葉に隠れたる朿をもて心も刺すか不意の便りは

     一度死に新たに生くるバプテスマ君は自ら受けて死に給う

     和らかきゴムマリのごと心もて潰されしまま君命絶つ

     暗闇の内より真直ぐ飛び込みて光を求む夏虫の君

     死と生の真直ぐなること確かめて君は初めて思いを通す

   脱ぎ捨てぬ娘の悲しみは新たなる残されし者の悲しみとなり

   少しずつ痼の解けて春待てば急いで逝きぬ君が恋し

   娘の体を奪いし霊の憎しみの空しき日々よ甲斐なき日々よ

   しんしんと寒気の迫るその如く褥に忍ぶ悲しみの夜半

   真白なる壁に娘の消えてゆく夢幻の思い出ずる日

   死にし娘の因果を責める死神の夜ごと現れ、そを問う我は

     我が娘の命奪いし死神の死なせてしまえば物言わぬから

   ヨブという正しき人が犯されぬ神とサタンが取り引きをして

   人という人の心は深くしてその霊の他誰もが知らず


         償い
                             
     人間の条件をもて燃え尽きぬ梶という名の一つの命

     この世にて癒されぬ傷の深くして死に急ぐ君の心を知らず

     囚われの君こそ哀れ支払いの荷を責めとして消え去りぬるか

   医学部に行く金欲しと謎かける死に逝く君の終なる言葉

     死ぬことを償いとして生くること汝が責めとして君死に給う

   償いを受けぬままにて去りし娘よ、そを躊ろうて哀しみ深し

     何故に我は残りて傷負うて優しき人のみ先に逝く


        故郷に帰る霊

   北里に生ぜし霊のその体は相州という方丈に死す

   東風吹かば天空に舞う娘の霊の地に残されし蝶の抜け殻

     相模野の野に羽ばたきぬ蝶のごと囚われの君解き放たれり

     吠え猛る火炎に消ゆる亡骸の罪汚れをも赦されたれば

   霊という風に吹かれて消ゆ命蝋燭の火の煙棚引く

     武蔵野の天に舞いたる亡骸の新たな君の姿みる日を

     故郷へ帰る娘の別れ歌、武蔵野の野に又会う日まで

     土塊の衣破りてヤゴ一つ水面を破り飛び発つ君は

     大陸の移動を知らず遠洋の生まれし島へ海亀帰る



                   おわりに


 人は死に直面した時、その生き方にふさわしい表現をして最後を遂げる
 そうです。ある方は辞世の言葉を歌に残して去る。多くの方は死を自覚す
 ること無く息を引取るか、或は死を意識したくないため、言葉という形に
 残さないがその人なりの無意識の表現を残すのではないでしょうか。
  多分、私も同じではないかと思います。何故ならば自分が辛かった時、
 自分の気持を言葉で表現できるほど余裕がなかったからです。
 紹介させて戴きました歌は辛かった時の過去を思い返して又、その時々に
 記録した家族に関する歌を整理したものです。

 はじめ、独りであった者が伴侶者を得て二人となりそして子供が誕生し
 家族を構成する。この家族をテ−マとし、主に夫であり父親である『私』
 と『次女』を焦点とした。それは次女のテ−マが『私』のテ−マだったか
 らです。しかし、このことは娘の死によって気付いたのである。即ち彼女
 の生や死の意味するものが何であるかが私の課題となった訳です。
  人は暫し死を以て、責めを償おうとしたり何か訴えようとすることがあ
 る。その態様は様々でその原因も多様です。

  ところで、私は二十代の頃、約二千年前の死者が復活したことを歴史上
 の事実として信じる体験をした。その方の死の意味に共感したからです。
 そして、彼によって影響を受けた人によって多くの文書が残されました。
 その文書即ち聖書を信ずる信仰者になりました。
  復活の事件は私に大きな安堵感を与えた。空しかった努力がこの社会で
 は何の意味の無い虚無感として私を覆っていたからです。
 報いは生きている間、つまりこの世が全てであるからこの世でしか報われ
 ないと思っていたが死は生の断絶でなく生の連続であると確信した時、私
 の内に大変な変革が起こりました。それまで体験し学んだ知識や原則の変 
 革でした。そしてその確信は一度も揺るいだことがありませんでした。

  しかし、夫として父親として家族にどれほどの安堵を与えたかと問われ
 ると答えに窮します。                    
 私は結婚し郊外に移住してから聖書を信じる群の教会より遠ざかってしま
 いました。そのことは結婚前に予測していました。事実、移住先にまとも
 に聖書を信じる教会がなかった。そのような背景と核家族の環境の下であ
 まり付き合いをせず歳月を過ごして来た。しかし一つだけ聖書信仰と思え
 た牧師に出会い信仰者の群に属した。ところが、間もなく牧師の教義や財
 務管理に疑念を覚えこれらを質す為長年の歳月を費やした。
  私は三木清の言葉『孤独は山になく街にある』を題材にし、人は人に期
 待できないことを知りつつも期待しようとする為すべての人が孤独の状態
 にあるが、期待できる方が一人だけおられると説明した福音の案内がきっ
 かけで信仰者となった。だからこそ聖書を信じる社会ならば期待できると
 思い正しいことが明らかにされるとを願い行動してきた。

  唯一期待すべき社会が期待に答えないこと知るに従い、私は挙げた拳を
 何処に向けてよいのか憤りを覚え次第に孤独になった。
 聖書では人を羊に喩えるが私は群を離れ荒地に棲む山羊のようでした。
 そして知らぬ内、家族に辛く当たっていました。
 ですから家族の内、最も弱っている次女に精神的な軋轢が加わった。その
 意味で私は反面教師、それを取り戻そうと尚更に外に解決を求めた。
 そうすることが私の信念、最善且つ最短の道と思っていたが家族にはそれ
 が更に負担となった。

  孤独からの解決を提供する社会即ち教会がむしろ孤独を深めた。所詮、
 社会とは人の集まりその期待出来ない人に期待していたのである。
 省みれば私は再び空しい努力をして虚無感を味わった。結局、三木清の言
 う『孤独は街にある』を確認したに過ぎなかった。
 そして若い時、確信した変革は揺るぎもしなかったものの父親として娘に
 何の影響を与えたのだろうかと考えさせられた。

  私が三木清に出会い、娘が孤独の人生を辿ったのも同じ二二歳だった。
 それはより深くその苦しみの故に死に至った。その違いは何だろうか。
 私は『生』を生活することして捉えていたと思う。しかし娘は『生』を別
  な捉え方をしていたと思う。
  ところで人の生き方の中に繊細で真面目で正直で人に優しい故に自ら病
 んでしまうことを見聞きすることがないでしょうか。
                 (正しい人は悩みが多い。−詩篇−)
 一方、私達は私達の住まう世界が汚れてしまってその汚れに妥協して生き
 ているのではないでしょうか。
  しかし清流の魚たちは何処に住む場所があるのだろうか。
 娘の青春は川底に棲む蛍の幼虫のようであり、汚れた流れの激しい環境で
 生きることが出来なかった。ですから新たな世界を求めて飛び去ったと思
 います。

  リビングに置かれた娘の写真の前を通って眠る時又夜目覚める時、今ど
 うしているのだろうか又娘の死はどのような意味があるのだろうと考える
 毎日だった。
 その脳裏にふと、私は遠い昔の出来事だった方の死を娘の死を思うほど意
 識して来なかったことに気づいた。                 
  その方の死に対して娘の死を悲しんだほど悲しんだことだろうか。
 私に希望を与えた方を毎日娘の死が脳裏に離れないほど思っていたのだろ
 うか。そうではなかった。
  私は彼の復活を通して世界観が変わった。だから真理を歪めることや不
 正を放置することが出来なかった
 その思いは今も変わらない。しかし、一方で家族という隣人の配慮を欠い
 た独り善がりの世界観だったのかも知れない。
    私は外に向かって真理を訴えていたが内にある家族の心理を知らずにい
 たからだ。