ここは、日々、私が感じ思うことを、不定期に書いていきます。
私の思いを垂れ流すだけの場所です。

凹む時、我思う

私は凹みやすい。誰でも皆、凹む時はあるだろう。
職場で理不尽なことがあった時、恋人とうまくいかなかった時、ほんの些細なことで
凹む人もいれば、何でそんなことで凹むの?と思う人いるだろう。
でも、私は凹む時にいつも思うことがある。
それは、喜びも悲しみも常に0に向かって進んでいるということである。
どんなに楽しくても、どんなに悲しくても、時間が経てば0になるのである。
喜びが0になってしまうのは悲しいものだが、悲しみが0になることは大変喜ばしい。
「時が解決してくれる」とは、よく言ったものであたりまえのことだが、悲しみに襲われた時、
私はいつもその悲しみに打ちのめされ、永遠に続くかのように錯覚してしまう。
筋肉のように精神を鍛えられれば・・・いつも思う。
それが可能なら、私はすでに「精神的マッチョ」になっているだろう。
精神プロテインでも、どこかに売ってないのだろうか?


夜空を見る時、我思う

私は夜空を眺める時、いつも思うことがある。
天文学はまったくわからないが、私が見ているその星は地球から何光年、何万光年
離れているかということである。
1光年離れているのであれば、それは光の速さで一年かけて到達する距離であり、
9兆4600億kmという目がくらむほどの距離である。
そして、その時見ている光は一年間をかけて私の目に飛び込んできているのである。
一番近い太陽でさえ、地球から1億5000km、8分18秒である。
8分18秒前の光が私たちの体に降り注いでいる・・・一番近いから、あれほど、大きいのだ。
それを考えると、夜空に浮かぶ、ちっぽけな星の何億光年前の光を見れば、少し、気持ちが休まる。
もし、その星から今の自分のように地球を見つめている生物がいたら・・・何億光年の距離を挟んで、
自分と同じようなことを誰かが考えていたら・・・。
自分はちっぽけだと思いつつも、自分を取り巻く現状に四苦八苦の自分もいる。。
ただ、人間関係などで、悩み、人を憎むことなど、些細なことで、そんなことを気にせずに
のんびりと生活していければ・・・それが私の目標である。
どんな時でも、夜空を見上げて思いを巡らせる余裕は必要かもしれない。
私の生まれる遥か前の光を体を浴びて、改めて、自分の小ささに気づく。