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さらに一年はなにもせず体力、気力を失ってすごしました。残る時間は思いを綴りながら力の尽きるのを待ちたいと思います。 |
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今月は50本ほどの映画を見ました。淀川長治さんは映画が大好きだからと言われますが、それでもたくさんの映画を見ることは大変だったろうと思います。娯楽とはいえここまでくるとくたびれます。 鈍感な者の感想はどの映画もよくできているなということでした。とにかく見始めると、体を硬直させて何時間も引きつけられている感じです。それでいて、「どうでした」と問われると、答えられそうもありません。もう一つ、わたしはヘンリーフォンダのファンであることを発見したことでした。 今年はこれを最後の発信にしたいと思います。よい年をお迎えください。 |
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2001年12月30日 15時53分30秒
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今日真夜中のBS映画は荒野の決闘でした。ビデオに録画しておいたので、ちょっと再生してみました。ところが見始めると引き込まれてしまって最後まで行ってしまいました。この映画は五六度見たでしょう。そのたびに一場面一場面がすばらしいと思うのです。わたしの一番好きな映画かも知れません。 ヘンリーフォンダが魅力的でたまらないのです。美男子というわけでなく、トップスター的な振る舞いもなく、主演しても控えめなところが好きなのです。この映画でもクレメンタインにほのかな恋心を抱いたまま終わります。「・・・父に報告したら、牛を追って必ずここに立ち寄ります」と言って別れました。愛しのクレメンタインの音楽もいいですね。 これは臆病で、人前に立つのが嫌いなわたしの性格を写しているのでしょう。66歳の今、よくこれまで生きてこられたと思います。すべて恩恵によるのでしょう。 |
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2001年12月28日 20時23分01秒
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来年のウイーンフィルのニューイヤーコンサートは小沢征爾さんの指揮で、日本人がこのコンサートを指揮するのは初めてだそうです。アナウンサーが、「小沢さんは早起きだそうですね」と尋ねると、「朝しか勉強する時間がないからです」と答えていました。5時に起きて5時間スコアー(楽譜)を読むそうです。「楽しいですか」の質問に、「嫌だけど、これをやらないと指揮ができないのです。スコアーを読まない指揮者は作曲家の心を伝えてない」と。また「日本人でありながら、西洋の音楽の指揮ができますか」との質問には、「モーツアルトもバッハも西洋の音楽とは思えません。天来の音だと思っていますので、日本人でもだれでも努力する者には伝えることが出来ると思います」と答えました。さすがに世界の小沢です。 同じ66歳のわたしは7時まで寝て、午前中少し聖書の勉強をして、今月は熱心に映画を見て、昼寝をして、ひとりごとを書いて、そして一日が終わります。わたしはがん患者だと言い訳しても違いが大きすぎます。しかし、がんになる前でも、ろくな仕事ができず、たまに酒を飲んで憂さをはらして一日を終わっていました。悲しい限りです。 今日、ことぶき花壇(9月26日のひとりごと参照)に「花と緑の町並賞」(町並みは読み違いのような気がしますが)の小さな立て札がありました。この花壇を飾ってくれているボランティアのおばあさんたち(もう少し若いかな)への感謝状でしょう。 わたしには小沢さんの話と同じ程度にこの立て札が心に残りました。 |
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2001年12月27日 16時59分12秒
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わたしは子どもに何かを買い与えた記憶がありません。買い物が嫌いな上に、プレゼントをするような繊細な心を持っていないようです。そのくせ、かつては妻から、誕生日やバレンタインデーやサンタさんの日などには必ずプレゼントをもらいました。今では息子たちとそのベターハーフからもらっています。それでもわたしは孫たちに何一つ買い与えていないのです。 息子たちが高校に上がるころまでは、わたしの失業や転職のため、わが家は極めて貧乏でした。おばあちゃんが送ってくれるプレゼントはありましたが、妻も彼らの欲望を満たしてあげることができませんでした。ところが、貧乏も万歳のようです。 息子からのメールです。 ****** 今日の朝、サンタさんから子供にプレゼントしました.二人ともまだ存在を信じているようです. クリスマスだからと言ってプレゼントを毎年買うのは好きではないのですが、普段はほとんど買い与えないので「まあいいか〜」と思っています. 長男は別段欲しいものはなかったようなのですが、親(私)の洗脳(?)でクインテットデラックスゲームを買ってあげました.要は15種類のゲームが入っている昔ながらのゲーム盤です.オセロ、将棋、ダイヤモンドゲーム、囲碁、バックギャモンなどなど・・・ 東山田《わが家のこと》にも「薔薇」と呼ばれるゲーム盤があり、ボロボロになる まで遊んだのを憶えています. 長女には従姉妹も持っている動物の家をあげました.これを本気で全て揃えると十数万かかるのではないでしょうか? 私は小さい頃あまりゲームなどを買ってもらえなかったのは、本当に幸いだったと思っています.良い意味でですよ.3人《兄弟》で遊びを考えたり、暗くなるまで外で走りまわったり、同じ本や図鑑を何回も見たり、百人一首やトランプを擦り切れるまで使ったり・・・本当にすばらしい時代だったと思います. 物に溢れた今の子供達はこれでよいのだろうか?という疑問はつねに頭を駆け巡っています.20年後にどんな世の中になるかちょっと怖いです. 私はクリスマスに自分に百人一首を買いました.と言っても値段もピンキリで、紙質や箱の質などでランク分けされていました.あえて高いのを買ったのですが、真新しいカードの感触は懐かしさと嬉しさでいっぱいでした. 30ほどは見ずに言えたのですが、かなり忘れていて上の句と下の句が一致しないものが30くらいありました.うたの内容はくだらない(?)のですが、子供と坊主めくりをやりながら昔家族みんなでやったことを思い出しました. 母はうたを読んだあといちいち解説をつけるので、ゲームがなかなか進まなかったですね. ***** 息子の記憶を読むと、わたしも当時が思い出されます。今は痛みの時期だといいますが、国全体からみれば豊かさに溺れている時代です。もう少しだけ昔のように物を大事に使い、豊かな思い出を作ることのできる時代なるのはよいことだと思います。 |
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2001年12月26日 19時36分46秒
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クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝う日ですが、12月24日には根拠がないようです。この日がイエスに関係のあることを知らないで、サンタクロースの来る日だと思っている人も多いことでしょう。後者が正解かも知れません。 イエスという名はユダヤではごく一般の名前で、日本で言えば太郎とか一郎とかに当たるようです。キリストといわれたイエスが生まれ、神の国のことを説いておられ、30歳ほどの若さで十字架につけられたことは歴史的事実です。それがユダヤ人の待ち望んだキリストであるとクリスチャンは信じますが、本当かどうかは証明するものも方法もありません。今のユダヤは彼は優れた学者の一人にすぎないと考えているようですし、イスラム教では彼は多くの預言者の一人にすぎず、マホメットこそ最後最大の預言者だと教えているようです。 ユダヤ人もイスラム教徒もクリスチャンも同じ神を信じていますが、争いが絶えません。この神を信じない人々の数も莫大す。しかし架空のサンタクロースの話なら、世界中の誰もが楽しみにできるでしょう。 |
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2001年12月25日 20時01分51秒
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番組探しをしていてBS2のチャンネルに来たとき、ベートーベンの第九交響曲第四楽章合唱の中程と思われるところでした。音声をグンと大きくして聞き入りました。ドイツ語で意味は分かりませんでしたが、なぜか心が熱くなりました。 インターネットで歌詞を調べました。 O Freunde, nicht diese Tone! Sondern last uns angenebmere anstimmen und freudenvollere! おお友よ、そんな調べではダメなのだ! 声を合わせてもっと楽しく歌おうではないか、もっと喜びにあふれる調べで! Freude, schoner Gotterfunken, Tochter aus Elysium, Wir betreten feuertrunken, Himmlische, dein Heiligtum! Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt; Alle Menschen werden Bruder, Wo dein sanfter Flugel weilt. 喜び、それは神から発する美しい火花、楽園の遣わす美しい娘、私たちは熱い感動の思いに突き動かされて、気高い喜びよ、お前の国に歩み入る! お前は世のしきたりが冷たく引き裂いたものを、不思議な力で再び結びつける。 お前の優しい翼に抱かれて、すべての人々は兄弟となる。 最初の部分はベートーベンの作詞だそうですから、このへんはそうかもしれません。あとにはシラーの詩が続くそうです。 ベートーベンの晩年は聴覚が不自由になったといいますから、喜び一杯の暮らしではなかったと思います。にもかかわらず喜びの賛美です。わたしは歌はうたえなくなりましたが、老人には喜びがないなどと言わないで、喜びを賛美して生きたいものです。 |
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2001年12月24日 21時43分53秒
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天皇誕生日の一日、日本国民は休みをもらっています。しかし本来は休むだけの日でなく、記念すべき日のはずです。日本国歌といわれる歌詞に、「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」とありますので、天皇が壮健であり、子々孫々まで続くことを国民が願う日のようです。 しかし今日まで、わたしはそのような国民ではありませんでした。休みを喜んだだけです。延々と続いた天皇の家系は世界に誇れるものとは思っていますが、わたしたちは日本国の象徴である天皇をどう考え、この日をどのように守るべきなのでしょうか。 |
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2001年12月23日 17時58分06秒
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2001年もあとわずかになりました。昨夜のハイビジョンテレビの番組で「2001年宇宙の旅」を放映しました。7時半からでしたが、早々とベッドに入ってウトウトしながら見ました。アポロが月面に到着した前年1968年の作品ですが、2001年にどれほど夢が実現したか見たいと思ったからです。 監督が映画の中で「見てもわからないよ」と言ってましたが、そのとおりでした。ハイビジョンのお陰で映像はすばらしく見られましたが、ウトウトしながら見ていたこともあって、とにかくよくわかりませんでした。現実は宇宙ステーションの建設中で、2001年も終わろうとしています。 今では宇宙の夢がますます描けなくなっているのではないでしょうかね? |
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2001年12月22日 14時11分56秒
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松飾りを作る農家があります。この2週間ほど大きな門松をいくつもせっせと作っています。今年も終わるのですね。 子どもの頃は正月が楽しみで、ことに元日にいろいろな記事がどっさりと載る新聞が待ち遠しかったものです。宇宙へ出てゆく夢など新しい世界の開ける期待をいっぱいにする記事が多かったように思います。 ところが、アポロ11号が1969年7月16日に月面に到着し、今では多くのロケットが宇宙のゴミとなって、その衝突を避けるために宇宙基地の位置を移さなければならない時代に なってしまいました。また悪徳生物科学者がクローン人間を作るのではないかと心配したり、テロ組織が絶滅した天然痘を大都市にばらまくのではないかと恐れたり、世界中で貧富の格差がますますひろがったりして、科学技術の夢など萎んでしまったように見えます。 お正月の新聞が楽しみでなくなったのは、情報社会になって情報洪水の中に新聞が溺れたからでしょうか。科学の新しさの方向が変わってしまったからでしょうか。自分が年老いて感性が鈍くなってしまったからでしょうか。 |
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2001年12月18日 16時00分16秒
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田舎の兄と姉からお歳暮が届きました。餅御膳といって草餅や黒豆餅などの詰め合わせです。東粟倉工房(株)製造となっていますが、村の農協関連の会社でしょう。東粟倉村は日本一のベル(リュバンベール)の塔などがあって、テレビで放映され紹介されたこともある活動的な村です。この餅御膳も涙ぐましい村おこしの賜物でしょう。 ところで、毎年数人からお歳暮をいただきますが、何をお返しするか、お返ししないか悩みます。わたしはこの種のやりとりをしない人だからです。かつては貧乏生活をしていたころから、妻がしかるべきところには毎年かかさず送っていました。 また、わずかの義理お歳暮にも礼状を書いていたようでした。 しかしわが送り手はいなくなってしまいました。 今のわが家には、会社勤めの息子宛にいくらかのお歳暮が届いています。彼はどう処理しているのでしょうかね。 物のあふれる今時、お歳暮の有り難さなど全くなく、むしろ煩わしいだけです。わたしのようになかなかお返しをしない者にとっては、いつまでも相手のことが気にかかります。しかし、この心の繋がりこそがお歳暮の価値ではないでしょうかね。 |
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2001年12月17日 19時43分42秒
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眠りはよいものです。春眠暁を覚えずといいますが、今頃も起床時に暖かい布団の中でうとうとしているのは心地よいですね。安らかに眠る幼子の姿は格別です。また疲れたサラリーマンも眠りたいとのぞみ、休日は朝寝を楽しみにします。さて今は午後四時、わたしは眠くて困っています。 眠りの延長は何でしょう。永遠の眠りにちがいありませんね。それを人々は死といい、暗黒と言って恐れます。どうしてでしょう? 目覚めがないからでしょうか。わたしはきっと全ての人に目覚めの日が来ると信じています。それは150億年先かもしれませんが、それならば本当にゆっくり休めますね。 |
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2001年12月15日 16時37分23秒
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どうしても本が欲しくなりました。50分ほど歩いて文教堂で愛蔵版「星の王子さま」を買いました。 毎日読むために机の上に並べました。ギリシャ語福音書、塚本虎二訳福音書、新免正美著福音書異同一覧上下の仲間入りしました。わたしの著書だけが間違いだらけでお粗末です。 王子さまは悲しいときに入り日が好きです。小さな星に住む王子さまはいすをちょっと動かすだけで、一日に四十四度も入り日を眺めることができました。ずいぶん悲しかったのですね。 わたしも1991年はよく入り日と眺めに海岸近くに行きました。この年に名古屋の地でベターハーフが天に召されたからです。電車の中で「沈む夕日をいくつ数えただろう・・・」と小さい声で歌いながら。今も夕日が好きです。 星の王子さまの言葉の一つ一つが心に沁みます。わたしのような人間には、砂漠で独りぼっちになった作者サン=テグジュペリの心がよく通じるようです。 |
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2001年12月14日 20時53分58秒
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わたしの部屋の壁に星の王子さまの絵皿が掛かっています。 星の王子さまのファンだった妻が十数年前に買ったのです。小さな星の上にかわいい王子さまが立っています。家や部屋を変わるたびに壁に飾りましたが、何かの感銘を受けることはありませんでした。本も読んだように思いますが、面白くなかったのか、記憶がほとんどありません。 今日、ふと絵皿に目を注いだとき、わたしも王子さまと同じように淋しい存在なのではないかと思いました。また本を読みたいと思いましたが、どこに片づけたのか捨てたのかわかりません。インターネットを開きました。星の王子さまの要約抜粋がありました。 王子さまは様々な星を経巡ります。世界中のすべてを支配し、命令したい病にとりつかれている王様が住んでいる星。人からほめてもらいたい一心で生きている男の住んでいる星。大酒のみの住んでいる星。金儲けとその管理だけが生き甲斐の男が住んでいる星。一本のガス灯と、そのガス灯に火をともす点灯夫一人だけが住んでいる一番小さな星。実地を知らない机上論だけの地理学者が住んでいる星。そして最後に、地球。 王子さまはもう一度、バラの花を見にいき、そして言いました。「あんたたちは美しいけど、ただ咲いてるだけなんだね。 あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ。そりゃ、ぼくのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちとおなじ花と思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、大切なんだ。だって、ぼくが水をかけた花なんだからね。覆いガラスもかけてやったんだからね。ついたてで、風に当たらないようにしてやったんだからね。ぼくのものになった花なん だからね」 わたしは今でも、人からほめてもらいたい一心で生きている男の星にいるのです。人から感謝されることもなく、ほめられることもないから淋しいのです。また、五千本のバラでなく、一本のバラを思って生きている男なのです。わたしの一本のバラは瀕死の床で言いました、「わたしの棺にはトゲをとったバラをいれてね」と。そして星の世界へ帰りました。もう一昔前のことになりました。 |
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2001年12月13日 15時54分47秒
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わたしの近所は同じ世代の人が住みついているので、年金暮らしの人が増えました。たまに顔を合わせる人とは立ち話になってしまいます。 Mさんのお宅に通りがかると、やはり立ち話になりました。 わたしは若い頃から聞き手の人でしたので、今日もそうでした。政治の話からはじまり、立派な政治家がいない、将来の日本が心配だなどと話されました。世の中がだんだん悪くなると言われるので、わたしもつい口を挟んでしまいました。 よい世の中など昔もなかったし、今後も絶対にないと思いますよ。よい世の中が来たら平和惚けになって、その社会は滅びるでしょうし、昔よかったと思うのは、苦しいことも何も過ぎ去ったことは美しく見えるからではないでしょうか・・・と。 最後はお互いの健康の話になって別れましたが、Mさんはどう思われたでしょうかね。 |
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2001年12月12日 19時45分13秒
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北風の中を5キロほど歩きました。家の中に閉じこもっているとおじいさんになってしまうからです。陽光の中を歩いたのですが、風の冷たさに頭が痛くなり、買うつもりもないのにビデオ&CDショップのつたやに入って暖をとりました。ガードマンがそばに立ってジロジロわたしを見つめていました。 いのちは不思議なものです。健康に気をつけ、すぐに医者にかかり、たえず長らえる努力をする人があります。戦場に出て銃弾のため瞬時にいのちを失う人もあります。 わたしはどうなのでしょう。いのちを大事にしているのでしょうか。医者から見放された肺がん患者にちがいありませんが、民間療法に金をかける努力もせず、あたかも健康な人のように時の過ぎるに任せています。 人のいのちは、他の生き物のそれとはちがいます。人生であって、生き甲斐をもとめます。わたしはそれがつかめないまま、いのちを保っているのです。 |
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2001年12月11日 20時06分17秒
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こだわりがなくてはよい仕事ができないようですね。わたしはよくいえば淡泊、こだわることができない人です。したがって、よい仕事ができないで会社人生も終わったようです。 その例を示しましょう。今月は映画月間にしようと決心しました。時間はふんだんにあることだし、いままで録画しておいたビデオの映画をかたっぱしから見てやろうと考えたのです。 今日までに17本見ました。するともう罪悪感がおこるのです。 映画解説者の淀川長治さんはすばらしいと尊敬の念を抱きながら、わたしはこの程度の到達でかくのとおり。これで映画の何かがわかるはずはありません。何をやってもかくのとおりです。自分の決めたこんな簡単なことを達成できなくて、よい仕事など出来ないのは当然ですね。 |
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2001年12月10日 14時32分53秒
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肥満を気にして食欲を恨んでいる人に申し上げたいのです。 食欲がなくなると、食事の時間が来るのが恨めしく思われます。食前のお祈りが空疎になってしまいます。食べ物の味を覚えているので、口に入れた瞬間はその味を感じますが、すぐにいやな感覚がそれをおおってしまいます。それでも最低の栄養を得るためには食べなくてはなりません。無理矢理に食事を終えると、ああやっと今回の食事が終わったかと、ホッとします。 しかし嫌な後味がいつまでも続きます。 これでも食欲を恨めしく思いますか。食欲のある幸せも失ってみなければわからないのですね。 |
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2001年12月07日 19時06分01秒
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ブータンのある田舎の生活をNHKテレビでは天空の楽園とタイトルしていました。海抜3〜4000メートルの山岳地帯で牛と羊を追って暮らしています。労働力の一部となっている子どもたちの半分は最近開かれた小学校に行かせてもらえない貧しさです。ある家では一人の夫が高地で10頭足らずの牛と羊を遊牧し、もう一人の夫が物々交換の旅に出て収入を得ています。その一人の夫に召集があり、妻はどうして暮らしたものか悩んでいました。 そこで生活している人々は「これしかできないから」と言って満足して生きていましたが、彼らには生活の場が天空の楽園と思えるでしょうか。 わたしの少年時代の田舎は、電気もあり、発動機やトラックやバスもあり、ブータンの田舎よりはずいぶん文化的でしたが、やはりアメも知らないほど貧しい時代でした。わたしたちは豊かさを知らなかったので、不満も感じずに遊び暮らしましたが、疎開してくる友達にさえあこがれを感じていました。 今の日本には豊かさがあふれています。ブータンの田舎を天空の楽園などと呼ぶのはどの世代の人なのでしょう。自分の住む社会を楽園にできないで、どうして貧しさをもって楽園を作ることができるでしょう。 |
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2001年12月06日 19時40分06秒
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月曜日に先輩が激励に来られて、ストレッチや外出を奨められました。さっそく膝を伸ばしたまま腰を曲げて手を床につける運動を10回ほどやりました。床上15cmがやっとでした。 それから三日目、大腿部の後ろ側が痛くて歩くのも大変になりました。それでもカメラをもって3キロばかり歩いたところ、苦しくてすっかり参りました。 癌が実際どれくらい大きいか、余命がどれくらいあるのかわかりません。ともあれ、余命1年と言われてから2年2ヶ月になりました。痛みがないので余命のことを忘れて、いつまでも生きるような気分で勝手なひとりごとを書いているのです。 |
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2001年12月05日 20時24分53秒
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さざんかの時期になりました。おびただしい数の花をつけますが、本当に美しい花はほんのわずかです。開きすぎた花や散りかけのものが多いからです。
人の容もそのようなのでしょう。若い時期は短いので、さざんかのようにあわれな姿が多いのかも知れません。しかし、人は容以上に心で光ります。いつまでも光を失わないで輝いてい
たいものです。
2001年12月04日 21時25分10秒 |
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枯れ葉が舞って、ハラハラハラと舗道の上を転がってゆくのはさみしいが、うれしい風景です。 先輩のKさんがたくさんのリンゴとがんの本を三冊も携えて激励に来てくださいました。今はがんの勉強に不熱心になったいることを話すと、本は読まなくてもいいから外に出て足や気力の衰えだけは防ぐようにと、先輩たちの例を引いて話してくださいました。わたしは、散歩も日課にさえすれば、続けることができますと外出の約束をしました。 そこで早速に出かけると、第三京浜道路の土手に木を植えているのを見かけました。落葉樹や椿やつつじのようでした。道路公団も民営化などの強風が吹き荒れているので、人気取りかな? それでもいい、十年後には大木になって枯れ葉をまき散らしてくれますから。木はいい、林はいい、森はいいですね。 |
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2001年12月03日 15時10分01秒
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50本ほどあるビデオテープの整理をしたくなりました。32インチのテレビが来たので、ビデオの映画などが迫力をもって見られるからという理由もあるようです。 何回か見た映画も筋書きはあまり覚えていないし、それにもまして新しい発見が各所にあります。映画好きの人は何十回となく同じ映画を見るそうですが、多くの人により構想を練り上げて作られた映画を一度見ただけでは、その多くの部分を得られないからでしょう。ただ、たくさんの時間が必要になります。 わたしのような立場の人間は十分な時間があるのですが、なぜか時間がもったいないという気持になります。他にやることもないのにです。百歳の人がせっせと貯金をするのと同じ神経なのでしょうか。 |
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2001年12月01日 19時22分40秒
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ディジタルハイビジョンテレビの美しいのには驚きます。高い買い物であったかも知れませんが、映像を見ているとそのようには思われません。 うれしかったのはそれだけではありませんでした。当たり前のことですが、約束の11月30日の朝に入荷を電話してくれ、約束の13時過ぎに届けてくれたことです。セキド電気さんは商売ですから普通のサービスをしただけですが、わたしにはうれしかったのです。 わたしは24年会社に勤めました。しかし約束の納期を守ったことが何度あったでしょう。 |
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2001年12月01日 19時19分45秒
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