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さらに一年はなにもせず体力、気力を失ってすごしました。 残る時間は思いを綴りながら力の尽きるのを待ちたいと思います。 |
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これほど食欲がなくなると、ぼつぼつホスピスのことやターミナルケアのことも考えなくてはならないと思ってインターネットを開きました。都筑区に開設された昭和大学病院にはホスピスの施設があるようでした。でも、まだ熱心に研究する気持になりません。 テレビは金に絡む政治家のニュースばかりです。生きている間に新しい日本の芽生えを見ておきたいと思うのに、悲しいことです。ホスピスは精神的な支えもするところのようですが、わたしにはこんなことが気にかかるだけです。 |
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2002年03月29日 20時14分43秒
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今年もさくらが散ります。せめてその前に、彼女(妻)を満開の花の下に立たせてください。わたしは力をふりしぼって駆け寄り、抱き合うでしょう。そしてわたしたちの上に静かに花びらが舞うでしょう。・・・そんな心もなく、花は散ります。 彼女は膠原病でした。自分の抗体が自分を攻撃し、免疫を失わせるという病気のようでした。わたしもまた自分の体を破滅させるがん細胞を自分が養っております。煉獄でも歩いているようです。 春は急ぎます。若葉が茂り始めた頃に彼女は天国に召されました。11年ほど前のことです。わたしはしかめっ面をして今なお歩いています。いつまでもしかめっ面ではよくありません。顔の緊張はいつおだやかになるのでしょう。 もう森は黄緑になりました。 |
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2002年03月28日 19時03分53秒
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春の雨は何となく楽しいものですが、ことしのわたしは滅入るばかりです。甲子園球児の溌剌とした姿も見られません。 旧約聖書の詩篇を読みながら、筆者と同じ気持ちで祈ろうと思いますが、なかなか祈れません。今日は第127篇、ソロモンがよんだ都もうでの歌を通りました。 主が家を建てられるのでなければ、 建てる者の勤労はむなしい。 主が町を守られるのでなければ、 守る者のさめているのはむなしい。 あなたがたが早く起き、おそく休み、 辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。 主はその愛する者に、眠っている時にも、 なくてならぬものを与えられるからである。 見よ、子供たちは神から賜った嗣業であり、 胎の実は報いの賜物である。 壮年の時の子供は勇士の手にある矢のようだ。 天の満ちた矢筒を持つ人はさいわいである。 彼は門で敵と物言うとき恥じることはない。 ソロモンとともに祈りたいものです。 |
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2002年03月27日 23時47分50秒
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わたしの部屋の正面に見える一本の木立が欅だと思っていたのは間違いで、椋の木か榎のようなのです。その若芽を広げている姿が鮮やかで、昨日始まったばかりの選抜高校野大会の甲子園球児の姿と重なります。 ところで、去年の春からこの木立が椋の木か榎かわからなくて気持ちの悪い状態は続いています。それを徹底的に調べて疑問を解く意気込みがあれば、おそらくわたしの人生はかわっていたでしょう。というのは若い頃から疑問を先送りし、そのうち忘れてそれを知識にできず、凡庸な人生に終わったからです。 新発見は疑問を解決する執念から生まれるようです。新年度から教育カリキュラムがかわって、自由研究や自由学習が多くなるようですが、興味を深め、執念を持って究める子どもたちが育ってほしいと思います。 毎日眺める木立が椋の木か榎かわからないで、平気で時を過ごすような人間にならないでほしいです。 |
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2002年03月26日 19時30分03秒
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こん回は二度目になりますが、運転免許証の書き換えをしないことにしました。58歳になってから取得した大型免許もあるのでもったいないですが、8月までの命では書き換えても空しく思えます。しかし現時点で指先や足先に痺れがあり、目がかすむようでは安全運転もおぼつかないでしょう。失うものがまた一つ増え、残りがなくなりつつありますがやむを得ません。 初回の書き換え放棄は、免許証の書き換えが生年月日に変わった年のことでした。気が付いたときは有効期限を数日すぎていました。その時点では安全運転講習を受ければ再交付してもらえたのですが、将来のことを考えてそのままにしました。妻と三人の子どもを抱え、仕事もままならぬ無力な男にとって、交通事故でも起こしたら家族が立って行けません。運転をやめるために与えられたチャンスだったのです。とはいえ、この運転免許証は涙の賜物だったのでした。学校を首になったばかり、きつい指導員にしごかれ、うなだれながらもやっと手に入れた免許証だったからです。 すべては恩恵です。与えられまた取り去られるのです。 |
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2002年03月25日 19時22分58秒
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昨日花見をさせていただいた桜の庭の持ち主Tさんが、五葉松の手入れをしておられました。毎年見かける風景です。数年前に「五葉松が三本あるとしんしょう(身上)をつぶす」といわれましたが、手入れは大変のようです。小さく三つに分かれたそれぞれの枝に小さな五つの松葉がまとまって出るので、手入れをしないと日陰の枝が枯れて、懸崖の美しい形を保てないそうです。Tさんの五葉松は一本ですが、何日もかけて手入れをしておられました。 梯子の上で作業をしておられるTさんと、その先の満開の桜を眺めながら「見事ですね」と感嘆すると、「日本人に生まれて幸せに思いますよ」と答えられました。アーメン(ほんとうに)です。 |
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2002年03月22日 19時10分30秒
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近所のTさんのそめいよしのは、ご主人もいつ植えられたか知らないといわれる大木です。花見でもしてくださいといわれていました。桜の木のまわりの一部が芝生にしてありますので、坐ってお花見をしました。何も飲まず食わず語らず、大木の下にわたしがひとり。陽光が背中を熱いほどに射します。強い南風がセーターを通して背中をかすめました。 なんとか春を心に留め置きたいと思いますが、なかなか花とのコミュニケーションがとれませんでした。ひとり黙して行く春を惜しむことになりそうで残念です。 |
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2002年03月21日 21時00分59秒
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1977年2月28日にもらったJ君からの手紙です。彼は当時わたしの課の一員でしたが、会社とわたしに愛想を尽かしてキャノンへ転職しました。彼がキャノンでどんな働きをしたかは知りません。ただ日本が不況に苦しむ現在、業績を伸ばし、世界に誇れる会社になったキャノンの活力がどこからきたか、彼の手紙から読みとれます。ちなみにわたしは富士通の子会社の一つにいました。今富士通は七転八倒の苦しみをしているようです。 御手紙遅れて申しわけありません。早いもので私が富士通電装を辞めてから半年が過ぎようとしています。新しい会社もだんだんに慣れ、元気で(本当はありま元気ではないのですが)仕事をしています。 というものの、仕事の厳しさは伝えようもなく、一日一日が身を切られる思いです。仕事といっても、自分でテーマを探し自分で手段方法を考案し、実行しなければならないのですが、私は中途採用である故すぐに仕事に加わりました。技術を習得する困難さと会社からのつきあげ(特許のノルマがあるのです)の板挟みにあって夜も眠れないくらいです。もっともこんな内容の手紙(すなわち愚痴めいた事)を書いた事がチーフに知られたら、二度と仕事が出来ないくらい打ちのめされるでしょうが。チーフは弱音をいう事が嫌いな完全人間なので、きっと過去の生活が楽過ぎたのでしょう。仕事は理屈ではないのですね。技術屋の生活に理屈のいらない事を痛感しました(もっともこの事は現在の会社に入ってから学んだことですが)。私は過去の三年間自分に甘え過ぎたのだと思います。三年間の自分の生活(技術的な事と生活態度も含めて)が通用しないくらい惨めと感じたことは他にありませんでした。私も一生を通じて自分の仕事が残るよう技術という怪物と戦いたいと考えます。 ああ、わたしは仕事をしなかったのです。月給泥棒でした。 だれに詫びたらよいのでしょう。 |
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2002年03月20日 19時24分31秒
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近所のそめいよしのが三分咲きになりました。桜は開花から一週間で満開、その一週間後には散ってしまうといいます。はかないなと思いながら、隣に植えてある椿を見ました。多くの花が盛りを過ぎて色褪せている中に、ほんの数個の花が新鮮に輝いていました。椿の花の美しいのは一日なのかな・・・。 花のいのちは短いです。しかし季節が巡ればまた花を咲かせます。日に日に衰える自分を感じながら花を見ました。 |
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2002年03月19日 18時50分06秒
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先日訪問したKさんはわたしと同じような定年退職者で、二年ほど地域のシルバーセンターでアルバイトしましたが、今は完全に無職です。躁鬱病を持っているので、肺がんをもつわたしと立場は似ています。 Kさんは身体的には健康なので、ジョギングや水泳をやっていますが、やはり時間が余るようで、アフガニスタン情勢や国内情勢に熱心になっています。新聞やテレビでは情報が足りなくて、本屋さんで立ち読みし、罪滅ぼしに雑誌を一冊だけ買ってくると言っていました。 もっとも無力な人間が、世界や日本を考えて夢中になるのは空しくないかと、わたし自身も同じなので尋ねました。返事なし。無力なわれわれが出来ることは祈ることだけだ、あなたは日本のために祈るかと聞くと、祈らないと言いました。 わたしは祈ります。繁栄を誇るのでなく、正直で、質素で健康なな国日本が生まれることを。 |
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2002年03月18日 18時59分30秒
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気持が悪かったり息切れたりはしますが、この先しばらくのおだやかな時を、どのように過ごせばよいのかわかりません。 二日ばかり南足柄の友人Kさんの家に遊びに行ってきました。病気の現状はすでに話してありますので、彼ももう病気のことは話しません。楽しい旅行をしようなどという話はもちろんありません。真鶴や近所の運動公園へ車で行って、わずかに散歩したほかは、こたつで横になって過ごしました。心をこめて作ってくれる食事も体が美味しく受付けません。互いに沈黙の時間が多くなりました。そして別れるときに、終末に至ったら力になるからと言ってくれました。 医者に告知をお願いした者には、今のわたしのような時があって、どう過ごせばよいかと考させられるのでしょうか。 |
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2002年03月15日 19時37分18秒
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ほとんど毎日、家から東やまた工房まで片道15分ほどの散歩をします。花の季節になりました。道筋にある花は(園芸種は除いて)黄梅、梅(もう終わりですが)、おおいぬのふぐり、桃、山茱萸、雪柳、菜の花、辛夷、連ぎょう、木瓜、水仙、馬酔木などです。きょうは桃が一番でした。見上げると花いっぱいが蒼い空を覆い隠していました。足が止まってしまいます。 暖かい日差しが少年時代の故郷の春を思い出させます。いちめんに花咲いたげんげ(紫雲英)田です。土を肥やすため(根粒バクテリアが窒素肥料を造る)と干し草をつくるため(牛の冬季の飼料)に育てます。友達といっしょにその中に寝転がって遊び、げんげの香りをかぎながら青い空を眺めました。蜜蜂がたくさんやってきました。げんげが踏みつけられると刈り取りが面倒なので、かならず叱られました。 わたしには最後の春になるはずです。故郷にも帰ってみたいと思います。 |
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2002年03月12日 19時03分06秒
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二ヶ月ぶりの診察日でした。今回と前回と5ヶ月前とのCT写真の比較説明を受けました。病変部が大きくなっているのはわたしにもわかりました。細胞分裂は倍々に増えますので、容積では5ヶ月前の10倍になっているそうです。一年ばかり前から治療せず、がんとの共生でしたが、がんがのさばったでしょうか。 さて、こうなると問題は余命です。聞いてみると8月まで。 いよいよわが齢は67で尽きるようです。いまのところ痛みがないので気楽ですが、激痛が来るとたまりません。 日本が元気になる姿を見たいと思いますが、地上で知るには無理のようです。どうせ何もできない老人ですから、よしとしましょう。 次回の診察は五月下旬です。病変部が今回の10倍になったのでは左肺が満杯になりそうです。ひとりごとがいつまで続けられますかね。 |
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2002年03月11日 19時04分52秒
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体に痛い部分があったり、気分がわるかったりするとしかめっ面になります。わたしは後者で、家の中では無表情、外を歩けばしかめっ面をしているのが自分でわかります。 妻は最後の入院となった一年間しかめっ面をしていました。見舞いに行くたびにもっと穏やかな顔をしなさいと言ったものですが、膠原病でいくつかの関節部分の皮膚が破れていましたので痛みに耐えられなかったのでしょう。健康なわたしはずいぶん無理なことを言っていたのでした。 しかめっ面をして生きていると、いつまで苦しめばよいのですかと命の支配者に苦言を呈することがあります。わたしも妻も治ることのない病気、今ごろになって苦しんでいた妻の気持ちがわかります。妻が亡くなって十年も経って、自分が病気を得てやっとです。妻の苦しんだ道だからわたしも心して歩きましょう。 |
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2002年03月08日 19時42分43秒
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わたしたちは日本国によって多くの恩恵を受けています。国の保護により安心して外国へ行けますし、また、わたしのような病人は安い医療費でサービスを受け、年金まで受給しています。 しかしこの恩恵は囲いは中の国民のためであって、外には冷たくあることができるみたいです。よその国にお節介をすると主権侵害と言われるという理由などで。だからアメリカはますます強くなり、アフリカの国々やバングラデシュやアフガニスタンは飢えます。 もし世界中が一つの民主主義国であったらどうでしょう。アメリカの富はアフリカやバングラデシュなどの貧しい地域に分配されなければ、指導者は選挙に勝てません。 国境は誰がいつ線引きしたのか、妙なものです。今も地域的な領土問題があちこちで起こります。パレスチナ問題などはあまりにも深刻ですが。国という名の囲いは永遠のテーマでしょうか。 |
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2002年03月06日 19時07分35秒
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日本は豊かですかね。物はあふれていますが、心は侘びしいものがあるようです。定年を迎えた多くのサラリーマンはそう思っているのではないでしょうか。衣食住は足り、お金と時間が十分にあるのにです。 貧しい中国やアジアの田園生活が放映されるますが、人々は満ち足りた顔に見えます。しかし本当はそうでもないでしょう。豊かな外国やお金持ちの生活を見ると羨望があるはずです。 このところ中国が世界の工場になったとか、農家まで苦しめていると言って豊かな日本が悩んでいますが、アメリカの大農法の穀物が自由に入れば、中国農業は致命的打撃をうけるようです。多くの農民が天にまで至るだんだん畑を耕しているのを見ればわかります。多くの農民が都市へ流れ込めば農村は疲弊し、この人々を支えるには世界の工場が必要でしょう。そして利益の多くが農村に環流することになるでしょう。その規模は莫大ですが、かつての日本と同じです。 中国やアジアの国々やインドが豊かになって、エネルギーをふんだんに使うようになったら、世界はどうなるのでしょう。 地球は生きて行けるでしょうか。・・・豊かさはどれほどであればよいのでしょう。 |
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2002年03月05日 19時15分19秒
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まったくの無力になって、収入の道が閉ざされた者にとって、年金は有り難いです。ごろごろして日を過ごしても、確実に入金してもらえます。若かった頃にそれほど役に立ったとは思えないのに・・・だれに感謝すればいいのでしょう。 いくらかストックはあるにしても、日々出てゆく一方であればどれほど不安でしょう。年金などもちろんなくて、日々の生活費にも事欠く人々が世界には大勢います。どんな気持でしょう。わたしは日本の国の今日に生まれて、大きな安心をいただいて生きているのです。・・・だれに感謝すればいいのでしょう。 |
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2002年03月04日 18時43分44秒
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