医療過誤
                       
医療過誤の民事訴訟

  K整形外科ペインクリニックに13ヶ月間、腰と首の治療に通い、硬膜外ブロック注射を腰と
首に(自分で数えられる数は56回、首に16回、腰に40回ぐらい)打ちました。平成12年1月
から首にブロック注射を打ち始めました。6月16日(金曜日)午後5時病院に行き、いつもの様
にブロック注射(16回目)を受けた。いつも針を刺すまでが痛く、薬を入れる時は痛みを感じた
ことは無かったが、その日は頭の奥までも痛みが走った、その後20分間そのまま寝かされ看
護婦さんが来て針をぬいた痕から、血が出ていたので、接着剤のような臭いがするスプレーを
掛けカットバンを張ったが、血が止まらなかったので、さらにスプレーを数回掛けてカットバンを
張りなおしてくれた。

  また、20分経って起こされたとき左目が開かなかった。看護婦さんが,「大丈夫、リハビリす
る」と言われたので、「6時に歯医者を予約しているから」と左目を手で押さえながら答えた。そ
れから会計を済ませ外に出るときエレベーターの中から先生が、「大丈夫」と声を掛けてきた
ので、「これから歯医者に行きます」と答えた。
車の所で左目をマッサージしている時に、受付の人が慌てて来て「薬を忘れて行きましたよ」と
薬を持ってきてくれた。私の様子を見て、「本当に大丈夫ですか」と言われたので「ちょっと頭が
ボーとして」と答えた。

車に乗り歯医者に向かう。

最初左目が気になっていたが右手小指の外側が少し痺れてきた。

歯医者に着いた、すごく混んでいた。

順番を待っているときに、薬指までも痺れてきた。

先生が、「Sさん混んでいるので消毒の綿だけ取り替えます」と言われ、治療は1分ぐらいで終
わり、荷物を取りに事務所にもどった。

兄に注射したところが痛いし小指と薬指が痺れていると言ったら、またかと、言うような顔をし
ていた。私に、お得意さんから電話が掛かってきたので話しをした。

電話を置いた後、急に小指と薬指が曲がったので元に戻そうとしたが曲がったまま直らなかっ
た。時間は午後7時だった。兄に言うと、「ふ―ん」と、いう感じだった。(後日、兄に事務所で指
が曲がった時に何か言ってくれれば良かったのにと言ったら、「いつもの事と思い真面目に聞
いていなかった。まさか注射したところが出血していたなんて思いもしなかった」と言ってい
た。)

私も前に注射を打ったあと、右手が動かなくなったことがあったので、その時は3日間ぐらいで
腕が動くようになった、またかと思ったので、そのまま車を運転して家に帰るが、注射をしたと
ころが、前よりもさらに痛くなり指も曲がったままなので、車を運転するのが、とても辛かった。
なんとか家にたどり着いた。

7時40分ごろだった。注射をしたところが痛いし指が痺れて曲がったまま治らないと妻に言う
と、「そう、晩御飯の仕度が出来ているから食べよう」と言われた。「注射をした所が痛く痺れも
強くなってきたので、二階で寝る」と言って、(午後8時20分ごろ)二階で寝たがすごく痛くて仰
向けになるとさらに痛みが増し、とても寝ていられないので、一階に下りようと思い、ベッドから
出ようとすると腰が思うように動かず、これは何か変だと思い、何とか手すりにつかまり一階に
下りた。

(午後9時ごろ)妻に、腰が思うように動かず右足も変だと言うと、妻は驚いた様子だったので、
「K先生へ電話をして」と頼み、電話をするが留守番電話になっていて連絡が取れないので、兄
に電話で事情を話し、K先生の自宅の電話番号を調べてもらうが、見つからず、徐々に右足も
動き辛くなってきたので、(午後9時30分ごろ)消防署に電話をして、救急センターの電話番号
聞き電話をした。夜間営業しているペインクリニックがないか聞くがなく、KR病院を紹介しても
らい電話をした。

KR病院に事情を話したところとりあえず来れば様子を見ることが出来るからと言われた。すぐ
にKR病院まで妻に運転してもらい行くが、(すでに寝ている子供を起こして一緒に車に乗せ
て、)乗るときは何とか自力で乗れたが降りるときには両足を動かすことが出来ず、(午後10
時30分ごろ)妻に病院の人を呼んでもらい車から下ろしてもらった。

病院の診察室のベッドに寝かされ脳外科の先生が足を調べた、その時はまだ左足は、少し動
かすことが出来た。感覚は両足ともあった。先生に、ブロック注射を打ったときに痛みが在った
こと、左目が開かなかったこと、小指、人差し指が痺れ折曲がったことを話した。

先生はまず頭のC.Tを撮って診たが、別に問題がなく、ブロック注射をしたときに血管を傷つけ
出血したと考えられるが、MRIを撮って見ないと、はっきりとは解からないので、別の病院に移
して見てもらうとのこと、近くにMRIのある病院を探す、看護婦さんが、M脳神経外科があると先
生に告げると直に電話をして、M脳神経外科の当直医のH先生に、今までの経緯と状況を説
明して受け入れてもらう。

救急車でM脳神経外科に着く、(午前0時30分)(後で、大付属病院の看護婦さんから聞かささ
れた、H先生から午前0時に頚椎硬膜下血腫で緊急手術が必要な患者がいるので手術の体
制を執ってもらいたいと連絡があったこと)すぐに止血するために点滴また膀胱にバルーンを
入れ、H先生が診断、両足とも動かないがまだ感覚はあった。

(午前1時)すぐにMRIを撮ってみた。(午前2時20分)H先生よりMRIの結果を聞かされた。ブ
ロック注射部分に集中して出血している。そのため神経を圧迫して、足や手が動かなくなって
きている。すぐに手術をしなければ、足や手が動くことは無いといわれた。

手術以外に方法は無いのか尋ねたら、それ以外には方法が無いと言われた。また、ブロック
注射が原因か尋ねたところ、ブロック注射部分に集中して出血していることから、ブロック注射
による因果関係が有ると言われた。先生は手術をしてくれる病院を探していること、また、この
手術が出来る病院は、四ヶ所ぐらいしかないと言われた。(午前2時40分)大学付属病院整形
外科頚部チーフのM先生から電話が入り手術の準備が整ったので患者を受け入れられると、
H先生から説明があり、大学病院に転送が決まる。

  (午前2時50分)M脳神経外科より救急車で、大学病院に運ばれる。(午前3時15分)大学
病院に着く、(午前3時30分)M先生とY先生に会い、手術について説明される。M先生が診察
する。このときは、胸より下は感覚がなく、触られても解らなかった。両足ともまったく動かず、
右手も感覚がなく動かない。左目も開きづらくなり、顔も痺れてきた。(後で、兄が言うのには、
おまえが、顔が痺れてきて目も開き辛いと、言っているとき、おまえの喋っている言葉が、呂律
が回らなかったので、もう駄目かと思ったと、言っていました。)M先生に手術について質問をし
た。元の体に戻るか、この手術は、難しいのかきた。「難しい手術に入ると思う、元の体に戻る
かは。手術を行って見なければわからない。足や手がまったく動かなくなる可能性はある。」と
言われた。私は、この時点で直ることは諦めた、後は運命に任せ手術を受けることにした。

午前5時30分、手術開始。午前10時40分、看護婦さんが、迎えに行く。午前10時50分、病
室に戻る。昼過ぎ(時間は定かではない)M先生が見に来て、「手術は成功した、完璧だよ、骨
を削除した部分はそのまま塞がないことにした。塞ぐと、いろいろな制限を受ける」と言われ
た。先生が、足の指を動かしてみてと言われ、動かしたら少し動いた。先生は、ものすごく喜ん
でくれた。

  午後2時か3時ごろ、K先生が、病室に来た、「どうしたの、驚いちゃったよ」と言われたの
で、「ぼくも、驚きました。」と答えた。ブロック注射を打ったあと、徐々に手の痺れ、指が曲がっ
て足が動かなくなってきたので、病院に電話をしたが、留守番電話になっていて、先生に連絡
が取れなかった。それで、他の病院を探した事を、伝えた。K先生は、「昨日は、遅くまで病院
に残っていたのに、帰るとき、病院に寄ってくれれば良かったのに」と言っていた。私は、「前に
も右腕が、動かなくなって、二、三日で直ったので、またかと思ったからそのまま家に帰った。」
と答えた。K先生は「手術は成功したので、完全に元のように直るから大丈夫だよ」と言って、
病室を出て行った。私は、完全にと言っても、削除された骨は元には戻らないと思ったが、ま
た、スポーツが出来る、と思った。そのあと、家のものに、K先生が来たことを、伝えた。   

  その後、K先生より連絡がないので、兄と妻が、先生の真意を聞くために、6月24日(土曜
日)午後2時40分から午後4時10分、先生と話し合いを行った。先生は、Sさんに対して、患
者と言うより、友達のように思っている。今回のことは出来るだけのことをしたい。ミスを認める
ことは、記録に自分の名前が残ってしまうが、Sさんの為にするから、と言う様な内容だった。

6月27日(火曜日)午後8時10分S先生から自宅に電話があった。医師会の損害賠償保険に
書類申請を弁護士に提出するので聞きたい。 

1、帰宅した時刻
2、足まで痺れが回るのに、どのくらい時間が掛かったか
3、3箇所の病院の名前と行った処置
4、大学病院に着いた時間
いろいろな、諸費用のレシートを取っていてほしい、後で支払うので。

 7月1日(土曜日)午後3時ごろ、K先生が見舞いに来た。「奥さんとお兄さんが病院に来て、
起こられちゃったよ」「Sさんのことは、友達のように思っているから、出来るだけの事はするか
ら安心してね」「治療費のことや、その他のお金の事は心配しないで大丈夫だから、安心して
治療に専念してね」と言った。ブロック注射を受けたあとの細かな状況などを説明しようとする
と、「その事はわかっているから、いいから」と言って、「後のことは大丈夫だから早く直して」と
言って帰っていった。K先生が帰った後、同じ部屋の患者さん(二名)に、「良かったね、責任を
とって、保障してくれてこれで安心だね」と言われた。看護婦さんにも同じように、「Sさん、治療
した病院の先生が全部保障してもらえるって良かったね、これで安心だね」と言われたので、
「K先生が、治療費やその他を保障してくるといわれたので、安心しました」と答えた。病棟の主
治医であるY先生からも、「良かったね」と言われた。

 7月19日(水曜日)入院治療費の一ヶ月分の請求書が来たので、(午後6時)K整形外科ペ
インクリニックに電話をする。K先生とつながる。「ああ、Sさん、元気そうだね、それで今日はど
んな用事、」私は「実は、治療費の請求が来たのですがどの様にすれば良いですか」先生は
「まだ、手続きが済んでないので、それまでSさんの方で立て替えていて欲しい。必ず立て替え
てもらった分はお支払いするから大丈夫だから」と答えられた。

 7月25日(火曜日)午後8時30分自宅にK先生から電話があった。治療の段階なので、治療
が終了しないと支払う事が出来ないと事務が言うが、Sさんのほうも大変でしょうから何期かに
分けて支払ってもらうように言っている。事務が言うには医学的根拠がないと治療費の額は決
められない。賠償の対策室に8月3日、又は、8月10日に出向く、弁護士、医師会の県の委員
の先生との話し合いをするが、結論がその場で出るか否かわからない、委員の方が中立の立
場で賠償額が決まる。医師会より医療費の立替をするな、Sさんとの接触をするな、見舞金を
するな。などの行動を規制され連絡できなかった。8月3日か8月10日か今週中に決まる。事
務処理が遅れているので早くするように催促した。ことを報告受けた。

 7月29日(金曜日)午後8時30分自宅にK先生から電話があった。担当の弁護士は決定す
るが、評価する整形外科医が決まらず、8月3日又は8月10日東京に出向く件は延びる。仕
事、後遺症など医学的見地で障害を見る。何から何までを保証するのかは医師会の方でも、
過少の設定も桁外れの設定も出来ない。何処まで責任を負うか重傷度を調べる。偶発事故、
医療過誤かの調査をする。希望であれば、担当の弁護士が話をさせてもらう。

 8月8日(火曜日)リハビリ科に移る。
 8月18日(金曜日)リハビリ科、MZ先生より現在の状況説明を妻と一緒に受けた。両親に説
明するのが難しいので、MZ先生に現在の状況を両親に会って説明してもらうようにお願いし
た。

 8月19日(土曜日)両親と妻と私と共に、MZ先生から説明を受ける。その際父が、何が原因
でこのようになったのか質問をした。MZ先生は、手術前のM脳外科で撮ったMRIを見ても判る
が、ブロック注射による出血以外考えられない。と言われた。

 8月28日(月曜日)その後、K先生から何の連絡もないので、こちらから(妻が)電話を掛け
る。内容は、診療が終わらない限りしょうがない。お見舞金を出そうと思うが保険のほうが駄目
といっている。妻が保険ではなく先生の気持ちはどうなのか尋ねると、Sさんの方が僕を信用さ
れていない点がある。何とかしたいという気持ちが伝えられない。任せている弁護士に電話を
してくれ。

 N弁護士から電話があった。今県の医師会に申し出て、事情徴集で検討される。結論出ない
とKとしてもコメントしようもない。来月中旬に答えが出る。とのこと。
 9月19日(火曜日)午前9時、K先生に妻が電話をする。「僕は分かりませんので弁護士に聞
いてください」

 9月21日(木曜日)午後7時50分、N弁護士より電話。「電話で話して誤解があっても困るの
で、手紙を出しました。明日もしくは明後日届くと思うので読んで見てください」

 9月23日(土曜日)N弁護士より郵便が届く。中に通知書が一枚だけ入っていた。内容は、K
先生には何の責任もないので、支払いをすることは出来ないというものだった。

 9月26日(火曜日)紙谷先生へ妻より電話。N弁護士より通知書をいただいたが、その点に
ついてどのように考えているか。「僕の、責任の範疇であれば治療費は支払いますが、通知書
にあった様に責任の範疇にないという事で支払う事は出来ない。今後どのようにすれば良い
か。とN弁護士に聞いたら、過失の責任ない限り医療行為は正しい。と言っていました」

先生が主人のベッドを訪れ、「心配ないからゆっくり直して下さい」と激励した言葉は何だった
のか。「何だったのでしょうかって、Sさん、Sさんには、ちゃんと治してもらわないと困るわけで
すよ。僕の責任の範疇ではない(医療行為の中では)根拠のない事、事情聴取の時も出血が
固まらないような薬ものんでないし偶発ですね。と言っていました。」「前にSさんが、もう少しで
延髄まで達したら生命も危険だったと、言っていたが。延髄なんか行きませんよ、ちゃんと調べ
てありますから、それから、大学の整形外科のM先生の専門は股関節なぁんですよ。整形は整
形ですが。」とK先生は答えていた。

 なぜ医療過誤の訴訟を起こしたか、

1 .私はK先生を信頼し尊敬していた。だから13ヶ月間、毎週2〜3回、治療に通っていた。ま
た、ブロック注射の危険性はないのか再三尋ねたが、その都度、先生は、今は、危険はなく最
善の治療方法である。と答えていた。この様な危険性があると聞かされていたら、56回もの注
射を受けるのを止めていた。数を重ねるだけリスクも大きくなって行く、それだけ危険だという
ことを知らせてくれなかった。

2 危険性をともなうブロック注射を、受けた患者が、具合が悪くなっても、診療時間を過ぎる
と、連絡が取れないのは問題である。患者に対するケアの体制が整っていないのに、危険な
治療行為を行うのは問題である。

3 .K整形外科ペインクリニックでは、ブロック注射をした後、ベッドに20分間寝かされその後、
そのまま家に帰るか、2階に上がりリハビリを受けるかです。私は頚部のブロック注射を受け
たあと、最初のころは直ぐに首の牽引を行っていたが、私が、痛くて耐えられないと言って、首
の牽引を中止にしてもらった。首のブロック注射を受けたあと直ぐに首に衝撃を与えても大丈
夫なのかと尋ねた、K医師は、別に問題ない、Sさんが心配なら中止にする。と答えていた。

4.私は、首のブロック注射を受けたあと、リハビリを受けるか、そのまま歯医者に行っていまし
た。歯医者に行くときは先生に許可を得て言っていました。また、ブロック注射を受けた直後に
歯医者などに行っても危険ではないかと尋ねた。K医師は危険なことはないから大丈夫だから
行きなさいと答えてくれた。         
       
5.私はK先生がすぐに大学病院に来てくれたこと、また、責任を取って治療費やそのほか保障
をしてくれると言ってくれた事を信じていた。私にとって、K先生が主治医だと思っていたので、
退院後は先生の所でリハビリするものと思っていた。しかし、K先生の言ったことは、すべて嘘
であった。また、私がKR病院に行くのが遅かったら間違いなく死んでいたか、手足が動かず寝
たきりになっていた。私が入院して分かったことは、土日は先生が休みで居ない、また看護婦
さんも人数が少ない。たまたま運が良かった(三つの病院のリレーが上手く行っただけ)だけの
こと。一番許せない事は、K先生がミスを犯した、患者を手術し救ったM先生に対し感謝する事
があっても、専門は股関節だから頚椎の事は解からないのではないかと言ったこと。M先生に
「先生の専門は股関節なのですか」と尋ねたら。「Sさん、なぜ私がSさんの手術を行ったか、ま
たなぜ呼び出されたか、それは私が整形外科の頚部のチーフをしているから呼ばれたのです
よ。また一度も股関節の手術をした事がないです。」と答えられました。

6.県の医師会がK医師に圧力を掛けたとしたらこれは非常に問題である。

一、 K医師が(平成12年6月24日土曜日)ミスを認め自分の名前が残っても良いとまで言っ
ていた。

二、 平成12年7月1日 土曜日 病室で、入院患者他2名が居る前で、治療費、その他、お
金の事は心配しないで良い。保障する。と言っていた。

三、 平成12年7月19日 水曜日 入院治療費の件でK医師に電話。立て替えた分は、必ず
お支払いするから大丈夫だから。と言っていた。

     四、 平成12年7月25日 火曜日 K医師より電話で、医師会より医療費の立て替す
るな、Sさんと接触するな、見舞金をするな、などの行動規制をされた。と言っていた。      
                               
                
 警察に相談したが、Z署では、今までとり扱ったことが無いので分からないが、告訴してくれれ
ば調べると言われたが、弁護士と相談したところ、民事一本で行こうと言われたのでそのよう
にしました。

 私はある整形外科の先生から弁護士を紹介していただきました。去年の1月にお願いをしま
した。相手側の弁護士の引き伸ばしに合い、一年経ちましたが裁判の審理にも入っていませ
ん。今後のことが不安に思えて仕方ありません。

 私は現在四被痺の障害2級です。家の中のことは自分で出来ます。長い坂道を歩くことは出
来ません。外を歩くときは両松葉で歩いています。普通の車に乗ることが出来るので車で動い
ています。警察や病院の先生はなるべく運転は控えて欲しいと言われますが、階段や坂道を
歩くことがまだ無理なので、どうしても車に頼ります。

 私は、K先生の治療に関する説明で、リスクについての説明は無く、何度も安全で最新の治
療方法だと言われていました。整形の手術は危険で完全に直ることが無い、とくに私の場合は
手術では無理だと言われました。しかし、7ヵ月後には、腰椎椎間板ヘルニアではないと言わ
れました。最初の診断はなんだったのか疑問に思います。さらに、頚椎の硬膜外ブロック注射
をするときの説明では、腰より簡単で安全と言われ、危険ではないから心配いらないと言われ
ていました。後で他の整形外科の先生から聞かされましたが、頚部のブロック注射がもっとも
危険で難しいと言われた。普通はやりたがらない先生のほうが多いと言われた。頚部には全
ての神経が集中しているのでもっとも危険な場所だと言われました。

 また午後7時以降には連絡を取ることが出来ません。一度、頚椎硬膜外ブロック注射を受け
た後、右手が動かなくなったときに連絡をしたが取れなかったので、連絡を取れるようにしてほ
しいとお願いしました。先生は連絡が取れるようにします。と言っていたが、結局事故が起きた
日に連絡は取れませんでした。

 私が入院しているときに病室に来て、全てを認め、全ての支払いをすると約束したのに、そ
れが見舞いの言葉だったと後から言われるのはおかしいと思います。

 県の医師会から、私に接触するなと言われ、また見舞金など絶対に渡すなといわれたといっ
ていました。結局保険で支払おうとした結果、このようになったのだと思いますが、あまりにもK
先生の誠意のなさが浮き彫りになったのではないかと思います。

 私の手術を執刀してくれた大学病院の先生は頚部のチーフの先生ですが、K先生は股関節
の専門の医師が手術の執刀医だと言い、首のことは、なにも分からないと言われました。

 私のように、小さな病院で起こった医療ミスでは話題性がないと思います。私は色々な保険
に入っていましたが、第三者による行為で起きた事故と言う扱いで保険は降りませんでした。
障害が残っても保険からは、なにも保障されませんでした。何のために高い保険料を払ってき
たのか疑問に思います。私の場合、相手側が保証してくれなければ、自力で稼いで生活しなけ
ればなりません。今の状態では、仕事をするのは難しいですが、出来ることからやっていこうと
思っています。

 体の痺れと痛みは一生治らないので、先生に慣れるようにしなさいと言われています。仕事
が出来るか色々試しているときにかなりの痛みがありますが、人にはわからない様に心がけて
います。愚痴は、リハビリの先生に聞いてもらっています。

 私のEメールアドレスは、suusan58@hotmail.com です


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