東北旅日記



2000年8月下旬、ふと思い立って東北旅行にでかけることにした。
もちろん、青春18切符を使った電車旅行である。
その旅行記を、今更ながら綴ることとした。


<1日目>


  朝、目が覚めると6時30分であった。当時大学4年生の僕は、6時30分に目が覚めたことなど滅多になかった。なぜこの日だけ朝早く目覚めたのだろうか。
  ちょうどこの時期、友人らは帰省や旅行で東京におらず、家にいても暇だった僕は、早朝に目が覚めたのを契機に「東北にでも旅に出よう」と考えた。今思えば、ただ早起きしたというだけで、なんの契機にもなりえないようなことだったんだけど。
  で、早速一人旅の準備をし、京浜東北線に飛び乗って北へ向かった。

  大宮に到着したところで、書店に立ち寄り、東北地方のガイドブックを購入。とにかく仙台まで行ってしまおうと決め、宇都宮線に乗り込んだ。
  宇都宮線に乗っているうちに、お腹がすいてきた。そこで、「せっかく宇都宮まで来てるんだから餃子を食わねば!」ということで、宇都宮で列車を降りて餃子を食べに行った。あの有名なミンミンは長蛇の列だったので、近くの適当な餃子屋で食べた。おいしかったけど、まあ餃子以外の何物でもない。
  その後はひたすら北上。黒磯で乗り換えがあり、列車を待っている時に、とある女の子と知り合う。自宅のある東京から祖父母のいる仙台に向かっている途中だったらしい。それが偶然にも僕の大学を受験しようとしている浪人生だった。行き先も同じことだし、一緒に行こうということになった。
  しゃべりながら郡山、福島と来て、20時頃にようやく仙台に到着した。そこで女の子と別れ、仙台駅周辺で簡単な夕食を済ませた。

  問題は宿泊場所である。貧乏旅行なので、最初は漫画喫茶かカラオケ屋で寝ようと思ってたんだけど、それが誤算。東京と違って仙台の漫画喫茶は0時には閉店するらしい。カラオケ屋は、翌朝まで開いている店があったんだけど、運悪く金曜日だったために異常に高くて、宿に泊まるのと同じくらいだった。
  そこで仙台駅前で野宿しようと決意したんだけど、暇だったので同じような格好してる奴に声を掛けてみたら、名前はSで、早稲田の学生で千葉県に住んでるとのこと。で、青春18切符のほかは200円しかなく、翌日に帰るらしい。
  2人でしゃべってると、23時45分頃、変なおっちゃんが近づいてきた。「今何時?」って。で、そのおっちゃんも含めてしゃべってると、おっちゃんはS君が200円しか持ってないことが気に入ったらしく(?)、おごってやるからついて来いとのこと。結局僕とS君はおっちゃんに連れられて白木屋に行き、腹いっぱいおごってもらった。
  さらに、おっちゃんは「泊まるとこも何とかしたる」と言い出し、僕とS君はサウナに連れて行ってもらった。そこで風呂に入った後、またビールを飲んで、3人で雑魚寝した。家を出る時にはまさかこんな所で寝ることになるとは予想もしてなかったけど…。


<2日目>


  目が覚めると、おっちゃんが消えていた。どうしたのだろう。一言くらいあってもいいのに…。
  と思っていると、いきなりおっちゃんが現れた。「車持ってきたぞ。松島行かんか?」って。僕は松島は絶対行きたかったから、二つ返事でOK。S君も一緒におっちゃんのポンコツ車に乗り込み、松島まで行った。
  おっちゃんは松島でも気前良かった。観光船の2階に乗せてくれたし、さざえやつぶ貝の串焼きをおごってくれたり、さらには市場でホヤを食べさせてくれたり、高級寿司をおごってくれたり。
  その後、青葉城跡と東北大学構内を案内してもらったんだけど、さらにおっちゃんがまた一言。「お前ら大学生ってのはまだまだ社会経験が足りん。ストリップに連れてってやる」と。僕もS君も、「いや…。そこまでは…。」と言いつつ、結局ついて行ってしまった。男の性であろう。さびれた小屋の中で外国人ストリッパーが踊ったりするストリップ劇場だった。あんまり面白くはなかったけど、いい社会経験になったということにしておこう。なお、そこの入場料もおっちゃんが払ってくれたことは言うまでもない。
  結局、16時00分くらいに仙台駅でおっちゃんとS君とは別れた。別れ際、おっちゃんはS君に新幹線代を渡そうとしていたが、さすがにS君も断っていた。それにしてもおっちゃんには相当おごってもらった。多分僕らのために4万円くらい使ってたと思う。車を見た限り、あんまり金のなさそうなおっちゃんなのに。おっちゃん曰く、「俺が若い頃一人旅した時に、地元の人に親切にしてもらったことがあるから、今度は俺が若い旅人に親切にする番だ」ってことらしい。東京に戻ったら写真でも送ろうと思って住所と名前を聞いたら、「いらんいらん。名前はおっちゃんで覚えといてくれよ」と言う。おっちゃんは格好良く去っていった。

  2人と別れた後、僕は北上した。それにしてもほんとに何もないところが続いてて、どこで寝ようか迷った。結局、盛岡に行けば何かあるだろうと思って、覚悟を決めて盛岡に向かった。
  一関で列車に乗り、そこでかわいい女の子と知り合った。岩手大学の獣医学科在学中で、帰省先の東京の実家から戻るところだったらしく、盛岡まで行くとのことだった。で、一緒に行くことにした。彼女に盛岡で良い寝場所がないか聞くと、健康ランド「マーズ」ってのがあるらしい。そこに泊まることに決めた。

  盛岡に着くと、駅前にたくさんカプセルホテルがある。時間も遅かったし、そこでもいいかなとは思ったが、せっかく教えてもらったんだから「マーズ」に行くことにした。女の子とは岩手大学の近くで別れたが、別れ際に彼女曰く、「ここをまっすぐ行けば、すぐマーズに着くから」とのこと。
  ところが、歩いても歩いても見当たらない。道は真っ暗で車も少なく、ちょっと恐かった。途中のガソリンスタンドでタクシーの運転手に聞くと、「え?マーズに行くの?あそこは結構遠いよ」と言う。マーズってのがあるのは確かだから、女の子にだまされたわけではないけど…。彼女にとっては近いとこって感覚だったようだ。で、今更タクシーに乗るのもしゃくだから、歩いてなんとか到着。6キロくらいは歩いたんじゃないか。
  マーズに行くのは大変だったけど、いい所だった。風呂はいろんな種類があって広いし、大部屋にたくさん簡易ベッドがあってゆったり寝ることができるし、一泊1500円だし。心地良く眠りについた。


<3日目>


  朝、目が覚めた。マーズは素晴らしい健康ランドだということを再認識した。9時半チェックアウトなのに、10時になっても寝ていられたのである。といっても、ずっと滞在するわけにもいかない。盛岡周辺に何があるのかもよく知らなかったんで、引き返して平泉に行くことにした。

  平泉では、とりあえず毛越寺内にあるユースホステルに宿をとった。そこで、宿の人と話してびっくり。なんと盛岡のマーズを知っているとのこと。平泉の人が盛岡の健康ランドを知ってるってのは尋常じゃない。マーズは偉大なり。もはや何も言うまい。
  それはともかく、毛越寺内を散策し、そばをすすり、その後自転車を借りて中尊寺に行った。今回は珍しく、他の旅行者に声を掛けず、一人でのんびりと見て回った。それにしても中尊寺の金色堂はすごい。小さいものではあるけど、あんなにきれいに保存されてるってことに驚いた。もっとも、音声放送が流れてて、ずっと金色堂の説明を繰り返しているのには辟易としたけれども。

  さて、夜である。偶然にも僕が毛越寺に宿をとった日は、寺のすぐ横の公園で盆踊りがある日だった。で、ユースホステルに泊まってる人達と一緒に盆踊りに行った。その面々は多彩。自転車で東京から北海道まで行こうとしている大学生や、なんとなく一人でふらふらしてるおばさんや、自動車メーカーに勤務してるというおじさんや、なぜか片目に眼帯をしているじいさんや、やけにおせっかいなお姉さんなどなど。まあ、一人で旅しようって人の中には変わった人が多いのは当たり前か。
  盆踊りが始まって、とりあえず食事。ユースホステルで食事付きにしなかったんだけど、特に周りに食事できる店がなかったこともあって困ってたから、盆踊りがあってラッキー。腹ごしらえした後、みんなで記念写真を撮ったりした。と、その時、盆踊りの運営者に声を掛けられた。旅行者に対して手厚くもてなす場所らしく、旅行者だというだけでお土産をくれるというのだ。小さい皿のようなものをもらった。

  とまあ、こうして夜は更けていったのであった。


<4日目>


  朝が来た。そろそろ東京に戻ろうと思い、東京方面に向かう人をユースホステルで探すと、例の自動車メーカー社員というおじさんが千葉に帰るという。というわけで、一緒に電車に乗り込んだ。
  おじさんに昼飯(駅弁)をおごってもらったり、自動車会社の実情等をいろいろと教えてもらいつつ、東京へと向かった。そのおじさんは、一人旅や山登りが好きらしく、夏にはよく旅に出るらしい。そういう人生もまた豊かな人生だなあと思った。
  この日はただ帰るだけで終わり、特に何も面白いことはなかった。おじさんとはとりあえず郡山で別れ、僕は地酒なんかを買って、そこからは一人で寂しく帰った。

  そして夜10時頃であろうか。無事に自宅にたどり着いたのであった。そして再び、いつもの日常が始まった。



このホームページのホストは GeoCitiesです無料ホームページをどうぞ