色々な引用


第一天国に入れる基準を功数で表せば、最低でも一億五000万功の徳(功候)が必要となる。
ついでにいうなら第二天国は、最低でも一五0万功の徳、第三天国は最低一五万功の徳がなければ入れない。
一功とは、寝たきり老人を三日徹夜で看病し、衣服や食べ物、飲み物を与えた行為に匹敵する。

ある一定の基準以下になると、地獄行きとなるわけである。
その基準を劫数で表せば、約一万五000劫以上であり、一億五000万劫以上になると、最下段の地獄界へ行くことになるのである。
劫とは徳の逆であり、業と書くこともある。
また一劫は、罪なき人一人に冷水を浴びせて罵倒し、五、六回殴打したあげく、二、三回足蹴にする一回分の罪に匹敵する。
このようにご説明すると、「俺は、それほどひどいことをした覚えがない。俺の劫数は少ないだろう」と思われる方があろうが、永続的に、しかも大勢の人間を心的・体的・物質的に苦しめた場合は、劫数が飛躍的に加算されるのである。

生前、悪行を重ねると死後、地獄に落ちる。
この場合、その所業によって八00年間とか無期懲役とかが命じられるのだが、その間は先にあげた”血の池地獄”や”焦熱地獄””八寒地獄”などで、よくもまあこれだけ考えたものだと思えるような、さまざまな責めを受けることになる。
ここで味わう痛みや苦しみは、現実界のそれとまったく同じである。
しかも肉体のない霊界では神経と感性がむき出しにされているため、痛みや苦しみは現実界の十数倍として感じられる。
この想像を絶する痛みと苦しみが、何度も何度もくり返されながら、三00年、八00年、あるいは永遠に続くのである。
これ以上辛いことはない。

地獄「嫉妬羨望の環道」
ダンテ作「神曲」の煉獄の第2の環道で、他人の不幸を自分の幸福以上に喜んだり、他人の幸福に腹を立てるなどといった嫉妬羨望の罪を清める場所。
嫉妬心は他人を見ることから起こるので、ここにいる亡霊たちはみな両目の瞼を針金で縫い合わせており、みすぼらしい懺悔服を着て、荒れた岩だらけの環 道の脇に乞食のような格好で座っている。

生前に不正や悪事を働いた者たちは、その数や程度によって地下の世界で罰を受けたのである。
しかも、刑罰はひとつについて10度繰り返され、苦痛を含めすべてについて10倍分の償いが求められるのだが、死者の世界では人間の一生を100年と計算するので、魂たちは合計1000年間もその世界にとどまらなければならないのである。
正しいことを行った者も同様で、彼らは天上の世界で、それに応じた報いを受けるのである。

地下の世界から戻ってくる者たちにはもっと恐ろしい試験もあった。
あまりにひどい悪事を行った者、それはほとんどが独裁僭主だったが、これらの者たちは1000年間の罰を受けた後、さらにタルタロスに投げこまれ、そこで永遠の苦しみを受けなければならない。