チョットfrench  
Takako


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b Métro, boulot, dodo.
(メトロ ブロー ドードー)
(地下鉄、仕事、寝る)
 パリの人たちが出来ればやりたくないと思っている、単調な毎日を表しているフレーズ。métro(地下鉄)、boulot(仕事)、dodo(寝ること)。
 仕事というと、travailを思う仏語学習者が多いと思うが、boulotは日常的に使われている単語である。
 J'ai plus de boulot. (もう仕事がない)
動詞はboulotterで、travaillerと同じように使える。bosserもtravailler、boulotterと同じように「働く」という意味の動詞。但しこれの名詞形はない。
 Tu bosse trop. (君は働き過ぎだよ)
 Vous bossez demain? (明日仕事に行きますか)

 フランス語にはこのように、スラングという程汚くない日常語の語彙が豊富で、このことが、結構長くフランス語を習っていても、なかなか映画を字幕なしで理解できない原因のひとつになっていると思われる。フランス映画を見ていても、travailよりもむしろboulotを多く耳にするような気がする。
(2005.8)
c Je suis dans le cirage
(ジュ スュイ ダン ル シィラージュ)
(全くわからない)
全くわからないという意味。(=Je ne comprends rien.)
直訳すると、「私は靴墨(cirage)の中にいる」。今は、いろんな色の靴用ワックスがあるが、黒の靴墨しかなかった頃の名残か・・・?
Je suis dans le noir.も「全くわからない」という意味の表現である。(noir黒)
Il fait un froid de canard. (ひどい寒さだ)
(イルフェ アン フォアドゥ キァナール)

(2006.1)
今まで雪国の人間は、慣れない雪に四苦八苦する東京の人達の映像を、「何を大騒ぎしているんだ!」と、少しあきれたおももちで見ていたものだが、今年の雪は少し勝手が違うようだ。秋田市内ですら道路の除雪が追いつかず、大渋滞の日々。わだちにタイヤがはまり立ち往生するのは特に珍しいことではなく、追突事故も例年より多いようだ。ここ数年暖冬続きだったこともあり、寒さが身にしみる。

寒さの厳しいことを、Il fait un froid de canard. という。
un froid de canard は、直訳すると「鴨の寒さ」。個人的には、寒いのは大嫌いだが、foie gras フォアグラ(鴨のレバーペースト)には目がない。
また、雨や雪が降ってひどい天気を
Il fait un temps à ne pas mettre un chien dehor.
ne pas mettre un chien dehor、犬を外に出さない天気・・・ ウーン、確かにかなりひどそうな天気だ。
犬と言えば、英語でIt's rainy cats and dogs.という「土砂降り」を表すフレーズがある。
「土砂降り」はフランス語で、Il pleut des cordes.
cordeはロープのこと。
Il est comme la mule du pape.
(彼は法王のラバのようだ。)
 ローマ法王(pape)、ヨハネパウロ二世の葬儀(les obsèques)に世界各地から集まった信者は400万人とも言われる。「史上最大の葬儀」、コンクラーベ、新法王ベネディクト16世就任ミサ・・・等、キリスト教にあまり関わりのない多くの日本人にとっても興味深かった。
 さて、このpapeが含まれる表現をふたつ紹介する。
Il est comme la mule du pape. (彼は法王のラバのようだ。)
 フランスでは、執念深い人のことが話題になると、
Mefiez-vous, il est comme la mule du pape. (気をつけなさい。彼は「法王のラバ」のように執念深いよ。)
などと言うそうである。
法王のラバと執念深さ、一見結びつかない組み合わせだが、この表現は、アルフォンス・ドーデAlfonse Daudet の短編集Les lettres de mon moulin「風車小屋便り」の中の「法王のラバ」La mule de papeに由来する。物語の舞台は南フランスのアヴィニオン、法王庁(palais du pape)がアヴィニオンにあった14世紀の頃。法王のラバが、ずるがしこいいたずら好きの飼育係の男の子にされた酷い仕打ちを忘れずに、その恨みを七年後にはらすという話である。
 もうひとつは、Pas le pape.
会話の中で話題に上っている人が、その場で当然間違えるはずがないときに次のように使う。
"Qui?" (誰のこと?)
"Etienne, bien sûr, pas le Pape." (エティエンヌだよ。当然ローマ法王ではないよ。
Ils se ressemblent
comme deux gouttes d'eau.
(イルス ルサンブル コム ドゥグッツドォ)
(彼らは瓜二つだ。)
 授業で習ったフランス語の表現を、なかなかタイミングよく使えなくて、歯がゆい思いをすることがある。逆に映画などを見ていて、覚えたてのフレーズが聞こえてくると、妙に嬉しかったりする。
 今回は、最近見た映画「ブッシュ・ド・ノエル」(1999)から聞こえてきたフレーズをひとつ紹介する。
Ils se ressemblent comme deux gouttes d'eau.(彼らは瓜二つだ。)
「瓜二つ」と書いたが、comme deux gouttes d'eauは、二つの水滴のようにという意味である。瓜と水滴の違いはあるが、このフレーズに出会った時、「なるほど!」と納得したものだ。
 世の中には結構似ている人がいるもので、それを題材にしたドラマなども多い。道で人違いをしてしまった時は、Excusez-moi, je vous avez pris pour quelq'un d'autre.(すみません、他の人と間違えてしまいました。)が使える。
 ところで、ブッシュ・ド・ノエル(buche de Noel)だが、これは薪(buche)の形に似せたフランスのクリスマスケーキで、日本でも最近よく見かける。味にも色々バリエーションはあるらしいが、何と言ってもブッシュ・ド・ノエルはケーキの上のデコレーションが命!だそうで、マッシュルーム(champignon)やもみの木(sapin)などのオブジェで、オリジナリティーあふれたものを作るという
Je n'irai pas par 4 chemins.
ジュニレパ パー カトル シュメン
(率直に言います。)
直訳すると「4つの道で行きません。」が転じて「はっきり言います」の意になる。
率直なものの言い方をする人のことを、
Il n'y va pas par 4 chemins.
(Il parle très directement. )
回りくどい言い方をしない"tourner autour du pot"という言い方もあり、
Il ne tourne pas autour du pot.
のように使う。

*(英語ではbeat about the bush)
Let's not beat around the bush
with this.
この件について遠回しな言い方はやめましょう。
f Elle a fait semblant d'être morte.
(エラ フェ サンブラン デトゥル モルツ)
(彼女は死んだふりをした)
最近、人家での熊(ours)の出没のニュースがよく聞かれる。一頃、もし運悪く熊に出会ってしまったら、死んだふりをすればいいと言われていた。この「死んだふりをする」をフランス語では、faire semblant d'être mortと言う。
Elle a fait semblant d'être morte. (彼女は死んだふりをした)
実際は、熊に出会った時死んだふりをしても効果はないらしい。缶などをたたき音を出して歩くと、熊が驚いて近寄って来ないという話も聞いた。ところが、これも違うらしい。最近の熊は音がすると、かえって寄ってくるという。山に来る人たちが持っている、弁当が目当てだそうな。
酸性雨、地球の温暖化など人間が作ってしまった原因のために動物たちの食料である木の実、芽が不足してきている。代わりの食べ物を求め山を下りてきた熊に、大騒ぎをして銃を向けている人間たち・・・。何とも身勝手な話である。
熊(ours)を使ったフランス語の表現に、vendre la peau de l'ours avant l'avoir tué(熊を殺す前に皮を売る)というのがあるが、いわゆる「取らぬ狸の皮算用」のことである。
g

h C'est hors de saison.
(セ オー ドゥ セゾン)

(時期はずれ)

今年ほど、台風に翻弄させられた年もない。台風の被害など今までほとんど無かったここ秋田市でも、塩害で枯れた木に若葉が出てきたり、季節はずれの桜の花をあちこちで見かけたりした。
「時期はずれ」をフランス語でhors de saisonという。ビニールハウス栽培で、季節はずれなはずのイチゴを当たり前のように食べるようになって久しい。
(Vous pouvez mangez des fraises hors de saison.)
hors de saisonには、「見当はずれ、無駄」という意味もある。
Votre inquietudes sont hors de saison.(あなたの心配は見当はずれだ。)

o Ce n'est pas nos oignons.
(スネパ ノ ゾニョン)
(私たちには関係がない)
2005.10
 さすが美食の国、フランス、食べものが出てくるフレーズの多いこと!
pomme りんご
 Il s'est tombé dans les pommes. (彼は気絶した。)
poire ナシ
 J'ai reçu un coup en pleine poire.(真っ正面で一撃食らった)
 数え上げればきりがないが、今回は「玉葱」"oignon"を使ったフレーズをひとつ。
 Ce n'est pas nos oignons. (私たちには関係がない)

 「私たちの玉葱ではない」がなぜ、この意味になるのか、その由来など興味は尽きないところ。フランス語にはこのような面白い表現が本当に山ほどあり、それが日常生活で飛び交っているので、フランス語学習者には厄介なところである。

 Ça ne nous regarde pas. も、「私たちには関係ない」の意。
このregarderは、フランス語を習い始めてすぐ、regarder la télévision(テレビを見る)等で使うおなじみの動詞なので、はじめてÇa ne vous regarde pas.(あなたには関係ない)を聞いたとき、全く意味がわからなかったことを記憶している。
p Pas de pot.
(パ ドゥ ポ)
(ついてない)
ここでpotは、幸運、チャンスの意味。J'ai du pot.(ついている)
オリンピックも始まり寝不足の日々が続いているが、勝敗には運の善し悪しもおおいに関わってくることを目の当たりにする。
potには他にも色々な意味があり、たとえば、瓶、壺。
水差しは
pot à eau、ジャムの入った瓶はpot de confitures。鍋で煮込んだ料理もpotで、ポ・ト・フはpot-au-feu
Je vais te offrir un pot.(一杯おごるよ。)
のようにも、使われている。

Tu as la pêche?
(テュア ラ ペシュ)
(元気?)

(1997.5)
pêcheは桃。
直訳すると、桃を持っていますか?
それがなぜか、「元気ですか?」の意味。
挨拶では他にÇa va?
Vous êtes en forme?
もよく使われる。
Ça prend
(サ プラン)
流行る
 2月14日はバレンタインデー(le jour de la Saint-Valentin)、フランスなど多くの国では、「愛のお祭り」として恋人たちがレストランで食事をしたり(dîner au restaurant)、お互いにプレゼントをし合う(l'homme et la femme se font un cadeau)。チョコレート(chocolats)だけでなく、花(fleurs)、アクセサリー(bijou宝石)、カード(carte)等を贈るようだ。

 日本では、製菓会社が販売促進のためはじめた、女性から男性へチョコレートを贈るという行事が、今ではすっかり定着している。そしてそのお返しとして、1ヶ月後の3月14日、クッキーなどを女性にプレゼントするホワイトデーもはやってきた。(ça prend
 英語のtakeにあたるこのprendreという動詞は、様々なシーンで使えとても便利である。今回は、「流行する」という意味の例文を二つ紹介する。

Les coutumes européennes prennent bien au Japon.
(ヨーロッパの風習は日本でよく流行る)
La chanson a pris, il y a dix ans.
(その歌は十年前に流行った)
r C'est à mes risques et périls
セタ メ リスク エ ペリル
ひところ、「自己責任で・・・」ということが話題に上ったことがあった。これをフランス語で、C'est à mes risques et périls.という。
たとえば周りの人から止められたにもかかわらず、Je vais acheter les actions à mes risques et perils.(私は自分の責任でその株を買う。)というように使える。
誰かが、何か無茶なことをしでかしそうな時には、C'est à vos risques et périls.(それはすべてあなたの責任においてですよ。)と、たしなめることも出来る。
ただ実際、「自己責任」と言いつつ、周りに全く迷惑をかけずに出来ることがいかに少ないかは、誰もが日々感じるところだと思う。

ところで、よく職場で耳にする、「誰に責任があるのか」は、A qui la faute?となる。そして、できれば、Ce n'est pas ma faute.(私のせいではない。)などと責任逃れをする事態には出くわしたくないものである
s Ils sont tous sains et saufs.
〔イル ソン ツゥース セン エ ソフ〕
(彼らは全員
無事だ
イラク情勢はますます混沌として来ているが、人質となっていた日本人全員が無事解放され、ほっと一息・・・。今回は、タイムリーな表現を紹介。sainは健康な、saufは無事なという意味の形容詞。être sain et saufは、無事だという意味の決まり文句である。

Nous sommes arrives sains et saufs.(私たちは無事到着した)
t Je suis tombé en carafe.
(
ジュスュイ  トンベ  アン カラフ)
(私は立ち往生させられた)
たとえば、砂漠でタイヤがパンクしてしまったり、あるいはやっとの思いで駆けつけた駅で、終電が出発してしまっていたり・・・して、途方に暮れているときなどの一言。
(ちなみにcarafeは、水差し)
パソコンを使っていてトラブルが発生し、サポートセンターへはなかなか電話がつながらない、ということは多くの人が経験していると思うが、
Mysterieusement l'ordinateur tombé en carafe le soir.
(不思議に、パソコンには夜立ち往生させられる。)
というのが私の実感である。
J'ai bu a tire-larigot.
(ジェブュ アティールラリゴ)
(私はたくさん飲んだ)

 年末年始、忘年会や新年会が続き、食べ過ぎ飲み過ぎで体調を崩しいる人も多いかもしれない。「たくさん、たっぷり」を、a tire-larigotという。
J'ai mange a tire-larigot.(私はたくさん食べた)
たくさん勉強をした時にも、
J'ai travaille a tire-larigot. の様に使える。

 食べ過ぎ飲み過ぎでムカムカするを、フランス語ではJ'ai mal au coeur.という。coeurは心臓で、直訳すると心臓が痛いとなるが、その意味はない。心臓が痛いと言いたければ、Mon coeur me fait mal.

 ちなみに、「たらふく食べる」というが、これは鱈腹(魚のタラのお腹が大きいことから)から来ている。これからタラのおいしい季節、鍋にして暖まろうか、シンプルに焼いてレモンを一絞り、タラコを豆腐と一緒に醤油味で炒るのも良いかな・・・。食いしん坊の私は、そんなことに思いをめぐらすのであった
  Une tombe...
(ユヌ トンブ)
(私のことを信用しなさい)
 
 tombeは、「墓」のこと。
Je suis comme une tombe.
で、口が堅いの意味。
私のことを信用しなさい、といったニュアンス。

先週から、「コーラス」、「バティニョールおじさん」のジェラール・ジュニョ(GERARD JUGNOT)のでている、"Meilleur espoir Feminin"を教材にしている。
小さな町で美容院を経営するYvon(GERARD JUGNOT)の一人娘、Letitiaは、父親には内緒で映画のオーディションを受け、主役の座を射止める。ところがYvonを除く近所の人達は皆この事実を知っていて・・・。
そんな状況でのひとこま。

'tombe'の出で来るフレーズに、S'il pouvait voir cela, il se retournerait dans sa tombe.(彼がそれを見たら墓の中で無念のあまり身もだえするだろう。)
というのがある。
初めてこのフレーズを目にしたとき、国は違えども、このような感情を言い表す表現は似てくるものだな、と不思議な感覚に襲われたのを思い出す。
(07.09)






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