モリちょんのコラム
このコーナーでは、モリちょんのちょっといい話、心温まる話、ちょっと納得の話などを載せます。
でもよく考えたら、うちにそんなことできるのかな?
ゆれる想い
ゆれる想い 体じゅう感じて
このまま歩きつづけたい In My Dream
とZARDは歌ってましたね。
(若干の歌詞の間違いはご了承ください)
でもね
揺れてたら歩けないんだよ。
実際は。
そんな状況の中に自分はいます。
いろんなことに翻弄されて、
自分の思考が停滞しています。
自分は何かあったら
友人・知人に相談しまくるヒト。
それを知ってる人は、
「相談して」とやさしい言葉をかけてくれる。
だけど
一人で考えないといけないことだってあるんです。
たとえ親や、恋人であっても
人に話せないことだってあるんです。
人に話しても
すぐに解決できないことだってあるんです。
いつかは話さないといけない。
いつかは決断しないといけない。
いつかは……。
でも
まだ時間がかかりそう。
ああ今日も
激しい思考の波の中で
まだ動けない。
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笑顔
人はよく
あらゆる場面で笑います。
うれしいことがあったとき。
テレビを見てて面白いことがあったとき。
そのほかにも
自分が気づいていないところで
数えきれないくらい
笑っています。
自分が笑ったときの顔
つまり自分の笑顔は
どんなにがんばっても
当たり前だけど
直接自分で見ることはできない。
でもいつも笑顔でいられたら
なんだか気持ちも晴れ晴れしますね。
逆に
その笑顔を見た他人が
その笑顔から
生きる力を得ることがある。
何かつらいことがあったとき
いろんな慰めの言葉を
重ねられるよりも
最大限の笑顔と一緒に
「がんばろう」と
一言声をかけてくれるだけで
うまくやっていけそうな気がする。
明日から
いつも顔と心に
笑顔を1つ持って
暮らしていこう。
そうすることで
救われる人間もいるし
さらに自分もがんばっていける。
笑顔のパワーは
思ったよりもすごいぞ!
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幸福の場所
「こうふくのばしょ」じゃなくて
「しあわせのありか」と読んでください。
このタイトルに
はっとした人もいるでしょう。
これは私の敬愛する
谷村有美さんのアルバムの
タイトルとなっている言葉です。
みんな
ふしあわせよりは
しあわせな方がよいと思って
毎日過ごしてるんだけど
そのしあわせってやつがどこにあるのか
誰にも分からない。
人それぞれ
どんなことにしあわせを感じるか
ちがうので
しあわせのありかも
人それぞれちがうのです。
でもしあわせって何だろう?
ちょっと考えてみた。
で、気がついた。
たぶん
自分の好きなものと一緒に過ごすことが
しあわせなことなのかもしれない、と。
好きなものを食べる
好きなことをする
好きな人と一緒にすごす
などなど。
しあわせなときって
いつも自分の好きなものが
いちばん近くにいたような気がする。
明日から
好きなものを
もっともっと
増やしていこう。
そうしたら
人って
どんどんしあわせに
なっていけるんじゃないかなあ?
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天気予報の恋人
毎週月曜日夜9時といえば「天気予報の恋人」。
これ、私も含め、稲森ファンには定説ですね。
別にドラマの批評をするコーナーではないので、
内容には触れないことにしますが、
今日のお話を見て思ったこと。
何事にも
「タイミング」
って重要ですね。
たとえば通勤するのに、
家を出るのが5分遅くなっただけで
大渋滞に巻き込まれたとか、
好きな人がやっとこさできたのに、
それとほぼ前後するように
その人に好きな人ができて付き合いだしたとか。
何かにつけ
タイミングはとても重要な要素だと、
今日改めて思いました。
何か大きな仕事を完成させる
好きな人を自分の恋人にする
などなど。
あらゆる努力をして
自分の思い描いた予想図を実現させる。
これって人生最大の難問なのかもしんないけど、
やっぱりそれはある程度
タイミングに支配されてるんじゃないかな
日常の中の1秒1秒が
メイクドラマのヒントと思って、
また明日から
お仕事、そしてプライベートに
がんばっていこうと思う
モリちょんなのでした。
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こわいもの まもるもの
ある日のコイン洗車場での出来事。
その日はとても天気が良くて、絶好の洗車日和。
自分もせっせと洗車していました。
とそこへ、お母さん(推定23〜5歳)と
男の子(推定3〜4歳)がやってきました。
お母さんは一人で車を洗い、
男の子はそこらじゅうを走り回って遊んでいました。
やがてお母さんは車をほぼ洗い終わり、
あとは仕上げにかかろうかというところで、
水のかからない日当たりの良い場所へ車を移動しました。
すると、今まではしゃぎまわってた男の子は
お母さんが車を移動するのを見たとたん、
急にワンワン泣き出してしまいました。
きっと男の子は置いていかれると思ってこわくなったのでしょう。
お母さんは車の移動を終えるとあわてて車から降り、
「大丈夫、置いていかないから」
とようやく男の子が泣くのを止めました。
それからというもの、男の子は「もう置いていかれまい」
と思ったかどうかは分かりませんが、
車の中で持ってきていたおもちゃで帰るまで遊んでいました。
その光景を一部始終見て思ったこと。
人間って、一番信用している人から一人にされたら
こわくなるんだろうなと。
男の子が小さかったということもあるかもしれないけど、
その光景はなんだか印象的でした。
男の子をなだめるお母さんの姿も、
「私にはこの子しかいない」(というのは言いすぎか)みたいな
男の子をまもろうとする気持ちが伝わってきて、
なんかよかったな。
まもるものがあるってのは、
毎日過ごしていくのに大切なことだとおもいます。
仕事とかでトラブっても、まもるものがあれば、
けっこうケロっとしていられるものです。
自分は特にそうかな?
こわいものはありますか? まもるものはありますか?
という歌の歌詞もあります。
自分は、その日に見た光景が、
この歌詞へのひとつの答えではないかと思います。
こわいもの、まもるもの
あなたにはありますか?