第一章 赴任

1997年5月14日に、とあるPROJECTでフィリピンに赴任。

1.フィリピンまでの飛行機の中で・・・

福岡交際空港からスーツケース、一つにスポーツバック、一つで、フィリピンに、私は旅だったのだ。私は、どこに行くにも余り荷物を持っていかない事にしている。移動するときに重たいからだ・・・。荷物は、搭乗カウンターで預けているから、手ぶらで飛行機の中に入っていった。すると仕事帰りのフィリピン人が半数ぐらい乗っていたと思うが、彼等、彼女らは、お土産を沢山持っ搭乗して来て、家に帰るのが嬉しくて子供達の旅行みたいに、ギャギャーはしゃいでいる。中には、写真を眺めながら、彼氏との別れを惜しんでいる人も・・・。彼女には申し訳ないけど彼女は、二度と写真の彼氏には、会うことは無いと思ってしまった。
 私は、指定された窓際の席に座るなりシートベルトを締め、時計の針を1時間ほど戻したのだ。そう私は、飛行機が大嫌いなのである。如何して、飛行機と言う鉄の塊が空に浮くのか不思議でたまらない、そして、未だに飛行機に乗る度にドキドキするのである。
 私が乗った飛行機とは、フィリピンエアーラインで、尾翼には、フィリピンの国旗を掲げている、あの飛行機だ。フィリピンのフィリピン・ニイノ・アキノ交際空港までは、福岡国際空港から3時間半しか掛からないのだ。時差は、1時間だけで、日本時間より1時間引いた時間。
 機内アナウンスと共に飛行機は滑走路へと向かって行き離陸体制へと・・・・。轟音と共にシートに体が押し付けられる。この瞬間が、私が1番嫌いなところなのである。無事に離陸し、シートベルト・ランプと禁煙ランプが消えた。直ぐに胸のポケットからタバコを取り出し、深深と煙を吸い込んだ。安堵感の一服だ。この時は、未だ全席禁煙では無かたのだ。シートベルトは、案の定、締めたままだ。笑われるかも知れないが、トイレに行く以外はシートベルトは、外したことが無い。
 ぼんやりと窓の外を眺めながら、これで、日本には、とーぶん帰る事が出来ないんだとタバコの煙を溜息と一緒に吐き出した。タバコを揉み消し、寝ようとしたが寝る事が出来なかった。いつもなら、直ぐに寝られるのだが、この時ばかりは、仕事に対しての緊張で神経が高ぶり寝られなかったのである。
 機内サービスのビールを飲みながら、自分自身と押し問答を開始したのだった。
 こんな感じで・・・ 
問い 「フィリピンで、生活できるのか?」
答え 「同にかなるさ〜」
問い 「英語が出来ないのに仕事が出来るのか?」
答え 「身振り手振りで、何とか成るさ・・・」
問い 「本当に?」
答え 「だぶん???」
問い 「嫌だったら、日本に帰えちゃえよ!」
答え 「笑い者になるから、帰れないよ。」
簡単な押し問答をしている間に、少し、寝てしまったようだ。夢の中でも押し問答をしていた気がするけど・・・。アナウンスの着陸の知らせで、目を覚ますと窓の下には、小さな街の明かりがキラキラト輝いていた。私は、早速、チケットとパスポートと入国カード・税金申告書を手にした。入国カードと税金申告書は、会社からチケットと一緒に送られてきているから書かなくて済んだ。
 街明かりを眺めながら、急に私は不安に包まれた。迎えには来ているんだろうか?迎えがいなかったら、どうしようか?そんな事を、考えているうちに飛行機の車体が、タイヤの軋む音と共に左右に揺れ、轟音を立て滑走路の上でスピードを落としていった。ここで、いつも思うのだが、出入り口の扉が開く前に皆席を立って通路に並ぶのだろうか?そんなに急いでも、入国手続きと荷物の受け取りで時間が掛かるのに、重たい手荷物を持って立って待つ必要があるのか?アナウンスでも席を立つなって言っているのに・・・。

 不安と期待を胸に抱いて私は、飛行機を後にしたのだった・・・・


 

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