第一章 赴任

5.赴任初日

 寝不足の気だるい体を起こし、大急ぎで、シャワーを浴び、ロビーに行って田中さんを待つ事に・・・。でも、田中さんは、7時45分に成っても現れないではないか。。。赴任日から遅刻だ〜〜〜。受付で、身振り手振りで何とか田中さんの部屋に電話をすると、彼は、未だ寝ていたのだ。
 ここで、或る緊張が抜けてしまい。田中さんを待つ間に、ロビーの横のレストランで朝食を取る事にしたが、メニューは読めないし、英語は喋れんし、コヒーだけを注文しようと考えていた時に、私の席の近くのアメリカ人の食べているのを見て、それを、指で示してしまったのだ。アメリカ人は、変な顔をしながら此方を見たが、また、直ぐに食べ始めた。と言う訳で、どうにか注文する事が出来た。写真入りのメニューだといいのに・・・。日本の喫茶店で言うモーニング見たいな奴・・。コヒーとサラダとゆで卵とパンです。食パンが美味しくない・・・。食べている途中で、田中さんがレストランに現れた。
「おはよう、ちゃんと起きたな。」
当たり前じゃん。こちは、仕事で来ているんだからと思いながら、挨拶をし返した。田中さんも、優著に朝食を頼んだ。私は、コヒーでも飲んだら、直ぐに出社するのかと思っていたら・・・。これからが、また問題が発生した。山羽さんから車を回して貰うように成っているが、山羽さんも寝坊をしたらしく、未だ車が来ていない事を田中さんから知らされたのであった。あぁ〜、私の出社1日目が〜と・・・。とうとう、出社した時刻が9時半を過ぎていたではないか。遅刻したのは、私のせいでは無いにしろ、私は、時間に遅れることが嫌いな方である。でも、フィリピンに長く住んでいると時間が余り気にならなくなる。ここでは、日本みたいに、時間どうりに事が運ばないのであるから。
 マカティーの中心地に在る、高層ビルの7階に事務所があり、1階には、オーストラリア大使館が有った。従業員は、フィリピン人が40人前後ここで働いていた。私の、部署には4人のフィリピン人に山羽さんと田中さんと私を合わせて、計7人に成りました。使用されていない机を私に宛がわれ、席に着き、何とも言えない初めて経験する空間の中に閉じ込められて居る時に、親方の本田さんが現れたのだ。
「どうだ!川崎!取り合ず、挨拶に行くか!」
 本田さんに連れられ、その他の日本人に紹介された。社長を含め5人に挨拶回りに事務所の中を回った。挨拶をして回った感想は、「そう、来たの・・・」って感じでした。益々、不安が・・・。
 この後、本田さんと雇用契約を結ぶことに。始めに聞いていた現地給料が違うではないか、言われていた額と1日10ドルも違うではないか、それに、私は、ミンダナオ勤務なのでミンダナオの現地給は、これより、さらに10ドル安かった。普通は、出張の出張だから金額がUPするのでは?それにミンダナオ島は、民族戦争が盛んなとこであり、危険手当か何か支給されても良い筈だと思っていたのに・・・。これだけに止まらず、日本の給料の土日の残業代が、なんと5000円足らずなのである。残業代・ボーナスも契約満料金も無い、一瞬日本に帰ろうかと思ってしまった。最初に、私が条件等を詳しく聞くことを怠ったからだと自分に言い聞かせ渋々、サインをした。日本に帰って笑い者になるより良いと思い。
 でも、納得が行かないままのスタートを切ってしまったのだ。後から、聞いた話だが何人かは、このような条件の違いで、日本にとんぼ返りをした者も居るらしい事を・・・。契約を済ますと、本田さんは、自分の事務所の方に、早々に帰っていってしまった。心の中で、この野郎っと思いながら、一人で、ブツブツ言っていた時に、フィリピン人が何か紙を持って来て、私の名前の上にサインをしてくれって、私は、直ぐにサインをしたが、後で、これが、現地法人の雇用契約書だったことを知ったのだ。当然、英語が出来ないので、何が書いてあるか知る余地なしである。何ともお粗末な話である。
午後から、鉄塔を発注しているところに、田中さんと工場検査に行った。車で1時間半位の所にある会社に・・・。当然の事に、行き帰りの二人共に車の中で熟睡。工場検査に行っても、鉄塔を横に寝して仮組みがしてあり、そこで、まだ、切ったり貼ったりしているではないか、こんなので、キチンとした鉄塔が建てられるのだろうかと思いながら、そこを後にしたのだった。

 私の初出勤は、寝不足の上に遅刻。
 騙された契約に終わったのであった。

 これから、前途多難な生活が待っていようとは・・・・

 第一章を読み終えた人は感想を・・・お疲れ様でした。