自己紹介
1928年(昭和3年)1月15日に山口県の下松市と言う瀬戸内の温 暖な工業都市に生まれました。桜で有名な小高い丘の下にある小 学校には今は見られない『二宮尊徳』の薪を担いだ銅像があった …『勤勉・親孝行・兄弟仲良く』を教えられたものであった。
時代は満州事変後,満州に入植が奨励され、シナ事変はどんど んエスカレーターして、配属将校に引率されて14・15・16才ごろ は、軍事訓練で規律正しい、雰囲気の中にいた。日本国中がそう であったが、弱ったのは砂糖が無くなり、砂糖枯渇病・砂糖飢餓病 であった。『砂糖を腹一杯なめてみたい』『そしたら死んでもいい』真 剣にそう思っていた。
当時、日本全国の青少年はみなそう思っていたと思う。
単純な望みだが、一方、今は名前まで薄れてしまったが、海軍甲 種飛行練習生や陸軍飛行学校・陸軍戦車兵学校等々が喧伝され 、うなされるように応募したものでした。私は甲飛に体重不足で不 合格・戦車学校は、母・姉が応募用の印鑑を隠しつづけたり、
ちょうど,有名で隠されていた『ノモハン事件』と言う当時最強を誇っ ていた満州の関東軍の将校であった兄が、事件後、田舎・下松に 帰ってきた。 (ノモハン事件で惨敗の関東軍)…続…
ボロボロの服・物資の ない時代