ゲーム・ヒストリーの部屋

 

時代 代表作品

エピソード

小学校1年 インベーダー 空前の大ヒットゲームとなったインベーダーゲーム。そのインベーダーゲームを買ってやると言ったのは父(おあしすモーサン!?)だった。そんなことができるのかという幼心にも不安を抱きつつ日本橋まで行ったことをよく覚えている。そして購入してから僕のゲームライフがはじまった。まさに家がゲーセン状態。くる日もくる日も侵略者と地球防衛軍とのたたかいがくりひろげられた。しかし当時は高価だったゲーム機をよくもこんなガキに買ってくれたもんだと後年不思議に思い母に尋ねてみると「ああ、あれな、お父さん自分がやりたかったんや!」そして父は僕が寝てからも徹夜に近い状態でインベーダーとたたかいを繰り広げていたことが判明。当時33歳の父だ。無理もない。
小学校2年 ゲーム・ウォッチ 携帯ゲーム機はゲームボーイの流行るずいぶん前から存在していた。ゲーム・ウォッチと名付けられたこの機種も一世を風靡し大人から子供まで楽しめた(であろう)。近所の友だちが持っていたゲームウォッチをやりはじめるともうはまってはまって家にかえることなどできない。ただひたすらゲームをやりつづけていた。おかげでその子のお母さんにまでおこられる始末。「あっくん?うちの子と遊びに来てるの?それともゲームと遊びに来てるの?」すごすごと退散。ちなみに僕は購入が遅れ、最初に買ったのは「マンホール」というゲームだった。
小学校3年 カセット・ビジョン このカセット・ビジョンからハードとソフトがわかれ(もちろんアタリなどもあったが)、ゲーム業界がより活性化してきたのではないかと思う。この画期的なゲームが子供達にとって大きな魅力であったことはいうまでもない。僕も親にこの年にして早くも切り札を投入「一生に一度のお願いやから買って!もう今後2度とゲームは買わんから!!」もちろん一生に一度のお願いはこの後も続くことになる。購入ソフトは「ギャラクシアン」と「きこりの与作」の2タイトル。
小学校6年 ファミリーコンピュータ カセット・ビジョンでゲーム業界の成長も終わると思われた(小学生のガキが生意気に)2年後、おそろしいハードが出現する。言わずと知れたファミリー・コンピュータである。カセット・ビジョンのようにでこぼこした画面でなくゲームセンターのように細かいキャラクターに胸おどった。そして各家庭でいっせいに購入がはじまりいとこの家でもファミコンが導入された。そして僕も母に挑んだ「おかあさん、僕ファミコンが欲し・・・」「あかんで!カセット・ビジョン買うたったやろ!!」ごもっともなことで。うらむべきかなカセット・ビジョン。購入は1年待たねばならなかった。購入時の感動は忘れられない。ソフトは「デビル・ワールド」
中学校1年 ドルアーガの塔 この「ドルアーガの塔」が最初に攻略本を片手にした作品だったと思う。謎を解きながら各フロアにある宝物を手にし次のステージに行かなければ60面あるうちの15面くらいまでしか到達できないのだ。しかしその謎などわからない。コンティニューは12回までだっただろうか?もはや攻略をあきらめていたころ「ドルアーガの塔のすべて」という本の存在を知り、わざわざ遠くの書店まで買いに行った。しかしながら攻略本があっても難しいこの作品。何度となく挫折を繰り返しながらなんとか徹夜でクリアした。そして流れるテロップ。「お〜、感動じゃあ・・・」画面を前に涙が頬を伝う。そして夜明けだ、なんと感動的なんだ、とそこへ親父の声が!「おい、お前なにしてんねん、まさか徹夜でゲームしてたんちゃうやろな(怒)」感動は勘当へと変わった。
中学校2年 ドラゴンクエスト1・2 この年あの名作RPG「ドラゴンクエスト」が発売された。当時は短いインターバルの中続編も出されていた。大ヒット作となるのだがファミコンでは初のRPGということで子供達はそんなにさわぐことなく鳥山明ファンが主に騒ぐといった感じで発売当日に並ぶこともなく購入できた。そしてプレイして思った。「これは名作だ、なんて面白いんだ」友だちを呼んで交互にプレイ。主人公が成長していくこのシステムは冒険好きの少年達にはたまらないものだった。たちまち巷でも話題をよび大ヒットとなった。そして感動を多くの人に伝えたい、そう思った僕はあろうことかその感動を親に伝えてしまう。「あほか!お前いい加減そろそろ勉強にうちこめ!!」そして僕は暗黒の受験生活に入りゲームとは大学に入るまでおさらばしてしまう。
大学3回 スーパー・ファミコン ゲームとおさらばしている間にもゲーム業界は僕を誘いつづけていた。ドラゴンクエスト3・4、ファイナルファンタジーシリーズ、そして何よりスーパー・ファミコンの登場だ。さすがに受験戦争まっただなかにあった僕は購入しては危険だと察知した。そして自己暗示をかけた。「もう僕は大人だ、ゲームなんて面白くない」その甲斐あって大学入学後もゲームを購入したいと思わず3回生になったある夏、ふと大学前のゲームやに入ってしまった。そして何気なく中古のスーパーファミコンの価格を見ると「9800円!?たったの?今買えるやん!」今まで親に買ってもらいつづけてきたゲーム機は子供の僕にとってとても高価なもののように思えたのだったがバイトもしてお金をもっていた大学生の僕にとって今、財布にあるお金で買えるというのは衝撃的だった。そしてその夜下宿に画面に向かいつづける学生の姿があった。
大学4回生 ファイナル・ファンタジーX スーパー・ファミコンを購入してまずとりつかれたのがファイナル・ファンタジーX。今でも僕の中では名作として君臨している。ドラゴンクエストとはまた違った性質のRPG。何よりストーリーが気に入った。そしてキャラクターごとに違う個性。もちろんドラゴンクエストでも採用されていたが長年ゲームから遠ざかっていた僕はそのことを知らずファイナルファンタジーってすごいと感動していた。「やっぱり大人になってもゲームは素晴らしい」受験時代以来の自己暗示から今解き放たれた!
大学5回生 プレイ・ステーション 自己暗示から解き放たれたおかげで留年!?とにかくめでたく学生生活はのびゲームライフは新世紀に突入。次世代ゲーム機、プレイ・ステーションを鬼平さんの強い推薦のもと購入。最初に「ポポロクロイス物語」をプレイ。アニメーションでつづられたこのRPGストレスもたまったがプレステの能力を思い知ることもできた。間違いなく素晴らしい機種。後に出るファイナルファンタジーZに圧倒されながら快適なプレステライフを送る。下宿に訪れた6歳下の妹がつぶやく。「お兄ちゃん、まだゲームやってんの?はずかしないの!?」んー、君に言われるとちと恥ずかしい。
大学休学中 セガ・サターン ああ、ついに休学してまでゲームを!?違うけど、とにかく休学。そしてピザ屋で猛烈にバイト。お金がたまってくる。またもやサターンが安く売っている。めでたく購入。しかしすでにプレステの方が面白いためほとんどプレイすることはなかったような・・・。ちなみに「サクラ大戦」「サカつく」「グランディア」はおすすめ。とくにサクラ大戦は名作。「ギャルゲーやん、やだよ」と言ってたのは僕自身であったがプレイ後撤回。「これは面白い!」SMLとRPGとアニメの要素のつまった新しいゲームだ。友だちにすすめて言われる。「ギャルゲーやん、やだよ」そして彼も言う。「これは面白い!」そしてその彼も誰かにすすめて言われる。「ギャルゲーやん、やだよ」
社会人1年目 ドリーム・キャスト そしてドリーム・キャストを購入。これも衝動買いに近かったが後悔していない。鬼平さんと新年あけて遊びまわっていると各地で品切れであった新ハード機ドリーム・キャストが一台だけ置いてあるのを発見。鬼平さんの財布から福沢諭吉を拝借して購入。そして友だちを呼んで早速プレイ!「綺麗だ、綺麗だ、綺麗だ」超美麗グラフィックに驚きが隠せない。ちなみにこの友だちの輪の中にのちに僕の嫁さんとなるすすずの姿もまじっていた。当時はあまり仲良いこともなく彼女よりゲームに夢中だったお馬鹿なおいらだった。そのことを知ったすすずが一言「私はCGより綺麗じゃなかったのね」
婚約中 DDR・ポップンミュージック 実はすすずとのきっかけはDDRだった。DDRを一緒に踊りに行ったのが最初だった。大阪ではDDRのメッカともいえる梅田チルコポルト(ロフト前のコナミのゲーセン)がありよくそこに遊びに行った。しかしダンサーがたくさんいて驚異のダンスを披露してくれる。僕らも結構自信があったのだがそこでは恥ずかしくて踊ることはできない。かわりにポップンミュージックをちょこちょこプレイしていたがさすがチルコポルトに集まるつわもの達。ポップンでさえもろくに太刀打ちできない。いつもいつもダンサーたちの華麗なダンスを眺めていた。そこにかっこいい双子のダンサーが常連として客を集めていた。彼らのダンスがはじまったそのとき「きゃー、双子ちゃんだ、素的ー!」声の主はすすずだった、ガーン。
現在 プレイ・ステーション2 結婚後、念願のPS2を購入。ゲーム好きの奥さんのため大きな反対の声もなく購入。しかし学生時代と違い今度はお金が苦しい。一番安いDVD機器と言う点で納得したものの未だにはまっているとはいいがたい。今度こそ本当にゲームから卒業するころなのか。プレイ時間も激減の現在である。