印象派画家たちの生き方
僕と印象派
みなさんは印象派ときくとどんなことを思い浮かべますか?
僕は昔、印象派が大嫌いでした。
美術の学びをしていたころ、もっぱら宗教絵画にとりくみ印象派は
どうしてもうけつけなかったのです。
そんな僕が印象派について論文をまとめるまでにいたったのは
なぜか、簡単にお話できればと思っています。
印象派の画家たちとその作品の関係
本当はこのことをコラムにしたかったのですが「印象派絵画と宗教絵画の違い」
について少し触れておくと、
宗教絵画というのはまず「題材」ありきなのです。
有名な「最後の晩餐」「受胎告知」「十字架降下」は当時多くの画家たちが
自分の信仰観をあらわすべく、また神をたたえるために描いていました。
したがって、彼等の作品は彼等の信仰と密接な関係にありました。
ですから彼等は画家というよりも一人の信仰者という存在だったのです。
しかしながら、印象派というのは生粋の画家たちが自分の表現したいものを
キャンパスにぶつけるというのが根底にありました。
それゆえに彼等の作品は彼等の「信念」が貫かれているのです。
描きたいものを描くために
しかしながら彼等のその信念は当時の人々(当時は写真のような作品が主流)
にとってはエゴにしかすぎずお金を出してまで彼等に頼む顧客もいない有様で
彼等の多くが貧しいなかでの制作活動となっていました。
マネもモネもそれでも自分の信念を貫き通し後世にたたえられる作品を残していったのです。
そんな中ルノワールは途中印象派の絵画とはかけ離れた「写真絵」を
描くようになりマネらの同派から「裏切り行為」として非難されました。
彼はそのおかげで富を得たかわりに仲間の信望を失いました。
何故、彼はそのような行動に走ったのか?
彼は晩年に入ってそれまで以上の印象派の絵画を描き始めたのです。
彼は本当に描きたいものを描くために富が必要であり「裏切り」と信望を失ってでも
印象派絵画を描きたかったのでした。
自分の信念を貫き通したものも、自分の信念を貫くために信念を曲げたものも
ただ、自分の絵を描きたかったということ
それに気づいたときに僕の中で印象派画家たちは光り始めたのでした。