第115回 春の天皇賞 マヤノトップガン

 

最後の直線

サクラローレル、マーベラスサンデー、ローゼンカバリー、ロイヤルタッチ

さあトップガン、これから届くのかどうか?

サクラローレルかわしたマーベラスか、サクラローレルかマーベラスか?

ロイヤルタッチ、ロイヤルタッチ、あっ、かわしたマーベラス先頭、マーベラス先頭

有馬記念とは違うぞ、サクラローレルがもう一度伸びてくる

おおっ!外から何か一頭突っ込んでくる!?

トップガン来た!トップガン来た!トップガン来た!

さあ、差しきるか!?やっぱり3強の争いだ

外トップガン、外トップガン、内サクラローレル

かわった、トップガンだー!トップガンだー!トップガンだー!

トップガンだ、トップガンだ、トップガンレコード!3分14秒4!レコード!!

 

これは第115回春の天皇賞であの杉本清氏が絶叫した実況である。

このレースでマヤノトップガンは見事勝利し、菊花賞、有馬記念、宝塚記念に

加えて4つ目のG1を獲得し、そのまま引退する。

しかしこの勝利はそれまでの3つの勲章とは違う勝利であった。

軽快なる先行馬 マヤノトップガン

マヤノトップガンはデビューが他の馬よりも遅れ初勝利をあげたのは4戦目。

500万下の条件戦での2勝目をあげたころ同期のほかの馬は東で

ダービーをたたかっており、オープンにあがったのは夏に入ってからだった。

しかし夏を越えて一回りも二回りもたくましくなったマヤノトップガンは

最も強い馬が勝つと言われる菊花賞を得意の先行力で見事に勝利し

晴れてG1ホースの仲間入りをしたのである。

そしてその軽快な先行力はその年の暮れの有馬記念でも発揮され

前年の3冠馬ナリタブライアンや女傑ヒシアマゾン、皐月賞馬ジェニュインなどを

向こうに回し、先行どころか逃げの一手を放ち

そのまま逃げ切り勝ちをおさめてしまうのである。

マヤノトップガンはこの年の年度代表馬に選ばれた。

鞍上 田原成貴の苦悩

しかしながら彼にまたがる田原成貴は彼の先行力に疑問を感じていた。

最後の直線でマヤノトップガンは必ずとまってしまう(全力疾走をやめる)癖が出るのだ。

絶対能力の違いで今まで勝ってきたもののマヤノトップガンはまだまだ

速く走れるということを他のだれよりわかっていた田原騎手。

そしてその心配はライバルとなるサクラローレルの出現で苦悩へと変わったのである。

年度代表馬に選ばれた翌年、マヤノトップガンはサクラローレルに

3連敗してしまい、サクラローレルの出走しなかった宝塚記念を勝つのが

精いっぱいだったのである。

早め早めの競馬をするトップガンを獲物をねらうがごとくとらえるサクラローレルに

世間の評価は逆転していった。

驚きの脚質転換

暮れの有馬記念では7着と生涯初の掲示板を外す凡走に終わったマヤノトップガン。

このままではサクラローレルはおろか台頭著しいマーベラスサンデーにも勝てない。

田原成貴の腹は決まった。

「トップガンにとって一番気持ちよく走れるようにのってやろう」

今までG1を3つとってきた先行の脚を捨て彼が選んだ脚質、それは追い込みであった。

成功してきたものを捨て未知のものを選択することの難しさ、

それは調教師、ファンにも理解してもらえるものではなかった。

坂口調教師は「天皇賞では私の言うとおりに走ってもらう」と田原騎手の考えを否定した。

しかし田原騎手の決意は固まっていた。

何よりトップガンが気持ちよく走れることだけをひたすら考えて。

驚異の末足、世界レコードの樹立で盾戴冠

レースがはじまった。

注目のマヤノトップガンはサクラローレル、マーベラスサンデーよりも後ろでの競馬。

みなれぬトップガンの後方待機にファンはやきもきしたに違いない。

「なにしているんだ、そんな位置で本当に大丈夫なのか?」

しかし以前マヤノトップガンの位置は後方待機のまま。

3200メートルの長丁場、残り800メートルになってもそれは変わらなかった。

そしてついにサクラローレルとマーベラスサンデーにむちが入って

先頭争いに入った、はじまる2頭のデッドヒート。

トップガンはどこだ!?いた、しかしトップガンの前には約10頭の馬がいる!

届くのか、本当にここから届くのか!?

残り500メートル、ついに田原の左ステッキがトップガンの体を叩いた。

そして繰り出されたものすごい末足、大外一気にやってくるトップガン!!

マヤノトップガンがサクラローレル、マーベラスサンデーの2頭を

完全にかわしきったところ、そこがゴール板であった。

タイムはライスシャワーのレコードを一気に3秒も縮める世界レコード。

ついにマヤノトップガンは3強の争いに終止符をうち最高の古馬へとのぼりつめたのだった。

ちなみにこのレコードは今なおぬりかえられていない。

そしてこの驚異の末足を置き土産にマヤノトップガンはターフを去ったのである。

ありがとう、マヤノトップガン。