武豊が導き放った一瞬の煌き アドマイヤベガ
99年クラシック戦線を賑わせた3強
今、競馬界に王者として君臨するテイエムオペラオー。
勝ったG1の数はあの皇帝シンボリルドルフに並ぶ最多の7つ。
天皇賞3連覇、G1戦線6連勝、宝塚有馬GPレース連覇、史上最高獲得賞金、
彼の勲章をあげればキリがない。
しかし彼は残念ながらダービー馬ではない。
この勲章は彼にとってもう手にすることの出来ない称号なのである。
皐月賞、ダービー、菊花賞と続くクラシックレース。
テイエムオペラオーは皐月賞だけの戴冠となっている。
ちなみに彼のライバルといわれていながら苦杯をなめつづけている
ナリタトップロードは菊花賞にてオペラオーを破っている。
しかし彼もまたダービー馬ではない。
ではこの世代のダービー馬は一体誰だったのか?
夢の配合、超良血馬の誕生
93年の牝馬クラシック戦線で武豊によって桜花賞、オークスの2冠を制した
名牝ベガと今をときめく種牡馬王サンデーサイレンスとの間に生まれた
仔馬に否が応でも関係者の注目が集まった。
これ以上ないであろう夢の配合、考えられうるベストの配合と話題を独占した。
アドマイヤベガと名付けられたこの馬は生まれるや否や、というより
うまれる前から競馬界のヒーローとして人々の注目をあびることとなったのである。
そしてこのときから彼の運命は不思議な糸をたどりながら転がり始めたのであった。
明暗わかれる数奇な運命
生まれが明ならデビュー戦は暗であった。
母と同じ武豊が手綱を取る中、1位で入線しながら進路妨害とみなされ降着処分に。
いきなりの試練が彼を襲う。
そして同厩舎のアドマイヤコジーンが朝日杯(G1)で勝ち世間の評価が逆転してしまう。
それでも非凡の能力を持つアドマイヤベガはその2週間後になんとか
重賞を初制覇し、骨折の判明したコジーンに変わってクラシックロードを
すすむこととなったのであった。
これ以後ふたたび話題の中心となったアドマイヤベガだったが
新たなるライバルが出現する。
それがナリタトップロードであった。
皐月賞の前哨戦となる弥生賞でトップロードの後塵を拝した彼は
皐月賞でも6着と惨敗してしまったのである。
武豊、一世一代の大仕事でダービー馬へ
再び暗闇に入ってしまったアドマイヤベガの光明の一筋だったのが
鞍上に武豊を擁していたことであった。
母ベガを導いた武騎手にとっても絶対に負けられないダービー。
彼には前人未到のダービー連覇もかかっている。
そして運命のダービーがはじまった。
皐月賞を制したテイエムオペラオーが早め早めのレースをする中
武豊は後方で我慢の競馬をしていた。
東京の長い直線最初にしかけたのはオペラオー。
皐月賞よりも楽な展開で直線に入りかけぬけていく。
そこへ新鋭渡辺騎手の操るナリタトップロードが
絶妙のタイミングで馬群をすりぬけてきた。
もうこれ以上ないといいきれるような早すぎず遅すぎずなおかつ
十分にオペラオーをしとめられる位置で、トップロードは十分に足を伸ばしてきた。
「やった、ナリタだ、トップロードがダービー馬だ、おめでとう!渡辺君!!」
そう思った瞬間、その横に一頭の馬がトップロードにあたかも
吸い寄せられるように真横に並んできたのだ。
加速しあらゆる馬をなぎはらっていくトップロードが
まるで失速したかのようにおいていかれた。
一閃、青い流星が府中の直線を切り裂きゴールしていった。
アドマイヤベガだった。
一体何が起こったのか、正直よくわからなかった。
驚異の末足が炸裂していたのだった、上がり34秒4のタイム。
しかし勝利したのはひとえに武豊の手綱さばきに他ならない。
誰もがベストだと思い、おそらくベストであっただろう渡辺騎手の仕掛けのタイミングに対し
アドマイヤベガの末足が、彼の末足だけが持つ絶妙のタイミングというものを察知し
活かすためにリスクを犯してまで待ちつづけたムチ入れの瞬間。
さらにいうなら速いだけでなく勝つために必要な位置取り、コース取り
すべてが揃った芸術的なレースを武豊はやってのけた。
数限られた状況の中でしか活かす事の出来ないアドマイヤベガの能力を
最大限に引き出した瞬間、彼は頂点に上り詰めたのであった。
色あせることの無い煌きの瞬間
しかしその後菊花賞でまたもや6着と惨敗したアドマイヤベガは
故障で戦列を離れその後再びターフにたつことはなかった。
こうしてダービー制覇というこれ以上ない明の場面を残しておきながら
彼は再び暗の舞台に戻っていってしまった。
主役の座もテイエムオペラオーに奪われ名前を聞くことも少なくなってしまった。
しかしながら不思議なことにあのレースのことは多くの競馬ファンが
鮮明に記憶に残っているという。
最後の最後にとてつもない煌きを残していったのは紛れもない事実であろう。