2001年 近鉄奇跡のリーグ優勝
近鉄奇跡のはじまり
2001年ペナントレース、近鉄バファローズの快進撃はとどまるところを知らず
9月17日からの西武戦に3タテをくらわせマジックを点灯させた。
そしてマジック点灯から近鉄は負けることなく勝ちつづけ
9月24日西武との最後の決戦の日、近鉄は奇跡を起こす。
相手投手はパ・リーグを代表する松坂。
常にリードを許す展開の中ローズの55号本塁打などで必死に追いすがる。
しかし9回にマクレーンのホームランで再びつきはなされ6対4とされると
さすがの近鉄ファンも敗戦を覚悟した。
しかしその裏、代打北川に追撃の1発が出ると奇跡の幕がおろされる。
2アウト後ランナーを一塁において打席は4番中村。
彼の振りぬいたバットから夢をのせた白球はライトスタンドへと届いた。
劇的なサヨナラ逆転2ラン。
マジックは1となり一足早いクライマックスに多くの人が酔いしれたに違いない。
しかし奇跡はこれでおわりではなかった。
親友君との試合観戦
2001年9月26日水曜日、対オリックス戦。
79年、80年、89年すべての近鉄の優勝を知る僕にとっても
当然、この日はほうっておくことの出来ない試合だった。
僕は12年前の優勝時、一人の巨人ファンを熱烈な近鉄ファンにかえたことがあった。
それが今もなお僕の大切な友である親友君だった。
彼とは12年前の近鉄の胴上げの試合を一緒にみにいっている。
マジックが1となった時点で僕は彼に連絡しこのオリックス戦の観戦を決めた。
当日券は持っていなかったが入れなくても応援するつもりでいった
僕たちの前に券のあまっていた家族連れが2枚のチケットをもらってくれるよう
よびかけていたのだが、僕たちは迷わずそのチケットを手にした。
さあ、これであとはバファローズの勝利を願うのみである。
てつママさんやhiroさんたちから応援の電話で励まされて球場にむかった。
苦しい試合展開
中に入るとすでにバファローズが先制しており先発バーグマンの調子もよさそうだ。
なんとなく良い雰囲気を一つのミスが断ち切ってしまう。
ファースト吉岡のまさかのトンネル、そして不運な送球での失点。
そしてリズムをくずしたバーグマンが計4点をとられマウンドを降りてしまった。
球場の雰囲気はずっしりと重くなり、オリックスの北川の投球がテンポをあげる。
「今日は負けゲームやな」という声を何度もきくことになった。
試合というのは不思議で本当に流れというものが存在する。
あれほど強かったバファローズ打線が嘘のように沈黙してしまった。
7回川口の本塁打が出て2点差になったがローズ、中村、磯部、吉岡の中軸が不発で
のりきることができないまま9回の攻防を迎える。
そして岡本が相川に投じたボールは無情にもレフトスタンドへと消えていた。
奇跡のつづき
「あかん、終わりや、千葉や」と多くの人がためいきをついた。
そして若干名ではあるが席を立った人もいた。
僕たちも「今日はしゃあないね、でも優勝みれなくても今日の試合は最後までみよう」
とすでに胴上げを見るというより1年間の彼らのプレーに対する敬意の気持ちで
残っていたに過ぎなかった。
打席に入るのはエラーをした吉岡、ここは意地を見せて欲しい。
そう念じた刹那、するどい打球がレフト前に飛んだ!
「よし!男だ、吉岡!よくやった」
続く川口のときに親友君と言葉をかわす、「2塁打がベストやけどなあ」
祈りが通じたのか川口の打球は1塁線をやぶった!!思惑通りの2塁打。
ここで代打益田が起用される。
1球ごとに高まる歓声・・・そして四球、満塁となった。
代打逆転満塁サヨナラ優勝ホームラン!!
大阪ドームはもう異様な空気につつまれていたとしかいいようがない。
誰もが何かを感じ取っていたのは事実だったが
このあとおこるおそるべきことを予測していたわけではなかった。
ただ何かを感じ取りそれに期待していたということだった。
代打、北川が打席にむかってバットを何度かふる。
あっという間に2ストライクになったような気がする。
大歓声の中、ドームがすべて一つになっているようなそんな中
北川は運命のバットをふりぬいた。
打球が飛んだ、ゆれていた球場の時間がその瞬間とまった。
僕の目にはその放物線が芸術的な曲線を描き時間を奪っているようにみえた。
疑ってはいなかったが現実をとらえきれてもいなかった。
ただ親友君の体を叩き、周りの人たちと抱き合い、涙を流していた。
それはグランドの中でも同じだった・・・
代打逆転満塁サヨナラ優勝ホームラン
近鉄奇跡のパ・リーグ制覇
このペナントレースを制した猛牛戦士たちに心からありがとうと言いたい。
2年連続最下位の弱小球団がみせた奇跡は多くの人の胸に感動を
刻み付けたに違いない。
このことは猛牛ファンたちすべての誇りであると思う。