〜ちょこっとバンコク&2泊3日のカンボジア〜8月27日―8月31日

   

*自宅のベッドの上、飛行機の中、カンボジアのホテルのベッドの上、色んな場所で日記を書きました。記憶が薄れない内に、カンボジアの独特の空気に包まれた場所で日記を書きたかったのです。が、28日に断念・・・。28日以降からの日記は、日本でパソコンに向かって書いたものです。27日の日記にも、後から色々付け加えました。皆様にお楽しみ頂ければ幸いです。色の違う文字をクリックすると、写真を見る事が出来ます。カンボジアは暑かった・・・そして特別な場所でした。*

 

8/27  (日本 AM5:45)

 

27日。AM5:00に起床。久しぶりに超早起き。今、自分のベッドの上でこれを書いている。家を出るのはお昼だからもう少し寝てても良かったなぁ。しばらくボーッとしてると今朝見た夢の内容を思い出した。どっかのスーパーに私が買い物に行って、帰ろうとしたらスーパーの入り口の万引き防止器に引っかかった。私は万引きなんてしていないのだが、店員に服のポケットの中身を調べられる。そのスーパーの商品は1つもポケットの中になかったが、壊れたロッカーの鍵が出てくる。店員「どうしてコレは壊れているんだ?」私「私がロッカーをこじ開けたからです。」店員「こじ開けた?アハハハハ。」 こんな感じの夢。・・・私なりに夢判断をしてみた。多分、万引き防止器は空港にある金属探知ゲート(正式名称不明)を表しているんだと思う。私はアレを通る度にすごくドキドキするので、夢に出てきたのだろうな。壊れたロッカーの鍵と、ロッカーをこじ開ける事とかの正体は不明。ま、いいや。あんまり気にしない様にしよ。今、AM6:10。そろそろ朝御飯を食べようかな。

              

8/27   (日本PM5:45)

 

今、バンコク行きの飛行機の中。久しぶりの飛行機なのでちょっとドキドキ。これから約6時間の飛行の後、夜の10時近くにバンコクに到着して一泊。明日の朝、バンコクからカンボジアに向かう。日本とバンコクの時差は2時間だけ。ホッと一安心。そうそう、成田で素樹文生(もとぎ ふみお)さんの「旅々オートバイ」というエッセイを買った。かなり面白い。あ、書き忘れたけど、まだ飛行機は成田の滑走路に止まっている。空港で金属探知ゲートには引っかからなかった。でも、けっこうたくさんの人が引っかかっていた。成田には、当たり前だけどたくさんの外国人がいて、一瞬、自分がどこの国にいるのか分からなくなる。っていうか、今ふと我に返ったけど、何、この支離滅裂な文章は・・。 あ、スチュワーデスさんが天井の荷物入れのふたを閉め始めた。もうすぐ離陸か。 今、PM6:00。成田に止まっている飛行機の中からでした。

今、日本の時間では夜の8時40分。まだ、飛んでいる飛行機の中。今はどこら辺の上空を飛んでいるのかな。窓の外は真っ暗。翼についている小さな電気だけが夜空の中で光っている。成田で本を買っておいて良かったとしみじみ実感。そうそう、30分くらい前に機内食を食べた。私は機内食ってけっこう好き。魚のクリーム煮を食べる。美味しかった。感じの良いスチュワーデスさんが1人いて、嬉しくなったりした。バンコクに着くのは、多分、後2時間位かな。夜中に着いて早朝に発つので、多分バンコクに着いてはほとんど何も見られないだろう。残念。今、日本の時間では夜の8時55分。多分、中国の近くら辺を飛んでいるであろう飛行機内からでした。

             

今、日本の時間で夜の9時10分。香港の上空を飛んでいるらしい。

             

 タイのバンコクに到着。タイの時間で夜の10時25分。日本は今、午前0時25分。 バンコクの空港はなかなか綺麗。でも、ちょっと殺風景。税関のところで、1人の女性職員が自分の受け持ちのカウンターをCLOSEDにして、仕事用のパソコンでトランプのゲームをしていた。しかも、真横で仕事をしている同僚にペラペラ話しかけていた。気楽な感じで良い。聞き慣れない言葉が飛び交っているけれど、日本人もまあ多い。っていうか、日本人の茶髪の若者が多いのが意外。現地のガイドさんに連れられて空港から出てバスに向かう。気候は思ったよりは暑くない。でも、熱気を感じる。バスの車窓からバンコクの夜の街を眺める。ネオンが光っていてとてもにぎやかな感じ。高いビルが多い。ソニー、ブリヂストン等、日本の会社のビルも多い。目につくのは、高速道路の脇にある大きな看板達。コーヒー、各国の人気サッカー選手達、シャンプーの宣伝らしい綺麗な髪の女性、等々の写真がライトに照られている。一軒屋はあまり見つからない。アパートがほとんど。アパートの外壁は白や灰色が多い。お寺は華やかな色に塗られている。バンコクは本当に都会という感じ。ホテルに近づくと、カタカナで書かれた文字もチラホラ見つかる。「オイルマツサーシ」とか(笑)。飲み屋さんでは、若者やオッちゃん達が赤や紫の裸電球の下で楽しそうに笑いながらお酒を飲んでいる。ホテルはかなり大きくて綺麗。一泊しか出来ないなんて残念。早々とベッドに潜りこんで就寝。

 8/28 (カンボジア シエム・リアップ)

 

 今、カンボジアの時間で午後1時45分。今はカンボジアの街の1つであるシエム・リアップのホテルの一室でこれを書いている。ソフィテル ロイヤルホテル
はすごく綺麗。かなり広いし。オフシーズンなのか、雰囲気が静かなので落ち着く。リゾートホテルという感じ。このホテルを見ると、カンボジアの街中との激しいギャップを感じる。カンボジアの街は、良く言えば、見ているだけでとても面白い。悪く言えば、とても貧しい感じ。小さな空港
では、すごい速さで回転している扇風機が天井にいくつかあって涼しい。空港の外に出ると、土の地面が広がっている。空港から離れた場所にヨレヨレの金網が立ててあって、色んなツアー会社の現地ガイドの人達がプラカードを持ってお客を待っている。私達のガイドさんは、日本人の女性だった。とても綺麗で明るい人。こちらに来て、1年8ヶ月になるらしい。アシスタントとして、カンボジア人の若い男性が一人。タイガー・ウッズとトニー・レオン(香港俳優)を足して2で割った様な、穏やかな顔つき。カンボジアの女性・男性共に、ほとんど皆スタイルが良い。理想的な体型という感じ。お客が全員バスに乗った時点で、バスが国道を走り始める。

国道の左右は森に囲まれていて、牛がたくさん放し飼いにされている。葉っぱの色は薄い緑。広い土の道路の真ん中にアスファルトで道が作られた感じ。国民はほとんど皆、バイクに乗っている。バイクがタクシー代わりでもある。1つの小型バイクに大人3、4人が乗っていたり、小学生くらいの子供が運転して大人が後ろに乗っていたりする。バイクの免許はいらないので、子供もバイクに乗って学校に行ったりするらしい。でも、バイクは高いらしい。女性は大抵、横座りで後ろに座っている。女性が椅子にまたがるのは下品とされているので。が、ズボンを履いてバイクを運転している女性もいるにはいる。若い男女が1つのバイクに乗っていたりしたら、その2人はすぐに街中の噂になってしまうらしい。そうそう、カンボジアでは、ビリヤードは不良のする事らしい。だから、ビリヤードをしている男の子と付き合っているのがバレると、女の子は母親にすごく叱られるらしい。何故に、ビリヤード・・・? 土の道路の上では、野菜・果物・ジュース・おもちゃの屋台が並んでいる。小さな子供も普通に店番をしている。中には、ハンモックで寝ながら店番をしている人達もチラホラ。オッちゃん達が、道端で楽しそうに喋っている。私と目が合ったオッちゃんが、ニヤッと笑って手を振ってくれた。バイクタクシーの運転手は、皆オッちゃん。色んな建物もある。院長がスイス人で、15歳以下の患者なら無料で診察してくれる病院(私達が見た時、入り口に長い列が出来ていた。でも、診察料は高いので大抵皆は怪我や病気をしても我慢するらしい。)、裁判なんて滅多にやらず、職員はほとんど毎日バレーボールをして遊んでいるらしい裁判所、ろうあ者の自立の為の施設(木彫りや石彫りの技術を教えるらしい)、 警察署、カンボジアに2つしかない信号(信号設置当時は、信号の意味を理解する人が少なくて、常に信号の側に警察官が立っていたらしい。)、バイクや車も平気で上に乗って走ってしまう歩道、子供たちがサッカーやバレーボールをする広いスタジアム、等々。建物は薄いオレンジ色やうすい緑色など、カラフルに塗られている。色んな建物にお釈迦様の顔の石像が置いてある。シエム・リアップの街の雰囲気は、開放的というかラフというか・・自由な雰囲気。夏の昼間の明るい感じがすごく似合う。でも、壊れた建物や、手足が無い人達もたくさんいて、内戦の後が色濃く残っている。ガイドさんの「93年に生まれ変わったばかりの国。」という言葉が印象的。

バスに乗って、まずはアンコール・トムへ。遺跡に入るには入場券が必要なので、途中で作ってもらう。3日分の入場券は40ドル。40ドルなんて、カンボジアの人にとっては大金。だから、カンボジア人は無料で入れる。しかし、遠くに住んでいるとアンコール遺跡に来る為にはお金がかかりすぎるので、カンボジア人の中でもアンコール遺跡を一度も見た事がない人もたくさんいるらしい。アンコール遺跡を取り囲む広いお堀がキラキラ光っていて綺麗。お堀の周りにも、やはり屋台とバイクタクシーの列。子供達が楽しそうに泳いでいるのが見える。お堀で泳ぐ事を許されているのはカンボジア人だけ。とは言え、外国人は言われなくても泳ごうとはしないらしい。ヒルがたくさんいるらしいし、まず水が濁っているので。

             

アンコール・トムに到着。アンコールは都、トムは大きいという意味。その言葉通り、高さ8mの塀と1辺3kmの城壁で囲まれている。アンコール・トムを建てたのは12〜13世紀初頭、クメール王国の最盛期の王ジャヤヴァルマン7世。この王様、あまりにも頻繁に戦争を繰り返していたので、どの様にして死亡したのか不明らしい。バスを降りると、すぐに物売りの子供達が近寄ってくる。6、7歳くらいの子供ばかり。日本語で書かれたガイドブックやスカーフなどを両手に抱えて「ニマイ イチドル。ヤスイ。」と繰り返している。彼らはとても可愛いので、うるさくはない。女性の観光客に「オネエサン キレイネー」と繰り返している子もいる。つい笑ってしまう。私達が無視をすると、慌てて値段を下げてくる。彼らにはテリトリーが決まっているらしく、ある一線まで来ると追いかけてこない。私達は1つも買わなかったのに、子供達は私たちに手を振ってくれる。「可哀想」という一方的な立場からの言葉を使うならば、買ってあげるべきか。でも、私達は道端で物を買う事に慣れていない。「不良品ではないのか」という疑惑がどうしても頭の隅にある。とても複雑な心境。

まずは、南大門
。南大門の前の長い石の通路の左右に、何十の石像がズラッと並んでいる。これだけでも、なかなかの迫力。左側に並んでいるのが神々、右側に並んでいるのが阿修羅達。彼らは皆、両手で蛇の胴体を抱きかかえている。(蛇のうろこの模様も、きちんと彫られている。)これは、ヒンドゥー教の天地創造の神話で「乳海かくはん」(すみません、漢字の変換出来ませんでした・・。)を表している。その昔、ヴィシュヌ神が不老不死の薬を作ろうと思いついた。そこで、蛇の胴体を山に巻きつけて、88人の神々と92人の阿修羅に、蛇の胴体を綱にして綱引きをさせた。海はかき回され乳海となり、そこから天女アプサラが生まれて最後に不老不死の妙薬が生まれたという内容。個人的な疑問で、どうして不老不死の妙薬を作る必要があったのか謎。この様子は、アンコール・ワットの第一回廊の壁にも彫刻されている。 南大門は、天井はとても高いが幅は意外と狭い。もちろん全て、石で作られている。 当時、王様は象に乗っていたので、象の大きさに合わせて作られた。(その狭さの門を、しかも途中で石が飛び出ている門を、我らのバスドライバーさんはバスで通過。すごい。)南大門を抜けると、アンコール・トムの中核である寺院バイヨン。神々が住む神仏降臨の聖城とされるメール山を摸した寺院。寺院内には高さ42mの中央本殿を取り囲む様に劣塔が並んでいて、それらの頂部には観音菩薩の顔の石像
が刻まれている。かなり巨大。 世界中のどこにでも慈悲が届く様に、東西南北に顔が刻まれている。四面仏塔と呼ばれている。第一回廊では、当時のクメール人達の生活の様子がレリーフとして描かれている。なかなか面白い。第2回廊は女神デヴァダーや僧侶、それに王妃や王様の列のレリーフ
が刻まれている。第3回廊では、観音世菩薩が刻まれたレリーフ。見事な彫刻の数々に嘆息。 その後に、隠し子の寺という意味のパプーオン、ハンセン病にかかったライ王のテラス、象のテラス(体が1つで頭が3つある像に支えられている。)、そして王の儀式の場とされていたピミャカナス
。石だけでここまでの迫力と威厳と美を創り出せる事に驚く。

書き忘れたけど、この日は暑かった・・・しかも、朝に飛行機で着いたばかり。ただでさえ暑さに弱くてヘロヘロになっていた私は、ピミャカナスの長い階段を登るか否かは自由だったので、下に残っていようと思った。が、ま、結局は登ってしまった・・・膝が爆笑した。「明日は筋肉痛がくるな。」という発想が一気に湧き上がった。(あえて、一日遅れ。っていうか、私はいつもそう。)でも、頂上に立つとやはり景色が良くて、登って良かったと思った。そして、またバスに乗って今度はアンコール・ワット
へ。この建物はあまりにも有名。ワットは寺院という意味。こんなに荘厳な建物に、接着剤が一切使用されていないとはなかなか信じられない。長い参道は、右半分がきちんと舗装されていて、左半分が崩れている。上智大学が復旧作業をしているらしい。参道からだと、5つの劣塔の内、3つだけが見える。第一回廊は、レリーフの宝庫と言われる程に様々なストーリーのレリーフ
で溢れている。そして、当たり前だけど仏像
が多い。なかなかの迫力。天国と地獄を表したレリーフ・先ほどの「乳海かくはん」のレリーフなど。ストーリーをガイドさんに説明してもらうと、1つ1つのレリーフを見ていて面白く感じる。第2回廊には、1632年に森本右近太夫という日本人が、アンコール・ワットをインドの祇園精舎と間違えて柱に書き残した文章が残っている。コロンブスみたいな人だな・・。格子のついた窓枠
に座って外を見ると、光っているお堀と芝生の緑が美しく見える。ちょっと浸れる。そして第3回廊へと続く、急な階段・・・というよりもむしろ、ちょっと段差のついた石の壁・・・。私は登らずに、第3回廊の降りる為の階段の下で待っている事にする。これ以上膝が笑ったら、途中で落ちる可能性があったので。降りる為の階段は、端の方にだけきちんとした石の階段がある。が、きちんとした階段は端の方だけ。「この階段の両端をきちんとした階段にして、ここから登って、ここから降りれば良いのに。」という疑問が頭をかすめる。ハンプティー・ダンプティーみたいな西洋人のオッちゃんが階段の途中で立ち止まって、後ろを振り向いて下の人に手を振っている。階段はきちんとしているとは言え、一段の幅が狭くてかなり急。ハンプティーおっちゃんの下にいる人の恐怖ははかり知れず。第3回廊から外を観ると絶景らしい。あまり疲れていない時に登ってみたいと思う。石だけで最高級の芸術が創り出せる事を知った。

この後、昼食の為にレストランに向かう。ビュッフェ(バイキング)式。店内はとても涼しくて気持ちが良い。おかずがたくさんあったけれど、全部すっごく美味しい!!特に麺類。お薦め。3つの麺の中から1つを選んで(素麺みたいな麺、きしめんみたいな麺、ラーメンみたいな麺)コックさんに調理してもらえるんだけれど、かああなり美味。これは一見ならぬ一食が必要。 この後、一端ホテルに戻る。やっぱりこのホテルは良い・・・ソフィテルロイヤルホテル。すごく可愛い女性の従業員さんが私達が来るのを見計らってドアを開けてくれる。ロビーの横の方で、男性の方が木管の様な楽器を弾いている。船の形をした土台に、薄い竹が並べられている感じ。とても綺麗な音色が聞こえてきた。

1時間半くらいして、再び出発。ホテルは、入り口と出口に分かれている。出口の所に立っている警備員さんが、私達のバスに向かっていかめしい顔つきで敬礼をする。が、バスの一番後ろの席に座っている私と目が合うと、真っ白な歯を見せてニッコリ笑ってくれた。夕日に映えるアンコール・ワットを見る為にバスでバケン山へ向かう。ここは、人が登る為の険しい道と、象の為のゆるやかな道がある。観光客が何ドルか払えば象に乗る事が出来る。山のふもとに5頭くらいの象が立っていた。緑色の服を着た男性達が、それぞれの象の頭の上に直接座っている。お客さんは、象の背中にくくりつけられている木の椅子に座る。私は象に乗らなかったので、険しい道を登る。登りきったところで、大きな石の寺院・・そして、目の前にある長い階段・・。気合いを入れて何とか登りきる。無限に広がる深い森と、石の芸術作品達が眼下に広がる。高い場所はやっぱり良い。残念ながら空は曇っているので、夕日は見れそうにない。遠くの方でアンコール・ワットが目立っていた。観光客がけっこうたくさんいて、にぎやか。私の目の前を、紺地に白い大きな毛筆の字で「契」と書かれたTシャツを着ている西洋人のオッちゃんが通る。 帰りは象の道を下る。螺旋状になっているのだけれど、長い。空はどんどん暗くなっていくのでちょっと急ぐ。途中で、象の大群と出会う。ビビる。象の頭上に乗っている人達が「ハッ!」とかけ声をかけて象を走らせる。5頭程の象が一気に走り出す。更にビビった・・。 象の目が金色とだいだい色を合わせた様な色である事に気づく。夕飯は、ホテル内のフランス料理店。落ち着いたロマンチックな雰囲気。メニューが日本語と英語と現地語で書かれている。やっぱり日本人のお客は多いのか。嬉しいはからい・・・・が、1つだけ注文をつけるとすれば、店内の明かりが少なすぎ・・・小さな電気と各テーブルに置かれた蝋燭のみ。でも、料理はすごく美味しかったし、ウェイターさんもとても優しい感じだったので大満足。                    ☆

8/29

 

カンボジア2日目。朝日に映えるアンコール・ワットを見る為に、朝の5時にホテルを出発。まだ真っ暗。何も見えない。しかし、カンボジアの子供や女性は朝の3時頃に山へ出かけて薪を取ってくるらしい。その薪を市場へ持っていくのが5時頃なので。こういう仕事は、男性は絶対しないらしい。結婚すると全く働かなくなる男性も多いとの事。この国は、まだ男尊女卑。一度でも離婚した女性は汚れた身とされるので、どんなに酷い夫でも女性はなかなか別れられないらしい。が、子供の結婚相手を選ぶのは母親の仕事。 再びアンコール・ワットへ到着。まだ暗いので、昨日の昼間に見た時とはちょっと雰囲気が違う。南大門を通り抜けると、意外とたくさんの人達が集まっている。 15分くらいして、だんだんと空の色が変化し始める。驚く程に美しいグラデーションが広がる。赤、オレンジ色、黄緑、青、という感じで。見惚れている内に、全てがオレンジ色に染まる。アンコール・ワットの黒い影
が、よく映えていた。 再びホテルに戻って昼食。アジアの食べ物はやっぱり最高と言えてしまう感じ。 そしてバスでバンテアイ・スレイ遺跡へ向かう。ホテルの出口のところに、あの警備員さんが立っている。今回もいかめしい顔つきをしていたが、私と目が合うと再び歯を見せて笑いかけてくれた。

バンテアイ・スレイ遺跡は、女の砦という意味。。東洋のモナリザ
と呼ばれるデヴァダーの彫像が有名。フランス作家のアンドレ・マルローは、あまりの美しさに惚れて盗み出したところを見つかり、刑務所に入れられた。が、数年後には文化大臣になったという。残念ながら、例の東洋のモナリザは遠くからしか見る事が出来なかった。 が、清らかな雰囲気は充分に伝わってきた。この後、ロリュオス遺跡に向かう。初めて、カンボジアの「村」に入る。映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」で有名なイチノセ タイゾウさんが、最期の7日間だけ拘留されていた村らしい。イチノセさんは日本人のカメラマンで、カンボジアの内戦の様子を撮影していたところをポル・ポト派に捕まって銃殺された。この村にはイチノセ タイゾウさんのお墓があって(日本にもある)、子供達は「タイゾー、タイゾー」と言って、今でも彼のお墓を大事に守っているらしい。村の様子は言葉で言い表すのが難しい程に、のどかな雰囲気。ヤシの葉で作られた高床式の家が並んでいる。たまに、木やれんがで作られた頑丈な家もある。でも、90%の家がヤシの葉で作られている。小さな赤ちゃんはほとんどが裸。小さな子供達が、私達の乗ったバスを興味深そうにジッと見つめてる。私が笑いかけると彼らも笑い返してくれる。牛が多い。畑が縦横無尽に広がっている。緑がすごく綺麗。時の流れ方が、街とは違う感じ。ロリュオス遺跡の、ロレイやプリア・コーよりも、むしろ村の様子の方が印象的。 あの雰囲気に溶け込んでしまったら、色んな意味で今とは違う人間になるだろうな。ポル・ポト派は、あの村までも侵略して、何も分からない人達を殺したのかと思うと胸が痛んだ。

昼食は、街のレストランでカンボジアの料理。ココナッツの入ったカレーが、かなりの勢いで美味。ホテルに帰ると、夕飯まで時間があったのでフェイシャル・マッサージを受ける。私とあまり背の変わらない、可愛らしい女性の方が私のマッサージをしてくれる。 すごく気持ちが良くてリラックス出来た。半分寝てしまった。 そして夕飯では、カンボジアの代表的なダンスを見せてもらう。まず、女性が1人出てきて、。とても綺麗な魅惑的なダンス
を踊る。手や足の甲が驚く程に外側に反っている。すごく芸術的。見惚れてしまった。 その後、男性と女性の混合のダンス。女性・男性が共に5人ずつくらい。男性の内、1人だけが白い服を着ている。他の男性は皆、青い服。女性は、黄緑色の服。これはストーリーになっていて、漁師と娘の恋を表している。コミカルな感じでとても面白かった。白い服を着ている男性は主役らしい。女性達の内の1人に何度も言い寄って、最後には恋が実るという話。白い服の男性の顔が、ダンスの後半で(女性に言い寄るシーン)ずっとニヤけていたのが印象的。その後は再び男女混合のダンスで、白と黒の木の器を使ってのダンス。器をぶつかり合わせる音によって拍子を取っていた。これも、独特の雰囲気でとても楽しかった。他にも、とても文化的な素晴らしいダンスをたくさん見せてもらった。カンボジアの女性の美しさを実感した。普通にしていてもすごく綺麗だけれど、ダンスを踊ると更に魅力的になった。王様が女性ダンサーを独占したがる気持ちが、すごくよく分かった。男性ダンサー達も、とても男らしくて、しなやかな感じでカッコ良かった。整った顔の男性が多い。本当に、素晴らしいダンスに心の底から癒された。幸せ。ポル・ポト派は、あのダンスの教師達を殺したらしい。何故なのか、全く理由が考えられない。理屈としての理由を説明されても、絶対に納得出来ない。 ホテルの部屋に戻って、テレビでタイのドラマを見た。言葉が全く分からないのに、ストーリーは手に取る様に分かった。何か、思わず笑える程の純愛物サスペンスだったのに、いきなりハードな展開で終わった。続きが気になる。

8/30  いよいよ帰る日。ホテルの出口で、やっぱりあの警備員さんと目が合う。いかめしい顔が、私と目が合った時に「オッ」という感じでほころんだ様子が嬉しかった。タ・プローム、スラ・スラン、。バンテアイ・クディ
などの遺跡を見る。レリーフがストーリーになっていると、やはり面白い。石に囲まれていると、何だか異世界にいる様な幻想的な気分になる。歴史を感じる瞬間は、こういう時、こういう感覚なのだと思った。戦争の時に遺跡を壊してしまった人達を恨みたくなった。大木が壊してしまった
のは・・・まあ・・仕方ないのかもしれないけど・・。 チェックアウトの為に、ホテルに戻る。何とも名残惜しい。本当に綺麗で静かで素晴らしいホテルだった。そして、バスで出口の所に行くと・・・・警備員さんが、あの人じゃない!ガーン。ショックを受ける。でも、とりあえず、初めて見た警備員さんに手を振ってみる。木陰で休んでいたっぽい警備員さんは、控えめに手を振ってくれた。それだけで、少し嬉しくなる。でも、あの3、4回も目が合った警備員さんとは2度と会えないと思うと寂しくなる。後半は、まず高床式の家に行く。なかなか面白かった。普通の民家。でも、カンボジアの中ではすごくお金持ちの部類なのだろうと分かる。まず、広い。壁や床が木で出来ている。(普通の家は、ヤシの葉)そして2間ある。極めつけは、テレビがある。 超お金持ちだろう。床は隙間だらけで、下の様子がすけて見える。たまに「ギシッ」なんて音が聞こえる。なかなかスリリング。

この後、カンボジア人のAki・Raさんという人が建てた地雷博物館に行く。カンボジアの地雷撤去のほとんどを、この人1人がしているらしい。スゴイ。博物館は、普通の小さな小屋だった。爆破装置を取り除かれた何百もの地雷が床に転がっている。Aki・Raさんは、日本語がペラペラだった。地雷の1つ1つを丁寧に説明してくれた。Aki・Raさんの平和を望む気持ちが本当に伝わってきた。ここで、博物館の風通しの悪さと、ややショッキングな内容のお話が原因で、私が軽い貧血を起こす。でも、すぐに近くに置いてある椅子に座ったので大事には至らなかった。椅子に座って休みながら、「一昨日と昨日は、こんなに暑い中をかなり長時間歩いたんだよな〜・・・今まで、一度も気分が悪くならなかったのが不思議。」と考える。バスで帰る時、やはり子供達が手を振ってくれる。が、まだ少し気分が悪かった私は手を振りかえす事が出来なかった。 この後、ツアー会社の敷地内にあるレストランで昼食。久しぶりの畳、座布団。涼しくて良い気持ちになる。大型テレビでは、「地球に好奇心」等のビデオが流れていた。カンボジア伝統の鍋を食べる。美味しい!

最後に、オールド・マーケット(市場)へ行く。すごくにぎやか。体育館の様な大きな小屋の中では、宝石やネックレス・イヤリング等の装飾品だけが売っていた。金色が溢れていた。外に出ると、小さなお店がズラッと並んでいる。ローカルな感じがして好き。 特に多いのが、やっぱり布製品のお店。カンボジアのシルクを売っているお店が多い。どれも、皆綺麗。ただ、あまりにも同じ様な製品を売っているお店が多いから、場所取りが肝心になりそう。その他には、仏像や籠製品を売っているお店も多かった。カンボジアの文化を、身をもって学ぶ事が出来て良かった。 この後、空港へ向かった。夕方の5時頃で、ちょうど大人達が家に帰る時間。国道には自転車やバイクの長い列ができていた。バスが後ろから走ってきているというのに、皆平気で道路に広がっている。かなり危ない。自転車を漕いでいる兄さんと目が合った。優しく微笑んでくれた。

このカンボジア旅行は、色んな意味ですごく得る物が多かった様に思う。来て良かったと思った。帰り際に、ガイドさんが「後数年もすれば、このシレム・リアップも色々変わっていると思います。変わったシレム・リアップを是非見にきて下さい。」と言っていた。 戦争の悲しい記憶を癒す程に、カンボジアの人々の暮らしが良い方向へ向かえば良いと思う。物心つく前から、片言の日本語で「ニマイ イチドル。ヤスイ」が口癖になっていて、観光客に拒否されるのが当たり前になってしまっている子供達の事を思うと本当に彼らの幸せを願いたくなる。でも、どんなに国が変わってしまっても、目が合っただけの見知らぬ外国人に何度も笑いかけてくれる優しさは失って欲しくないと心から思った。