〜ちょこっとバンコク&2泊3日のカンボジア〜8月27日―8月31日
*自宅のベッドの上、飛行機の中、カンボジアのホテルのベッドの上、色んな場所で日記を書きました。記憶が薄れない内に、カンボジアの独特の空気に包まれた場所で日記を書きたかったのです。が、28日に断念・・・。28日以降からの日記は、日本でパソコンに向かって書いたものです。27日の日記にも、後から色々付け加えました。皆様にお楽しみ頂ければ幸いです。色の違う文字をクリックすると、写真を見る事が出来ます。カンボジアは暑かった・・・そして特別な場所でした。*
8/27 (日本 AM5:45)
27日。AM5:00に起床。久しぶりに超早起き。今、自分のベッドの上でこれを書いている。家を出るのはお昼だからもう少し寝てても良かったなぁ。しばらくボーッとしてると今朝見た夢の内容を思い出した。どっかのスーパーに私が買い物に行って、帰ろうとしたらスーパーの入り口の万引き防止器に引っかかった。私は万引きなんてしていないのだが、店員に服のポケットの中身を調べられる。そのスーパーの商品は1つもポケットの中になかったが、壊れたロッカーの鍵が出てくる。店員「どうしてコレは壊れているんだ?」私「私がロッカーをこじ開けたからです。」店員「こじ開けた?アハハハハ。」 こんな感じの夢。・・・私なりに夢判断をしてみた。多分、万引き防止器は空港にある金属探知ゲート(正式名称不明)を表しているんだと思う。私はアレを通る度にすごくドキドキするので、夢に出てきたのだろうな。壊れたロッカーの鍵と、ロッカーをこじ開ける事とかの正体は不明。ま、いいや。あんまり気にしない様にしよ。今、AM6:10。そろそろ朝御飯を食べようかな。
8/27 (日本PM5:45)
今、バンコク行きの飛行機の中。久しぶりの飛行機なのでちょっとドキドキ。これから約6時間の飛行の後、夜の10時近くにバンコクに到着して一泊。明日の朝、バンコクからカンボジアに向かう。日本とバンコクの時差は2時間だけ。ホッと一安心。そうそう、成田で素樹文生(もとぎ ふみお)さんの「旅々オートバイ」というエッセイを買った。かなり面白い。あ、書き忘れたけど、まだ飛行機は成田の滑走路に止まっている。空港で金属探知ゲートには引っかからなかった。でも、けっこうたくさんの人が引っかかっていた。成田には、当たり前だけどたくさんの外国人がいて、一瞬、自分がどこの国にいるのか分からなくなる。っていうか、今ふと我に返ったけど、何、この支離滅裂な文章は・・。 あ、スチュワーデスさんが天井の荷物入れのふたを閉め始めた。もうすぐ離陸か。 今、PM6:00。成田に止まっている飛行機の中からでした。
今、日本の時間では夜の8時40分。まだ、飛んでいる飛行機の中。今はどこら辺の上空を飛んでいるのかな。窓の外は真っ暗。翼についている小さな電気だけが夜空の中で光っている。成田で本を買っておいて良かったとしみじみ実感。そうそう、30分くらい前に機内食を食べた。私は機内食ってけっこう好き。魚のクリーム煮を食べる。美味しかった。感じの良いスチュワーデスさんが1人いて、嬉しくなったりした。バンコクに着くのは、多分、後2時間位かな。夜中に着いて早朝に発つので、多分バンコクに着いてはほとんど何も見られないだろう。残念。今、日本の時間では夜の8時55分。多分、中国の近くら辺を飛んでいるであろう飛行機内からでした。
今、日本の時間で夜の9時10分。香港の上空を飛んでいるらしい。
タイのバンコクに到着。タイの時間で夜の10時25分。日本は今、午前0時25分。 バンコクの空港はなかなか綺麗。でも、ちょっと殺風景。税関のところで、1人の女性職員が自分の受け持ちのカウンターをCLOSEDにして、仕事用のパソコンでトランプのゲームをしていた。しかも、真横で仕事をしている同僚にペラペラ話しかけていた。気楽な感じで良い。聞き慣れない言葉が飛び交っているけれど、日本人もまあ多い。っていうか、日本人の茶髪の若者が多いのが意外。現地のガイドさんに連れられて空港から出てバスに向かう。気候は思ったよりは暑くない。でも、熱気を感じる。バスの車窓からバンコクの夜の街を眺める。ネオンが光っていてとてもにぎやかな感じ。高いビルが多い。ソニー、ブリヂストン等、日本の会社のビルも多い。目につくのは、高速道路の脇にある大きな看板達。コーヒー、各国の人気サッカー選手達、シャンプーの宣伝らしい綺麗な髪の女性、等々の写真がライトに照られている。一軒屋はあまり見つからない。アパートがほとんど。アパートの外壁は白や灰色が多い。お寺は華やかな色に塗られている。バンコクは本当に都会という感じ。ホテルに近づくと、カタカナで書かれた文字もチラホラ見つかる。「オイルマツサーシ」とか(笑)。飲み屋さんでは、若者やオッちゃん達が赤や紫の裸電球の下で楽しそうに笑いながらお酒を飲んでいる。ホテルはかなり大きくて綺麗。一泊しか出来ないなんて残念。早々とベッドに潜りこんで就寝。
8/28 (カンボジア シエム・リアップ)
今、カンボジアの時間で午後1時45分。今はカンボジアの街の1つであるシエム・リアップのホテルの一室でこれを書いている。
国道の左右は森に囲まれていて、牛がたくさん放し飼いにされている。葉っぱの色は薄い緑。広い土の道路の真ん中にアスファルトで道が作られた感じ。国民はほとんど皆、バイクに乗っている。バイクがタクシー代わりでもある。1つの小型バイクに大人3、4人が乗っていたり、小学生くらいの子供が運転して大人が後ろに乗っていたりする。バイクの免許はいらないので、子供もバイクに乗って学校に行ったりするらしい。でも、バイクは高いらしい。女性は大抵、横座りで後ろに座っている。女性が椅子にまたがるのは下品とされているので。が、ズボンを履いてバイクを運転している女性もいるにはいる。若い男女が1つのバイクに乗っていたりしたら、その2人はすぐに街中の噂になってしまうらしい。そうそう、カンボジアでは、ビリヤードは不良のする事らしい。だから、ビリヤードをしている男の子と付き合っているのがバレると、女の子は母親にすごく叱られるらしい。何故に、ビリヤード・・・? 土の道路の上では、野菜・果物・ジュース・おもちゃの屋台が並んでいる。小さな子供も普通に店番をしている。中には、ハンモックで寝ながら店番をしている人達もチラホラ。オッちゃん達が、道端で楽しそうに喋っている。私と目が合ったオッちゃんが、ニヤッと笑って手を振ってくれた。バイクタクシーの運転手は、皆オッちゃん。色んな建物もある。院長がスイス人で、15歳以下の患者なら無料で診察してくれる病院(私達が見た時、入り口に長い列が出来ていた。でも、診察料は高いので大抵皆は怪我や病気をしても我慢するらしい。)、裁判なんて滅多にやらず、職員はほとんど毎日バレーボールをして遊んでいるらしい裁判所、ろうあ者の自立の為の施設(木彫りや石彫りの技術を教えるらしい)、 警察署、カンボジアに2つしかない信号(信号設置当時は、信号の意味を理解する人が少なくて、常に信号の側に警察官が立っていたらしい。)、バイクや車も平気で上に乗って走ってしまう歩道、子供たちがサッカーやバレーボールをする広いスタジアム、等々。建物は薄いオレンジ色やうすい緑色など、カラフルに塗られている。色んな建物にお釈迦様の顔の石像が置いてある。シエム・リアップの街の雰囲気は、開放的というかラフというか・・自由な雰囲気。夏の昼間の明るい感じがすごく似合う。でも、壊れた建物や、手足が無い人達もたくさんいて、内戦の後が色濃く残っている。ガイドさんの「93年に生まれ変わったばかりの国。」という言葉が印象的。
バスに乗って、まずはアンコール・トムへ。遺跡に入るには入場券が必要なので、途中で作ってもらう。3日分の入場券は40ドル。40ドルなんて、カンボジアの人にとっては大金。だから、カンボジア人は無料で入れる。しかし、遠くに住んでいるとアンコール遺跡に来る為にはお金がかかりすぎるので、カンボジア人の中でもアンコール遺跡を一度も見た事がない人もたくさんいるらしい。アンコール遺跡を取り囲む広いお堀がキラキラ光っていて綺麗。お堀の周りにも、やはり屋台とバイクタクシーの列。子供達が楽しそうに泳いでいるのが見える。お堀で泳ぐ事を許されているのはカンボジア人だけ。とは言え、外国人は言われなくても泳ごうとはしないらしい。ヒルがたくさんいるらしいし、まず水が濁っているので。
アンコール・トムに到着。アンコールは都、トムは大きいという意味。その言葉通り、高さ8mの塀と1辺3kmの城壁で囲まれている。アンコール・トムを建てたのは12〜13世紀初頭、クメール王国の最盛期の王ジャヤヴァルマン7世。この王様、あまりにも頻繁に戦争を繰り返していたので、どの様にして死亡したのか不明らしい。バスを降りると、すぐに物売りの子供達が近寄ってくる。6、7歳くらいの子供ばかり。日本語で書かれたガイドブックやスカーフなどを両手に抱えて「ニマイ イチドル。ヤスイ。」と繰り返している。彼らはとても可愛いので、うるさくはない。女性の観光客に「オネエサン キレイネー」と繰り返している子もいる。つい笑ってしまう。私達が無視をすると、慌てて値段を下げてくる。彼らにはテリトリーが決まっているらしく、ある一線まで来ると追いかけてこない。私達は1つも買わなかったのに、子供達は私たちに手を振ってくれる。「可哀想」という一方的な立場からの言葉を使うならば、買ってあげるべきか。でも、私達は道端で物を買う事に慣れていない。「不良品ではないのか」という疑惑がどうしても頭の隅にある。とても複雑な心境。
まずは、
書き忘れたけど、この日は暑かった・・・しかも、朝に飛行機で着いたばかり。ただでさえ暑さに弱くてヘロヘロになっていた私は、ピミャカナスの長い階段を登るか否かは自由だったので、下に残っていようと思った。が、ま、結局は登ってしまった・・・膝が爆笑した。「明日は筋肉痛がくるな。」という発想が一気に湧き上がった。(あえて、一日遅れ。っていうか、私はいつもそう。)でも、頂上に立つとやはり景色が良くて、登って良かったと思った。そして、またバスに乗って今度は
この後、昼食の為にレストランに向かう。ビュッフェ(バイキング)式。店内はとても涼しくて気持ちが良い。おかずがたくさんあったけれど、全部すっごく美味しい!!特に麺類。お薦め。3つの麺の中から1つを選んで(素麺みたいな麺、きしめんみたいな麺、ラーメンみたいな麺)コックさんに調理してもらえるんだけれど、かああなり美味。これは一見ならぬ一食が必要。 この後、一端ホテルに戻る。やっぱりこのホテルは良い・・・ソフィテルロイヤルホテル。すごく可愛い女性の従業員さんが私達が来るのを見計らってドアを開けてくれる。ロビーの横の方で、男性の方が木管の様な楽器を弾いている。船の形をした土台に、薄い竹が並べられている感じ。とても綺麗な音色が聞こえてきた。
1時間半くらいして、再び出発。ホテルは、入り口と出口に分かれている。出口の所に立っている警備員さんが、私達のバスに向かっていかめしい顔つきで敬礼をする。が、バスの一番後ろの席に座っている私と目が合うと、真っ白な歯を見せてニッコリ笑ってくれた。夕日に映えるアンコール・ワットを見る為にバスでバケン山へ向かう。ここは、人が登る為の険しい道と、象の為のゆるやかな道がある。観光客が何ドルか払えば象に乗る事が出来る。山のふもとに5頭くらいの象が立っていた。緑色の服を着た男性達が、それぞれの象の頭の上に直接座っている。お客さんは、象の背中にくくりつけられている木の椅子に座る。私は象に乗らなかったので、険しい道を登る。登りきったところで、大きな石の寺院・・そして、目の前にある長い階段・・。気合いを入れて何とか登りきる。無限に広がる深い森と、石の芸術作品達が眼下に広がる。高い場所はやっぱり良い。残念ながら空は曇っているので、夕日は見れそうにない。遠くの方でアンコール・ワットが目立っていた。観光客がけっこうたくさんいて、にぎやか。私の目の前を、紺地に白い大きな毛筆の字で「契」と書かれたTシャツを着ている西洋人のオッちゃんが通る。 帰りは象の道を下る。螺旋状になっているのだけれど、長い。空はどんどん暗くなっていくのでちょっと急ぐ。途中で、象の大群と出会う。ビビる。象の頭上に乗っている人達が「ハッ!」とかけ声をかけて象を走らせる。5頭程の象が一気に走り出す。更にビビった・・。 象の目が金色とだいだい色を合わせた様な色である事に気づく。夕飯は、ホテル内のフランス料理店。落ち着いたロマンチックな雰囲気。メニューが日本語と英語と現地語で書かれている。やっぱり日本人のお客は多いのか。嬉しいはからい・・・・が、1つだけ注文をつけるとすれば、店内の明かりが少なすぎ・・・小さな電気と各テーブルに置かれた蝋燭のみ。でも、料理はすごく美味しかったし、ウェイターさんもとても優しい感じだったので大満足。 ☆
8/29
カンボジア2日目。朝日に映えるアンコール・ワットを見る為に、朝の5時にホテルを出発。まだ真っ暗。何も見えない。しかし、カンボジアの子供や女性は朝の3時頃に山へ出かけて薪を取ってくるらしい。その薪を市場へ持っていくのが5時頃なので。こういう仕事は、男性は絶対しないらしい。結婚すると全く働かなくなる男性も多いとの事。この国は、まだ男尊女卑。一度でも離婚した女性は汚れた身とされるので、どんなに酷い夫でも女性はなかなか別れられないらしい。が、子供の結婚相手を選ぶのは母親の仕事。 再びアンコール・ワットへ到着。まだ暗いので、昨日の昼間に見た時とはちょっと雰囲気が違う。南大門を通り抜けると、意外とたくさんの人達が集まっている。 15分くらいして、だんだんと空の色が変化し始める。驚く程に美しいグラデーションが広がる。赤、オレンジ色、黄緑、青、という感じで。見惚れている内に、全てがオレンジ色に染まる。
バンテアイ・スレイ遺跡は、女の砦という意味。。
昼食は、街のレストランでカンボジアの料理。ココナッツの入ったカレーが、かなりの勢いで美味。ホテルに帰ると、夕飯まで時間があったのでフェイシャル・マッサージを受ける。私とあまり背の変わらない、可愛らしい女性の方が私のマッサージをしてくれる。 すごく気持ちが良くてリラックス出来た。半分寝てしまった。 そして夕飯では、カンボジアの代表的なダンスを見せてもらう。まず、女性が1人出てきて、。
8/30 いよいよ帰る日。ホテルの出口で、やっぱりあの警備員さんと目が合う。いかめしい顔が、私と目が合った時に「オッ」という感じでほころんだ様子が嬉しかった。タ・プローム、スラ・スラン、。
この後、カンボジア人のAki・Raさんという人が建てた地雷博物館に行く。カンボジアの地雷撤去のほとんどを、この人1人がしているらしい。スゴイ。博物館は、普通の小さな小屋だった。爆破装置を取り除かれた何百もの地雷が床に転がっている。Aki・Raさんは、日本語がペラペラだった。地雷の1つ1つを丁寧に説明してくれた。Aki・Raさんの平和を望む気持ちが本当に伝わってきた。ここで、博物館の風通しの悪さと、ややショッキングな内容のお話が原因で、私が軽い貧血を起こす。でも、すぐに近くに置いてある椅子に座ったので大事には至らなかった。椅子に座って休みながら、「一昨日と昨日は、こんなに暑い中をかなり長時間歩いたんだよな〜・・・今まで、一度も気分が悪くならなかったのが不思議。」と考える。バスで帰る時、やはり子供達が手を振ってくれる。が、まだ少し気分が悪かった私は手を振りかえす事が出来なかった。 この後、ツアー会社の敷地内にあるレストランで昼食。久しぶりの畳、座布団。涼しくて良い気持ちになる。大型テレビでは、「地球に好奇心」等のビデオが流れていた。カンボジア伝統の鍋を食べる。美味しい!
最後に、オールド・マーケット(市場)へ行く。すごくにぎやか。体育館の様な大きな小屋の中では、宝石やネックレス・イヤリング等の装飾品だけが売っていた。金色が溢れていた。外に出ると、小さなお店がズラッと並んでいる。ローカルな感じがして好き。 特に多いのが、やっぱり布製品のお店。カンボジアのシルクを売っているお店が多い。どれも、皆綺麗。ただ、あまりにも同じ様な製品を売っているお店が多いから、場所取りが肝心になりそう。その他には、仏像や籠製品を売っているお店も多かった。カンボジアの文化を、身をもって学ぶ事が出来て良かった。 この後、空港へ向かった。夕方の5時頃で、ちょうど大人達が家に帰る時間。国道には自転車やバイクの長い列ができていた。バスが後ろから走ってきているというのに、皆平気で道路に広がっている。かなり危ない。自転車を漕いでいる兄さんと目が合った。優しく微笑んでくれた。
このカンボジア旅行は、色んな意味ですごく得る物が多かった様に思う。来て良かったと思った。帰り際に、ガイドさんが「後数年もすれば、このシレム・リアップも色々変わっていると思います。変わったシレム・リアップを是非見にきて下さい。」と言っていた。 戦争の悲しい記憶を癒す程に、カンボジアの人々の暮らしが良い方向へ向かえば良いと思う。物心つく前から、片言の日本語で「ニマイ イチドル。ヤスイ」が口癖になっていて、観光客に拒否されるのが当たり前になってしまっている子供達の事を思うと本当に彼らの幸せを願いたくなる。でも、どんなに国が変わってしまっても、目が合っただけの見知らぬ外国人に何度も笑いかけてくれる優しさは失って欲しくないと心から思った。