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顎下腺(唾石症にて)摘出術による入院 (2001.05.02〜05.17)


2001.05.02(水)
 9:30 国立M病院へ入院
   歯科口腔外科外来にて入院前の検査
   1F1番窓口へ口腔外科外来からの書類を自分で持って行き、入院手続きを済ませる。
   次に、また書類を持って、8病棟の受付へ行く。
   病室は、821号(22.03u:4人部屋)で、入院生活でのベットは、部屋に入って右側の出入り口側。
   この821号室は、病棟へ出入り口側で、人の出入りが頻繁で落ち着かない。
   病棟内の諸注意に付いて説明してくれたのは、若いナースのAさん。
   一度に多くの説明を口頭でされても覚えられない。

12:00 昼食(常食)が出てきた。
   思ったほど不味くはなく、御飯も少し暖かかった。

14:15 口腔外科の処置が始まったが、処置室に待ち用のイスが無造作に置いてあり、他人の処置を見ているのは、・・・・

18:00 夕食を食べる。

19:00 麻酔科の先生の来るのを待っていたが、この時間まで来なかったので、外泊の手続きに記録室(ナースステーション)へ行く。
   内容を話したら、これからですかと、ビックリしたようで、ドクターWに問合せ後、ナースAが書類を渡してくれて、
   記入後、無事、手術前日の5/6 19:00まで外泊できる事になった。

05.03(木)〜06(日)

   自宅にて、風邪を引かないようにしていた。

05.06(日)

18:50 外泊終了。病室に戻る

19:30 麻酔科のドクター来室。
   少し、風邪気味である事を話すが、特に問題ないでしょう。

21:00 ミン剤(睡眠導入剤=リスミー:1ケ)を渡されたので、飲む。

05.07(月) 手術当日

 7:30 ナースKにより、浣腸される。
   1〜2分ガマンして下さいとのこと。
   2分はガマンしてやろうと思ったが、1分30秒で・・・・・・。

 8:00 手術着を1枚身に纏い、その下にはT字帯を装着して準備完了。後はじっと待つのみ。
   手術の開始時間は、11:30の予定。
   この時間は、実際のところ、手術室への入室時間である事が、後になって分かった。

10:00 手術室への搬送用のストレッチャーが病室前にあり、自分の名前が書いてあるのを確認。
   ベットの脇に、ストレッチャーが入れられ、ストレッチャーに仰向けに乗った後、肩に筋肉注射をされたら、
   いつのまにか意識はなかった。
   確か、ナースKとの会話の中で、筋肉注射の内容を聞いた記憶があるが、手術室への入室前に意識が、
   無くなってしまうとは、不覚であった。手術室でドクターWの顔を見て、「よろしくお願いします」と話す事は出来なかった。

 術 後 覚醒した時間は覚えてないが、痛みは思ったほど無かった。
   確か、覚醒してから、鎮痛剤をアナルに1ケ挿入されたと記憶している。
   記憶の繋がりを辿ってみると、術前に肩に注射された。→ 術後ベットで覚醒(=痛みはありますか?)。
   となっており、前回のS病院での全身麻酔手術の時と、記憶の途切れるスタートが違っているだけである。

一晩中  少々血混じりで、ドロドロしているタンを、ティッシュに採る作業を一晩中実施していた。
   朝には、ティッシュ2箱が底をついた。
   舌が思うように動かなく(この時は、口の中等が腫れている事を認識していない)、ティッシュに採っても採っても
   沸いてくるタンで、術前のように話す事が出来ない。
   この件は、インフォームド・コンセントでは出てこなかった。    

05.08(火) 術後 1日目

 6:30 ナースに尿道カテーテルを抜いて貰う。
   抜く時に、少し痛みがあったが、これですっきりした。
   すぐにトイレに行き、オシッコをする。
   この時、術後初めて自分の顔を見たが、顔の左半分・舌の下側の腫れ(2枚舌になっていた)にビックリした。

 7:30 いよいよ、術後最初の食事タイムに入り、やっと食事だと意気込んで、ブレンダリー食全粥を食べようとしたが、
   最初の一口を口の中に放り込んで、飲み込もうとしたが、飲み込めないではないか。
   口の中は、今回の手術で一切何もしていないはずなのに、どうなってしまったのであろうか?
      
2001/05/07(月)に、オヤジの左顎下腺より摘出した唾石。
オヤジの左顎下腺から摘出された唾石
写真=唾石
長辺10mm×
短辺9mm
国立M病院の歯科口腔外科にて


拡大画像(387KB)
 9:00 ドクターWが、取り出した唾石を持ってきてくれた。
   後は、日々良くなるだけだからの一言は、この時はあまり信じられなかった。

12:00 流動食のテルミールミニ200kcal/125mL(珈琲味)2本が出てきて、飲む事にトライしたが
   1本の1/4位飲んで飲み込むことが無理である事を確信した。

14:00 処置室にて、傷口の消毒を行い、ガーゼの取り替え実施。=ドクターW
   傷口をカバーしていたテープは、かなり小さくなった。
   朝・昼と続いて食事が出来ない状態に陥っているので、鼻から胃までチューブを入れる事になって
   しまった。(オエとなってしまうだろう)

14:30 病室に戻ったら、親父・お袋が見舞いに来ていたが、顔のあまりの腫れに直ぐに帰ってしまう。

15:00 鼻から胃までチューブ(マーゲンチューブ)入れに、ナースHがやってきた。
   やっと4回目にして、無事胃まで入れる事が出来た。
   4回目をトライしていた時のナースHは、すごかった。
   「汚れても良いからガマンして」=オエの連続で、唾をティッシュで受け止めようとしていたが、ベットが汚れるのを気
   にせずにMチューブを飲み込んで下さい。
   チューブの先が胃まで到達したのを、聴診器で確認。
   ナースHに、術後から落ち込んでいるのを指摘された。

17:30 ナースHが、食事ですよと、薄い黄色の液体が入ったビニール容器を持って、入ってきた。
   あれ、食事は18:00からであったはず。
   流動食での食事タイムは、30分早いとの事。
   点滴と同じようにフックに吊るされたビニールの容器からコーンスープ(コーンスープだと分かったのは翌日)が胃の中
   へと流し込まれている。
   食べた気分ではない。

   タンのでる量は、ずいぶん減ってきた。

05.09(水) 術後 2日目

 7:00 朝食 2回目のコーンスープ(まだ液体の正体が、コーンスープと分からない)を胃へ流し込む。

10:00 2回目の流動食を胃に流し込む作業が終了したが、食事後の満腹感が無いので、食パンを買いに売店へ行き、
   食べれるか挑戦。
   1ケに30分位費やして、4ケのうちなんとか3ケを食べるというより、口の中で粥状にしてから流し込んだ。

11:30 昼食に3回目のコーンスープを持ってきたが、お茶を飲み込む事が出来たので、ビニール容器からコップへ注いでもらう。
   この時、薄黄色の液体がコーンスープである事が分かった。
   結局、味に飽きてしまったコーンスープを3/4飲み。あと、テルミールミニの珈琲味を1本飲む。

14:00 処置後、鼻から挿入されていたチューブをドクターWに抜いてもらう。
   お粥であれば食べられることを話した。

18:00 待ちに待った、お粥を食べられると期待していたが、
   出てきたのは、テルミールミニバナナ味2本であった。ショック・・・・・。
   仕方なく、バナナ味とコーンスープ味を各1本ずつ飲む。

05.10(木) 術後 3日目

 7:30 朝食
   またまたテルミールミニ×2本

 8:30 ドクターWが病室に顔を出してくれたので、お粥であれば食べられる事を訴え、昼食からお粥に変更してもらう。

12:00 昼食(ブレンダリー食 全粥)
   待ちに待った米飯を食べる事が出来る。
   時間にして30分ほどかかったが、ほんとうに牛負けた。(=馬勝った=ウマかった)

12:30 食事後の歯磨き・ウガイ中に、口の中から剥離し、洗面台へと吐き出された物があった。
   一瞬、吐き出された物は何だろうと思い直視したら、昨日の処置の時にドクターWが口の中から取り去った物と
   同等の形状・色と判別できたので、廃棄処理をした。
   (処置の時にドクターFにこの出来事を話したら、口内炎の直ったカスだろう)

14:30 処置 ドクターF
   傷口の上にカーゼをあて、その上からテープで留めていた方法から、長方形のガーゼ付テープ(傷バンの特大のようなもの)
   に変わった。

17:30 点滴スタート
   ナースHと顔が合ったら、すかさず「チューブ抜いてもらったんだ」。言葉を返したいが、思うように話す事が出来ない。
   この時間からの出勤では、翌日のAM1:00までの勤務体系である事が、入院生活も数日経ったので理解してきた。

18:00 夕食(ブレンダリー食 全粥)
   昼よりもだいぶ早く食べれるようになった。

05.11(金) 術後 4日目

 6:00 今日から、毎朝の日課となっていた、体温と心拍数の測定が無くなる。

 7:40 朝食
   ブレンダリー食 全粥+牛乳
   白牛乳を飲むなんて、何十年ぶりだろう

 8:52 点滴

10:00 飲み薬が配達された。
   ATP20mg・メチコバール錠500ug=朝・昼・夜の食後7日分

12:00 昼食
   煮込みうどんが出てきた、少し食べずらい。

14:05 処置 ドクターF

17:20 点滴

18:00 夕食
   ブレンダリー食 全粥

05.12(土) 術後 5日目

   本日は、入院生活に入って、最初の休日モードである。
   ナースは通常は3名体制であるが、本日は4名体制との事。

 7:40 朝食
   ブレンダリー食 全粥+牛乳(白)

 9:15 処置=ドクターF(休日はこの時間に始まる)
   消毒中に傷口は乾いていると話し掛けてくれたので、すかさず、入院以来休んでいたシャンプーの
   許可を申請してみると、無事OK
   ドクターの服装がラフなこと

10:35 点滴

12:00 昼食
   ブレンダー食 全粥

15:00 HARUKOさん、FUKUKOさん、(=お見舞い人)、看病人がいっしょに来室
   看病人にシャンプーを、してもらう=傷口のテープの上をタオルで覆い
   6日ぶりでほんとうにすっきりした。

17:30 点滴

18:00 夕食
   ブレンダリー食 全粥

05.13(日) 術後 6日目

   本日も、休日モードである。
   ナースは3名体制。
   ナースHの顔があった。

 7:40 朝食
   ブレンダリー食 全粥+牛乳(白)

 9:00 点滴

 9:05 点滴をしたまま処置室へ
   処置=ドクターW(休日はこの時間に始まる)
   入院以来休んでいた入浴の許可申請をしてみたが、無事OK
   ドクターの服装がラフなこと

   点滴終了後、5/7以来左腕に刺さっていた点滴用セットを取り除いてもらった。

11:00 弟夫婦がお見舞いに来室

12:00 昼食
   ブレンダー食 全粥

14:00 術後初めての入浴
   ナースHに、ガーゼ付テープの上から、防水用テープを張ってもらいシャワーを浴びる
   もちろんシャンプーも。

15:30 兄貴夫婦が来室=お見舞い

17:00 点滴
   今回から、毎回点滴針を静脈にブスリ。

18:00 夕食
   ブレンダリー食 全粥

05.14(月) 術後 7日目

 7:40 朝食
   ブレンダリー食 全粥+牛乳(白)

 8:40 処置=ドクターW
   トイレへ行った後、ベットで新聞を読んでいると、突然のナースコールにて、処置へ出て下さいとのこと
   月曜日は、手術があるのでこの時間から処置がはじまるとのこと。
   予定通り5/17(木)に退院できますかとの問いに、この状態なら大丈夫でしょう。

10:00 点滴
   点滴針を静脈にブスリ。

11:00 病院の敷地内を散歩して部屋に戻ったら、館内放送にて呼び出されてしまった。
   記録室に顔を出し、額、鼻の周辺が酷いので、皮膚科へ。
   ドクターT(女医)

12:00 昼食
   ブレンダー食 全粥

17:15 点滴
   点滴針を静脈にブスリ。

18:00 夕食
   ブレンダリー食 全粥

05.15(火) 術後 8日目

 7:40 朝食
   ブレンダリー食 全粥+牛乳(白)

 8:30 ドクターW、F来室
   常食への変更訴求
   舌の左右の感覚を話す。

10:15 点滴
   点滴針を静脈にブスリ。

12:00 昼食
   やっと、ブレンダー食 全粥から、常食米飯になった。
   食べる時間は、40分かかった。
   少し足りない気がする。ご飯の大盛りたのもうかな?。

14:15 処置=ドクターF
   傷口を細かく縫ったので、約15〜20本の抜糸をした。
   痛みは、ほとんど無く。ヒゲと同じぐらいの太さの糸を抜く時、引っ張られる感触もほとんど無かった。
   傷痕を鏡で見てみたが、ヒゲで良く見えなかった。

17:20 点滴
   点滴針を静脈にブスリ。

18:00 夕食
   常食 米飯250g大盛り

05.16(水) 術後 9日目

 7:40 朝食
   常食 米飯250g大盛り+牛乳(白)

12:00 昼食
   常食 米飯250g大盛り

14:00 処置=ドクターF
   ドクターFの指示により、売店で傷痕に貼るMicroporeテープ購入(=189円)。
   5/15に傷痕に貼ったテープは、自然に剥がれる貼っておき、剥がれたら、Micropore
   テープを張って下さい。

16:50 皮膚科へ受診した時に、使うことを進められたシャンプーを売店にて購入。

18:00 夕食
   常食 米飯250g大盛り

05.17(木) 術後 10日目 退院日

 7:40 朝食
   常食 米飯250g大盛り+牛乳(白)

10:20 ナースコールにて、会計して下さいの案内あり。
   会計後、会計済の引換え券を記録室まで届けて、やっと退院手続き終了。
   これにて、投獄生活の終了。

10:30 入院生活での荷物は、退院が決定した昨日に、看病人に運び去ってもらっているので、紙袋1ケと
   セカンドバックを持って病棟を後にする。

11:05 茨城交通のバスに乗って、我が家へ向かう。

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