私が戸川純さんのファンになったのは、1982年のTVドラマ『刑事ヨロシク』とゲルニカのアルバム『改造への躍動』以来のことなので、早いものでもう20年が経ってしまいました。楽器をまったく弾けないない私が音楽を作ろうと思ったきっかけは、『改造への躍動』を聴いて「そうだ、自分のやりたい放題やっていいんだ!」と確信したからですし、今も続けているアンビエント・ユニットを結成したのも、戸川さんのコピーバンドで知り合ったプログレ系ギタリストとの出会いがきっかけでした。高校の先輩が「ヤプーズ」のメンバーだったこともあって、彼女に対する思い入れというのは相当「重症」なものですね。7年前の不幸な事件以後も、ライブやお芝居には何度も足を運びました。
そんな私が数ある戸川さんの曲の中で一番好きなのは「蛹化(むし)の女」ですね。「好き」というよりも「思い入れがある」と表現した方が正確かもしれませんが・・・
パッヘルベルの有名な「カノン」原曲のこの曲には、弦楽合奏風のバージョンとライブでの「パンク版」の二つのバージョンがありますが、どちらも好きです。といいますか、「二つ合わせて一体」みたいな趣がありますね。蛹から脱皮する以前/以後みたいな印象があります。
月の光白き林の木の根元を掘ると、蝉の蛹がいくつも出てくる。それはまるで、好きなあなたのことを一心に思い過ぎて変わり果ててしまった私の姿のよう・・・
本物の蝉の蛹は、夏休みのキャンプ場でテント設営のために地面を掘りかえしていたとき何度か見たことがあります。子供心に「生き物」という感じがまったくしませんでしたね。「鉱物」のような印象がありました。木の根に吸い付くようにくっ付いていたので「球根」のような感じもしました。「動物/植物/鉱物」の分類秩序を超えてしまう不思議な存在感に満ち溢れていました。
この曲で歌われている感覚が「アニミズム」のそれに近いというのは、発表当時から指摘されていたことで、ここで私が屋上屋を架すこともないでしょう。
私にとって、この曲が「最も思い入れある曲」になったのは、この曲を聴くたびに3年前の初夏に亡くなった友人のことが頭に浮かんでくるからです。アーティストとして底知れぬ才能を持っていた彼女は、自分の存在をまるごと受け入れてくれる人とようやく出合うことができました。そんな幸せな日々が始まって間もなく彼女は事故で亡くなりました。それ以来、この曲が夭折して才能を開花できなかった彼女のことを歌っているような気がしてなりません。
夏の想い出。十年ほど前に真夏の京都に一日だけ出かけたことがあります。玉依媛(たまよりひめ)を祀り、平安京の鎮守神とされた下鴨神社(賀茂御祖神社)にお参りするためでした。糺の森の中では蝉の音が鳴り響いていました。時々ウォークマンで戸川さんの曲を聴きながら、下鴨神社とその周辺をただなんとなく歩き回りました。
その時考えたのは、平安京遷都直後に頻繁に出された「夜の祭り」を禁止する太政官符令(類聚三代格巻十九・禁制事)のことでした。「夜祭歌舞」・「夜祭会飲」・「会集之時男女混雑」とあり、また「踏歌」とも表現されていることから、もともとは村落の境界で営まれた男女の性の駆け引きを伴った「歌垣」に似た神事・祭式が、急激な都市化に伴って次第に祝祭的な狂騒の場と化して平安京周辺に沸騰したことをうかがわせる記述です。京における芸能の発生すら感じさせる記述ですが、権力の側はそれをしばしば禁圧しようとしました。ただ、禁令が何度も出されたところを見ると、「実効性」は少なかったのではないでしょうか。京都の神社仏閣や町衆が営んでいる祭りの中に、「都市の祝祭」の初源にあるオルギーな祭式性の痕跡を探り当てるフィールドワークは、今日のライブハウスやクラブでのイベントでも可能ではないかと、都市人類学者の端くれとして直感しました。
2002/08/15 (木) 23:22
|
|