音楽的無意識2

宮澤賢治と音楽、あるいは固有名の彼方へ

昨年の宮澤賢治生誕百年に前後して、様々な音楽家がオマージュとして作品を発表しました。賢治の作品の中でも、物語の壮大さと繊細さゆえに「銀河鉄道の夜」が最も愛好されているようです。ただ、それらの音楽作品を聴くにつれ、出来事と心象の揺れが巧みに織り込まれたこの物語を音楽に翻訳する原理的な困難さに思い至らざるを得ません。賢治の傑作の中でもとりわけこの作品は、物語に登場する出来事をただ描写し配列しただけでは微細な心意の動きが伝わってこないし、かといって心象風景をスケッチしただけではダイナミックな物語のうねりが伝わってこないのです。この点では、生誕百年ブームとは無関係に1985年に発表された細野晴臣の同名のサントラ盤も、例外ではないようです。

そもそもこのサントラ盤は、ますむらひろしの原案、別役実の脚本という、賢治の世界に深く強くひかれた人々の参画したアニメーション映画のサウンド・トラックとして発表されたものです。賢治の作品の音楽化というよりは、賢治に触発された映像作品の音楽化といった方がよいでしょう。従って、原案者と脚本家によってあらかじめ整地された物語を実に巧みに音楽化しえたとは言えても、細野晴臣自身が「銀河鉄道の夜」から触発されたイマジネーションをダイレクトに表現したとは言いがたいもどかしさが伝わってきます。

このサントラ盤発表の1985年に細野は、自分の主宰するレーベルから半年にわたってほぼ月一枚のペースでアルバムを発表するという快挙(怪挙?)を成し遂げました。『銀河鉄道の夜』もそれらの一枚なのですが、その中に『マーキュリック・ダンス』というアンビエントの傑作としていまなお評価の高い作品があります。日本各地の聖地を巡礼しながら、木火土金水に象徴される自然界のエレメントから生成されるイメージをダイレクトに表現したものです。アブストラクトで単調で、なおかつ極端に音数の少ないシンセサイザーの音響が喚起するのは、風の囁きであったり、レトルトの中でゆらめく水銀の輝きであったり、都会の夜に鈍く光る月であったりします。『銀河鉄道』とも共通する素材を使いながらも、はるかにピュアな感覚に貫かれています。そしてそれは、宮澤賢治のとは銘打たれてはいないものの、賢治がその繊細な感覚で花巻の自然や東京の喧噪の中に感じ取ったであろうものどもとも深い水脈で繋がっているのだと、容易に直感できるのです。

細野晴臣の二作品を聴き比べると、実に皮肉なことに、宮澤賢治との関連を直接謳った作品よりも、細野が自分の身体感覚を駆使して自然の気配を写し取ろうとした作品の方に、はるかに宮澤賢治的感覚が横溢しているのが感じとれます。つまり、他者の作り出したイメージの安易に寄り掛かるよりも、己の感覚を深く忠実に掘り下げていくことで、己の個別性を超えたより普遍的な世界を表出できるのです。そしてそれは、かつて賢治自身が行い到達した世界ではないでしょうか。


初出:『月刊モダンビーム』第4号、1997年11月
段落ごとに改行した他は、ほぼ原文のまま採録しました




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