音楽的無意識4
新居昭乃の帰還
新居昭乃さんが十年ぶりに発表する二枚目のアルバムがベスト盤だというのを知ったとき、頭の中を幾つもの疑問符が行き交ったものです。アルバム一枚しか発表していないシンガー・ソング・ライターのベスト盤ですって? それも十年たった今何故? このちょっとした頭の中のパニックは、『空の森』と銘打たれたアルバムを実際に店頭で手にして、ファースト・アルバム『懐かしい未来』の曲が一曲も収録されていないのを見たとき頂点に達しました。CMソング(「あ〜男の安らぎ」)を歌っているのは知ってはいましたが、それだけでアルバム一枚つくれるほどその分野で活動してきたわけではないのです。「空白の十年間」に全く知らないところで活動していたのだとしか考えられません。
論より証拠、『空の森』を聴いてみましょう。アルバム全体は、いわゆるプログレから変拍子転調主義を抜いてトラッド色を強めたような感じ、そうケイト・ブッシュに通じるアイリッシュ・フォークを荘厳にしたようなサウンドで統一されています。いかにも夢見がちな文学少女がつくった楽曲で、いささか行動感に乏しいのが難ですが、生活に押しつぶされそうになったときに聴くと、透明感あふれるサウンドに身も心も救われる思いがします。しかし、これだけのクオリティを持つ音楽をいままで一体どこに発表してきたのでしょうか? アルバムに楽曲の出典が一切記されていないだけに謎は深まるばかりです。
インターネットで調べたところ、ここに収録された曲の大部分は、『マクロス・プラス』『ロードス島戦記』『ぼくの地球を守って』等のアニメ作品のために作曲されたのだそうです。アニメが音楽の世界でも大きなマーケットを形成しているのは、CDショップを占拠している膨大なアルバムを通りすぎるたび何となく感じてはいました。しかし、失礼な言い方になりますが、「マニアック」で「オタク」なこの分野独特の近寄り難さゆえに敬遠してしまっていたのでした。ジャンルによるファン層の分断が進んでしまっているのは、音楽のどの分野にも共通な現象です。アニメの世界に特有なのは、世に現れるのが、第一に作品名であり、以下、原作者・監督、人気のある声優と続き、音楽家に関心が集まるのは珍しいということです。そこが他の音楽ジャンルとの大きな違いであり、音楽全般に関心のある人達からも無視されがちな原因ではないでしょうか。音楽家にとってすれは、熱心な固定ファンがいるゆえに安定した市場ではあるのですが、作品自体がよほど世間一般の関心を集めない限り、表現者としての名を世に現しにくい分野であるのです。おそらく、昭乃さん以外にも、多くの優秀な存在が世に知られることなく活動していることでしょう。
新居昭乃さんは、マニア以外には知られることない世界から、ようやく自分の固有名でもって活動する地点に帰還したのです。昭乃さんの今後の活躍に期待するとともに、この分野からいまだ名を現さずにいる多くの音楽家の健闘を祈ります。
初出:『月刊モダンビーム』第6号、1998年1月
段落ごとに改行した他は、原文のまま採録しました
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