音楽的無意識7
手塚マンガと宝塚歌劇
手塚治虫さんって、ほんとうにたくさんの名作を遺してくださったのだけど、わたしのお気に入りナンバー1は、なんてったって『双子の騎士』ね。これ、『リボンの騎士』の続編で、サファイアの生んだ双子の兄妹が活躍するミュージカル仕立ての作品なんだけど、宝塚歌劇をお子様向けにしたほのぼのとした感触がたまらないの。で、前から疑問に思ってたんだけど、手塚さんのマンガには男装の麗人がよくでてくるけど、これって実は手塚さんの密やかな好みだったんじゃないかって… よく考えてみると、手塚さんて宝塚市の出身だし、物語の舞台や構成だけではなくって、異性に対する好みを含むかなり深いところで宝塚歌劇の影響受けていたんじゃないのかって思うのね。それで、以前、夏目房之介さんにお会いしたときに、長年の疑問をぶつけてみたの。そしたら、房之介さんたら、ちょっと困った顔をして、「いい質問だ」って言ったきりしばし沈黙したあげく、「それについてはいい研究書があるから」って教えてくださったのが、中野晴行さんの『手塚治虫のタカラヅカ』(筑摩書房)って本だったの。
で、中野さんの本なんだけど、よくぞここまで調べてくださったって感謝したくなるほど、綿密な調査に基づいた本なんだけど、「影響」なんて生易しいものじゃないことがわかったの。手塚さんって大阪府豊中市の生まれで、4歳の時に宝塚(当時は小浜村)に引っ越したのだけど、隣が当時の大スター天津乙女と雲野かよ子姉妹の家だったり、斜め向かいに糸井しだれさんが住んでいたり、文字通り宝塚のスターに囲まれて育ったのよ。おまけに両親が熱心な宝塚歌劇のファンだったっていうから、単なる近所付き合いって言い方じゃおさまりきらない交際があったはずだし、幼い手塚少年が宝塚の麗人に淡い恋心を抱いたっておかしくないわよね。このあたりのことが一切触れられていないのがちょっと残念だけど、関係者が現存している間はプライバシーに属する微妙な事柄は発表しにくいからしょうがないわ。ただ、結婚が決まって退団した直後に空襲で亡くなった糸井しだれさんの面影は、戦争の悲劇を描いた一連の作品(特に『紙の砦』)に大きな陰をおとしていることだけは確かだと思うのね。
関東の人たちにはぴんとこないかもしれないけど、宝塚大劇場って、関西の娯楽の殿堂「宝塚ファミリーランド」の一角にあって、家族連れで楽しむ所なの。幼い頃から両親に連れられて親しんでいた手塚さんの入れ込み様は尋常じゃなくって、終戦後の昭和21年4月に大劇場で活動再開した公演の初日に駆けつけたり、阪大生時代には『宝塚グラフ』や『歌劇』にマンガを掲載したりしてたのね。だから、初期の手塚マンガに宝塚歌劇のドラマツルギーが多大な影響を及ぼしていたのは、当然といえば当然なのよ。
それで、せっかく新しく「宙組」ができたのだから、手塚作品をミュージカルにしてくれないかなって思うこの頃なの。もちろん、富田勲さんの音楽だと、モア・ベターよね。
初出:『月刊モダンビーム』第9号、1998年4月
段落ごとに改行した他は、原文のまま再録しました(笑)
(C)1997,2002 Yoshiaki Miyano 音楽的無意識リストへ TOPへ