音楽的無意識8

叙情的でイノセントな実験音楽

ハンス・ヨアヒム・レデリウスの新作『アクアレロ』が坂本龍一主宰のレーベルから発売されました。といっても、「ローデリウス」の名でごく一部のプログレ・マニアに愛好されてきたこの音楽家を知る人は極めて少ないでしょう。70年代に変貌を繰り返しながら、インダストリアル、ノイズ、テクノ、アンビエントのプロトタイプを作り上げ、90年代になって突然、現代テクノのオリジネーターとしてクラフトワーク以上の評価を得ている奇跡のようなユニット「クラスタ−」のメンバーだといえば、少しは思い至る方もあるかもしれません。ただし、現代のテクノ・シーンで評価されているのは、奇妙な電子音をビュンビュン発振する相方のディーター・メビウスの方であって、ウインダム・ヒルばりの叙情あふれる実験音楽を構築するレデリウスはほとんど無視されているようですが。

普通これだけのキャリアと実績があれば、もう少しその名が知れ渡っていてもいいはずなのですが、そうならなかったのは、クラスターを含めて肝心の音に接する機会が極端に少なかったからだと思います。1978年のソロ・デビュー以来40枚近く発表されたのだというソロ・アルバムの内、日本で発売されたのは4枚のみで、それもインディーズ盤の『ジャパン』以外はとっくの昔に廃盤になっています。輸入盤で手に入れようとしても、ドイツ、イタリア、スペイン、スウェーデン等から発売されることが多いものですから、なかなか容易なことではないのです。

ところで、1934年ベルリン生まれのこの音楽家は、正規の音楽教育を一切受けず、いまだ譜面も読めず、ほとんど勘とノリだけで演奏しているのだそうです。『アクアレロ』で初めてレデリウスに接した方にはまったく信じられないことかもしれません。これだけ叙情的で甘美な調べを奏でる音楽家がちゃんと楽器が弾けないなんて、そんなことがありえるのでしょうか。何枚か聴けばわかると思いますが、似たようなメロディーの使い回しがやたら多い上、そのメロディーも童謡や子守歌風の極めてシンプルなものに限られています。つまり、うまく演奏することの出来るごく限られたモチーフを徹底的なまでに使い込んでいるわけです。どこか懐かしい哀愁を帯びた旋律に加え、淡いシンセの音色の使い方と音を詰め込まない簡素な構成との相乗効果で、イノセントな余情を醸し出しています。そういえば、相棒のメビウスの音楽も、一見レデリウスと対照的なダイナミックな電子音楽ながらも、子供がおもちゃ箱をひっくり返したような感覚にあふれています。

クラスターのメンバー二人が共に楽器が弾けないがゆえに新しい音楽を生み出したのは、実に興味あることです。たぶんこの二人にとって、楽器に触れること自体が冒険であり、音響を発することがそのまま「実験」だったのでしょう。電子楽器の普及期に居合わせたこと以上に幸運だったのは、遊び心にあふれた子供のような感覚をいつまでも失はなわずにいられたことではないでしょうか。


初出:『月刊モダンビーム』第10号、1998年5月
段落ごとに改行した他は、原文のまま再録しました。




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