音楽的無意識11

U2でさえも・・・

ブライアン・イーノの日記『A YEAR』が、最近いまいちぱっとしないパルコ出版からとうとう翻訳出版されてしまいました。「東京のイカレポンチの小集団が3000人を病院送りにした」(訳文ママ)衝撃的な事件の起きた年一年間の日常を綴ったこの日記は、大変興味深いのだけど、U2との共同制作盤が世に出るまでの経過を記した部分は、読んでいて、ちょっとそれはないぜセニョリータっていう気分になっちゃいました。

U2とイーノとの共同作業は『焔』(1984)以来、そのクオリティの高さで絶大な評価を得ていますよね。でもトーキング・ヘッズの時にやり過ぎて懲りたのか、U2の場合は、バンドの音楽性そのものに立ち入った介入を行なわずに裏方に徹していて、そこが古くからのイーノ・ファンとしては不満で、エッジらがジャーマン・プログレの雄カンのリズム・セクションと組んで制作した『スネーク・チャーマー』ぐらい自由奔放な音楽を聴かせてくれないと、わざわざイーノと組む必然性がないのでは、と思い続けていたわけですね。

で、イーノがようやく本領を発揮して音楽の基本的な構成から立ち入ってU2をプロデュースし、1995年10月に全世界的に発売したアルバム『オリジナル・サウンドトラックス1』を聴いたことのある人、手を挙げて……、えっ、そんなアルバム、名前も聞いたこともないって? U2が本当にそんなアルバム出してるのかって? なるほどね…‥

それじゃ、お答えしましょう。このアルバム、当初U2の新作として制作開始したものの、レコード会社側からの要請(という名の圧力)があって、「パッセンジャーズ」というユニット名にして世に出すことがようやく許された代物なんですね。レコード会社側は当初から一貫して、このレコードがポップ・スターとしてのU2の一般認識を混乱させるのを心配していたのです。確かにこのアルバム、お約束の電子音がブンブンうなっているだけの曲や、小林明子が枕草子の世界を日本語で歌う曲があったりして、一般に認識されているロック/ポップの範疇からはずれたアルバムだと思いますよ。だからU2の名前でなく別の名で発表するのは一応わかるとしても、広告から商品に至るまでU2の名前は一切使用せず密かに発売するなんてのは、やり過ぎなんじゃありませんか? 『ペット・サウンズ』だってビーチボーイズの名で発表したんでしょう? そのことから考えれば、今のロック・シーンは、U2ほどの売れている大物ですら既成概念にそった音楽しか発表させてもらえないほどのひどく後退した状況にあるわけです。ジョージ・ハリスンの『電子音楽の世界』とか、ルー・リードの『メタル・マシン・ミュージック』とか、今なら絶対世に出ないアルバムでしょうね。ロックの革新性なんてのは遠い昔の神話になったのね。

最後にU2ファンの皆様方に一言。世界的なアーティストがこうした屈辱的な扱いを受けたことに対して、本気で怒ったほうがいいと思いますよ。


初出:『月刊モダンビーム』第14号、1998年10月
段落ごとに改行した他は、ほぼ原文のまま再録しまし




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