ラグナロク小説
赤い宝石
−3−
4話


 実際のところは、何が起こったのか見えなかった。

 だが、クスカの腹部から赤い液体がにじみ出てくる様と、刀身が赤く染まった剣を持つレヴァが後ろに立っていることが視界に映ったことで、事態を理解した。
 クスカはゆっくりと崩れ落ちるように倒れた。

 背筋の冷えるような感覚を味わった。次に視界がぐらりと揺れる。

 レヴァは、クスカを斬った。

 俺は走った。それとともに、魔法の詠唱を始める。

 クロスが何かを叫んで静止しようとする。

「ユピテルサンダー!」

 両の手から放たれた光は、雷の尾を引きながら真っ直ぐにレヴァを襲う。

 レヴァは刀身を横にし、盾のように自身の前に構えて魔法弾を受け止めた。しかし、反動で後ろに吹き飛ばされる。

「ファイアーウォール」

 その様子を確認しながら、俺は次の魔法を放った。俺とクスカの先に燃え上がる炎の壁が噴き出し、レヴァの行く手を塞ぐ。

「クロス!止めろ!」

 レヴァが叫ぶ。

 俺は倒れているクスカに駆け寄り、身体を抱き起こす。


「クスカ、クスカ!」
「……あぁ……」

 クスカは声にならない返事をする。痛みに耐えるように、浅い呼吸を繰り返している。

「クロス、治癒を!」

 少し離れた位置に立っていたクロスは、悲痛な面持ちで顔を背ける。

「クロス!?」
 俺は叫んだ。クロスがこちらに近づいてくる様子はない。

「ルカ、ルカ……」
 クスカの声に俺は視線を戻す。痛みに堪えながら、クスカは微笑んだ。

「ドジっちゃった」
「笑ってる場合じゃない……!」
 腹部の断面は中心に届くほど深かった。

「マントの裏に……」
 クスカはそう呟きながら、無理に身体を動かそうとする。俺はそれを止めた。
「動くな、無理するな、やめてくれ……」
 俺がクスカに代わってマントをめくる。腰のポーチが膨らんでいる。その閉じ口の隙間に赤い色が覗いていた。
「せっかく手に入れたんだけどね……」
 クスカは笑おうとした。だが、その動作が負担になったのだろう、咳をした。

 霧のように血が吐き出される。

「クロス、クロス!何やってるんだ!頼む、クスカを治療してくれ」

「バチが当たったのよ、仕方ない……」
 クスカは声にならないような声で呟く。
「何がだ、何もしてないじゃないか、何でだ」
 クスカを抱く手の力が強くなってしまう。

「ごめん。これを、取って」
 クスカは腰をわずかに動かし、ポーチの中を取り出すように促す。無理に動かしたために、腹部の出血がひどくなる。
 俺は彼女を動かすまいと、ポーチに手をかけた。止め具を外し、中を開くと、深紅の宝石が目に飛び込む。鈍色に輝くその色は、クスカの血をイメージさせて気分がよくなかった。

 俺はそれを取り出し、クスカの目の前にかざす。
「ほら、今回の旅行もこれで終わりだな、さすがだよ、クスカ」

 彼女はそれを確認して、うっすら微笑むと、目を閉じた。

 急に抱える手の重量感が増えたように感じた。
 クスカの首はだらりと倒れ、力がまったくない。

「クスカ……。……クロス……、なあおいクロス!」

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

「なぜ、何もしないんだ!」

「ルカ……」
 クロスは静かに顔を上げて、一言、俺の名前を呼んだ。

「触ってしまったのか」
 クロスとは違う声だ。


 顔を正面に向けると、そこにはレヴァが立っていた。


 俺は魔法の詠唱を始めた。
 その瞬間、俺の目の前に剣先が振り下ろされる。

「ルカ、お前の詠唱よりも早く、斬れるぞ。まずは話を聞かないか」
 レヴァは抑揚のない言葉で俺に語りかけてくる。

 俺はかまわず詠唱を続ける。


 ドンッと、首に衝撃が走った。
 その衝撃に、俺の詠唱は止まった。
 思いとは裏腹に、舌がぐいと押し出されるように飛び出る。犬のように舌をだらしなく垂らしている状況に、俺は脳を疑った。



 視界を下に向けると、レヴァの握っていた剣の先が、先ほどよりも手前に移動し、顎の先に隠れて見えなくなっていた。



 声が出ないのは、レヴァの剣が己の喉を突き刺しているからだった。



「クロス、俺がこれを抜いたら手当てを頼む。声が出せない程度のな」

 そう言い放つとレヴァは剣を引く。

 首に異物のすり抜ける感触が伝わる。

 切り口が鮮血が吹き出る様を予想したが、それはなかった。
 首から剣を抜いた瞬間にクロスが治療をしていた。

 声を出そうとしたが、これもレヴァの注文どおりの治療となっており、喉に何かが詰まったような感覚と鈍い痛みで声が出せなかった。


「さて、話を始めようか」
 一息ついたレヴァが言葉を発する。
「予想される質問はクロスが代わりにしてくれ」
 クロスは頷き、口を開く。

「なぜ、クスカを斬った?」
「そいつがドッペルゲンガーだからだ」
 そう答えるだろう。だが、その確たる証拠もない今では、俺はレヴァを許すことはできない。

「レヴァがドッペルゲンガーじゃない証拠は?」
「本物のクスカが見つければ証明できるな」
「なぜこのクスカがドッペルゲンガーだと?」
「勘だ」

 勘?勘で本物かもしれない味方を殺すのか。
 俺の心中を察してか、クロスは俺の肩を抑える。

「知っての通り、敵は記憶と姿をそっくり真似てくれる。だから、一度見失った人間が再び姿を現した時、その相手が何者なのか信じることはできない」

 レヴァは手ごろな岩に腰掛けてため息混じりに話を続ける。


「酒場でクスカと打ち合わせをしたが、具体的な対策を考えたわけじゃない。対策を検討しないことが対策だったからな」
「不思議なことを言うね」
 クロスが相槌を打つ。

「打ち合わせ内容は一つだ。クスカがその赤い宝石に触れること。後は俺任せだ。俺の考えを伝えたら、クスカの記憶を通してドッペルゲンガーに知られちまう。俺は自身に二つの条件を課した。一度別れたクスカと遭遇すること、クスカが赤い宝石を持っていること。この二つが揃ったとき、俺はクスカを斬ると決めた」


「それなら、出会ったときに決断できたんじゃないか?」
 クロスの発言に、レヴァは大きくため息を吐いた。

「俺は、この旅行のメンバーそれぞれが、一つミスをしていると思ってる。俺の場合はこれだ。わざわざ味方の前で味方を斬ってしまった。クロスはルカを止められなかった。何だかんだいって、味方の風貌をしたやつを斬ることは難しいな……おかげでルカのミスを誘発してしまった」

 クスカが斬られたことによって頭に血が昇ってしまったことは否定できない。だが、俺のミスとは。
 ふと、違和感を感じた。俺はクスカに赤い宝石を託された。

 ついさっきまで手元にあったはずの宝石が、ない。


「これは……」
 クロスが驚き混じりに呟く。

「この宝石に関する少ない噂から予想したものは二つ。ドッペルゲンガーは一度に一つの姿しか取れないこと、そして姿・記憶を手に入れる条件は、対象者が赤い宝石に触れること」
 俺はクスカの差し出した赤い宝石に触れている。

 条件は整ったのか。


「さて、ここからが問題だ」
 レヴァが新たに口火を切る。自ら計算するように、問題を指折り数えている。


「俺の予想が正しいとしよう。ルカが宝石に触れ、その宝石はなくなった。宝石は新たな触媒を経て、姿を変えた。ルカ、お前の姿にだ。俺たちはその事実を知っている。他に知らないのは誰だ、そいつはどこにいる?」


 畳み掛けるレヴァの言葉に、俺は再び頭に血が昇っていくのを感じた。俺はもっと冷静な男だと自負していたが、どうやら違うらしい。
 こんなにも簡単に、相方のことで感情を振り回してしまう。


 ついさっきは、相方が斬られたことで逆上してしまった。
 そして、今度は、逆上してしまったがゆえに、相方が危険に晒されていることを知り、再び俺は行動した。
 煤けた土のように粉々になった、クスカだったものの灰を掻き捨てると、俺は腰に巻いた道具袋に手を差し込んだ。


「あっ、しまっ……」

 レヴァが声を上げたが、もう遅かった。
 俺はハエの羽を使い、その場から消えた。








「……ったなぁ……」

 俺は頭を掻きながら、上げた腰を再び下ろした。ルカはテレポートと同じ効果を発揮するアイテムを使用してどこかへ行ってしまった。


「ルカにミス追加だ。クスカの目の前にルカが二人いる状況にはなってほしくないな……」

 例えその状況になっても、俺とクロスが横にいれば信頼性が高まると考えていた。だが、もしルカが先にドッペルゲンガーとクスカが二人揃っている現場に遭遇したら、あまり望ましい展開ではない。


「昨日今日出会ったばかりじゃ、行動が読めないな、やっぱ。あんなに熱いやつだとは思わなかった」

 俺は嘆息混じりにぼやく。クロスは微笑みながら詠唱を始めた。


「ルカもクスカの正確な位置がわからないから、どちらが先にクスカを見つけられるかだね」
 クロスから速度増加を受け、身が軽くなる。

「でも、ハエの羽を利用している以上、ルカのほうが早く見つける可能性が高いから、俺たちも急がないと」
 俺は頷き、立ち上がった。



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