緑の宝石
前編



その日はいつもと違って、首都プロンテラ南の平原でポリンやファブルを叩かず、この辺りには危険な魔物はいないっていう情報を信じて、

たまにはどっか行ってみようかなと、僕はいつもの平原から西にちょっと遠出してみることにした。

そこは通称バッタ平原と呼ばれているだけあって、

大きなバッタ…ロッカという魔物らしいけど、形がバッタそっくりなので人々からはまんまバッタと呼ばれている…がそこら中を跳ね回っている。

けど、こちらから何かしない限り、向こうから襲ってくる事はないそうなので僕はのんびりと散歩してみることにした。

ここにもポリンやルナティックがいたけど、今日は狩りをするつもりじゃなく回復アイテムを持ってきてなかったので、それらが跳ね回るのをのんびりと眺めていた。



天気もポカポカと気持ちよく、いい日和だと思っていると、ドドドドドという地響きのようなものを地面に感じた。

何だろうと振り向くと、後ろから巨大なバッタの大群が飛び跳ねながら走っている。



…真っ直ぐこっちに向かって。

「うわあああああ!?」

僕は急のことで思わず情けない声をあげながら走りだした。

バッタの大群は地響き立てながら追いかけてくる。

走る方向を変えると向こうも方向を変えて追いかけてくる。

…あれは絶対僕を狙っている動きだ。

こっちから攻撃しない限り何もしてこないバッタが、なぜ真っ直ぐ僕に目がけて突進してくるんだ。

しかも10匹はいるだろう大群でだ。

バッタとは戦ったことないけど、見た目でそこらへんの魔物とは強さが違うことはすぐにわかる。

「こんなのノビの僕には無理だあぁぁぁ!」

そんなことを叫んでも後ろの大群は止まってくれることはなく、僕の体力もそろそろ限界で、だんだん追いつかれ始めた。


そして僕が完全に止まった時には、僕の周りをバッタが取り囲んでいた。

「はぁ、はぁ…うぅ」

絶体絶命はまさにこのことなんだろうな。このまま昆虫に食べられて僕の人生お終いなんだろうか…。



「…って、そんなんイヤだーーーー!!誰か助けてーーーーーー!!」

僕が力一杯叫んだのをきっかけに、バッタの大群が一斉に僕に襲い掛かってきた。



その瞬間、突然僕の周りの地面から氷の柱が壁のように並んで飛び出てきた。

バッタはその氷柱に邪魔され、僕の目の前で止まった。

ついで、次々とそのバッタ達が爆発して燃え上がっていく。

誰かが助けてくれた!

そう思った僕は氷柱ごしに周りを見回す。


ここから少し離れたところで、岩に腰掛けてタバコを吸ってくつろいでいる女の人がいた。

「助けてください!急に追いかけられて!」

僕が大声で言うと、その女の人はゆっくりと立ち上がり、少しだけ前に歩いた。

タバコを口から離して煙を吐き出す。

「幸運だね」

まだ煙が出ている口で女の人はそう言うと、空いている手を動かす。光の軌跡みたいなものが手の後に残る。

軌跡が不思議な模様を作った時、僕の周りに立っていた氷の壁にどこからともなく雷が落ちて、氷が粉々に砕けてしまった。

「えぇっ!?」

障害物がなくなり、まだ生き残っていた一匹のバッタがしめたとばかりに僕に飛び掛ってきた。

やっぱり絶体絶命だった。

助けられたと思ったのもつかの間、壁を消され、バッタと僕の間を邪魔するものはない。

僕はやけっぱちで横に飛んで避けようとした。

でも、僕の頭上に攻撃が降りかかってくるのを感じた。避けられない!

その瞬間、また僕の周りから何かが立ち昇った。

まるで緑色の泡のような空気が周りを取り囲んだみたいだ。

バッタの攻撃が急に遅くなり、僕はギリギリそれを避けて地面に転げた。


「そいつはね、この辺りのバッタの親玉ってところ」

女の人の声が聞こえる。

バッタの親玉…。この平原のボスってことなのか。

つまりめちゃくちゃ強いってことなんじゃ…!?

僕は助けを求めるような表情で女の人を見た。

が、

「頑張りなさい」

無理に決まってるよ!

僕はボスバッタの動きが鈍っているのをチャンスに、回れ右して逃げようと走った。

途端、目の前の壁に頭をぶつける。

さっきの氷柱が、今度は僕とボスバッタを囲むように連なってる。

「なんで!?」

「ボーカルに会えるなんて貴重な体験してんだから、どうせなら倒しちゃいなさいよ」

「倒すって、僕ノービスですよ!?こんなの無理ですよ!」

戦闘の訓練を受けてない一般人同然の僕がボスなんて倒せるわけない。

出してくれと氷をドンドン叩くが手が痛くなるだけだった。

「まぁ、倒したら出してあげるよ。死んだらそれで終了」

とんでもないことをヒョロっと言う。

この人はボスバッタを倒す気はさらさらない事を僕は悟った。

僕がここでやられても本当にこの人は放置しそうだ。

ほとんど諦め気味に僕は半泣きで腰からナイフを抜き取り、なけなしのお金で買った盾を持って構える。

あとは何もない。回復アイテムは持ってきてないから崖っぷちの戦いだ。

だけど、これで勝負しなきゃいけない。

「うぅ、とりゃああーーーー!!」

投げやりな叫びをあげて僕はボスバッタに突撃した。








ぐったりと寝っ転がっている僕をあの女の人が覗いていた。

タバコを口に咥え、僕の真上で小さく拍手をする。

「お疲れ様、よく頑張った」

ボスバッタに突撃してそのまま玉砕すると思ってたけど、地面から吹き上がる緑の泡で相手の動きが遅くなっていた上に、

僕が怪我をしてもそのたびにこの人の放つヒールが僕を癒してくれたおかげで、時間はかかったけどなんとか倒すことができた。

「えっと、ありがとうございます…」

僕は上半身を起こし、何はともあれ助けてもらったことは確かだから、僕はお礼を言った。

「倒したのはキミなんだから、お礼なんていらない。それよりこれ」

淡々と言いながら女の人はボスバッタの死骸から何かを取り出した。

緑色に輝く宝石のようだ。

「これ、エメラルド、おめでとう」

そう言って僕に手渡す。僕はそれを女の人に返そうとした。

「助けてくれたお礼に貰ってください」

すると女の人は薄く笑った。

「倒した功績はキミ。遠慮しないでいいよ」

オールドスターロマンスなら喜んで受け取ったけどね、と後にボソリと言ったのが聞こえた。

でも僕にはそれが何なのか分からなかったので何も言わなかった。

それよりも手元の初めて見るエメラルドが珍しかったのだ。



「キミ、名前はなんていうの」

エメラルドを見ている僕の横に座ってた女の人が尋ねてきた。

「ルカって言います」

「こんなトコでなにしてるの」

「散歩してたんです。今までプロンテラの南から先に行ったことなかったから」

「へぇ、冒険者になるつもり?」

「なるつもりです」

「職業は何になるつもりなの」

「それはまだ決めてないです。とりあえず身体だけは鍛えておこうかなって」

ふーん、と女の人は顎に手をあてて考える仕草を見せたあと、何か思いついたように僕の手を掴んだ。

「それじゃ私が色々教えてあげよう」

唐突のことに僕はえっと驚いた。

「見た感じ、今のキミには冒険者の知り合いがいなさそうだし」

正解。

この辺りのことだって道端の冒険者の話を耳にしただけのことで、僕には冒険者の知り合いはいない。

黙ってる僕を見た女の人はしたり顔になる。

「まあ危険なことはたくさんあるけど、退屈はしないよ。どうする?」

たった今死ぬような思いをしたので、この言葉にかなり真実味はある。

「楽しそうですけど、危ないんだったらちょっと…さっきもかなり危なかったし」

僕は一緒に行ってみるかどうするか悩んだ。



「う〜ん、でもなぁ…どうしようかなぁ」

悩んでいる僕を見ていた女の人は、不意にタバコを指に挟み煙の出ている先っぽを僕の手の甲に押し付けた。

「あっつーーーーーー!!!」

突然の根性焼きに僕は悲鳴をあげた。

「冒険者に優柔不断はご法度。そんな人間はすぐに墓地に埋められる」

女の人は根性焼きした僕の手を取り、もう片方の手を火傷の部分にかざす、すると優しい光が手を包んだ。

火傷の痛みが途端に引いていき、傷も残らず消えた。

「行くよ」

そのまま手を引き上げて立たされた。

「私の名前、教えてなかった。クスカ」

女の人、クスカさんは簡単に名乗ると、そのまま歩き出した。

僕は、やっぱり少し悩んだあげく、あとついて行くことにした。

クスカさんの性格が他の人と少し違って、良い意味で変わっていたので興味があったからだ。

それは、優柔不断な僕の性格とは違い、逞しさがあって、少し憧れたのだ。

この人についていったら、僕は少し変わるかもしれない。


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