緑の宝石
後編



首都プロンテラから遥か南の先に広がる砂漠。その中に立つ都市モロク。

絶え間なく響く悲鳴のような風音が城壁を撫でる。

その内側では砂の上、舗装なんてされていない道なき道を胡散臭い商人達が露店を開いている。

首都と比べると、闇市に近い性質を持つモロクの商業を俺はまともに利用したことがない。

これはこれで独特の賑わいを見せているようだが、ただ単に俺の趣味に合わないだけだ。

首都の小奇麗な雰囲気の方がどちらかというと好きな俺はそもそもモロクの空気は合わないのではと自分に疑問を抱いたりもする。

何年か前までは首都プロンテラに住んでいたが、ある日ウィザードに拾われて以来−どちらかというと拉致されたに近いかもしれないが−ここモロクに移住してきた。

あの頃は軟弱なノービスで、ナイフとコットンシャツ、こつこつお金を貯めて買ったガードで四苦八苦してたが、

今窓辺に立っている俺の服装は豪華なウィザードの格好となっている。

…ほとんどが相棒のお古なわけだが。

旅の間に方々の街で滞在することはよくあるが、それぞれの街でやはり雰囲気が違う。

そして俺達が通常拠点にしている、無法地帯に近いこの都市は良い意味でも悪い意味でも活気がある。

血気盛んな人間が集まり、そこかしこでならず者の言い争いや喧嘩を見ることができる。

現に、今俺の腰掛けている窓の下でもそれが始まろうとしているようだ。


一人の女を三人のいかにも頭の悪そうな男達が囲んでいる。

いかにも頭の悪そうな男達という印象通り、やはりその男達は頭が悪かった。

囲んでいる相手は俺の相棒だった。

相棒は一言二言、やれやれと言わんばかりの態度で呟き、それに逆上したらしい馬鹿三人が飛び掛る。

魔法を使うまでもなく、相棒は相手の振り上げた拳や飛び掛ってくる蹴りを避け、口に咥えたタバコの先を相手の肌に押し付ける。

お得意の根性焼きだ。俺もあの洗礼にあったことがある。

攻撃を全部避けられた上に根性焼きをされた三人はいよいよ身の程をわきまえずに懐から刃物を取り出した。


「あれは…、やばいな」


俺は誰にともなく口に出す。もちろんやばいのは相棒ではない。

…馬鹿三人衆がだ。

わざわざ挑発する相棒も相棒だが、武器を出してくると話は少し違ってくる。

相棒ならそんな相手は容赦なく叩き潰すだろう。


やれやれと俺は窓辺に足をかけて立ち、そこから飛び降りた。


もちろん怪我なんてすることなく無事に着陸した。

…男の背中の上に。

「な、なんだテメェは!?」

急に空から降って仲間を踏み潰した俺に残りの二人が驚いて刃物を向ける。

「空から降ってくる美男っていったら、あれに決まってるだろ」

マットになっている男の背中から降り、地面に寝てる男の頭を足蹴にする。

「悪漢から女性を救いに来たヒーロー」

言い終わる前に二人は俺に飛び掛ってきた。

自分でもクサイ台詞だと思ったが、人の話も聞けない相手に遠慮はいらない。

俺は固く握った拳に軽く魔力を込めた。

右の男が大振りのストレートをうってきたので、俺は左に上半身を傾け抜ける間際にボディブローを打ち込む。

同時に魔力を開放してその部分に小さな爆発を起こした。

派手な音と共に、清清しいほど綺麗に弧を描いて男はぶっ飛んだ。


数メートルの空中浮遊を満喫して倒れた男を、もう片方の男が呆気に取られた表情で見ている。

「ファイアーボールの応用みたいなもんだ。まぁ命は取ってないさ」

俺は最後の一人に向かって一歩足を進める。

男は一歩後ろに下がる。


「仲間を連れてさっさと去れ、と俺は言う。するとお前はお決まりの台詞を言う。チクショウ、覚えてやがれ」

男に聞こえない小さな声で呟く。

が、相手にとっては得体の知れない呪文を唱えているように見えるだろう。


「仲間を連れてさっさと去れ」

俺はもう一歩進んでそう言った。

男はもはや戦意を失っているようで倒れてる二人を引きずるようにして反対方向へ走る。

この距離なら大丈夫かと思ったのだろうか、道の先で男はこちらに振り返って、

チクショウ、覚えてやがれ!と叫んで逃げていった。

「…馬鹿の行動パターンは分かりやすい」

俺は少々飽きれながらも、相棒の方に向き直った。


「ご苦労様」

相棒は別に思ってもないくせに労いの言葉を俺に言った。

俺が飛び込むのは予想済みだったらしい。

「相変わらずのトラブルメイカーだな」

俺は相棒が片手に持っている荷物を持つ。

大方、買出しの帰りにナンパでもされたんだろう、それを挑発してあの争いってとこか。



初めて会った時の彼女のふてぶてしさは本物で、危険だが退屈はしないという言葉は真実だった。

その危険は、彼女の性格から来るものがほとんどなのだが、そんな日常をついて来れたのだから、俺もだいぶ性格が変わったんだろうなと思う。

トラブルを呼ぶ運までは似たくないが。

冒険者である彼女にはその方面の色んな知り合いがいたようだが、大体は俺と一緒に行動して、最終的に俺もウィザードになってしまっていた。

事情を知らずマジシャンへと転職してしまった時、俺は驚いて尋ねてみたが、彼女は「この職業以外知らないし」と言い放ってしまった。

しかし俺には元々戦闘職業のようなタフさがなかったし、どうやら魔法の才能があったようなので、俺はそのまま魔導師の道を歩み始めたわけだ。



部屋に戻った俺と相棒は荷物を保存庫に置いた。

「あ、水頂戴。息してるだけで口の中が砂利だらけになって鬱陶しい事この上ないわ」

俺は水の入った皮袋を渡した。相棒は水を少し口に含んだあと、軽くうがいをして吐き出した。

「回復剤が多いな、またどこか行くのか?」

荷物の中身を見ながら俺は尋ねた。

「今度はピラミッドの最上階かな」

「最上階か…あそこはかなりやばいらしいな。最深部まで潜って帰ってきた冒険者はほとんどいないそうじゃないか」

怨霊と不死者の巣窟となっているピラミッド。

その最上階では不死者を束ねる王が死してもその身を保ち続け、冒険者の命を奪っているという噂話がある。

「不死者の王オシリス。単なるゴシップかと思ったら、あながち信憑性がないわけじゃないみたいね」

相棒は楽しそうな口調で言う。

「目撃者でもいたのか」

「瀕死の冒険者がピラミッドの前にいたの。その冒険者はオシリスを見たという言葉を残して死んだけど」

どうやらその現場に相棒も居合わせていたようだ。

「ふむ」

「どう、面白そうじゃない?不死者の王探し」

また危ない旅になりそうだ。

「了解、付き合うよ」

というより、俺は一度も断ったことがない。当然といえば当然だ。


荷物を収めながら、あっと俺は振り向いた。

「なぁ、クスカ」

相棒…クスカがこちらを見る。

窓辺に座ってタバコを吹かしている。

「今回の旅行が終わったら渡す物がある」

俺達は冒険を旅行と呼ぶ。特に理由はない、楽しそうな響きだから使ってる。

「へぇ、私にプレゼント?よっぽど高価なものじゃないと受け取らないけど」

クスカは冗談交じりに言って笑らった後、立ち上がった。

「よしっ、今夜は旅行前夜ってことで豪華なものでもルカにご馳走してあげよう」

「おっ、太っ腹だな。遠慮しないから、店を出る頃には半泣きにさせるぞ」

実際はクスカを半泣きにさせることはできないが。

…この女の持ってる金なら店ごと買える。

「その時は割り勘ね。それじゃ私は先に下に行ってるから、整理ができたらおりて来て」

俺の頭をクシャクシャと触ったあと、クスカは部屋を出た。

初めて会った時からこういう俺への扱いは変わらない。



荷物の整理をした俺は、自分の道具を入れている袋から一つの箱を出した。

箱を開けて中の物を確認した俺はよしと自分に渇を入れる。

緑色に輝く宝石の装飾がされた指輪。

渡そう渡そうと思って渡せなかった物。今度こそ渡してやる。

箱を閉じ、もとの袋に戻す。

クスカが待ってる、すぐ行かないとな。




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