俺は恐る恐る、目の前にある入り口の戸をくぐった。
どうやら台所の勝手口のようで、入ったら目の前に巨大な調理台らしきものがあった。
「どこの高級マンションだ…?」
そこは表の武家屋敷のイメージとはえらく違い、現代風のシャレた台所だった。
てっきり釜でも炊いていそうなモノだと思っていたのだが。
俺がそれより不思議に思ったのは、ここの匂いである。
もう深夜だと言うのに、ついさっきこの台所が使われたような匂いがするのだ。
まさか俺が侵入してくるのを知っていて、俺をまんま料理するつもりじゃないだろうなと思った。
ユウヤの笑顔がチラリと脳裏に浮かぶ。
…まさか、ねぇ…。
と、まさかで簡単に払うことができないのがユウヤの恐ろしさなんだが…。
台所から廊下に出た。
左右に果てしなく伸びる廊下のど真ん中で俺は立ち往生した。
「どこに行けばいいんだか」
と言ったそばで、左方面の廊下から明かりが漏れてるのを見つけた。
普通なら誰か起きてるだろうと避けるトコなんだろうが、俺はこれ幸いとそこに向かった。
早くオチをつけろ、と。
明かりのついている扉の前にたどり着いて俺はふとどうでもいいことを思った。
外は武家屋敷のくせに、中身は普通の現代住宅じゃねえか。
壁は白の爽やかな壁紙だし、床だって温かいフローリング仕様ときた。
何だか騙された気分だ。
「おつかれさん」
「そして俺は本当に騙されていたのでありました」
「まとめんなまとめんな」
ユウヤが持っているカップを高々と見せ付けるように上げる。紅茶で乾杯でもしたいのか。
応接間らしき少し小さな空間にどでかいソファが二つ、それを挟むようにどでかいテーブルが一つ。
ソファの一つをユウヤは大股開いて独占していた。あの身体の埋まりようからすると、そうとう柔らかい。
「いらっしゃいませ」
どこぞのコンビニ店員のように俺を迎え入れてくれたのは、もう片方のソファに座っているエリだった。
「おーい、どうしたタク?」
ユウヤはもう片方の手に持っているビデオカメラをこちらに向けながら白々しく俺に呼びかける。
俺はというと、頭を抱えるような思いだった。
「どうしたは俺のセリフ。ユウヤ、とりあえず一ついいか?」
「おう、金以外の相談なら金をくれれば応じるぜ」
「俺、ハメられた?」
「いや誰もお前にインサートなんてしていない」
「そういう意味じゃねえええ!」
この場で下ネタを出せるユウヤを俺はある意味尊敬する。
「インサート?挿入?」
いや訳さなくてもいいから。心ん中でエリに突っ込む俺。
「結論から言うと、ハメたな。悪いねタク。夜這い文化なんてホントはないわ」
つかそんなんあるワケねぇだろ、と笑顔で付け加えるユウヤ。
「でもな、そんなウソでもない限りお前行動しないだろ?いつまでも待たせてやるのはカワイソウだしな」
「カワイソウ?それって」
「ちょーーっとエリちゃん俺たち席外すから、ごめんなさいねー」
不意に両手の道具を置いたユウヤは謎の接客風な挨拶をエリと交わして俺を引っ張り出す。
「お前がエリちゃんをストーキングし始めたのはいつからだ」
廊下に出た途端に俺を犯罪者扱いし始めるな。
「新学期からちょっと見てたダケだよ、俺は何もしてねー。」
「新学期ぃ?俺なら化石になっちまうな。我慢できね」
「純粋だからな俺は」
呆れたような表情でユウヤは頭を掻く。
「純粋と度胸なしは違うだろ。タク、勝負決めろよ」
「…まじか」
「まじに言うと、あちらさんもお前が気になってたんだとよ」
一瞬何を言ってるのか分からなかった。が、魂が抜けるような感覚は意識できた。
「タク、タク。ちょっとヤバイ顔になってる。戻ってこーい」
本気で心配される辺り、そうとう俺の顔はイってたらしい。
「それまじですか」
「時期もほぼ一緒なあたり、お互い一目惚れって感じが笑えるな」
まじらしい。
「それを始めに言っちまうと、お前すぐ調子に乗るだろ。恋愛なんて一つ壁があったほうがいいんだ、観客としては」
「お前の好みかい」
「わかってほしいなこの友情心。シュワちゃん軍団っつープレッシャーに負けずにここへ来たお前の情熱は本物だぜ?」
確かに俺の根性は少しぐらい鍛えられたのかもしれない。けど、腑に落ちない気分だ。
「ユウヤ、何でお前ここにいんの?」
「ん、あぁ、この一連の流れはエリちゃんと組んでやった。だから俺はここにいる。オーケー?」
「ってことは、相手は俺が夜這い目的でここに来たってことを?」
それは勘弁してほしい。俺の社会的地位が乏されてしまう。
「安心しろ、タクが近い内にここに来るってぐらいしか話してないし、タクの地位は元からねぇ」
満面の笑顔で俺をボロクソに言う友人を持てた俺の人生は一体何だろうかとここ最近よく思う。
しかしユウヤのお陰でここまで来れたのも事実だ。
「どっちにしろユウヤが引っ張ってくれなかったら、そのままストーカー予備軍だっただろうしな。感謝するわ」
再びユウヤは笑った。背中を強く叩く。
「しばらく席を外すわ。ちゃんと伝えろよな。身体で伝えてもいいぞ」
「馬鹿言うな、そこまで根性できてねぇ」
俺は苦笑する。ユウヤは煙草を取り出して口に咥えた。
「おっと、危ね」
考え直したようにユウヤは煙草を元に戻すと、クシャクシャにしてポケットに詰め込んだ。
「吸わないのか?」
「今日から止めるんだわ」
このヘビースモーカーがどういう心境の変化なんだ。
「俺は俺で色々あってな、すぐにわかるさ」
ユウヤは軽く手を振ると、廊下を歩いていった。背中を向けたまま親指を立てる。
どこかのドラマみたいな展開だ。いやドラマかもしれない。これまでの俺の波乱っぷりは全て記録されてるのだから。
それはそれで良い想い出なのかもしれない。
扉の方に向く。この先にはエリがいる…。
大丈夫、言えるハズだ。これは俺の最終試験だ。
ドアノブに手をかける。
好きだ。心に一言呟いて俺は扉を開いた。
「まじか」
俺とエリは液晶ディスプレイに映る自分たちの姿を凝視していた。
「まじまじ、録画止めるのすっかり忘れてたわ」
ビデオカメラを覗く二人の横でげらげら笑うユウヤ。
「家に帰ってさぁ編集しようと思って見たら、どっかのドラマみたいな展開が映ってるもんだからビックリだわ」
不意にユウヤに家へ呼び出されたかと思ったら、人生の山場であった一週間前のエリの家の出来事を見せられるとは。
あの時の友情も崩れてしまいそうな勢いだ。
「あら、まぁ…!」
どこかの上流貴族婦人よろしく、エリは俺の告白シーンを食い入るように見つめている。
やっぱり、ユウヤは一筋縄で終わらせてはくれないようだ。この映像は脅迫の材料にもなりかねない。
そう思っている俺を前に、ユウヤはビデオカメラからテープを抜き取って差し出す。
「ま、記念だな。歳とった時に見ると微笑ましいことうけあいだ」
「ユウヤ…」
思いがけないユウヤの行動に俺は感動した。
のもつかの間、ユウヤはポケットからもう一つテープを取り出す。
「ちゃんとダビングはさせてもらってるから安心しなさい」
さすがだ。一筋縄では終わらせてくれない。
「やっとのカップル結成をお祝いして、俺も一つご紹介させてもらっていいか?」
ユウヤは改まった風に喋りだした。
「タクには今まで秘密にしてたんだけど、お前も一端の恋愛ができるようになったからな」
携帯を取り出してどこかに電話をし始めるユウヤ。誰を紹介するつもりなんだろうか。
「もう近くまで来てるみたいだ。迎えに行ってくるわ」
しばらくして戻ってきたユウヤの横には同じ歳ぐらいの女の子がいた。
「紹介します。俺の彼女、英語で言うとマイハニー」
「まじか」
俺は苦笑するしかなかった。こいつはこいつでちゃんと恋愛してたらしい。
「まじ、本気。しかも俺が告白したの、タクと同じ日だぜ?」
えらくタイムリーな話題だ。俺が告白してた頃には、ユウヤはちゃんと自分のことをしていたってことか。
「タクに勇気を貰い俺は告白することができました。その感謝を意を表して、今日は遊びに行こうじゃないか」
唐突な展開だとは思うが悪くはない。ユウヤが俺をキッカケに勇気を得たという話に少なからず感動していたのは秘密だ。
みんなで外に出る間際に俺はユウヤに耳打ちする。
「もしかして禁煙の理由って」
「彼女、イイトコのお嬢さんだからな、品行方正を目指さないとな」
…無理だと思うが、俺は頑張れと応援することにする。
「お互い、一つ壁乗り越えて成長できたってことでお祝いだな」
ユウヤは軽く笑って俺の肩を叩いた。
俺もそれに応えるように笑った。
「んで、もっと面白い映像を俺にくれ」
「いやそれは断る」
完
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