夜這い
第三話「DEADorALIVE?!」
「勢いでここまで来たものの、どうしたもんか」
俺は夕方来た武家屋敷の前に立っていた。辺りは暗くなっていて少し薄気味悪い。
暗いといってもさっきユウヤが言っていた消灯の時間帯である二時にはまだまだある。
「ってかまだ10時じゃねぇか…あと4時間どうすりゃいいんだ」
「経路を調べればいいだろ?」
俺はギャーと叫びそうになった口を塞いで振り向いた。そこにはやっぱりユウヤが立っている。
「お前、シャレなんねえぞ?!話しかけるならもっとソフトにしやがれ」
「女々しい事言うな、禿げるぞ」
ユウヤは煙草に火をつけながらしみじみと言う。この映像を写真にでも収めて学校に駆け込んだら面白そうだ。
「調べるっつっても、中の様子は全く見えないだろ?どうしろってんだ」
ユウヤは白煙をくゆらせながら、煙草の先をある方向に指した。その先には重厚そうな門とこれまた高級そうな木製の扉があった。
「…聞けば?」
「…何を?」
「…いや、娘さんを夜這いしていいですか?って」
普通に無茶を言うなこいつは。俺の乗り気じゃない様子を見て取ったユウヤは不敵に笑う。
「意外にいけるかもよ?どうせ夜這いするんだからさ、先に予告状を叩きつけるのも面白そうだ」
面白いのはお前だけだろと俺は思った。
このままじゃ残り4時間をユウヤと漫才をして過ごしてしまいそうだ。下手したら朝まで続くかもしれない。それだけは避けなければ。
「あのーすんませーん」
…どうやらアイツは4時間待つなんて事は出来ないらしい。ユウヤは扉の横についているインターフォンを連打していた。
俺は瞬間移動並の速度でユウヤの腕を掴んだ。
「頼むからやめてくれ、俺はこんな若さで人生を終えたくない」
俺の必死な姿を見てユウヤはハッハッハと笑った。
「もう遅い」
『はい、どちら様でしょう』
インターフォンの下にあるスピーカーから声が発せられる。ユウヤは腕を掴んでいる俺の手を引っぺがしてマイクに顔を近づけた。
「娘さんを夜這いしたいっていう男がいるんスけど、いいッスか?」
なんて直球なんだ!大リーグでもでない超速球のストレートだ。スピーカーの向こうの沈黙が怖い。
『はい、分かりました』
「いやなんでよ」
俺は思わず突っ込んでしまった。マジでこの家は夜這い公認なのか。ユウヤはニヤリと笑った。
『少々お待ちください』
そう言ってスピーカーが切れる。俺は呆然とそのインターフォンを眺める。肩をポンッと叩く手。
「まっ、俺にかかればこんなもんだ」
「何かが間違っているような気がするのは俺だけか」
「おう、お前だけだ」
得意げな笑顔を見せたあと、ユウヤは門から離れて電柱のしたに座って煙草に火をつけた。もうすでに一本吸い終えたようだ。
口から白い煙がもくもくと立ち昇らせながら悲しそうな顔をした。
「…煙草税どうしようかねぇ…」
「禁煙しろ」
「やめられないとめられないが煙草だ」
参ったね、と独り言のように呟いてユウヤは煙草を吸い続ける。思い出したように俺を煙草で指す。
「あぁ、あとは自分でどうにかしろよ。俺のすることなさそうだし」
「…マジか」
「マジだ」
一際煙草を大きく吸ってふーっと吐く。思い出したようにニヤニヤした顔をこちらに向けて一言付け加えた。
「まさか…3Pしたいわけじゃないだろうな?」
そう言って一人で爆笑した。煙草を吸いながら笑ったので途中でゴホゴホとむせた。
こいつはやっぱりアホだ、と俺は再認識した。
「まぁ、冗談として、そろそろお望みのものが出てきそうだぜ?」
涙目で言うユウヤの姿に笑いながら俺は門の方向へ向く。確かに扉の先で人の気配がする。
本当にエリが出てくるのだろうか。俺はやたら血圧が上がるのを感じた。
ガチャリと扉の鍵の開く音がして、ゆっくりと開いた。これまたゆっくりと中から黒い影が出てくる。
しかし、おかしい。
エリはこんなに大きかっただろうか。
暗がりでよく分からないが、やたら顔がごつい上にサングラスをかけているように見える。例えて言うならアーノルドシュワルツネガーだ。
「お客人、当家へ夜這いをしに来たと言いますが…」
なんて野太い声だろう。いつのまにこんなに逞しくなったのだろう、エリは。
(ってんなわけねえだろアホっ!)
心の中で一人突っ込み。
大きかっただろうかと思った瞬間に逃げ出しておけばよかった、
と思った瞬間には俺はあさっての方向に走り出していた。
絶対殺される!和製シュワちゃんにコキャッて!
死の危険を感じた俺は50mダッシュで武家屋敷の横を駆け抜ける。
本日二度目の50mダッシュにさすがのシュワちゃんも追いかけてこれないだろう。
と思った。
しかし俺の後をものすごいスピードで追いかけてくる足音と気配。
「だあぁあぁぁぁあ!!」
俺は絶叫しながらさらにスピードを上げた。体育祭でもこれだけのスピードは出せないだろうと思うぐらいのスピードだ。
しかし追いかけてくる足音は俺と同時にペースを上げて俺の後ろをピッタリとくっついてくる。
もうだめだ…さようならお父さんお母さん夜這いなんて考えてごめんなさい俺が悪かったですもう好き嫌いしません勉強も真面目にしますお手伝いもしますだから助けてく
ださいアーメンソーメンヒヤソーメン。
俺がこんなに祈っても追撃の足はとまる事はない。むしろ俺との距離を着実に狭めている。
俺は人生で一番本気になった。
突き当たりにはガードレールがあり、その先は川だった。
俺は本気の上の本気の力の上に根性の力を加えてさらにスピードを出し。
ガードレールに足をかけて飛んだ。
(こりゃ、オリンピックに出れるだろ)
これまで体験したことのない滞空時間を味わった俺はそんなことを考えながら川へ向かってまっさかさまに落ちた。
受身も何もしてない俺はもろに川に叩きつけられ、バチーンと小気味よい音が夜の町に響いた。
「タク…、最高に笑わせてもらったよ、マジで。俺、お前の友達でよかった」
ユウヤは片手は腹を押さえてもう片方は泣き笑いしてる顔を押さえて、川にプカプカ浮かんでいる友人を眺めていた。
ガードレールの手前には野良犬がだらしなく舌を垂らしてハッハッと息をしていた。