Echo(11.29.2001)
リビングで嘘臭いヘルスコンサーンなテレビを見ていると、台所の方から同じ音が聞こえた。母がラジオで同じ番組に聞き入っていたようだ。

MDが世に出始めた5,6年前のこと、私は新しいソニーの録再MDを購入したうれしさで、ありとあらゆるCDをMDに落としていった。んで当時音楽通がよく「MDは音質が落ちる!」と言ってたので、一体いかほどのものか確かめることにした。据え置きオーディオコンポをうまく繋げて、CDプレーヤーを流しつつ、MDを聞いたのだ。実験結果はやっぱりCDの音が良かった。というか音が多かった
まあそれはいいとして、そんなことをやってるうちに面白いことに気が付いた。ひとつの音楽をMDとCDで同時再生させて聴いていたわけだが、どうもどちらかひとつで聴いたときより音に奥行きが出るのだ。
好奇心を大いに刺激され早送り・巻き戻しボタンをいろいろ操作してるうちに、微妙に位相がずれたとき、というと何かムヤミに理系風なので、微妙に、ほんのちょっと、音が重なりそうで重なっていないとき、音は実に気持ちよく響いた。

なんてことを思い出した。目の前のテレビと遠くのラジオ、同じ音源が2つで似た条件が整い、テレビ司会者の声は当時と同じ感覚を呼び起こさせた。まったくおんなじ、奥行きのある音だ。興味が湧いてすかさず考察に入った。音は秒速340m、有限の値なので音が聴き手に届くまでの距離の差で若干の位相のズレというかまあつまるところズレ、を生じる。だから一個目の音が聞こえてすぐして二個目の音がかぶってくる。注意しない気づかないけど、この二個目は遠いラジオの音だ。そこはいい。
疑問はつまりは、この音のダブりはなぜ気持ちよく響くのか。

答えに瞬時に気づくと共に、自分のいるせまーい環境を呪ってみたりした。
ははは。
つまり、ダブりの音は自分がひろーいところにいるような気分にさせるのだ。どういうことかというと、ひろーいところに自分がいるとき、音を跳ね返す障害物は自分からとおーいところにある。だから、広いところでは狭いところに比べて、別経路で一度聴いた音がそこにぶつかって跳ね返って、また自分の耳に達するまでに少し長めに時間がかかる。あらゆる音にちょっとしたエコーがかかるのだ。きっと、音に奥行きが出ると感じたMDとCDのズレ具合、テレビとラジオの音のズレ具合、これがひろーい場所で聞こえる音の聞こえ方が一緒(位相のずれ方が一緒)だったのだ。
音に奥行きが出るというより、自分が視覚触覚記憶等で認知している世界よりもより広い、奥行きのある世界の聴覚情報が突然飛び込んでくるんだね。つまり、あの心地よい違和感はそういうことなのだ。

断言調子の非科学的テレビ番組にあきれたとある夕方の考察でした。