11/15/2001
大学の図書館の二階にはコピー室というコピー専用の部屋がある。外に面した壁がないため窓がなく、換気の悪い一室にコピー機が2台並んでいるのだが、これがまた狭くて人の出入りのたびに体を曲げてドアをかわさなくてはいけない。 蛍光灯の光エネルギーや諸機械電気回路から逃げてきた熱エネルギーのせいで室内は熱せられ、冬などは暖房の効いた館内よりひときわ暖かい。
私が資料をコピーしていたときのことであった。コピー機のスタートボタンを押すと機械がウィーンと回り始め、キィーンという自意識過剰な怪音と共に怪光線が照射される。この光線の波長はレントゲンのX線なんかよりは長く、紫外線なんかよりは短く、まあそこそこ人体に有害であると思われる。一昔前に顔や手をスクリーンに押し付けてコピーするという危ないイタズラがあったけど、ああいう事するとどこかの細胞内でDNAがダメージを受けて構造に欠陥を生じてしまって、それがもし細胞分裂周期を制御するタンパク質をコードするDNAであったりしたら細胞がガン化する恐れもあったりなかったり。まあとにかく結構なエネルギーをもつ波のはず。で、ふと臭いに気が付いた。何か独特な、表現しがたいコピーの臭い。気が付いたというと不正確で、その部屋はもともとそういう臭いに満ちているんだけど、でもそれはコピー機特有の臭いであって、普通は気になる臭いじゃない(慣れ・不注意というのは非常に興味深い現象ですね)。いったいどんな臭いなんだろうとちょっとでも思った方、どうぞコピー室までおいでくださいませ。ところがウィーンキィーンをぼうっと繰り返していてふと気になってしまった。何でかはわからないけど。今考えると臭いの元がちょっと強まったのかもしれない。さあ一体何の臭いだろう?
面白い仮説が立てられた。・・・もしやオゾンではあるまいか?オゾン(O3)というのは酸素(O2)が原料で、放電や紫外線で出来てしまう、と高校で習った覚えがあった。(多分出来てもそんなに安定じゃないから自然界ではすぐまた酸素に戻ってしまうはず。)ちょっとシッタカ風に言うと、放電か紫外線のエネルギーを吸収してしまった酸素がラジカル酸素になって別酸素に攻撃を仕掛けるのでしょう。ちなみに「攻撃」は化学用語でもあります。attackの邦訳です。で、キィーンという音と共に発せられる光がそれに相当するエネルギーを与えてしまえば、そこは空気中の20パーも占める酸素君ですから、ちょっとくらい出来てしまうかも知れません。普通に考えるとエネルギーが足りなそうですけど、誤差が正規分布でもラジカルになるのに十分なエネルギーくらいまで揺らいでも不思議じゃない。
オゾンはオゾン層という言葉で知っている方がほとんどではないだろうか。私たちのうえーの方で太陽光の中の紫外線をカットしてくれるバリアー(オゾンがうえーの方で層を作るほど沢山あるのは、紫外線が降り注いでいて壊れてもすぐ出来ていくからかな?)、フロンがぶち壊してしまってわあ大変、という環境問題はあまりに有名。各国でフロンが使用禁止になりながら、最近(北極・南極で特に)バリアーの穴が広がって、近い将来皮膚ガンの急増が見込まれています。高校のとき化学でちょっと習った、という人ならオゾン層が実は思ったよりずーっと薄っぺらい(忘れました。数センチだったか数メートルだったか。1メートルは無い気がするけど責任は持ちません)ということも知っているかも知れません。この問題から得られるオゾン君のイメージは常にプラスです。そりゃある意味私たちを守ってくれてるわけで、ちょっとアブナイ人は「オゾン君のおかげで僕らは生きているんだよ」なんて空を見上げて感謝の意を表しちゃったことが或いはあるかも知れません。
そういう方にこういう事を告げるのは非常に心苦しいんですけど、オゾン君は有害です。のみならず「腐卵臭」を持ちます。さらに「青色透明」を持ちます。毒物に関して人間は非常に敏感で、なにか害あるものは体が何らかの形で感知します。それはやばい臭いであったり、ケバイ色であったりします。要するにそういうのは危ないと体が感づくんです。感知しないのは一酸化炭素くらいのもの。
なおウィーンキィーンを続けながら私は仮説の検証に入りました。・・・コピーでオゾンが出来るなんて聞いたことがないけれど、あり得ないことは無い。この臭い腐卵臭というほどは強くないし、コピーの蓋近辺の色も見たところ無色透明だ。でももしかしたら単に十分な濃度がないだけかもしれない。部屋の換気が悪い分オゾンがたまる可能性もある。少なくとも今私は、これはオゾンでないと反証が出来ない。
こうした科学的態度から私がとった行動は急いでコピー室を出たことであった。
でも一週間くらいして後から考えたら、これは印刷用紙の上に載せるコピー機の中のインクが熱エネルギーを受けて一部揮発した、と考える方が妥当のような気がしてきました。とはいえ分かりませんよー、なんと言っても反証できないんだから。
そんなわけで誰かサンプルをとってガスクロマトグラフィーにかけて組成チェックしてくれないかなあ、と言う目で分析化学屋さんを睨む昨今。