皆思い思いに荷台やカゴに荷物をくくり付けったり、押し込んで自転車をスタートラインに並べていたが、バカM氏のいでたちには圧倒されてしまった。上下はスキーウェア、そして「野宿仮面」と書かれた白いマント、自転車のカゴにはザ・ガマン(懐かしい)で使われていたというゼッケン、とどめにハンドルに沿って白いビニールひもがにしきのあきらのゆうにひらめている。どうみても職質の格好のターゲットである。この格好で街中を走るのだろうか・・・。
出発まで1分を切った。皆サドルにまたがる。こんな馬鹿丸出しの企画でも緊張する。スタート、正門のゲートがガラガラと開いた。一斉に乗り出す。後ろからは「良いお年を〜」との声も聞こえた。本当に年が明けても走り続けているのだろうか・・・。
200Mと行かないうちに早くも二手に分かれた。私を含む4人は全体的に見て妥当なR6(国道6号線)を選んだが、M本氏、バカM氏の両名はどうみても遠回りのR17沿って行ってしまった。まず先に日本海にでるつもりであろうか。しかし、他のコースの人をきにするのは、まだ全然先のことだ。まず同ルートの3人と争わなければならない。
23区を抜けるまでは話しながら走っていたが、ふとしたきっかけでレースモードになった。K本氏がスパートし、それに続いた。そして、大東区辺りでK本氏抜いてトップにたった。
最初はそのまま休まず、とにかくハイペースで飛ばした。後ろにはK本氏とN田氏が見える。千葉を抜け、利根川を渡り、私の地元茨城に入った。取手でさすがに疲れてコンビニで休んでいると、K本氏に抜かれた。N田氏の後ろを走っていたということなので、N本氏にも抜かれてしまったのであろうか?
K本氏を藤代辺りで抜き返し、10時になったので定時連絡のため開催本部に連絡を入れる。後ろにK本氏の姿は見えない。N田氏は前に居るのか、後ろに居るのかも分からない。
マイペースで走り続け、高校時代通学路だった土浦の街中を走る。母校も少し見えた。あそこに通っている頃は、まさかこんなことをするとは夢にも思ってなかっただろう。
午後5時、水戸で定時連絡。10時と5時に本部に所在確認と相手の位置を知るために連絡をいれることになっている。N田氏が東海村にいて、ピッタリ付いて来ている。とりあえずはN田氏との競争になるだろう。
夜10時まで走って、小さな神社で寝た。イブの夜に神社で過ごすなんて日本人のかがみだなぁ。でもシャンメリーを買って、ラッパ飲みした。まだそれほどは寒くない、、、。