平成13年6月10日

「母なる大地の会」第2回愛生園研修

石川洋先生のお話


 みなさん、こんにちは。第2回「母なる大地の会」愛生園での研修ということでお呼びかけいたしましたところ、100名近い方々が全国から集まってくださいまして、感動でいっぱいでございます。本当にありがとうございました。
中には新しい方もいらっしゃいますが、"縁"というのは深いドラマがあるわけでございまして、それを信じて私どもは与えられた人生を精一杯生きることだと思っております。  

 まず最初に、予想もいたしませんでしたが、5月11日の熊本の裁判の判決を新しい内閣が控訴をせずに政府の過ちを素直に認めました。日本の歴史始まって以来のことではないかと思います。政府党首が国の過ちを謝るということは、私の知る限りでは歴史の中にありません。これは大変な意味をもっていると思います。政府の過ちであったことは確かであるけれども、もっと大事なことは、命を大事にしなければならない、そういう新しい声明と人間宣言を改めてしたことではないでしょうか。これは、皆さん方の長い間のご苦労とご努力によって、命の尊さというものに政府が目を覚ましてくださったのではなかろうかと思います。改めておよろこびを申し上げます。本当におめでとうございました。

 私は愛生園とは長い関係を持たせていただいておりまして、タカナシ園長先生のときが最初でございました。その当時はちょうどプロミンの薬ができたころではないかと思います。
 
園長先生が、「あなたにお願いしたいことがあります」とおっしゃって、私が「大きいことはできないんですよ」と言うと、「あなたならできるかもしれないね」とおっしゃったのです。「どんなことなんですか?」とたずねると、「患者さんの手を、人間として握ってくれますか」とおっしゃいました。私はこの1つの言葉で、愛生園に毎年寄せていただく大きなきっかけをいただきました。

 私は今年68才で「一燈園」から落第をしまして一人立ちをいたしました。ですから、もういっぺん本気になろうと思いました。1から始める「やりなおし」、どうしても生まれ変わってみたい、その時に私の心の中に会いたい方がございました。それが田端明先生でございます。田端先生のお宅を訪問いたしまして、私の決意と気持ちを申し上げました。

 裸で目を覚ましなすった方、裸で本当に許されている生き方をしていらっしゃる方、私はこの方と始めたい。 
 それが「母なる大地の会」の第一歩の決意でございました。そしてその前の年に、坂岡さんのご指導なさいます「はぐるまの家」のみなさんをお招きいたしました。
 
 愛生園と本土をつなぐ橋が架かりました。「人間回復の橋」という橋はできましたけれど、橋ができただけでは歩みはありません。橋を渡ってくる社会一般の人とのつながりができなければ、あの橋の意味がないのではないかと思います。「はぐるま」をこちらにお招きして、たくさんの仲間と一緒に、坂岡さんが若い命に対して情熱をこめていらっしゃる"生き直しの響き"に深い感動を覚えさせていただきました。

 そういう背景もありまして、第一回の「母なる大地の会」は、一人から、一から始めること、大事なことは裸からやりなおすことでした。どうしても会いたい、田端先生に会いたい、その一念でこの「母なる大地の会」を設立いたしまして、今年は2回目ということで、こんなにたくさんの同志が増えたことは本当にうれしいことでございます。

 ハンセン氏病という、かつて"らい"と呼ばれた病気は医療が確立し、ほとんど感染がないといわれています。にもかかわらず隔離政策という、恐怖心といいますか、人間無視といいますか、そういう政策の被害に立たされているわけです。 
 
 私は愛生園のみなさんとの心のふれあいの中で生きた一人の人間でありますけれども、今回の政府の謝罪に対して、本心は、よろこびと同時に、本当はあやまりたい。この人たちの苦労を知っている私たちが、その間違いを知っている私たちが、本当は、ハンセンの苦しみをなさった方がご苦労の上で裁決されるのではなくて、われわれがもっと動かなければいけなかったのではないか。私は微力という言葉よりも、なにか大きな間違いをしていたのではないかという、お詫びの気持ちを申し上げたいと思っておりました。親しくさせていただいきながら、形では理解をしているようなことを言いながら、本当は、みなさんの立場に立っていなかったのではないか。
 「踏んでいるものは、踏まれているものの痛みはわからない」です。

 差別問題でもそうです。「知らなかったよ」と言います。そうでしょうか。知ろうとしなかった、その罪は大きいのではないでしょうか。「知りませんでした」という言葉は、私はやはり上の立場だろうと思います。こういう機会を通して、人間が本当に手をたずさえて互いが愛で結ばれるためには、もっともっと目線を低くして、どん底から光るものを見なければいけないと思います。
 
 先ほどの歌の紹介にもありましたが、「深海の魚族は 自ら燃えることによって灯をともす」そういう光をお互いが見ないかぎり、私は皆さん方のご苦労に答えることはできないと思います。

 もう1つは、確かに微量な菌ではあるけれども、忘れてはならないことは、なりたくてなった病気ではないということです。誰一人としてなりたくてなったわけではありません。誰でもなりうる病気なのです。特別な人たちの病気ではないはずです。命の尊さ、人と手を携えるには謙虚にならなければいけない、自己中心になってはならない、私たちはそのことを忘れてはなりません。
 最後に、「母なる大地の会」の現状をご報告申し上げたいと思います。

 「母なる大地の会」は、まだまだこれから立ち上げていかなければなりません。勉強会は全国でたくさんございますけれども、私の生涯の最後の仕事として、「母なる大地の会」が途中で終わってもいいから、本当の仕事を残していきたいと思っております。
 
 今日は沖縄から榎本さんがおこしくださっておりますが、今年は沖縄のメンバーをまとめて勉強会と両立して「母なる大地の会・沖縄の会」の準備をしております。沖縄にはおもしろい言葉がございまして、「ユイマール」という言葉があります。「ユイマール」というのは、こっちの村の人手が足らないときは向こうの村の人が手伝いましょう、お互いに助け合うことを「ユイマール」といいます。とてもあたたかい言葉です。豊かではなくても助け合う島です。「母なる大地の会」の活動の1つとして、この「沖縄ユイマールふれあいフォーラム」をしようと思っております。  一人だけの問題ではいけません。一人の自覚と、家族の協力、友達との助け合いによる、「ユイマール・フォーラム」を沖縄から始めようと申しております。
 
 今、九州、福岡で勉強会を始めております。みんなが愛の働きができる、そんなふれあいの活動が全国に広がればと思っています。この前テレビを見ていると、「これでやっと死ねるよ」「これでやっとふるさとに帰れる」という話をしてくださった方もございました。でも、私はもっともっと深い、お互いの心のふるさとが大事なのではないかと思います。
 
 田端先生のところを中心にして、「いのちフォーラム」を作ってみたいと思います。田端先生どうでしょうか。日本人の命のたががなくなった時代に、愛生園を発信源に「いのちフォーラム」を始めていただいて、これからはこの島に来るだけではなくて、みなさん方にも出ていただいて、社会のために「真実のいのち」のフォーラムを作りたいと思います。皆さんさんいかがでしょうか。(拍手で承認される)

 積み重ねていって、本当の仕事を残したい。田端さんをはじめここにいらっしゃるみなさん方がご苦労のなかで私たちに教えてくださっている命の尊さ、愛生園発信の「いのちフォーラム」がこれからの仕事ではないか、それが私たちのお詫びのしるしになればありがたいと思っております。
 
 「母なる大地の会」の代表の一人は田端明先生と決めておりまして、私は今年いっぱいには組織をしたいと思っております。
  ここには「国際エンゼル協会」の川村百合子先生とか、「和太鼓はぐるま」の 坂岡嘉代子先生とか、その他たくさんの人物が来てくださっておられます。

 日本だけではありません、本当に世界の人が「いのちのたがを失ってしまっています」そういう意味では、ただ一人の人間として認められた事ではなくて  「真実のいのち(生命)」の仕事をしてください。
 ご一緒に、そんなフォーラムで和づくりができればと思っておりますので、どうぞご協力ください。お願いをいたします。私の感謝とお詫びと報告をさせていただきました。どうもありがとうございました。