恋人がクッパ大王になってしまった男の話。
*この物語はフィクションです。
実在の人物、団体、事件とは一切関係なく、古畑任三郎は架空の刑事です。
(この物語を全国の恋人がクッパ大王になってしまった人々に捧ぐ)
君とも毎晩こうやって色んな話をしてきたわけだが。
今日は恋人がクッパ大王になってしまった男の話をしよう。
彼は当時三十五、広告会社に勤めていて、つつましく人生を送る男だった。
性格はいたって穏和、髭を蓄えていた。
スポーツが趣味で、学生時代は陸上部でハードル走の選手だったよ。
彼には恋人がいた。年は二十八、動物が好きで、部屋にカメを飼っている女だった。
彼女はホテルの売店で土産物を売ったり、暇な宿泊客の相手をするのが仕事だった。
彼らの前には何一つ問題もなく、来年の秋には結婚するつもりだった。
物事は全て上手く進み、この幸せはずっと続く様に思われた。
しかし、幸せとは薄氷の上のシロクマの昼寝の様なもので、
往々にしてそれは気づかないうちにヒビ割れ、気付いた時には崩れているものだ。
ある日、彼と彼女は街に買い物に出かけた。
あれは80年代の半ば、1990年代の到来を待つ、若者でにぎわう北陸の街。
彼らは植木鉢とカメの餌を飼い、ゆっくりコーヒーを飲み、
お互いのポケットに手を突っ込みあい、流行りのラブソングを口ずさみながら帰った。
全ては穏やかな日の光の中、どこにでもいる幸せな恋人達のある幸せな午後だった。
それはまるで映画のワンシーンみたいに、幸せな光景だった。
絵葉書にしたいくらいだった。
そして、突如彼女がクッパ大王化した。
背中からトゲが生え、醜く巨大なクッパ大王と化した。とても立派なクッパ大王だった。
彼は状況が飲み込めなかった。とにかく信じられなかったのだ。
彼女がクッパ化するなんて。
「なにかの間違いだ」 彼は呻いた。
クッパ大王と化した彼女は悲しげな眼をし、口から炎を吐き(彼の部屋のドアが焦げた)
そしてドアを開け出ていった。
クッパ大王化した彼女は、クッパ大王的遺伝子にのっとった、クッパ大王的な行動をとった。
すなわち、女をさらったのだ。クッパ大王は女をさらうものなのだ。
それがクッパ大王のこの世にある唯一無二の存在理由だからだ。
悲しいレイゾン・ディテル。
残された者に、一体何が出来るというのだろう。
残された者に、一体どんな言葉を掛けてやれるというのだろう。
彼は三日間泣き続けた。彼女が戻ってきてくれる事を望んだ。例えどんな姿であれ。
しかし、戻ってくるわけはなかった。彼女はクッパ大王なのだ。
ある朝、彼は決意した。
二度と彼女と逢えないくらいなら、死んだ方がましだ。
彼女がいない生活など、死んでいるのと何も変わらない。
彼女を追いかけよう、どちらかが死ぬまで。
そして彼の悲劇とも言うべき救出劇が始まった。
彼女は追ってくる彼を拒絶した。クッパ大王的遺伝子がそうさせたのかもしれない。
醜い自分の姿を彼に見られたくなかったのかもしれない。
彼女は彼に炎を吐き掛け、彼の頭上にハンマーの雨を降らせた。手下も襲ってきた。
何度も傷つき、倒れかけた。
しかし彼はクッパ大王である彼女を追った。
ここで膝を折るわけにはいかなかった。
熱砂と汚泥の中を、絶望と慟哭と嗚咽の中を、彼は這い進んだ。
ちょうどそれが彼の存在理由の様に。
彼らはお互いを求めあい、闘う事でお互いの愛を確かめ合った。
彼女は彼に会うため、初めて自発的に女をさらった。
もちろん彼はそれを追った。 彼女に呼ばている様な気さえした。
彼女は追ってくる彼の姿に涙し、遺伝子の命ずるままに彼にハンマーを投げた。
そうする事でしか彼女は愛情を表現できなかったし(なぜなら彼女はクッパ大王だからだ)
彼もそれをよく承知していた。 彼らは愛し合っていた。
彼らは幸せだったのだ。
彼の名は真理男といった。
今日も彼はクッパ化した恋人を追い、土管を飛び越え、カメを踏み、キノコを採り、
クッパ大王的な彼女と闘っている。
ある幸せな恋人達の話。
私の話を聞き終わり、ひとしきり考え込んでから、彼は煙草をもみ消し、
それを灰皿に捨て、一息に残りのグラスをあおった。
そして深いため息をついて、少し充血した目で私に向かって静かにこう言った。
「どうでもいいけど、前置きが長ぇ。」
<恋人がクッパ大王になってしまった男の話・完>
*スーパーマリオにこんなバックストーリーがあったら・・・イヤですね。
(書き終わってからルイージの事をすっかり忘れてた自分に気づき、しばし愕然とする。)
以上は、2001年に一度書かれたものに、数箇所の手直しを入れたものです。