5月2日(水)    今日から2泊3日(とはいっても夕方出の朝帰りだが)でニセコに出かける。これからニセコに行くよ,と教えると、「たろう、うれしい」と繰り返して喜ぶ。なんだか説明口調で奇妙な気がしたが、「わーい、わーい」という喜び方は知らないらしい。とにかく、とてもうれしそうだった。

 ニセコへ行くときにいつも通る国道5号線の札幌-小樽間には片側一車線の区間があってよく渋滞するのだが、久しぶりに通ると二車線化が進み、一車線区間が大幅に短縮されていた。残りの区間も工事中だったのでそのうち全二車線化されるのだろう。

 行きがけに、つい最近オープンしたばかりの小樽運河食堂でラーメンを食べていくことにした。ここは博多、首都圏、札幌の有名ラーメン店6軒が一堂に会していることで評判になっている。各店とも地元では行列ができる人気店ということだが、意外と空いていた。その中で我々が選んだのは横浜に本店がある‘くじら軒’という店だ。さて我々が入店してほどなく、カメラやマイクを持った連中が入ってきた。なにやら打ち合わせをしている様子だったが、やがて白衣を着た男性タレントと赤いスカートをはいた女性がレポーターとして現れた。女性はラーメン屋の店主に「テレビ朝日の丸川珠代です」と挨拶していた。私には何の挨拶もなかった。状況から察するに生放送のようであった。店内には知り合いに電話して、テレビにうつるかもしれない、などと浮かれている輩もいたが、我々はそんな真似はしなかった。携帯電話は持っていないのだ。また、他の客が横目で目立たないように取材の様子を伺っていたのにたいして、我々だけが身をのりだして堂々と観察していた。その結果、私はいくつかのことを学ぶことができた。(1)局アナはラーメン屋の店主には挨拶する、(2)液晶テレビができたおかげでモニター(を持運ぶ)係りの人はだいぶ楽になった(はずだ)、(3)(テレビ局スタッフの中にも女性がいたが)撮る側と撮られる側では化粧の仕方がまるで違う、以上である。なお、これらの知識がこれからの人生でどのくらい役に立つかは不明である。その点では学校の授業と同じくらい有意義であった。逆にいうと、学校の授業もこの程度には有意義なのである。ラーメンの話に戻ろう。太郎はここのラーメンを気に入ったようだ。彼のために頼んだミニラーメン(ミニとはいっても優に半玉以上あった)をほとんど食べてしまった。

小樽からニセコまでは約1時間半。その前半、太郎は歌い(グーチョキパーで、グーチョキパーでなにつくろう、なにつくろう、みぎてはグーで、ひだりてはチョキで、かたつむり、かたつむり(Are you sleeping?の節で))、かつしゃべってにぎやかにしていたが、後半はすっかり眠っていた。そんな太郎はニセコに着くと目覚めて言った、「おなかすいた」。

 

5月3日(木)    夜中に太郎が咳き込んで、2時半に起こされてからほとんど眠ることができなかった。2時半からの2時間は眠りながらも激しく咳き込む太郎のせいで、4時半からはすっかり目を覚ました太郎が、プロレスの技よろしく何度も私の上に飛び乗ってくるために。あの咳はいったいなんだったというぐらい元気いっぱいだ。外が明るくなると、母親が散歩に連れ出したがすぐに帰ってきた。あちこちから聞こえてくるウグイスなど小鳥の鳴き声が怖いのだそうだ。

ルスツリゾートの遊園地へ出かけた。スキーには何度も来たことがあるが、遊園地に入ったことはない。着いてから分かったことだが、この遊園地はスリルを味わうような乗り物が多く、幼児が楽しめるようなものはあまりないようだった。残念だがここで過ごすのをやめて、別の場所に移動することにした。入場料金(一人4500円)を知って怖気づいたわけでは決してないことを念のために付け加えておく。我々はすでに支払ってしまった駐車料金(500円)のことを惜しみつつ、入場料不要の洞爺湖へ向かった。

洞爺湖では遊覧船に乗ったが、太郎の一番の関心事はそのちょっと前に買ってもらったおもちゃだった。息を吹くと巻いてある筒状の紙が伸びるもの(昔からあるおもちゃだが名前がわからない)では、ただ筒を吹き伸ばすだけでは飽き足らず、人や椅子、果ては床に向かってパンチするように吹き伸ばしていた。ほどなく壊れた。笛付きの風船は、あまりの音の大きさに親が驚き、他人の迷惑になるからと言って取り上げた。

昼を過ぎると、睡眠不足の親たちは温泉に入るのもとりやめてニセコに戻ることにした。途中、野原で立小便をした。初めての経験である。勢いよくとんだ。しずくでパンツがちょっとぬれた。もちろん太郎のことである。ニセコでは太郎が昼寝をしてくれることを願ったが、車中で睡眠をとった彼は結局親たちを休ませてはくれなかった。

 

5月4日(金)    疲れた。

 

5月12日(土)   「いまはただの、りとるぼおいー、だけどいつか、びっぐぼおいー」 最近の太郎のお気に入りの歌である。本人そのもののことを歌っているようであるが、一寸法師のビデオを見て覚えたらしい。本人が歌の意味を理解しているかどうかは不明である。

この間の水曜日に中古自転車を1台購入した。荷台に太郎の座席も取り付けたがその後雨続きで、今日はじめて自転車でのお出かけとなった。太郎はこれも最近お気に入りの黄色いレインコート姿である。帽子もおそろいである。雨は降っていない。本人は消防隊員気取りなのである。とりあえず近所をうろうろすることにしたが、消防署の前を通ると救急車と消防自動車2台が待機中だったのでちょっと見ていくことにした。すると中から署員の人が出てきて、もっと近くで見てもいいよ、といってくれた。その上、落書き帳と鉛筆、ドラえもんの下敷きと折り紙までくれた。太郎は大喜びである。だけど例によってありがとうはいわない。あとでみんなに自慢していた。

そのあと、公園に行った。ここの滑り台は階段がなく、頂上から垂らされた綱を頼りに丸太でできた坂を登っていかなければならない。まだまだ上ることなんかできないだろうと思っていたが、本人はやる気満々。ちょっとこつを教えてやるとほとんど一人で登ってしまった。その他の遊具も思っていた以上に遊びこなすのでちょっと驚かされた。公園に子連れできていたお母さんに「この子は頭よくなるよ」と言われた。うちに帰って家人に伝えると、「それは頭がでかいという意味だ」と教えられた。

午後はオーディオショーに連れて行った。先日、家族で近代美術館のエジプト展に行ったとき、「だっこしてー」とねだる場合も展示室内ではひそひそ声で言っているのをみて、なんとかなるだろうと思っていた。試聴室では今朝もらった折り紙で飛行機を折らされたが期待以上に静かにしていた。いつもこんなに聞き分けがよければ楽なんだが...。

 

5月18日(金)   昨夜、太郎はいたずらが過ぎて母親に叱られた。叱られるのはしょっちゅうだ。叱られてもすぐに泣くことはない。むしろ反抗的な態度をとる。あるいは叱られながらも親の顔色を窺いながらいたずらを続ける。挑発していると言ってもいい、このくらいの子にとってはこれも遊びの一種のように感じているのか。昨夜は何度も牛乳をせがんではわざとこぼす太郎に母親の堪忍袋の緒が切れた。初めて玄関の外に締め出された。「いうことが聞けないんならよその子になりなさい!」。太郎は一転して大泣きである。ドアを叩きながら「いうこときくからー」。これは必死の本泣きである。数分で中に入れたが、母親に抱かれておとなしくしていたかと思ったらまもなく眠ってしまった。

子供の泣きには何種類かあることが分かってきた。一番多いのは、おやつや遊びなど何かを要求して泣く場合である。これはたいした泣きではない。ほとんどうそ泣きといってもいい。鏡に映った自分の泣き顔を確認しながら泣いていることもある。しかし爺婆はすぐに甘い顔をする。泣いても思い通りにならないのは父親である。だから彼にとって、爺婆と一緒にいるときは父親はそばにいて欲しくない存在なのである、「おとうさん、あっちいって」。次に、転んだり何かにぶつかったりして、痛がったり、驚いたりして泣く場合である。ほとんどの場合、これもそれほど深刻ではない。そういうときに誰かに助けて欲しい、構って欲しいという要素も含まれているようだ。それから何かを怖がって泣く場合。これは本人はいたって真剣である。しかし、端から見ていると滑稽である。怖がる対象が電池で動くおもちゃだったり、中に人が入っている着ぐるみのキャラクターだったりするからである。最後に悔し泣き。最近のことであるが、太郎はあることをやりたいとかなりしつこくせがんだが、結局親(私のことである)に許してもらえなかった。太郎は反抗的な目で私を睨みつけると居間から出て行った。どうするのか見ていたら、玄関まで行くと床にうつ伏せて泣いているではないか。これには驚いた。この年齢で親に見せない自分の涙があるのか。太郎の個としての存在を感じさせられた出来事であった。

 

5月18日(金)    保育園の連絡帳から

今日、突風の吹く中、たくましくお散歩に出かけました。たくさん歩いて西公園の山の上で休憩したときのこと。2、3人のお友達が走って山を降りたのを見て、「あーあ、子供たち、行っちゃった」と言うたろうくん。「あなたも子供ですが」と心の中でつぶやいた大人たちでした。

 

5月21日(月)     「たろう、ロボットなの」そう言って太郎はそのぎこちない動きをまねてみせた。それを見ていた私は「ロボットなら電池をとったら動けなくなるね」と言って太郎の背中に手をやると、「がちゃっ」と言って電池を取りはずすまねをした。太郎はちょっとの間動きを止めたが、私の手から電池を取り返すと自分の背中に手をやり、「がちゃっ」と言って電池を取り付けた。私はまた電池を取り外した、「がちゃっ」。今度は太郎はすぐさま電池を取り返そうとする、「がちゃっ」。「がちゃっ」「がちゃっ」「がちゃっ」「がちゃっ」何度も繰り返した。たわいのない遊びである。

 

6月1日(金)      何日か前、太郎がグリーンスリーヴズのメロディを口ずさんでいた。おかあさんといったレストランできいた、らしいが母親には心当たりがないという。とにかく、これは芸術音楽に親しませる良い機会だと思って、ヴォーンウィリアムズ作曲の’グリーンスリーヴズによる幻想曲’が収録されたCDを買ってきた。夜、太郎は母親の阿波踊りの練習についていっていたが、お土産を買ってきたと伝えてあったので、帰ってくるとさっそく私の部屋へやってきた、「おとうさん、おみやげなあに」。私は待っていましたとばかりに太郎を抱いて件の曲を聞かせてやった。「太郎、この曲好きだろう」、「うん」とはいいながらもあまりうれしそうではない。「このCDを太郎にあげるから大事にしなさい」と言うと、宝物をもらってとても喜ぶ息子の姿を想像していたのだが、太郎は5分ほどの曲が終わるとさっさと部屋を出て行ってしまった。実は太郎は、おみやげをお菓子だと思い込んで期待してのだ。母親と一緒に、「おみやげなんのおかしかな」「お母さんにも分けてくれる?」「いいよ」などと話しながら帰ってきたらしい。私の部屋を出て居間に戻った太郎は、「お土産なんだった」と聞かれて、「CDだった」と落胆した調子でこたえたという。

 

6月2日(土)      ゆうきくんとさやかちゃん兄妹のおうちが引っ越してしまった。大きな引越し便トラックが家の前に停まり、家から荷物を運び出しては積み込んでいた。太郎はその様子が珍しいのか、ふたりが出てくるのを期待してか、その様子をずっと見ていた。だけど、ふたりはもういない。一番仲の好いお友達だったのに。太郎は引越しということがよく分かっていないようだ。「遠くに行って、もう会えないんだよ」と言ってもピンとこないようだった。(いつも玄関先に置いてあった、ゆうきくんとさやかちゃんの)じてんしゃももっていくの?、と何度も訊ねる太郎を哀れに思った。「早くまたいいお友達が見つかるといいね」。

 

6月10日(日)   今日は立ったまま頭を洗った。ひと月ほど前から、自分でシャンプーを手にとって頭をゴシゴシ洗うということはしていた。だけど洗い流すときには赤ん坊の頃からの習慣で、親のひざの上に仰向けになってお湯が顔にかからないようにしていた。一度、もうお兄ちゃんになったのだからと、立ったままの太郎の頭から無理やりお湯をかけたことがあったが、太郎は大泣きして、それ以来頭を洗うときには、「ねんねしてあらう」と確認するようになっていた。今日は「立ったまま洗ってみるか」というと、ちょっとためらっていたが、たったままあらってみる、という。「よしっ、目つぶって、手で耳ふさいで、口もつむって。はいっ、ちょっと下向いて。いくぞー。」と景気よくお湯をかけてやると、「ああああっ」と声を出して顔を上げようとする。「だめだめ、もうちょっと下向いてなさい。」「もういいっ」「はいっ、もう一回だけ」、じゃあー。「ああああっ」、「はいおしまい」。風呂からあがると母親に報告していた、「たろう、たったまま、あたまあらったよ」「まあすごい、おにいちゃんだね」「だけど、ちょっとないた」。

 

6月14日(木)   人間は皆そうなのか、幼い子供だからなのか、あるいは男だからなのか、それとも個人の性格というべきものなのか、どう判断してよいか分からないが、これだけは間違いがない。太郎は若くてきれいな女の人が好きだ。ベビーカーにのせられているような小さいときからそうだった。ある日おばあちゃんに連れられてお散歩をしていたところ、年配の女性が「まあ、かわいい」とベビーカーの太郎に愛想を言って寄って来たが、太郎は指をしゃぶって知らんふり。そのとき、すぐそばをルーズソックスの女子高生が通った。太郎はベビーカーから身を乗り出すとキャーキャーいって女の子の関心を呼ぼうとしたという。おばあちゃんは年配の女性の手前どうしてよいか分からず、居たたまれなくなったという。人見知りをするようになってからは、こんなに露骨に興味を示さなくなったと思っていたが、そうでもないらしい。母親によると、最近店に研修にやってきた若い女性に盛んに愛想を振りまいているということだ。いつも太郎をかわいがってくれる別の人に声をかけられても、返事もせずにチラッと見返すだけで、「どうせ私はおばさんですよ」と不評を買っているらしい。そういえば、以前アルバイトをしていた女子高生にも熱を上げて、お気に入りのおもちゃやお菓子を貢いでいた。だけど太郎よ、そういう女に限ってお前にはたいして関心を持っていないのだ。将来苦労しそうだな。

 

6月16日(土)     トイレに行った太郎がなかなか戻ってこない。どうしたのかな、と見に行くと、トイレの中からカサッカサッ、という音が聞こえてくる。「何してるの?」と言いながら扉を開けると目を固くつぶって直立不動の姿勢をした太郎がいた。まさに叱られるのを覚悟している、という様子だ。見ると、足元の床が濡れ、手には便器掃除用の柄付きたわしと洗剤が握られていた。「どうして床が濡れているの。おしっこ漏らしたの?」と聞くと、首を横に振って「せっけん」という。トイレたわしは数日前にも持ち出して、汚いから触るな、と母親から注意されていた。どうやら、トイレたわしを使ってお掃除をしてみたかったようだ。そして今日の決行となったわけだが、私に見つかって、しかられる、ととっさに思い込んだのだろう。叱られるのは承知だけれどもやってみたい。そして何かの機会に夢中になってやってしまう。そんな覚えは自分にもある。だから息子を怒る気にはならなかったが、かといって何度も繰り返されても困る。これは便器の中を掃除するものでとても汚いのだ、だからもう少し大きくなって取り扱いが上手になったらやらせてあげる、というようなことを言いながら手を洗ってやった。しかし、トイレの床に洗剤をかけてはたわしで一生懸命こすっている太郎の姿を想像すると可笑しさもこみ上げてくる。満足したかい、太郎。

 

6月17日(日)     今日は夕食に庭で焼肉パーティをした。親戚も何人か来たのだが、そのことに気がついた太郎はなかなか近寄ってこない。家の陰に隠れて様子をうかがったり、さも興味がないとでも言いたげに向こうに歩いていってみせたりしていたが、やがて壁伝いに(忍者のように壁に背を当てて)忍び寄ってきた。いったん慣れてしまえばいい気なもので、危ないと言うのも聞かずに火のそばをうろうろする。夕食後に親戚と音楽を聴いているときにも、戦争ごっこなのかバンバン言いながらはしゃぎまわるのには閉口した。あんまりうるさいので、犬のおもちゃのスイッチを入れて動かすと怖がってすぐに部屋から出て行った。昨日も似たようなことがあった。昨日はおばあちゃんを含めて3人で北海道神宮祭に出かけた。本当は私と二人で出かけるはずだった(バスや地下鉄に乗ることも喜んでいた)のだが、直前になって行かないと言い出した。「じゃあ、おばあちゃんも一緒に行こうか」と言われると、ころっと態度を変えて乗り気になったのだった。さて、往きのバスではたまたま保育園のお友達(女の子)と一緒になった。お友達は「あっ、たろうちゃんだ」といって話しかけようとするのだが、太郎は知らんふりをよそおったり、私にしがみついてきたりしてまともに挨拶もできない。明らかに照れているのだ、なんだかこっちも恥ずかしくなってくる。女の子のお母さんは、自分の長男も人見知りしたことを話し、「男の子ってそうなのよね」と言った。その言葉を聞いた私は「女の子は違うのか」と、いい年をして妙に納得させられた。中島公園に着くと、ちょうど山車が通るところだった。人だかりがしていたので肩車をしてやったのだが、目をまん丸にして見ていたという。結局、最後の山車が通りすぎるまでその場を離れようとしなかった。山車が行ってしまうと露店が並ぶ通りを歩き出したが、数十メートルも歩くと、「なんかたべる」とごねだした。ちょうど昼時でもあるし、焼そばやたこ焼きを買って、端の芝生の上で食事ということにしたが、食べ終わると、「もうかえる」と言い出すではないか。おいおいこれからが本番じゃないか、と思ったが太郎の意志は固いようだ。実は、お昼を食べた場所の目の前に子供用劇場があったのだが、そこで人形劇をやると聞いて怖くなったらしい。そういえば出かける前から「おおきいおにんぎょさんいないの」としつこく訊いていた。これまでの経験から、お祭りやイベントの会場には着ぐるみの人形がいることを悟っていたようだ。いろいろと見せてやったり、遊ばせてやったりしようと思っていたのだが、チョコレートバナナだけを買ってやると、さっき通ったばかりの道を引き返した。

 

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