7月7日(土)     今日は太郎の3歳の誕生日。実は、我家での誕生祝はおとといの木曜日に済ませた。今日はちばじいちゃん(千葉に住んでいる私の父、今週の火曜日から遊びに来ている)、私、太郎の3人で旭川の親戚の家に泊りがけで遊びに行く。太郎にとって母親抜きでお泊りしたのは祖父母の家で一回あるきりで、朝から丸一日以上母親と離れて過すのはこれが初めての経験だ。さて、どうなることやら。

10時、我家を出発。高速道路をつかって直接行けば2時間ほどで着くのだが、今日は一般道路で桂沢湖、富良野、十勝岳温泉と寄り道をしながら旭川へ向かった。初めて通る道を何度か間違えたりしたが、ナビゲータをしていた私の父によると、地図が間違っている、のだそうだ。

桂沢湖には昼時に着いた。居眠りしていた太郎を起こし、「おしっこするかい?」と聞くと「おしっこない」との返事だったが、車を降りて歩き出すと、「つめたい」と言い出した。何が冷たいのかと見ると、股間がびしょぬれだった。車の中でおねしょをされるとは考えていなかった。おしっこはチャイルドシートまでしみていた。太郎をオムツに履き替えさせると、ズボンとパンツを洗って車のボンネットの上に広げておいた。チャイルドシートにも日が当たるようにした。さいわい日差しがよかったのでチャイルドシートは食事をしている間に乾いてくれた。ズボンとパンツは引き続き車内で干すこととなった。

湖畔にある観光ホテル内のレストランでショーケースを見た太郎がすかさず選んだお子様ランチは、食事におまけでお菓子が付いているというよりも、おやつのおまけに食事も付いているといった方がよさそうな代物だったが、3人が頼んだメニューの内で最も高額だった。お子様ランチが運ばれてくるとさっそくお菓子を欲しがった太郎だが、「ごはんをちゃんと食べたらお菓子も食べていいよ」と言うと、素直にごはんを食べだした。なるほど、お子様ランチに付いてくるお菓子にはこういった効能もあるのか。食事を終えた太郎はホテルのロビーで飼われていたクワガタムシに興味を示し、なかなかその場を離れようとしなかった。

さて、次の目的地である十勝岳温泉に向かって車を走らせ始めると、案の定「おうちにかえる。おかあさんにあいたいよー」と言い出した。遠くまで来たからすぐには帰れない、これから太郎も楽しみにしていた温泉に行くんだよ、と言ってもききはしない。とうとう泣き出してしまった。やはり、おかあさんに登場してもらうしかないらしい。困ってしまったが、「じゃあ、温泉についたらお母さんに電話しよう」と言うと、ようやく泣き止んだのだった。

ラベンダーの開花にはまだ早い富良野を通り抜け、十勝岳温泉の中でも最も高い場所に建つ凌雲閣に着いたのは午後3時頃だった。私にとっては8年ぶりの再来である。凌雲閣はその間に改築されていた。8年前に訪れたときには今にも壊れそうなおんぼろ宿だったが、断崖の稜線に位置する岩風呂から覗き込む渓谷の深さは、怖れを感じさせるほどの絶景であった。ところが今回は、安全のために風呂の位置を後退させたのか、あるいは眺望を妨げるほどに草木が生い茂る季節のせいなのか、どこにでもある山の上の温泉という以上の印象を得ることはできなかった。またかつては混浴で、温泉に浸るよろこびを男女で共有することができたのだが、今はそれもできなくなっていた。かさねがさね残念でならない。岩の上に立てば、木の枝の間から谷の下の方まで見通せそうな気がした。だがそうすると露天風呂のすぐ隣にある見晴台にいるおばちゃんたちに裸を見られてしまう。さらには女風呂を覗いているかのような誤解を与えかねないのも難点であった。しかし、あの感動を忘れられない私は隙をみて試みた、....どちらも見えなかった。このように温泉としての魅力は半減していたが、それを補うかのように入泉料は倍増していた。さて太郎であるが、彼はこの岩でできた露天風呂が大変気に入ったようである。湯が岩のくぼみから流れ落ちる様を飽かず眺めてははしゃいでいた。岩についた硫黄分や苔で手や体が汚れるのも面白がっていた。また湯がぬるめであったこともあって、なかなかあがろうとはしなかった。じつは昨夜からの約束で、おんせんであたまをあらう、はずだったのだがこれには強く抵抗して結局頭も体も洗わせなかった。彼はこれで3日間頭を洗っていないことになる。温泉からあがって母親に電話したが、「あたまあらわなかった」と正直に?報告していた。

十勝岳温泉から旭川に向かう途中で太郎はやはり、うちにかえる、と言い出したが、「帰るよ、明日うちに帰るよ」と言うと安心したのかおとなしくなった。おそらく‘明日’という言葉の意味がわかっていないのだろうとは思ったが、ここで引き返すわけにはいかない。これを幸いと敢えてそれ以上の説明をすることはしなかった。しかし、ちばじいちゃんは、旭川に着いてもむずかるようだったら夕食だけいただいて早々に札幌に引き返すか、と言い出した。やはり孫にはあまいのだねえ。

夕方5時半、旭川の親戚の家に着いた。ちょうど眠りから覚めた太郎は、まだ状況がよくつかめていないようであった。車から降りて、親戚のおじさん(私の妹の義父、太郎にとってはいとこのおじいさんにあたる。以降、旭川の爺じ)から「こんにちは」と挨拶されると「こんにちは」と返事をしていた(これは最近の太郎の大きな進歩である)。しかし、絶対に家の中に入ろうとしない。玄関にうずくまって靴を脱がせようとさせないのだ。そうだ、お母さんに電話しよう、と言っても、もうその手は食うか、電話をするならここに電話機を持って来い、というような目つきでこちらを睨む。家に入らないと電話できないよ、などと説得しているところへ旭川の爺じ(とても人付きのいい人である)が玄関まで戻ってきて太郎を促してくれて何とか家へ上がらせることができた。もちろんすぐに電話をしたのだが、なぜか繋がらない。また後で電話してみようね、ということで太郎もしぶしぶながらその状況を受け入れた風であった。ところがこの状況はすぐに一変したのである。旭川の爺じが太郎に誕生日プレゼントを用意してくれていたのだ。太郎はこのRV車のおもちゃを気に入って機嫌をよくしたようだった。これに続いて家の中を案内してもらったのだが、太郎と私のために既に蒲団を敷いて用意された部屋を見せられると、「わあ、おとうさんとたろうのへやだって」と興奮気味に喜んだ。実はこの部屋を見せると家に帰れないことを思い出してまたむずかり始めないかと心配したのだが、杞憂であった。これ以降は、一度も帰ると言い出さなかった。それどころかまるで我家にいるかのようにはしゃぎ回りはじめたのである。

夕食には心尽くしの料理をいろいろと戴いた。太郎のためにはわざわざ特製のカレーも用意されていた。ところが太郎はビールのつまみの枝豆を見つけると、カレーライスや他の料理にはほとんど手をつけることなく枝豆だけを食べつづけた。結局、枝豆とオレンジジュースだけで腹をふくらませた太郎は、さっきもらったおもちゃで遊び始めた。

夜はすんなりと寝てくれた。お母さんのいない初めてのお泊り、いろいろとあったが最後は気持ちよく終えることができた。また、一緒にどこかへ遊びに行こうね。

 

 

7月10日(火)    今朝、職場の電話に奇妙な留守電が入っていた。何のメッセージもなく、相手方の電話の保留音とみられるメロディだけが録音されていた。しかし私はその音楽を聞いてハッとした。グリーンスリーヴズのメロディだ。さっそく自宅の電話の保留音を確認した。グリーンスリーヴズだった。謎がひとつ解けた(6月1日の項参照)。どなたか知らないが電話をくれた方、ありがとう。

今日は区の保険センターで3歳児検診を受けた。その結果、心身とも問題なく順調に育っているとのこと。身長89.0cm、体重14.4kg、虫歯なし、身長も体重も標準の範囲内とのことだが、身長は標準範囲の最低ライン、体重は標準範囲の最高ラインである。この組み合わせとしても標準的なのであろうか。問診の際、「こんにちは」「お名前は?」「歳はいくつですか?」と話しかけられていたが、的確に応えていた。ついこの間まで初対面の人に挨拶することもできなかったことを思えば格段の進歩だ(ちょっと大袈裟か)。ただし、自分の名前を言うのに「くん」をつけてはいたが。

 

7月15日(日)    今日はちばじいちゃんが千葉に帰る日。空港行きのバスが出るバスターミナルまで太郎と一緒にちばじいちゃんを送っていった。その帰りに最近できた大型電器店に寄った。

 

太郎 「おとうさん、なにかうの」

  「何にも買わないよ」

太郎 「じゃあ、なにしにきたの」

  「どんなとこか見にきただけだよ」

太郎 「どんなコトかみにきただけなの」

  「コトじゃないよ、トコだよ。ちゃんと言うとトコロ、どんなトコロか見にきたんだよ」

太郎 「どんな、コトロかみにきたの?」

  「だからコトロじゃなくて、コロト...じゃない。トコロ」

太郎 「コトロ?」

  「ト、コ、ロ」

太郎 「コ、ト、ロ?」

 

5分も続けただろうか、何の解決もまとめも言い訳もなく、突然この言い合いは終わった。お互いにあきらめを確認した瞬間のようだった。

家に帰って家内に言った、「新しくできた山田電機に寄ってきたよ」、「何買ってきたの」、「何も買わないよ」、「じゃあ、何しに行ってきたのさ」。母子か。

 

7月18日(水)    今日は保育園で7月の誕生会があった。年長組から年少組まで全員が集まってその月に誕生日を迎えるお友達のお祝いをするのだが、お祝いされる子供たちはそこでお芝居を披露するのだという。保護者も見学していいというので、うちからは家内とおばあちゃんがビデオカメラを持って見に行った。おばあちゃんは、二人もそろって出かけると親ばかのようで恥ずかしい、と躊躇していたが、やはり孫の晴れ姿を見たい、と出かけることにしたらしい。ちなみに見学に来ていた保護者はこの二人だけだったという。まさに親ばか、婆ばかの鏡であろう。やはり父親がしっかりしていなければ、と思う。私はこんなことのために仕事を休んだりはできない。たまたまこの日は人間ドックの予約をしていたために見に行けなかった、というわけではないのだ。さて、二人が来ているのを知った太郎は大喜びで、ひょっとこ踊りをしてお出迎えしたという。私は帰宅してからビデオを見せてもらった。お芝居であるが、なかなか太郎の出番がない。やっと出てきたかと思ったら何人かの年少組の子供たちと並んで座って、年長組の子供たちが作ったホットケーキを食べる(真似をする)だけだった。しかも、どういうわけか太郎はそのホットケーキすらもらい損ねたらしい。付き添っていた保母の先生になにやら言ってホットケーキを取ってもらい、ちょっと遅れたが、ただ座ってホットケーキを食べる、という大役を無事に終えたのであった。なんだこれだけか、と言うと、「座っているだけでも大変なのよ」と家人は鼻をふくらませた(確かに安定性の悪い台のようではあったが)。お芝居に引き続き、お歌の披露ではあらぬ方向を向いて、歌っているのやらいないのやら。隣の2才の女の子の方が身振り手振りもまじえてよっぽど上手に歌っているではないか。最後に自己紹介。何とか年と名前を言っていたようだ。2才の子は言えなかったもんねー(って大丈夫か)。お誕生会が終わって、おかあさんとおばあちゃんが帰ってしまったのを知った太郎は、「おかあさーん」と泣き出してしまったんだそうな。

 

7月22日(日)   太郎語録

(おしっこした後、パンツを穿いている途中で)

「あっ、まちがえた。こっちのあしからはくんだった」

 

(祖父母におすし屋さんに連れて行ってもらった太郎に、「どうしてお父さんは連れて行ってくれなかったの」と訊くと)

「だって、めんどくさかったから」

 

(家の中を行ったり来たりしている太郎に、「一緒に音楽聴こうよ」と言うと)

「たろう、いまおしごとしてていそがしいの」

 

(天気予報のおじさん?)

「ろくがつむいかはあめがふるんですけど、だいじょうぶですか」

 

(私が「つまらないね」と言ったのに反論して)

「つまるよ」

 

(TVから「明日がある」の歌が流れてくるのを聞いて)

「あっ、うんこのうただ」

(4月17日の項参照)

 

(小泉首相の写真を見て)

「あっ、こいずみせいかつだ」

(小泉政策?ちなみに「野菜生活」というジュースは太郎のお気に入りだ)

 

(お母さんのお腹の中にいたとき何していたの、と訊かれて)

「ビールよけてた」

 

(狂ったように)

「オーマイガー、オーマイガー、オーマイガー」

(ちびまるこちゃんのテーマソングの一節か?)

 

(おじいちゃんが病気でお腹が痛い、というのを聞いて)

「でも、めはしんでないね」

 

「たろうあかちゃんのとき、どこからおかあさんのおなかにはいったの?」

 

8月2日(木)     今日は午後半日の休暇をとって家族で‘さとらんど’に行った。ここは牛や馬、ひつじ、にわとりという畜産動物がいたり、ジャガイモやトマトなどの収穫体験やバターやアイスクリームなどの手づくり体験ができる農業体験公園とでもいうような施設だが、夏休みのせいだろう、小学校低学年くらいまでの子供を連れた親子連れでにぎわっていた。太郎とは何度か来たことがあるが、お母さんも一緒にきたのは今回が初めてだ。さとらんどに着くと遅めの昼食をとってから、まずひつじを見に行った。柵越しに草をやると食べに寄ってくる。太郎は興味津々なのだが、自分では草をやろうとはしない。草を積んでは母親に渡し、「ひつじさんにあげなさい」と命令口調で頼んでいる。何事にも慎重なのは私に似たのだ。先日、ディズニー映画のダンボのビデオを借りてきたのだが、一度見ると「けんかがはじまるからもうみない」と言う(はたらく車のビデオなどあきれるほど繰り返してみるくせに)。けんかとは、耳が大きくておかしいとダンボをいじめる子供たちにダンボの母親が怒って手を出す(鼻を出す?)シーンのことだ。バンビのビデオの場合はもっと極端だった。バンビのお話は何度も絵本を読み聞かせてやっていたのだが、ビデオが始まるや「りょうしはでてくるの?」と訊いてくる。鉄砲ごっこでバキューンバキューンとうるさい太郎のことだから、猟師が出てくるシーンが楽しみなのかと、「出てくるけど、ずっと後だよ」と答えてやった。すると太郎はソファにうつ伏せた。どういうことか理解できなかった。よくよく訊ねると、猟師が出てくるのを見るのが嫌だからそれまではビデオを見ないようにする、のだという。やはり私に似て平和主義者なのだ。さて、ひつじの次は馬車である。昨年きたときには馬車に興味を持ちながらも、近づいてみると馬車馬の大きさに怖気づいて乗ることができなかった。今回は馬に直接近づくのは嫌がったが、馬車に乗るのをためらうことはなかった。馬車を降りると今度は子供用のアスレチック遊具で遊んだ。ローラーのついた長い滑り台は子供たちに人気で順番待ちの列ができていたが、太郎も気に入って何度も滑った。最後にターザンのようにロープにつかまって移動する遊具。母親はまだ無理だからやめるように言ったが、太郎はやってみたいという。移動する距離は20m程だろうか。ロープだけだとつかまっていられるかどうか不安だが、ロープの先にお尻をのせられるような玉がついている。私は太郎にロープをまたがせて玉の上に座らせると、「ロープにしっかりつかまって終わりまで離すんじゃないよ」と言ってから太郎とロープをつかんでいた手を離した。太郎はしっかりつかまっていた、が終点近くになると自ら(?)着地した。上手に降りた、と思ったのもつかの間。揺り戻してきたロープの玉に頭を小突かれ、倒れて泣き出した。軽い玉だし心配ないと私は笑ったが、母親は駆け寄った。「今のシーン、ビデオに撮ったか?」「心配でそれどころじゃなかったわよ」。なんだ、撮っていればお笑いビデオ大賞に投稿できたものを。

 

8月6日(月)     先週の金曜日(8月3日)はあいの里商工会主催の納涼ビアガーデンで、毎年恒例となっている阿波踊りの出し物があった。母親やおばあちゃんといつも阿波踊りの練習に行っている太郎は、この日鳴物(鉦、笛、太鼓、三味線)の太鼓役としてデビューした。阿波踊りの練習では前々から鳴物に興味を見せ、ときどき遊びで叩いているとは聞いていたが、見物客がいる前で叩かせるとは思っていなかった。母親たちの気合が入って、一応格好だけは一人前だ。牛乳ケース(1リットルパックが24本入るプラスチックの箱)の上に太鼓を置いてトントコトントコ叩くのだ。親が言うのも変だが(あるいは親だから言うのかもしれないが)、なかなか様になっている。リズムも結構合っているように見える。テンポが速くなるとそれに合わせて速く叩いている。途中でねじり鉢巻がずれて隣で叩いているお姉さんに直してもらったり、ちょっと休憩したりしていたが、結局30分近くの催しの間、真剣な表情で叩きつづけていた。これには母親もびっくり、せいぜい数分ももてばいいと思っていたらしい。

これに気をよくして、翌日の昼間は札幌の目抜き通りで行われる熱響舞サマーというお祭りの場でも太鼓を叩かせた。こちらは前日と比べて踊り手も鳴物の数もそして観客の数も断然多い。おばあちゃんは心配で太鼓を叩く太郎のそばにつきっきり。太郎はといえば、表情がさえない。なぜかおしりがかゆくて太鼓に集中できず、結局途中でリタイアした。ところがこれに懲りずにその夜は、隣町のお祭りに出かけていって、そこでも太鼓を叩いた。ここでは太郎は絶好調だったらしい(私はもう付き合いきれなかった)。

疲れが出たのか、今日になって高熱を出した。口の中にはぶつぶつができて、痛くて満足に食事ができない。来週には阿波踊りの本場、徳島に行くというのに大丈夫かな。

 

8月16日(木)    太郎とおかあさん、おじいちゃん、おばあちゃんは、おとといから阿波踊りの連(阿波踊りのグループのこと)の仲間たちと徳島に阿波踊り見物に出かけていたが、今日帰ってきた。先週の病気はすっかりよくなっていた。私は札幌で留守番だったが、以下は母親からの伝聞による道中記。

 

初めて乗る飛行機の離陸時に「シートベルトしない」とむずかった。車に乗るときにいつもしてしているチャイルドシートのシートベルトと型が違うのが不満だったようだ。スチュワーデスのお姉さんは太郎好みの?きれいな人だったが、その人に頼まれても「ぜったいしない」と頑張った。結局、母親が抱っこすることでその場をしのいだ。ところが飛行中に何があったのか、着陸時までにはこのシートベルトが大のお気に入りになっていた。その後はバスの中でも帰りの飛行機でも「ガチャ」と言いながら積極的にシートベルトをしていたという。バスの中ではシートベルトをしようとしない周りの大人たちにもシートベルトをするようにしつこく要求していたらしい。

 

「ひこうきがみたい」(飛んでいる飛行機の中で)

 

徳島のホテルに到着して大人たちはさっそく踊りに出かけたが、太郎は途中で引き返すと言い出した。太鼓を叩きたかったのに持ってきてくれなかったのでご機嫌斜め。「おとうさんにもってきてもらう」。

 

2日目の日中は市内観光。夕方からは桟敷席で本場の阿波踊りをたっぷり観賞、のはずだったが30分もしないうちに「もうかえる」。前日に引き続きおばあちゃんが付き合ってホテルに戻った。初めて経験する高気温にまいったのも原因の一つのようだ。

 

携帯用のトイレを持っていったのだが、バスの中で一度これを使うとたいそう興味を惹かれたらしい。「またおしっこ」、数分間隔で5回もおしっこをしたそうだ。よくそんなに出たものだ。飛行機のトイレも気に入って何回も行ったらしい。

 

帰りの飛行機でもにぎやかにしていたそうだが、ポケモンのビデオが始まると真剣に見入っていた。音声はイヤホンで聞いていたのだが、途中で機内アナウンスが入ると(もちろんビデオの音声は途切れるが画面は進行している)、「んっ、きこえないよ」「どうしてきこえなくなっちゃったの」などと騒ぎ出したという。

 

8月19日(日)    お盆休みを利用して横浜に住んでいる妹家族が旭川の爺じの家に遊びに来ている。太郎のいとこ達(千晴お姉ちゃん(7歳)とひとみちゃん(2歳半))も一緒だ。以前旭川の家におじゃましたときに、太郎君も遊びにおいで、と誘われていたので太郎と二人ででかけた。今夜は旭川に一泊して、明日妹家族と一緒に札幌に帰ってくる。妹たちはうちで一泊してから横浜に帰るという予定だ。

朝、9時にこちらの家を出て高速を使って11時半頃には着く予定だった。前回の経験(7月7日の項参照)から車に乗っている間、太郎にはオムツをはいて貰う事にした。ところが今回は旭川に着くまでに4回も、「おしっこ」とトイレ(高速にのる前後1回ずつは道端)に行くことになった。ちびをおしっこさせるのは手間がかかるのだ。その上(必要もないのに)お気に入りの長靴を履きっぱなしでいるので足がむれて臭い。おしっこを漏らすことがなかったのはよしとしても、おかげで予定時刻を大幅に遅れて到着することになった。

さて正月以来、いとこ達に会えるのをとても楽しみにしていた太郎であるが、旭川では照れて挨拶もできない。前回来たときにしゃがみこんで靴を脱がずに頑張った、あの玄関で今度は体を硬直させて棒状態になっていた。靴を脱がせるために座らせようとするのだが腰を曲げないで棒のように倒れてしまうのだ。変なやつ。もっともそんな状態は長くは続かず、すぐにうちとけて一緒に遊び始めた。もう昼時になっていたのですぐに食事ということになったのだが、遊びに夢中でなかなか食べようとしないほどであった。

ところで妹たちは横浜のマンションに住んでいる。高台の上に港に面するように立つマンションの最上階の部屋からは港を含めて一帯が見渡せる、贅沢な場所だ。そのマンションがどんな感じで立っているかは、横浜プリンスホテルを想像してもらえばよい。実際に横浜プリンスホテルとマンションは同じ高台に横並び(とはいっても数百メートルは離れているが)で立っているのだ。北海道の人は洞爺湖畔に立つホテルエイペックスの様子を想像してもらえばいい。財政状況が厳しいところも妹の家計とそっくりだ(冗談冗談、妹よ許せ)。

午後は近所の公園(キャンプ施設がある大きいところ)へ行ってアスレチック遊具で遊んだ。十種類以上あっただろうか。ほとんどは小学1年生の千晴お姉ちゃんがやっとこなせるようなものだったが、太郎もやってみたいのだろう。途中まで登っては、「おとうさん、たすけてー」とくる。助けてと言ったって、そんなに容易じゃない。アスレチックなのだから当然足場の悪いところを登っていって、抱っこして降りろと言うのだ。特にこの日は腰が痛くて冷や汗ものだった。

夜は庭でバーベキューと花火。隣の家の人たち(子供が3人いる)も呼んでにぎやがだった。隣のご主人は千葉に住んでいたこともあって(妹夫婦は千葉の中学校の同級生、もちろん旭川の爺じの家族も私も当時は千葉に住んでいた)、遠く離れた土地のローカルな話題で盛り上がった。隣家の女の子二人は千晴と意気投合して一緒にお風呂に入った後、一部屋を占領して3人で寝たのだった。

私と太郎は前回泊まったときと同じ部屋で寝た。眠りについてまもなく、太郎が激しく泣き出した。夜泣きなんて滅多にしないのに。1,2分で泣き止んでくれて助かったが、「おかあさーん、なんとかしてくれー」とこちらが泣きそうになった。

 

8月25日(土)    ある一家の団らん

 

妻 「その液体はいったい何?」

(写真のフィルムケースの中に3分の2ほど液体が入っている。ふたは閉まっている。)

夫 「知らないよ。(触れてみる)生あたたかいな」

妻 「○○○(子供の名前)、あんたが入れたのかい。何を入れたの?」

子供 「おちゃ」

夫の心 「なんだ、お茶だったのか」

妻の心 (疑惑)「お茶なんてどこにあったのか」

妻 「そのお茶、どこから出したの」

子供 「おちんちんから」

妻 「それじゃ、おしっこでしょ」

子供 「ちがう、おちゃだよ。おばあちゃんにもらってのんだの」

 

 

 

 

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