私はただぼうぜんと立っていた。この不思議な空間に、月という神秘の星の上に…

まさか本当だとは思っていなかった。幼いころ父が話してくれた「ルナ」のはなしを。

父は宇宙飛行士であった。私は父を尊敬していたから、小さいころから宇宙のこと、星が生まれることなどを聞いていた。そして、私が小学校に入学して2年目の年、父が月へ行くことが決まった。父は希望に心をはずませ、私に月にまつわる伝説などを毎日、毎日、出発の日まで屋根にのぼってたくさんの話を、空を見上げながら話してくれた。

出発の日、私はテレビにかじりつき、父が月へ旅立っていく姿をじっと見つめていた。

あのころからは想像もできない。今、私は、あの時父が旅立った月に立っている。父の話の中の、「ルナ」の世界を体験して…

あれは夢だったのだろうか。今、すぐそばには供に地球を発った仲間がいる。勝手に月面車を使って飛び出し、迷惑をかけた私が倒れているのを発見し、宇宙船まで連れていってくれた仲間が。彼の名はトム。気のいい男だ。彼に聞くと、私は酸欠死をしそうだったという。しかも私は確実に三日間を過ごしたはずだ。しかし、彼は「何言ってるんだい、まだ月に来て一時間ちょっとじゃないか」と言うばかりだ。あの瞬間に私に何が起こったのであろうか。確か月面車で月の裏側まで行くと、私たちが地球から眺めている月とは似ても似つかぬ静まり返った漆黒の空間が不気味に広がっていた。そして、私を暗闇が包んだかと思えば、なぜかそこには地面が、水が、空があった。そこは地球と全く変わらぬ世界であった。

しかし、ここにはなぜか懐かしい雰囲気が漂っていた。私はとにかく歩いた。ここは地球でいう海であろうか。すると、ウサギ!!違う。人間にウサギの耳がついているのか、何物だろう。そのとき、はっとうしろに気配を感じた。足元にひとすじの影が差し込んだ。間違いない、誰かいる。「誰だ。」ふと暗闇がたちこめた。私は身体を暗闇に支配され身動きができなかった。

気がついたとき、私はベッドに寝ていた。頭上の電球が地球から見た月のようにふんわりと浮かんでいるようだった。そして、シチューの香りが私の鼻をあたたかく包んだ。「あっ、起きたよ。」明るい女の子の声が聞こえた。するとその子の母親らしい女の人が入ってきた。彼女も彼女の子もウサギの耳がついている。「あのう…」私が話しかけると「だまって言いたいことを頭に浮かべてください。」突然のことにどぎまぎしたがいわれるとおりにした。すると、「あなたはホワイトさんの息子なのですね。安心しました。」ホワイトといえば私の姓だ。あっ…父のことか。私にはすぐわかった。しかし、なぜそのことがわかったのか不思議に思いたずねてみると、「この世界では正しい心を持つものならば心をつうじあわせて、口に出さなくても話ができるのです。」これで何の矛盾もない。そこでこれまでのいきさつをたずねることにした。話によれば私は、たまたまできたこの世界と元の世界との空間の歪みに落ちたのだろういう。そして、輪つぃを発見した彼女の夫があやしい者と思い麻酔銃を撃ったのだと。

次の日、私は彼女の家族と供に、この世界を案内してもらうことになった。そこは果てしなく澄み渡るコバルトブルーの空にまもられた、美しい世界だった。そこには緑も多く、工場などからも煙が出ていない。煙を浄化しているのだという。私は童心に返り、久しぶりにリラックスした。すがすがしい気分になった。思えば私が子供のころ遊んだ近所もこんな澄んだ空が広がっていた。この世界を初めて見たとき懐かしい感じがしたのはそのためだろう。現在私の住んでいる町には多くの工場が建てられ、毎日毎日その煙突からは深いねずみ色の煙がとめどなくあふれている。空はどんよりとした灰色の空である。

私はもう一日を彼らと過ごし、その後で別れを告げ、なんとか元の世界へ戻ろうとしていたので、彼らと山へキャンプに行った。私は夕食の準備の手伝いをするため、川へ水をくみに行った。川のそばまで行くと、ふと誰かの呼びかける声が聞こえた。振り向いたとたん私は足を滑らせ坂を転げて落ちた。

気がついたのは宇宙船の中だ、トムがいる。結局、月での事はまどろんだまま地球に帰ることになった。地球では大勢の人々がいるなかで「どうでした。」という質問に対して、「神秘的な不思議な世界でしたよ。」と笑顔で答えた。

翌年、私は「神秘の国、月」という本を出した。その本には、私の父チャールズ・ホワイトの話、そしてこの私、マイケル・ホワイトの「体験談」として月の世界に住む人々、あの青い空のことをそのままに書いた。評論家たちは「リアリティーをもたせた物語ですね。」と私に問いかけたが、私は「これはフィクションではなく「体験談」ですよ。」と言いきった。確かに夢のような出来事ではあった。三日間過ごしたはずが、たったの数十分でしかなかったのだから。

しかし、私が言いたいのはそんなことではない。私は眠っている間に見る夢ではなく、瞳を開いているときに見る夢こそ大切だと思うのだ。夢でも目標でもいい、そのことに対して好奇心をもつこと、努力することを続けたときにこそ、それが現実の形となって夢から抜け出してくるのだ。

 

おわり